Neuroendocrine mechanism mediating the suppression of luteinizing hormone release by malnutrition and lactation in rats

概要

報告番号

※

第

主

論文題目
氏

名

号

論

文

の

要

旨

Neuroendocrine mechanism mediating the suppression of
luteinizing hormone release by malnutrition and lactation in
rats
（ ラ ッ ト に お け る 低 栄 養・泌 乳 に よ る 黄 体 形 成 ホ ル モ ン 分 泌 抑
制を仲介する神経内分泌メカニズム）

土田

仁美

論 文 内 容 の 要 旨
日本の畜産現場では、育種改良により乳牛の泌乳能力が飛躍的に向上した一方で、
受 胎 率 は 年 々 低 下 し て お り 、 乳 牛 の 初 回 人 工 授 精 時 の 受 胎 率 は 45.9%（ 家 畜 改 良 事 業
団 、2018 年 ）と 著 し く 低 い 。受 胎 率 の 低 下 の 要 因 の ひ と つ と し て 、分 娩 後 の 泌 乳 量 の
増加による過度の負のエネルギーバランスによる生殖中枢の抑制が考えられる。本研
究では、過剰なミルク生産による極度の負のエネルギー状態を脳が感知し、生殖機能
中枢を抑制するとの仮説をたて、低栄養および泌乳による生殖機能抑制を担う神経内
分泌メカニズムの解明を目的とし、特に生殖中枢であるキスペプチンニューロンと抑
制性神経ペプチドであるオピオイドペプチドに焦点をあてて、研究を行った。
哺乳動物において、低栄養による生殖機能抑制は、主に視床下部からの性腺刺激ホ
ル モ ン 放 出 ホ ル モ ン （ GnRH） ひ い て は 下 垂 体 か ら の 性 腺 刺 激 ホ ル モ ン で あ る 黄 体 形
成 ホ ル モ ン（ LH）や 卵 胞 刺 激 ホ ル モ ン（ FSH) の パ ル ス 状 分 泌 の 抑 制 に 起 因 す る 。最
近 の 研 究 か ら 、 GnRH/LH の パ ル ス 状 分 泌 は 、 弓 状 核 に 局 在 す る キ ス ペ プ チ ン ニ ュ ー
ロ ン に よ り 第 一 義 的 に 制 御 さ れ る こ と が 示 唆 さ れ て い る 。 本 論 文 の 第 3、 4、 お よ び 5
章 で は 、低 栄 養 に よ る GnRH/LH パ ル ス の 抑 制 を 脳 内 の オ ピ オ イ ド ペ プ チ ド -オ ピ オ イ
ド受容体シグナリングが仲介しているかを検討した。第 3 章では、オピオイドペプチ
ド の ひ と つ で あ る ダ イ ノ ル フ ィ ン A（ Dyn）と そ の 受 容 体 κ オ ピ オ イ ド 受 容 体（ KOR）
に着目した。低栄養モデルとしてラットにグルコース利用阻害剤である 2 デオキシグ
ル コ ー ス （ 2DG） を 第 4 脳 室 に 投 与 し た 群 で は 、 LH パ ル ス が 抑 制 さ れ 、 血 中 グ ル コ
ー ス 濃 度 が 上 昇 し 、 摂 食 量 が 増 加 し た 。 2DG 投 与 前 に KOR 拮 抗 剤 を 脳 内 に 投 与 す る
と 、2DG 投 与 に よ る LH パ ル ス 抑 制 が 阻 害 さ れ た が 、血 中 グ ル コ ー ス 濃 度 や 摂 食 量 の
増 加 は 阻 害 さ れ な か っ た 。 さ ら に 、 2DG を 投 与 し た 群 で は 視 床 下 部 Dyn ニ ュ ー ロ ン
の う ち 室 傍 核 Dyn ニ ュ ー ロ ン に お い て の み fos 遺 伝 子（ 神 経 活 性 化 マ ー カ ー ）が 有 意
に 増 加 し た 。 ま た 、 弓 状 核 キ ス ペ プ チ ン 遺 伝 子 陽 性 細 胞 の 61％ に KOR の 発 現 が 認 め

