Angiotensin II type 1 receptor-associated protein deficiency attenuates sirtuin1 expression in an immortalised human renal proximal tubule cell line
概要
序論
加齢の影響により,腎臓では間質の線維化や尿細管の萎縮が生じ,腎機能の低下が引き起こされる.腎機能低下に最も影響を与えていると考えられるのが近位尿細管である.尿細管には抗加齢分子であるSirtuin1(SIRT1)が広く発現しており,糖尿病性腎症の発症などに関わると報告されている.しかし近位尿細管におけるSIRT1 の発現調節機構については不明な点が多い.我々の研究室ではレニン-アンジオテンシン系に関与する Angiotensin II type 1 receptor (AT1R)に結合し,その内在化を促進する事で様々な Angiotensin II(Ang II)による病的刺激を抑制する Angiotensin II type 1 receptor associated protein(ATRAP)を同定し,解析を行ってきた.ATRAP は腎臓の尿細管に広く分布し,特に近位尿細管にその発現が多い.最近我々は高齢 ATRAP 欠損マウスでは腎臓において線維化が亢進し,腎機能の低下が起きること,寿命が短縮することを報告した. その際,高齢 ATRAP 欠損マウスでは高齢野生型マウスに比べて腎臓での SIRT1 の発現が低下していた.またSIRT1 の発現変動はアンジオテンシン II 非依存的であることも示した(Uneda et al., 2017).これまで ATRAP の機能は主に遠位尿細管で Ang II 依存的に働くことを報告してきたが,この結果により近位尿細管では,ATRAP が SIRT1 の発現を正に制御している可能性が示唆された.そこで,本研究では,近位尿細管における ATRAPによる SIRT1 の発現制御の分子機構を解明することを目的とした.マウスを用いた老化実験では解析に時間がかかるだけでなく,個体差も大きく,分子機構の解明が困難であると考えた.そのため,本研究ではクローン化不死化ヒト近位尿細管細胞株(ciRPTEC)の樹立を行い,in vitro で ATRAP による SIRT1 発現調節機構を解析することとした.
実験材料と方法
今回,ヒト近位尿細管初代培養細胞(RPTEC, renal proximal tubule epithelial cell)にテロメラーゼhTERT タンパク質と老化因子 CDKN2A をターゲットとした shRNA を共発現させることにより不死化近位尿細管細胞(immortalized(i)RPTEC)を作成した.その後,限界希釈法にてクローン化を行い,クローン化不死化近位尿細管細胞株(cloned iRPTEC cells)を 12 種類取得した.近位尿細管としての性質確認は,そのマーカーである SGLT2 とDPP4 の発現量を RT-qPCR 法により解析することで行った.さらに,ATRAPと AT1R の発現量についても同様の方法で解析した.SGLT2 及び DPP4 を発現し,かつ十分な AT1R と ATRAP の発現を認めた細胞株を cloned(c)iRPTEC とし,その後の解析に用いた.また,ciRPTEC を用い,SGLT2 の発現量に対する遠位尿細管マーカーである Calbindin1 と AQP2 の発現量を比較し,遠位尿細管のマーカーの発現が極めて少ないことを確認した.さらに,ciRPTEC が AngII や血清飢餓といった刺激に対して正常に反応することを確認した.この ciRPTEC にを用い,SIRT1 で報告されている血清飢餓刺激依存的発現量の変動について,ATRAP 発現抑制 (siRNA によるノックダウン=KD)や欠損(CRISPR-CAS9 によるノックアウト=KO)が与える影響を解析した.
結果
取得した ciRPTEC に対して,Ang II 刺激を行った.その結果,ATRAP mRNA 発現量は低下し,上皮型 Na+/H+交換輸送体(NHE3)mRNA 発現量は Ang II 濃度依存的に上昇した.また,血清飢餓刺激により, ATRAP mRNA 発現量は有意に上昇した.これら結果は,マウスモデルで観察された結果と同様であり,ciRPTEC がin vitro モデルとして適当であると考えられた.
次に,ciRPTEC において,siRNA を用いた ATRAP の一過性な KD を行い,SIRT1 発現に与える影響を解析した.その結果,ATRAP-KD によりSIRT1 のタンパク質発現量が有意に低下した.一方,SIRT1 mRNA の発現量に変化は認められなかった.さらに,血清飢餓刺激について検討を行った.その結果,SIRT1 mRNA 発現量は血清飢餓刺激依存的に有意に上昇した.ATRAP-KD はこのSIRT1 mRNA 発現上昇に影響を与えなかった.一方で,血清飢餓刺激により,SIRT1mRNA の発現が上昇するにも関わらず,SIRT1 タンパク質の発現には影響を与えなかった.
さらに,ATRAP を欠損させた ciRPTEC (ATRAP-KO)を樹立し,SIRT1 タンパク質発現を解析した.その結果,ATRAP 欠損細胞では,非刺激下ではコントロール細胞と SIRT1 タンパクの発現量に差を認めなかった.一方で,ATRAP-KO 細胞では血清飢餓刺激依存的にタンパク質の発現が有意に低下した.この SIRT1 タンパク質発現低下はコントロール細胞では有意には認められなかった.一方で,血清飢餓刺激依存的な SIRT1 mRNA発現の上昇には,ATRAP のノックアウトは影響を与えなかった.
考察
本研究における解析で,ciRPTEC において一過性の ATRAP のノックダウンが,SIRT1タンパク質の発現量を低下させることを明らかにした.この結果は,腎近位尿細管において ATRAP がSIRT 1 タンパク質の発現を正に制御していることを示唆している.一方, ATRAP のノックダウンやノックアウトはSIRT1 mRNA の発現を変化させなかった. ciRPTEC において,SIRT1 タンパク質の発現量は,SIRT1 mRNA の発現量と必ずしも一致せず,血清飢餓によってSIRT1 mRNA 蓄積が誘導されたとしても,SIRT1 タンパク質の蓄積量は変化しなかった.このことは,ciRPTEC におけるSIRT1 タンパク質の存在量が,主にタンパク質合成または安定性のレベルで調節され,mRNA 転写または安定性のレベルでは調節されないことを示すものであると考えられる.SIRT1 は,加齢に伴う慢性腎臓病の病因に関与する分子である.今回の研究は加齢に伴う腎臓の線維化に Ang II-AT1Rシグナル伝達経路と非依存的に ATRAP が関与することを示した我々の報告と合わせて, ATRAP が SIRT1 タンパク質発現を調節し,加齢に伴う慢性腎臓病の発症機序にどのように関与しているかのメカニズム解析の一助になると考える.