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書き出し

労働時間の過少申告行動に関する研究

落合, 由子 筑波大学

2023.09.04

概要

【博士論文概要】

労働時間の過少申告行動に関する研究
2022 年度

落合 由子
筑波大学大学院 人間総合科学学術院 人間総合科学研究群
カウンセリング科学学位プログラム
本論文では,労働時間の過少申告行動について産業保健の視点から捉え,考察することを
目的とした。本論文は三部構成で,第一章で,社会的背景と研究史より,労働時間の測定に
関する問題点と,労働時間の過少申告行動に関する変数を整理し,仮説の構築を行った。第
二章では,5 つの実証研究により,労働時間の測定の難しさについて検討し,労働時間の過
少申告行動に関する仮説の検討を行った。第三章では,総合考察と実践への示唆を行った。
第一章の社会的背景では,過労死等めぐる労働時間法制,労働衛生研究分野での労働時間
の測定の問題点を中心に述べた。また,産業保健心理学において,それまではストレス反応
の発生を防止することが目的であったものが,新しいストレスモデルの提言により,ストレ
スを緩衝するための個人の資源や仕事の資源を活用することで,ストレス関連疾患防止だ
けでなく,ワーク・エンゲイジメントをはじめとしたポジティブな状態を高めるという観点
が加わったことを述べた。日本人は高度経済成長の時代に強迫的に働き続けた結果,うつ病
を発症したりする問題が顕在化したが,今後は新しいストレスモデルを活用し,ワーカホリ
ックにならずにワーク・エンゲイジメントを高めて働ける工夫や実践を行うことが必要と
考えられる。産業界では第四次産業革命の只中と言われるが,過労死等は解決されていない
問題の一つである。日本では過労死等が労働災害であり,長時間労働が認定基準に設けられ
ているが,労働者が労働時間を過少申告したことにより労働時間の正確な記録がなく,労災
認定に至らなかったケースが存在し,その多くが訴訟に持ち込まれている。長時間労働のば
く露要因は「時間」であり,労働災害の他のばく露要因である化学物質や暑熱,物理的刺激
とは異なり,研究上での測定方法の多くは質問紙による自己申告で,労働時間の尋ね方も多
様なこともあり,どのくらいの労働時間にばく露されると疾病に至るかに関しては,統一し
た結果が示されていない。また,繁忙期や閑散期などが考慮されないため,1 回の労働時間
の測定がその人の真の労働時間を反映しているとは限らない。

文献検討では,労働時間の過少申告行動を海外と日本に分けて検索した。海外の過少申告
行動には 2 つの側面から研究がなされていた。一つは労働時間の業務量の多さが不変なの
に上限規制が課さされたために過少申告行動が発生したもので,労働者が職業意識からジ
レンマを感じたり,上司からの圧力を感じたりすることが示された。もう一つは,雇用に不
安のある者が無給の残業を行うことが明らかとなった。日本でも「働き方改革法」により労
働時間の上限規制が行われたが,業務量が変わらない上に労働時間を制限されれば,労働時
間の過少申告が増加すると推察された。他方,現在の日本は終身雇用の崩壊とともに仕事追
われうる時代にあるため,組織への意見表明が抑制され,職場から求められれば,自分の立
場への不安から声を上げず,過少申告を行う者が増えることが予想される。
日本の学術研究では,労働者がサービス残業をする理由は,
「業務量の多さや自分がしな
いと仕事が回らない」

「周りがしているから」等が見られたが,周りに気をつかい,調和を
大切にする姿は,海外にはみられなかった理由である。これらの先行研究を踏まえ,労働時
間の過少申告行動に関連すると考えられる変数を過重労働風土,仕事の負担,仕事のコント
ロール度,心理的安全性,互恵性規範,職業的自尊心に整理し,本論文の仮説構築を行った。
第二章では,5 つの実証研究を行った。研究1-1 では労働時間が一時点で測定されるこ
とについての問題点を明らかにした。ほとんどの労働衛生領域の研究では労働時間が 1 回
の質問紙調査で決定されるが,実際には労働時間には月ごとの変動があることが多い。そこ
で,6 か月分の労働者の勤怠データで 6 回の労働時間を抽出し,身体指標との関連を一か
月毎,平均時間で検討したが,結果は一貫していなかった。このことから,労働時間の測定
は一回では不十分であることが示唆された。
研究 1-2では,勤怠データ(客観値)と質問紙を用いた回答(主観値)の結果が一致するか
を探索的に検討した。また,それぞれの労働時間を用いた時の健康指標との関連を検討した。
その結果,労働時間が長い労働者ほど労働時間を短く回答していることが明らかになった。
また,客観値と主観値の労働時間と健康指標との関連は,一致しないことが示された。本調
査は企業に依頼し,企業のネットワークを使用して行ったものであったため,労働者が長時
間労働をしていると回答することに不安をおぼえ,企業に対して忖度するような回答をし
た可能性が推察された。そこで,従業員が労働時間を過少に回答するのには,どのような心
理が働いたのかをより詳しく検討するために,労働時間を短く申告したことのある労働者
からインタビュー調査を行うことにした。
研究2では,インタビュー調査により,労働時間の過少申告行動をした経験がある者,し
た経験がない者に,過少申告行動に関する理由や状況を尋ねた。その結果,労働者は所属し
た組織によって過少申告行動を変えており,組織の要因が関わることが示唆された。また,
過少申告行動をしない場合は,企業が労働時間を遵守するよう従業員に周知することで,過
少申告をしなくてよい雰囲気が醸成され,迷いなく労働時間を申告できたことが示唆され
た。過少申告行動をした者は,まず職場に残業という考え方がなかったという者が多く,先
輩から空気を読むように教えられた者もいた。ノルマを達成できないのは自分のせいだか