ら れ た 。こ れ ら の 結 果 か ら 、低 栄 養 に よ り 特 異 的 に 活 性 化 さ れ た 室 傍 核 Dyn ニ ュ ー ロ
ン が 弓 状 核 キ ス ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン を 直 接 抑 制 し 、 GnRH/LH パ ル ス を 抑 制 す る こ と
が 示 唆 さ れ た 。 ま た Dyn ニ ュ ー ロ ン は 低 栄 養 に よ る 糖 新 生 や 摂 食 促 進 に は 関 与 せ ず 、
低 栄 養 時 の 生 殖 機 能 抑 制 を 特 異 的 に 仲 介 す る こ と が 明 ら か と な っ た 。 第 4 章 で は 、 βエ ン ド ル フ ィ ン と そ の 受 容 体 µ オ ピ オ イ ド 受 容 体（ MOR）に 着 目 し た 。2DG の 静 脈 内
投 与 に よ り LH パ ル ス が 抑 制 さ れ た が 、 MOR 拮 抗 剤 の 脳 内 へ の 前 投 与 に よ り 2DG に
よ る LH パ ル ス の 抑 制 が 解 除 さ れ た 。ま た 、MOR 遺 伝 子（ Oprm1 ）の 脳 内 の 局 在 を 確
認 し た と こ ろ 、 弓 状 核 キ ス ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン 及 び 視 索 前 野 GnRH ニ ュ ー ロ ン に は

Oprm1 の 共 発 現 は ほ と ん ど 認 め ら れ な か っ た が 、弓 状 核 グ ル タ ミ ン 酸 作 動 性 ニ ュ ー ロ
ン の 一 部 に Oprm1 共 発 現 が 認 め ら れ た 。グ ル タ ミ ン 酸 作 動 性 ニ ュ ー ロ ン は 、キ ス ペ プ
チ ン ニ ュ ー ロ ン を 介 し て GnRH/LH 分 泌 を 刺 激 す る こ と が 知 ら れ て い る こ と か ら 、 低
栄 養 に よ る GnRH/LH パ ル ス の 抑 制 の 少 な く と も 一 部 は 、脳 内 β-エ ン ド ル フ ィ ン -MOR
シグナリングによるグルタミン酸作動性ニューロンの抑制により仲介されることが示
唆 さ れ た 。さ ら に 、2DG 投 与 に よ り 血 中 グ ル コ ー ス 濃 度 お よ び 摂 食 量 は 有 意 に 増 加 し
た が 、MOR 拮 抗 剤 の 脳 内 投 与 は こ れ ら の 増 加 を 阻 害 し た 。以 上 の 結 果 よ り 、脳 内 β-エ
ン ド ル フ ィ ン -MOR シ グ ナ リ ン グ は 、 低 栄 養 に よ る GnRH/LH 分 泌 抑 制 に 加 え て 糖 新
生や摂食の誘起をも仲介することが示唆された。 第 5 章では、エンケファリンとその
受 容 体 δ オ ピ オ イ ド 受 容 体（ DOR）に 着 目 し た 。2DG の 静 脈 内 投 与 に よ る LH パ ル ス
の 抑 制 は 、DOR 拮 抗 剤 の 脳 内 へ の 前 投 与 に よ り 解 除 さ れ た 。さ ら に 2DG 投 与 に よ り 、
視 床 下 部 に 分 布 す る エ ン ケ フ ァ リ ン ニ ュ ー ロ ン の う ち 、室 傍 核 に お い て の み 、fos 遺 伝
子を共発現するエンケファリンニューロンが増加したことから、低栄養シグナルは室
傍 核 の エ ン ケ フ ァ リ ン ニ ュ ー ロ ン を 活 性 化 す る こ と が 示 唆 さ れ た 。さ ら に 、2DG 投 与
に よ り 血 中 グ ル コ ー ス 濃 度 が 速 や か に 増 加 し た が 、 脳 内 へ の DOR 拮 抗 剤 の 前 投 与 は
こ の 増 加 を 有 意 に 抑 制 し た 。 以 上 の 結 果 よ り 、 脳 内 エ ン ケ フ ァ リ ン -DOR シ グ ナ リ ン
グは、低栄養による生殖機能抑制や糖新生の誘起を仲介することが示唆された。これ
ら 第 3 か ら 5 章 で 得 ら れ た 結 果 か ら 、 低 栄 養 に よ る GnRH/LH パ ル ス の 抑 制 を 、 3 つ
の代表的なオピオイドペプチド全てが仲介していること、そして低栄養により誘起さ
れ る 糖 新 生 に は β-エ ン ド ル フ ィ ン と エ ン ケ フ ァ リ ン の み が 関 与 す る こ と が 示 唆 さ れ
た。
第 6 および 7 章では、泌乳ラットをモデルとして、生殖機能抑制メカニズムの解明
を目指した。泌乳ラットでは、吸乳刺激により、弓状核キスペプチンニューロンにお
け る キ ス ペ プ チ ン 遺 伝 子 発 現 が 抑 制 さ れ 、 ひ い て は GnRH/LH の パ ル ス 状 分 泌 が 抑 制
さ れ る 。 泌 乳 前 期 に は エ ス ト ロ ゲ ン 非 依 存 的 に LH パ ル ス が 抑 制 さ れ 、 後 期 に は エ ス
ト ロ ゲ ン 依 存 的 に LH パ ル ス が 抑 制 さ れ る 。 こ の 違 い に 着 目 し つ つ 、 本 論 文 の 第 6 お
よ び 7 章 で は 、 泌 乳 に よ る GnRH/LH 分 泌 の 抑 制 を 担 う オ ピ オ イ ド ペ プ チ ド の 役 割 を
検 討 し た 。 第 6 章 で は 、 泌 乳 後 期 の ラ ッ ト を 用 い LH 分 泌 の 抑 制 に お け る Dyn-KOR
お よ び β-エ ン ド ル フ ィ ン -MOR シ グ ナ リ ン グ の 役 割 を 検 討 し た 。KOR 拮 抗 剤 の 脳 内 投
与 に よ り 、泌 乳 後 期 ラ ッ ト に お け る LH 分 泌 の 抑 制 が 解 除 さ れ た 一 方 で 、MOR 拮 抗 剤

