リケラボ理系の理想のはたらき方を
考える研究所

化学実験、バイオ実験のノウハウなど、毎日の実験・分析に役立つ情報をお届け。

ものづくりのコツ:「有機合成実験テクニック」第10回 ー Chem-Stationコラボレーションシリーズ | リケラボ

ものづくりのコツ:第10回「有機合成実験テクニック」

Chem-Stationコラボレーションシリーズ

Twitterでシェアする Facebookでシェアする LINEでシェアする

日本最大の化学ポータルサイト「Chem-Station」さんとのコラボレーション記事。最終回の今回は「ものづくりのコツ」について。著者はChem-Station代表のwebmasterさんです。


というわけで全10回ですので、本記事が最終回となります。最終回は、タイトルにあるとおり、ものづくりのコツ、つまり有機合成化学実験のコツです。

筆者も大学4年生から合成化学研究に関わって19年ほど経ちました。これまで学生から大学教員時代も含めて複雑な天然有機化合物を中心に構造が全く異なるものを10種類以上合成しています。

たぶん得意かそうでないかといえば、これでご飯をたべていけているので得意なほうなんだと思います(実験の方は全然やっていないのでいまでは見る影もないですが)。

加えて、これまで数十人の学生を指導してきました。もちろん、この子は実験がうまいな、センスがあるなと感じた学生もいれば、逆にがんばっているのになにか違うと感じる学生もいました。センスがないといえば片付くかもしれませんが、実はセンスがないと思われていた学生でも急に開眼してできるようになることは往々にしてあります。

いまこの記事をみてギクッとしたひとも安心して自分のペース+αで合成研究に勤しんでください。ここでは一般論として、筆者が考える分子レベルのものづくりのコツを伝授したいと思います。

次にやることを常に考えよう

1つの反応をじっくりみている。そんな人もいるかもしれません。そのような学生は好きですが、効率よく実験を行うためには、同時もしくは時間差で複数の合成実験をすることが一般的だと思います。

1つの反応ではあまり差がなくとも、複数の実験を並行してできるひととできないひとでは時間と内容に雲泥の差があります。それが1日単位ならばよいですが、1年となるともう取り返しのつかないほどに実力の差がついてしまいます

苦手なひとは、次の計画を考えていないんですね。得意なひとは、今反応させている結果を予測し、次の一手を複数考えているところです。実際にその結果を得たときに、迅速に次の行動に移ることができます。

関連しない複数の反応をかけていることを想像してみてください。タイムマネージメントはできていますか?どこで反応をかけて、その反応の合間に、ある化合物の後処理や精製を行う。NMRやMSなどの分析をどこにいれるか。複数になると頭で常に考えていないと、どこかで作業が重複してしまいます。ここでも、1つの可能性だけでなく、問題が起きた場合も考慮し、複数の予定を考えておく必要があります。

筆者が学生の頃は、ヘビースモーカーだったので、実験の区切りがつくたびにタバコを吸いにいっていました。その喫煙所の行き帰り、吸っている間に次の手を考えるんですね。それがよいテンポとなり、短時間でも多くの実験を行うことができました。料理しているとき、スポーツしているとき、テンポが乗っているとなんだか楽しくなってきませんか?逆にそれが乗らないと、何事もうまくいきません。タバコは必要ないですが、テンポよくダンスするように実験をすすめれたらとても迅速に研究をすすめることができます。

あとは、夜寝る前やトイレでも、常に実験のことを考えていました。彼女といるときも、ふと思いついたらほとんど話を聞かず、そればかり考えていました。化学か私のどっちをとるの?と聞かれれば自信をもって化学といえました。

そんなの嫌だという人もいるかもしれませんが、人よりもできるようになるためには人より努力しなければ、よっぽどあなたが天才でない限り無理であることは、賢い読者の皆様ならばわかるはずです。スポーツでも普通に楽しんで練習しているだけでオリンピックに出場できることはないですよね。

というわけで、次にやることを常に考える・できる限り分子のことを考えることが、ものづくりのコツです。

俯瞰して化合物をみよう

化合物の反応する部分は官能基ですね(それ以外が反応することもありますが)。

例えば、アルコールを酸化してアルデヒドにしたい場合。その化合物が官能基をもたず、R–OHとして表せる場合は、OH(反応点)だけ見ていれば良いと思います。

しかし、2つ以上の官能基が存在する場合、そんなに単純ではなく、反応させたくない官能基もケアしなければなりません。2つならまだしも、それが5つ、6つそれ以上あるような複雑化合物ならどうでしょう。反応点だけみていては、他の官能基が反応する可能性があります(副反応)。さらにその副反応から骨格転位したり、さらなる反応が進むかもしれません。

苦手なひとは、反応点に顔を近づけすぎて、まわりがみえていないことが多いんですね。

一方で、得意なひとはかなり遠くから化合物をみている、俯瞰してみているひとが多いです。つまり、いろいろな可能性を考えて反応を考えているのです。一度、一歩引いて化合物の全体像を見渡せるようにすると良いと思います。

自分の好きな反応をみつけよう

有機合成化学研究を続けていると、様々な反応を行うことができます。

自分の手で、分子を自在にいじれることが有機合成化学の醍醐味ですが、変換する対象は、それが研究である限り、いままで報告されたことのない化合物もしくは既知の化合物でも報告されていない反応を行うことが多いです。

