GABA transaminase遺伝子多型はがん性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬感受性を規定する
概要
疼痛は終末期がん患者に最もよく起こる症状の一つであり、それに関連した苦痛は不安、抑うつ、社会的機能の変化をもたらす。がん性疼痛の患者では身体的機能だけでなく社会的機能と役割が一般集団より低く、全体的な健康状態と生活の質が大きく損なわれている(Klepstad et al, 2000)。抗がん治療(化学療法、放射線療法、手術)が積極的に行われるにつれ、進行がんの状態で過ごす時間は長期化し、それに伴ってがん性疼痛の罹患期間も長期化している。がん性疼痛の罹患率が64%にのぼる末期がんに加えて、根治治療直後でも33%、抗がん治療中でも59%の患者ががん性疼痛に罹患する(Van den Beuken-van Everdingen et al, 2000)。オピオイド鎮痛薬の使用後に観察される様々な生体反応(鎮痛効果と副作用発現)は患者毎に大きく異なることについての理解が不十分であることが、十分な疼痛管理が行われていない要因となっていると考えられる。
組織損傷に伴って知覚される疼痛強度には個人差があり、各種鎮痛薬の効果にも個人差がある。このような疼痛に関連した個人差の原因として、神経伝達関連分子や薬物代謝関連分子などの遺伝子多型(一塩基多型SNP: single nucleotide polymorphism)がその基盤となっていることが多数報告されている。オピオイド鎮痛薬に対する反応が患者毎に異なることは、疼痛の認識、処理、鎮痛薬に対する反応性に影響を及ぼす遺伝的素因によって説明できる(Lotsch et al, 2007)。海外からは、SNPとオピオイド鎮痛薬反応性の関係を調べた数多くの研究が報告され、遺伝子型によってオピオイド鎮痛薬の必要量が異なることも示されている(Nielsen et al, 2015)。これまでゲノムワイド関連解析で網羅的に研究されているものはなく、またほとんどが対象を白色人種としたものであった。
本研究は、がん性疼痛患者における、オピオイド鎮痛薬に対する感受性の個人差を規定する新規の遺伝子を探求し同定することを目的とした。対象を日本人とし、方法にゲノムワイド関連解析を用いた。本研究の結果は、疼痛緩和に必要なオピオイド鎮痛薬の量を予測したり、鎮痛必要量まで滴定する時間を最小化したりすることに寄与する可能性がある。また、がん性疼痛患者に対する創薬標的の探索と開発に役立つと考えられる。
<方法>
【対象】
71人のがん性疼痛患者に対して、オピオイド鎮痛薬増量前と増量後翌日の2回において、疼痛の強さを11段階数値評価スケール(numerical rating scale: NRS)で評価し、合併症(嘔気、嘔吐、便秘、眠気)を5段階Likertscaleで評価した。オピオイド鎮痛薬の量は疼痛評価時の体重に基づきフェンタニル静脈投与等量(mcg/kg/day)に変換した。オピオイド鎮痛薬感受性=オピオイド鎮痛薬増量後の疼痛減少率とした。
【ゲノムワイド関連解析: 遺伝子型解析】
全ての対象者の末梢血リンパ細胞からDNAを抽出し、全ゲノムにわたり71人の患者全てに遺伝子型解析が行われた。
各SNPとオピオイド鎮痛薬増量後の疼痛減少率の関連性は、(a)優性様式、(b)劣性様式、(c)遺伝型様式、(d)傾向性様式の4つの遺伝様式毎に線形回帰モデルで推定された。偽陽性の多重性を考慮し、有意水準genome-wide significanceをp<5×10-8と設定した。
ゲノムワイド関連解析を通して、オピオイド鎮痛薬増量後の疼痛減少率の個人差を規定する遺伝子を同定した。
【3群の遺伝子型の統計解析】
次に、3つの遺伝子多型(メジャーアレルホモ接合体、ヘテロ接合体、マイナーアレルホモ接合体)に対して、疼痛の強さの減少率、オピオイド鎮痛薬増量前の疼痛の強さ、オピオイド鎮痛薬増量前の使用量、オピオイド鎮痛薬増加量、合併症変化率をKruskal-Wallis testで解析した。Post hoc analysisとしてBonferroni testを行った。有意水準をp<0.05に設定した。
<結果>
オピオイド鎮痛薬増量後の疼痛減少率とSNPの関連性のゲノムワイド関連解析の結果、遺伝型様式において2つのSNPが検出された。rs1641025は第16染色体上のABAT[4-aminobutyrate aminotransaminase(GABA transaminase)]の遺伝子領域内に存在し、データベースにより遺伝子座8777531、ABATのイントロンに位置することがわかった。rs12494691は第3染色体上の遺伝子座16658827に位置していたが、既知の遺伝子との関連はなかった。
両SNPにおける遺伝子型による3群間で、疼痛の減少率に有意差が認められ(Kruskal-Wallis test, p<0.0001)、それに続くBonferroni post hoc testの結果、3つの遺伝子型と疼痛減少率の間に有意差を認めた。オピオイド鎮痛薬増量前の疼痛の強さ、オピオイド鎮痛薬増量前の使用量、オピオイド鎮痛薬増加量、合併症変化率に有意差はなかった。一定用量のオピオイド鎮痛薬投与に対する疼痛減弱効果が示されたと言え、同じ量のオピオイドを使用しても疼痛の改善効果には遺伝子型による個人差があることが示された。
<考察>