の脳内投与はこの抑制を解除できなかった。さらに再吸乳刺激負荷ラットにおいて、
視 床 下 部 室 傍 核 と 視 索 上 核 の Dyn 遺 伝 子 と fos 遺 伝 子 の 共 発 現 細 胞 数 が 、対 照 群（ 吸
乳 刺 激 な し ）に 比 べ 有 意 に 増 加 し た こ と か ら 、吸 乳 刺 激 は 室 傍 核 と 視 索 上 核 の Dyn ニ
ューロンを活性化することが示唆された。以上の結果から、泌乳ラットにおいて、泌
乳 後 期 に は 室 傍 核 と 視 索 上 核 を 起 始 核 と す る Dyn ニ ュ ー ロ ン が 活 性 化 さ れ 、Dyn が 弓
状 核 キ ス ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン を 直 接 抑 制 す る こ と に よ り 、GnRH/LH 分 泌 が 抑 制 さ れ 、
生 殖 機 能 が 抑 制 さ れ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 第 7 章 で は 、 泌 乳 前 期 の LH 分 泌 抑 制 に お
けるオピオイドペプチドの役割について検討した。その結果、泌乳前期には泌乳後期
と は 異 な る オ ピ オ イ ド ペ プ チ ド が 泌 乳 前 期 の LH 分 泌 の 抑 制 を 仲 介 す る 可 能 性 を 示 唆
し た 。 こ れ ら 第 6 お よ び 7 章 で 得 ら れ た 結 果 か ら 、 泌 乳 ラ ッ ト に お け る LH 分 泌 の 抑
制には、前期と後期では異なるオピオイドが関与することが示唆された。
第 8 章 で は 、シ ナ プ ス を 一 回 の み 逆 行 性 に 感 染 す る G 欠 損 型 狂 犬 病 ウ イ ル ス（ RV∆G）
を用いキスペプチンニューロンを直接抑制するニューロンの探索を試みた。しかしキ
ス ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン や そ の 他 の ニ ュ ー ロ ン に RV∆G の 感 染 を 確 認 す る こ と は で き

なかった。今後さらなる改良が必要である。
第 9 章 で は 、 第 3 か ら 8 章 で 得 ら れ た 結 果 か ら 、 低 栄 養 や 泌 乳 に よ る LH パ ル ス 抑
制におけるオピオイドの役割について考察した。 すなわち、低栄養時には 3 つの代表
的 な オ ピ オ イ ド で あ る Dyn、 β-エ ン ド ル フ ィ ン 、 エ ン ケ フ ァ リ ン 全 て が LH パ ル ス 抑
制 を 仲 介 す る こ と 、 一 方 で 、 泌 乳 後 期 に は ダ イ ノ ル フ ィ ン が LH パ ル ス の 抑 制 に 関 与
することが示唆されたことを包括的に論じた。最後に、これらの知見から家畜の栄養
不 良 や 泌 乳 期 に お け る 生 殖 抑 制 の 脳 内 機 構 が 解 明 さ れ れ ば 、 GnRH/LH パ ル ス の 抑 制
による生殖機能抑制を治療するための新しい技術開発に繋げられる可能性について言
及した。