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大学・研究所にある論文を検索できる 「緑内障濾過手術の現状と濾過胞瘢痕形成の制御」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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緑内障濾過手術の現状と濾過胞瘢痕形成の制御

荒木, 裕加 東京大学 DOI:10.15083/0002002460

2021.10.15

概要

<背景と目的>
 緑内障は、世界で最も多い失明原因のひとつであり、日本における失明原因の第一位となっている。また40歳以上の日本人において5-7%が緑内障に罹患しているという報告もある。緑内障とは「視神経と視野に特徴的変化を有し、通常、眼圧を十分に下降させることにより視神経障害を改善もしくは抑制しうる眼の機能的構造的異常を特徴とする」と定義されている疾患である。
 実際の臨床における治療では、眼圧下降治療が緑内障進行抑制に唯一エビデンスのある治療であり、その方法として主に、点眼薬、レーザー治療、手術が用いられている。手術方法には様々なものがあるが、そのうち、線維柱帯切除術(濾過手術)は最も眼圧下降効果が高く、正常眼圧まで下降させることも可能である代表的標準術式となっている。
 濾過手術では強膜にトンネルを作成し、眼内の房水を結膜下に導く新しい房水流出路を作成する。結膜下に導かれた房水は濾過胞という膨らみを形成する。濾過手術を失敗に導く合併症には多くのものがあるが、その合併症のひとつが創傷治癒過程で起きる濾過流出路の過剰な線維化による濾過胞機能不全である。濾過胞における創部線維化は、結膜やテノン嚢の線維芽細胞によって促進されると考えられており、現在、代謝拮抗薬などの様々な方法を用いて対策がなされている。
 創部の瘢痕化は、結膜やテノン嚢における線維芽細胞が関わっていると考えられている。組織が傷を受けると、線維芽細胞は活性化し、損傷組織まで移動し、α平滑筋アクチン(αSMA)陽性の筋線維芽細胞へと分化し、コラーゲンなどの細胞外マトリックスを合成、収縮性のストレス線維を得る。このストレス線維は細胞外マトリックスと結合し、組織の線維化が進行する。この線維化に関わるメディエイターのうち、TGF-βは濾過手術後の線維化に関連する代表的メディエイターと考えられており、このTGF-βとクロストークし、薬剤ターゲットとしての可能性がある因子として、近年、スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)という生理活性脂質が注目されている。S1Pは細胞増殖、細胞骨格形成、細胞遊走、免疫細胞制御、細胞接着、細胞分化といった多様な細胞応答を媒介している。S1Pはスフィンゴシンキナーゼ(SphK)が、スフィンゴシンをリン酸化して生じた産物であり、このS1Pは肺や心臓、皮膚、肝臓など様々な臓器で線維化に関わると言われている。実際、過去には眼でも、S1Pに対する抗体を併用した濾過手術を行い、線維化を抑制できたという報告がある。しかし、その詳しいメカニズムについてはまだ明らかにされておらず、受容体特異性、起こりうる副作用および副次的効果なども不明である。S1Pの受容体はS1P1-5というGタンパク質に共役して、多様な下流シグナリング分子を活性化している。このS1P/S1P受容体システムが、濾過手術後の線維化に関連し、これを治療ターゲットとすることで、術後の線維化を抑制することができる可能性があると考え、本研究を行った。
 本研究では、まず、緑内障患者の濾過手術前後の房水中のスフィンゴ脂質濃度変化を調べた。次に、ヒトテノン線維芽細胞(HCF)を用いて、S1Pがどのように線維化に関わっているかについて、また、S1P受容体阻害剤を用いてinvitroで検討することとした。

<方法>
 ヒト房水中および濾過胞中スフィンゴ脂質濃度は、濾過手術前後にそれぞれ患者の前房内、濾過胞内から房水サンプルを採取し、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS/MS)を用いて測定した。ヒト結膜線維芽細胞におけるS1P受容体のmRNA発現に関しては、定量的リアルタイムPCR(RT-qPCR)法で検討した。細胞遊走に関しては、ひっかき傷の幅の変化量を計算し、遊走距離とした。細胞生存分析はWST-1アッセイを用いて行った。αSMAタンパク質の発現変化は、ウェスタンブロッティングと免疫細胞染色で検討した。総コラーゲン量の定量はシリウスレッド染色による定量にて行った。コラーゲンタイプIとF-actinタンパク質の発現変化は免疫細胞染色で検討した。S1Pのアンタゴニストとして、S1P1/3アンタゴニストであるVPC23019と、S1P2アンタゴニストJTE013、S1P3アンタゴニストのsuraminを用いた。