本研究は、SNPとがん性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬感受性の関連について日本人を対象とした初めてのゲノムワイド関連解析である。rs1641025とrs12494691はオピオイド鎮痛薬感受性に関連する遺伝子多型の有力な候補と考えられ、GABA transaminaseはオピオイド鎮痛薬と共に使用する鎮痛補助薬の開発の有力な標的となる可能性が示唆される。古典的な鎮痛補助薬には抗うつ薬、抗痙攣薬、中枢性筋弛緩薬、コルチコステロイドがあり、がん性疼痛緩和に必要なオピオイド量を抑える効果がある。がん性疼痛に対する鎮痛薬使用の基本原則はWorld Health Organization(WHO)の3段階除痛ラダーであり、鎮痛補助薬を併用することを推奨している。
WHOの3段階除痛ラダー方式では強オピオイド鎮痛薬は中等度から高度の強さの痛みに対して推奨されている。しかし、臨床診療では、疼痛レベルに対してオピオイド鎮痛薬を十分量まで滴定することが難しい。がん性疼痛患者一人一人の遺伝的特徴に合わせることのできる個別化医療は将来有望な分野である。今回rs1641025とrs12494691を同定したことは、疼痛緩和に必要なオピオイド鎮痛薬の量を予測したり、鎮痛必要量まで滴定する時間を最小化したりすることに寄与する可能性が示唆される。
rs12494691は既知の遺伝子との関連はなく、機能的役割を示した報告はない。このSNPに最も隣接した遺伝子は無精子症で欠損のある遺伝子deleted in azoospermia-like(DAZL)geneであり、不妊症に関連がある(Chen et al, 2016)。従って、rs12494691はがん性疼痛に対して既存の鎮痛補助薬と関係があるようには現時点では考えにくい。
一方、rs1641025はGABA transaminaseをコードしているABAT遺伝子のイントロン部位に位置していた。GABAは中枢神経系において最も豊富な抑制性神経伝達物質であり、体性感覚や疼痛の認識、不安、報酬系を含めた多くの機能を調節しており、その作用はシナプス後膜のGABA特異的受容体を介して行われる。GABAはGABA transaminaseにより代謝される結果GABA作動性神経伝達が不活性化される。
脊髄レベルにおける痛みの伝達経路では、末梢の痛み入力は一次侵害受容ニューロンを介して脊髄に情報が入り二次侵害受容ニューロンへ伝わる。オピオイド鎮痛薬は二次侵害受容ニューロンに対して直接的に抑制効果をもたらしている。脊髄に存在する抑制性介在ニューロンからGABAが分泌され、侵害受容ニューロンが抑制される機序もあり、オピオイド鎮痛薬はこの抑制性介在ニューロンに作用しGABAが分泌される結果、侵害受容ニューロンの活動が抑制される効果もある。従ってGABA transaminase機能の減弱により、抑制性介在ニューロンと侵害受容ニューロンの間のシナプス間隙にGABAが高濃度で存在することになり、侵害受容ニューロンをより強く抑制するという可能性が考えられる。
また、オピオイド鎮痛薬は、疼痛下行性抑制系と言われる侵害受容ニューロンを抑制するシステムにも作用することが知られており、この抑制に関してもGABAが作用するため、GABA transaminase機能の減弱により、GABAが高濃度で存在することになり、侵害受容ニューロンの抑制が強まると考えられる。
一方、基礎研究からは逆の働きであるGABA transaminase機能の亢進についても考える必要がある。中脳水道周囲灰白質には脊髄レベルでの侵害受容ニューロンを抑制する疼痛下行性抑制系のターミナルである神経核があるが、これを抑制性介在ニューロンが常時抑制している。オピオイド鎮痛薬はこの抑制性介在ニューロンの働きを弱める結果、疼痛下行性抑制系を賦活し、鎮痛作用を発現している。従って、GABA transaminase機能の亢進により、抑制性介在ニューロンが疼痛下行性抑制系を抑制するシナプス間隙でのGABAの濃度減少を来たし、疼痛下行性抑制系が働きやすい状態になると考えられる。
我々の知る限りでは、rs1641025とGABA transaminaseの関連についての文献はなく、rs1641025がGABA transaminaseに与える影響は不明で、その機能を増強ないしは抑制に働くかは分からない。今回の研究ではrs1641025がGABA transaminaseの機能に与える影響は明らかにされていない。しかし、GABA transaminaseの機能の増強/減弱のいずれでもオピオイド鎮痛薬の効果を増強することは説明可能である。
rs1641025の機能的意義に関しては、データベースによりrs1641025が有意に遺伝子発現量に影響を与える遺伝子が見つかった一方、rs12494691はネガティブな結果であった。この結果は全血におけるABAT遺伝子発現量にrs1641025が影響を与える可能性を示唆しているが、rs1641025に関しては全血データにおけるGABA transaminaseのmRNA発現量との関連に有意である、ということしかわからない。rs1641025はABATのイントロンに存在するので、mRNA発現量との関連に関しては転写を介してmRNA発現に影響を与えているものと推察されるとしか言えず、解明には今後の基礎研究が必要であると考える。
両SNPは、これまでに痛覚知覚やオピオイド鎮痛薬感受性に関する遺伝子多型が報告されている遺伝子との関連を示した報告はなく、データベース上でも近傍に存在しないため関連が強いとは考えにくい。
ABAT遺伝子は近傍にある遺伝子との関連を示した報告はなく、ABATが近傍の遺伝子による影響を受けていることは考えにくい。
今回の研究の限界は、登録患者数が少なく、マイナーアレルホモ接合体を持つ患者数も両SNPで少なかったことと、偽陽性の多重性を考慮し設定した有意水準を満たしているものの、Manhattan plotとlocus zoom双方におけるSNPのピークが孤立していることである。今回の結果はより大きな標本サイズを用いてより大きな規模で検証する必要があると考える。