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定番商品から画期的な新製品まで──実際に開発へと携わる方に、製品の特性や開発時のエピソード、研究開発職を目指す方へのアドバイスを伺う本企画。
第二回目の今回は、スリーエム ジャパン株式会社にお邪魔し、「スコッチガード™ 防水スプレー」シリーズの開発に携わられている芦澤 正洋さんにお話を聞きました。2016年に新登場した「スコッチガード™ 防水スプレー 速効性」の開発エピソードを中心に教えていただきます。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
スコッチガード™ 防水スプレー 速効性
雨・雪・ドロをはじき、衣類や靴などを守ってくれることでおなじみの「スコッチガード™」シリーズから2016年8月に発売された製品。スプレーして約1分※で防水効果を発揮する日本最速の速効性を持つ。衣類や革靴など幅広く使用可能。
http://www.mmm.co.jp/scotchgard/index.html
フッ素系樹脂の性能を最大限に
まずは、スコッチガード™が水をはじく仕組みについて教えてください。
まず、“はっ水”と“防水”の違いからお話しますね。普段何気なく使っている言葉かもしれませんが、
はっ水… 繊維の目をふさがずに水をはじく→通気性を保つ
防水… 繊維の表面上を完全にふさいで水を浸透させないようにする→通気性もなくなる(雨ガッパのイメージ)
といった違いがあるんです。スコッチガード™は繊維の目をふさがずに水をはじくものなので、厳密には“はっ水スプレー”という表記が正しいのですが、消費者の方にわかりやすくするため“防水スプレー”と表現しています。
はっ水機能のカギになるのが、フッ素系樹脂。スプレーをした直後は、このフッ素系樹脂がランダムな方向を向いていますが、乾くと繊維の一本一本の表面にきれいに並びます。これは、フッ素基の配向性によるもの。フッ素基はほかのものを嫌う性質があり、付着した繊維から離れようとして空気中にきれいに整列した状態になるんです。同じように水や油も嫌うとともに、フッ素基は表面張力が低いため、液体を玉のようにはじくのです。このように、水と油の両方をはじける化学物質はフッ素系樹脂だけなんですよ。
もうひとつ防水スプレーによく含まれるのが、シリコーン樹脂。こちらも水をはじく働きがあります。フッ素系樹脂と違って油をはじくことはできませんが、両方を組み合わせることでより高いはっ水性能を発揮します。本来、フッ素とシリコーンは相性が悪いため、混ぜて使うことは珍しいものの、当社独自のフッ素系樹脂はシリコーンと混ぜてもしっかりと性能を出すことができるんです。もちろんどちらも繊維の1本1本を加工するので、通気性を妨げることはありません。
「衣類・布製品用」や「革靴専用」など、用途が分かれているのにはどんな違いがあるのでしょうか?
安心して使っていただけるように、主に溶剤の成分を変えています。たとえば、いちばん汎用性のある「衣類・布製品用」の場合、コートなどにも使用できるぶん大量に噴射することがあるので、アルコール系の溶剤を使っています。一方で「革靴専用」は、革の加工に使われる染料や仕上げ剤などがアルコールによって溶かされ、液がたれたように跡が残る“色泣き”が発生してしまう恐れがあります。そのため、アルコールを使わないようにしているんです。
また、工業用と家庭用でも成分がだいぶ異なります。お子さんからお年寄りまで、さまざまな場面で使用されることを想定すると、お客様の手元にある期間や安全性の水準も格段に高まってくるのです。
1分というすばやさで、急な雨にも対応
では、「スコッチガード™防水スプレー 速効性」の開発は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか?
防水スプレーは、はっ水効果を発揮するまでに20分ほどかかることが一般的です。そのため、「今からこれを着て出かけようと思ったのに、雨が降ってきた!」というような急なケースには対応していませんでした。しかし、近年日本では急な雨などが多くなっていますよね。そこで、「すぐに効果を実感できる防水スプレーをつくる」というテーマがマーケティング部門で上がり、開発を進めることに。このように、当社では“実感”をもとに開発のテーマが上がることが多いですね。もちろん、調査や統計なども大切ですが、集めたデータはその時点で過去の事例ともとらえられます。未来を考えるうえでも、実感と調査をうまく組み合わせながらニーズを探っているんです。
発売時期はあらかじめ決められており、開発開始時点で残された期間は1年半ほど。安定性試験などの時間もみておく必要があるので、開発にかけられる時間は実質1年もありませんでした。安定性試験は、月日が経ってもきちんと品質が保たれるか確かめるものなので、それだけで最低半年はかかるのです。それでも、決められた期間で、自信を持って世に送り出せる製品をつくる必要があります。「開発が滞ったせいで、予定通り店頭に並ばなかった」は許されないので、スケジュールどおりに開発を進められるよう常に心がけていましたね。
速効性機能の仕組みについても教えてください。
冒頭ではっ水機能についてご紹介したように、防水スプレーは溶剤が乾くことで効果を発揮します。そのため、乾燥までの時間を短縮させて、はっ水成分がすばやく配向できるようにしました。まずは毒性の専門家に確認しながら、厳しい安全基準や、コストなどの条件を満たす材料をピックアップ。そのなかで性能を発揮できそうな組み合わせについて仮説を立て、ひたすら試していきました。どこまで速効性を高められるか実験を重ねていくうちに周りからの要望もレベルが上がっていき、インパクトがある“1分”という短さを目指すことに。かたちになってくると、だんだん欲が出てくるんですよ(笑)。効果を確かめるため、靴や自分の持ち物にスプレーを噴射し、ストップウォッチで1分計ってから水をかけたりもしました。
評価方法の一部を実演してもらった。布のおよそ半分にスコッチガード™防水スプレー 速効性を噴射し、1分後水をかけると……
スプレーを噴射した上半分だけが、見事に水をはじいている。
製品が完成したとき、どんな気持ちでしたか?