<結果>
 手術開始時に得られた房水サンプルからはスフィンゴ脂質は検出できなかった。しかし、手術終了時には、濾過胞内房水サンプル中のS1P,ジヒドロS1P(dhS1P),スフィンゴシン(Sph)濃度は生理活性を持つ濃度まで有意に上昇していた。
 続いて初代培養HCFにおける各S1P受容体の発現を相対的mRNAの発現でRT-qPCRを用いて定量した。S1PS1P2,3のmRNA発現が多く検出された。
 S1PやS1PアンタゴニストがHCF増殖や生存率に与える影響を調べるため、細胞生存分析を行った。様々な濃度でS1P刺激を24時間与えたが、生存HCF細胞数には変化が認められなかった。
 次にS1PがHCF遊走に与える影響を細胞遊走分析にて評価した。HCFの9時間での遊走はS1Pによって抑制された。1µMS1PとS1P1/3アンタゴニストVPC23019両方をHCFに添加すると、1µMS1P単独でみられた場合と同様の遊走抑制効果が見られた。しかし、S1P2アンタゴニストJTE013を1µMまたは10µMで1µMS1Pに追加すると、細胞遊走は増加した。一方で、suraminを1µMS1Pに追加しても細胞遊走抑制には影響がなかった。
 HCFが筋線維芽細胞へ分化する過程においてS1Pがどのように影響するのかについて、ウェスタンブロッティング法にて調べた。1µMS1P刺激を24時間加えた後、筋線維芽細胞のマーカーであるαSMAは有意に増加した。VPC23019またはsuraminを1µMS1Pとともに加えると、αSMAは有意に減少、JTE013存在下では著しく減少した。筋線維芽細胞はコラーゲンなどの細胞外基質産生を行うことで線維化反応を行うので、HCFでコラーゲン産生が増加するかどうかも検討した。1µMS1P刺激によって総コラーゲン量は有意に増加した。S1P受容体アンタゴニストのVPC23019またはJTE013をS1Pとともに添加すると、コラーゲン量は有意に減少した。しかし、suraminを添加しても影響はなかった。
 S1Pおよびこれまでの分析で最も効果が強いと考えられたS1P2受容体アンタゴニストJTE013によるHCFの線維化反応に及ぼす影響について免疫細胞染色を行って調べた。αSMA,コラーゲンI,F-actinの発現は、S1P存在下で多く、JTE013添加で減少した。

<考察>
 以前、東京大学医学部附属病院における濾過手術の術後成績について調査を行ったが、3.8%の症例では濾過胞機能不全となり、再手術が必要であった。再手術の必要はないまでも、濾過胞が限局化すると十分に房水流出増大効果が得られないため、限局化するたびに、癒着した部分をニードリングによって剥離し、十分に濾過胞の範囲を広げる必要があり、34.0%の症例に複数回ニードリングが施行された。一方、無血管で壁が薄い濾過胞では濾過機能が良好に得られる場合も多いが、濾過胞関連感染症が起きやすいとの報告もあり、術後の濾過胞における創傷治癒機転を制御することが、術後成績を左右する重大な課題であると考えた。
 緑内障濾過手術後の線維化反応を制御するには、線維化の機序を詳細に解明することが必要である。本研究では、S1P/S1P受容体が線維化反応に及ぼす影響について着目した。まず濾過手術前後に得られた房水サンプル中のスフィンゴ脂質濃度を調べ、スフィンゴシン、S1P,スフィンゴシンキナーゼによる別の代謝産物であるdhS1Pが濾過手術後に有意に増加していることを明らかにした。今回検出された術後S1Pの濃度が高かったのは、手術操作による出血が原因で上がったと考えられる。そして濾過胞内のS1Pは過剰な線維化反応を引き起こすのに十分な量存在していた可能性がある。
 結膜におけるS1Pの機能がS1P受容体を介して行われていると考え、RT-qPCR法を用いてHCFのS1P受容体1-5のmRNA発現を検討した。既報同様、S1P2,3が特に多く認められた。これらの結果を合わせると、S1PはS1P受容体を介して術後HCFの線維化反応を引き起こしていることが示唆された。
 遊走分析では、S1Pの9時間刺激で細胞遊走は減少し、S1P2アンタゴニストJTE0131または10µMの処理によって遊走は回復した。この結果は、HCFの遊走は主にS1P2とその下流因子によって抑制されていることが示唆される。実際、今回のRT-qPCRでは、S1P2発現レベルはその他のS1P受容体サブタイプに比較して高いことが予想される。過去の報告でもいくつかの他の種類の細胞においてもS1P2を多く発現しているものがあり、この細胞の遊走はS1Pによって抑制された。これらの結果から、S1PはS1P2を介してHCFの線維化反応を促進し、細胞接着や細胞と細胞外基質接着を強固にすることで細胞遊走能を低下させた可能性が示唆された。
 筋線維芽細胞のマーカーであるαSMAはS1P刺激によって増加し、S1P1/3アンタゴニストVPC23019、S1P2アンタゴニストJTE013、S1P3アンタゴニストsuraminの添加によって減少した。この結果は、S1PはS1P1,2,3受容体を介して線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化を促進したことを示唆する。その結果、F-actinの発現や細胞外基質であるコラーゲン産生が増加し、線維化反応が進んだ。先行研究で筋線維芽細胞が収縮線維を発現し、それが細胞外基質タンパク質と結合することで、細胞遊走能が低下するという報告があるが、それと矛盾しない結果であった。
 結論として、本研究では濾過手術直後の房水中にS1Pが生理活性濃度まで上昇していることを明らかにし、S1P2受容体を介して結膜線維芽細胞における遊走を抑制し、S1P1,2,3受容体を介して線維化反応を媒介している可能性を示した。S1P受容体を非活性化することにより、濾過胞機能不全を予防し、濾過手術成績を改善する可能性がある。

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