らという理由や,自分が超過勤務を申告すると上司に悪い,先輩に助けてもらった分,後輩
を助ける等,互恵性の規範意識から過少申告行動をした者や,同僚は上司に忖度し,上司は
上層部に忖度することで不利な処遇を受けないためと答えた心理的安全性の低さも垣間見
ることができた。また,職業意識があり職務を仕上げることが仕事なので残業時間をつけな
い,という者がいた。
研究3では,心理的安全性尺度の作成を行った。日本人は自己主張することに高い障壁が
あるとの指摘から,職場での発言行動に焦点をあてて作成された Liang et al.(2012)の心
理的安全性尺度を邦訳した。ISPOR に従い邦訳し,日本人約 300 名に対する 2 回の調査
を行った。分析の結果,確認的因子分析,収束的妥当性,再検査信頼性が検討され,一定の
妥当性,信頼性があることを確認した。心理的安全性と,組織的公正とは最も強い関連が認
められた。このことから,日本人が職場での発言に必要な条件の一つに組織的公正の認知が
あることが示唆された。これらの結果から,本尺度をモデル検討に使用した。
研究 4 では,過重労働風土尺度の作成を行った。Mazetti et al.(2016)により作成され
た過重労働風土尺度を ISPOR に従い邦訳した。過重労働風土は時間外労働の奨励因子と時
間外労働に対する報酬の欠如の 2 つの下位尺度を持つ。日本人約 300 名に対する 2 回の調
査を行った結果,確認的因子分析,収束的妥当性,再検査信頼性が検討され,一定の妥当性,
信頼性があることを確認した。過重労働風土はワーカホリズムと関連を持ち,原版と同様の
結果が得られた。過重労働風土も心理的安全性と同様,組織的公正と強い関連が認められた。
これらの結果から,本尺度をモデル検討に使用した。
研究 5 では,過重労働風土,量的負担,コントロール度が心理的安全性,互恵性規範,職
業的自尊心,過少申告行動に与える影響について検討した。まず,過少申告行動がある群は,
ない群より,心理的安全性が低く,互恵性規範が高いことが明らかにされた。共分散構造分
析では,時間外労働の奨励が心理的安全性に負の影響を与え,心理的安全性が過少申告行動
に負の影響を与えることが明らかにされた。また,互恵性規範,職業的自尊心が過少申告行
動に正の影響を与え,心理的安全性が負の影響を与えることが明らかにされた。
実証研究を通し,研究分野での労働時間の測定の難しさと,時間外労働を奨励する組織風
土があると労働時間が過少申告される可能性があることが示唆された。過労死等の問題解
決のためには,多くの裁判事例が示すように,労働者が労働時間を適切に申告できる環境を
作ることが必要不可欠であると考えられる。本論文を通し,労働者が労働時間を過少申告す
る理由には,過重労働風土などの組織要因と,心理的安全性,互恵性,職業的自尊心等の心
理的要因が関わることが明らかにされた。
3 章の実践への示唆では,実践への示唆を経営層,管理職,個人に分けて述べた。経営層
は従業員に対し,手続きの透明性を確保し,従業員を人として尊重した対応を行うことや,
法令遵守の姿勢を示すことで長時間労働が起こらないような取り組みを適切に実施するこ
とにより,従業員の心理的安全性を高めることが必要である。また,従業員に仕事のやり方
を決めるなど,裁量権を与えることで,従業員への信頼を示し,従業員がやりがいをもって

働けるようにすることも必要である。管理職は業務量について現場の声を適切に管理部門
に伝えることが必要である。さらに,心理的安全性は質の良い人間関係を背景とした心理的
状態であることから(Detert & Burris, 2007)
,上司が部下に対し礼節をもって接し,問
題がある時には支援する準備があることを伝えれば,部下は仕事に関する意見や問題点を
上司に率直に伝えることができるようになると考えられる。従業員は,職業的自尊心が高く
なると労働時間の過少申告行動を行う可能性も認められたことから,このような労働者で
あっても,自身の健康を守るため,過重労働を行うことのないよう注意することが必要であ
る。 ...

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