完成時はもちろんですが、店頭に並んでいるところを目にしたときにはさらに喜びを感じます。お店の棚は常に取り合いの状態なので、自分たちの製品が並ぶのはとてもありがたいことです。スコッチガード™防水スプレー 速効性は、急な雨が降ったときにぜひ使っていただきたいので、今後コンビニやドラッグストアでビニール傘の横に並べてもらえることが増えればさらにうれしいですね。
研究開発職に就くには?
─広い視野を持って、ときには息抜きも大切に─
大学時代はどんな研究をされていたのですか?
大学では高分子系の研究室にいて、主に有機磁性体の合成をやっていました。3Mのことを知ったきっかけは、すでに入社していたOBから話を聞いたことです。こういった技術職があることを知り、消費者に近いところでダイレクトに反応が返ってくる研究をしたいと考えるようになりました。現在は、フッ素系樹脂を“どう使いこなすか”ということが主体になっているため、大学時代の合成とはかなり違った視点で研究をしています。また、普段の生活でたくさんの人が使用するものをつくるので、健康や環境に配慮したさまざまな規制のもと、限られた材料を使って研究をすることも大きな違いですね。とはいえ、仮説を立てて結論を導き出すまでの流れは共通していますし、開発にはむしろ基礎化学の知識のほうが重要だと感じています。
研究開発職を目指すうえで、どんなことを心がけておくと良いでしょうか?
いちばんは、視野を広く持つことです。今は、あらゆる技術を融合させて新しいものを生み出すパターンが多くなっています。たとえば当社でも、厳しい安全基準のなか限られた材料を組み合わせて、新製品をつくる必要があります。とくにアメリカ本社の開発者たちは、まったく別のフィールドから切り口を見つけて、製品化につなげるのがうまいんです。さすが、一人の天才によって世の中がひっくり返るような社会ですよね。私も負けていられません。
だから、日ごろからいろいろなことにチャレンジすることはもちろん、たくさんの人と話すのも大切です。私は大学でボートのサークルに入っていたので、研究室や学部を越えて、さまざまな分野の人と関わる機会があり、今でも交流が続いています。すると、違う業界で働いている人の話も聞けて、新しい視点を得られることもあるんですよ。また、海外の研究者と交流するために、英語もやっておいたほうがいいですね。
それと、社会人になると生活スタイルがかなり変わるので、息抜きの仕方もぜひ覚えてもらえたらと思います。私も、若いころは寝ても覚めてもがむしゃらに働いていましたが、ときには仕事を忘れることも大切。今では、土日は仕事から完全に離れて、大学時代の仲間とボートを漕ぎに行くなどしています。そうすると頭がすっきりして、一歩下がって冷静にものごとを考えられるようにもなるんです。「なんだ、こうすればいいのか」と、見えていなかったものがスッと見えるようになることも。趣味でも家庭でも何でもいいので、楽しめることや安らげることを見つけていってください。
まとめ
はっ水性や防汚性の高さはもちろん、人体や環境への安全性など、さまざまな視点から研究開発が続けられてきたスコッチガード™ 防水スプレーシリーズ。日本の気候に合わせてさらなる工夫を重ねた結果、“速効性”機能が生まれたのですね。
芦澤さんは、スコッチガード™シリーズの開発・改良になんと20年も携わっているのだそうです。異分野の人との交流や、休日には完全に息抜きすることなど、研究開発者として長く活躍されてきたからこその言葉にはとても説得力があります。厳しい基準をクリアしながら、さらなる性能の向上へ──飽くなき開発者魂を感じました。私たち生活者が便利になる製品を、ぜひこれからも開発していってください!
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