そんなときうまく進行した反応は、自分の得意技となるわけです。自分の得意技をたくさんもっていると、別の全く違う化合物の合成の際も応用できることが多々あります。一方で、うまくいかなかった反応もうまくいかない理由やその状況をしっかりと学んでいれば、自分の血肉となっていきます。気をつけなければならないのは、自分がうまく行かなかった反応は、次もつかわないことが多いのです。同じ変換を行うならば自分の得意技でまずはやってみるというのが筋でしょう。

ですから、得意技をつくるのは大事なのですが、うまく行かない反応もうまくいくもの(文献既知の反応)で試してみることをおすすめします。するとなんでうまくいかないのか、化合物特有の問題がみえてきます。試薬の問題や自分の操作の問題でなく、化合物のある部分が問題でうまくいかなかったということがわかれば、得意技と並ぶぐらいの裏技になるかもしれません

得意なひとは、この得意技と裏技を集めるのが得意です。必ず、文献で使われる化合物や、変換した化合物を簡単にしたモデル化合物で試して、その反応自体に問題が無いことを確認しています。

一方苦手なひとは、あまりそのような余裕がなく変換したい化合物で試して、反応しなかった、壊れてしまったで終わりです。その違い1つだったらいいですが、100、1000と経験を積み重ねていくうちに、埋められない差となります。

レシピをみるだけでなく、電子の流れで考えよう

SciFinderなどでうまく検索すれば、そのままでなくとも似たような構造をもつ化合物の望みの変換方法が掲載されている文献は見つかるでしょう。

それを料理のレシピのように再現して反応をかける。だめならば、次。そんな感じの絨毯爆撃法でやっても当たるときは当たります。ただし、完全に思考停止なので頻繁にはおすすめしません。その反応条件で何が起こるかちゃんと理解しているでしょうか。せめて電子の流れ(反応機構)ぐらいかけるようにしたいところです。

そうすると、その反応に使ったもので意味があるもの、ないものが見えてくるかもしれません。もっと言えば、文献に報告がなくとも電子的に等価な反応剤を作用さえれば反応するかもしれません。特にこれが重要で、レシピをコピーしているだけではできない考え方になります。

苦手な人は文献に報告がある条件でないとなかなか反応をかけてくれません。一方で、得意な人は、この反応がいくのならば電子の流れが同じこれを使ってもいくのでは?と反応をやってみます。経験上、それでも望みの化合物はあまり得られないですが、目的と異なる化合物が得られ、それがヒントになったり、新反応開発の一助になったりすることがあります。あまり考えてないなあと思う方。たまには足を止めて、熟考してみてはいかがでしょうか。

とにかく片っ端からいろんな反応をかけてみよう

望みの生成物をつくるのが目的。みなそうですね。そのために適切な反応を選んでいくわけですが、本当に望みの化合物に変換するだけで化合物の性質を理解できるのでしょうか?次もその次の反応も骨格は一緒なので化合物がどんな性質をもっているかを理解することは大変重要です。

そんなときは、酸化でも還元でもアシル化でも、保護でもなんでも片っ端から小スケールでも試せる反応をやってみることです。「そういう試薬をつかうと、○○が反応してしまうから」「酸化条件には耐えれない気がします」

ちゃんと化合物をみて話している分だけましかもしれませんが、実際反応させてみたことはあるんでしょうか?どの酸化条件に耐えれなかった?

これが実験なので、望みでなかった変換反応でも定量的に進行するかもしれません。そして、それをこなすことで生の化合物の特徴を知ることができます。これはデスクで偉そうに指示している先生には絶対にわからない、現場のプレイヤーしかわからない情報です。ただし、その情報を得るためには、目的でない反応をたくさん行う必要があり、比例して時間がかかります。おーこんな反応いくんだ。この反応ではTLCがきれいだなあ。と楽しんで反応させてみてください。危ないこと以外はやっていけないことなどありません(あ、高価な試薬はあまり使わないでください)。

ディスカッションしよう!

よくいうホウレンソウというやつですね。苦手な人は、それも苦手な人が多く、報告会ではじめて全然進んでいないことが表明します。なぜ進んでいないんだといわれ更にディスカッションしづらくなる。一方で、できるひとは先輩や先生から、得られる情報を最大限に吸い取っていきます。吸い取るためにはディスカッションすることです。筆者はいきなりいわれて先生に完勝する自信はありませんでしたが、理論武装し現場の知識をもっていろいろな反応を試していたので、ほとんどの質問に答えることができました。それは意味ないなあと思う助言もありましたが、関係ない助言から、「まてよ、その考えこちらにも使えるんじゃ??」と思ったことはたくさんあります。

そんな経験なくとも、ディスカッションできないひと=苦手なひと(コミュニケーションの問題を除いて)はほぼ100%間違いないと思います。勇気を出して、聞いてみましょう。

最後に

かなり一般論を述べましたが、いかがでしょうか。何をいっているのかわからないひとは多分苦手な人です。そんなのわかっているよというひとは多分得意な人です。ここに記載したことは有機合成化学実験のみならず、研究、ひいてはすべてのお仕事に関係してくると思います。最初に述べたように、センスだけで語れず、苦手なひとも得意になることはよくあることなので、ここに書いたことを参考にしつつ、がんばってみてください。

というわけで、10回分の有機合成テクニック、これで筆を擱きます。1年間読んでいただいてありがとうございました。

Chem-Station

Chem-Station

Chem-Station(略称:ケムステ)はウェブに混在する化学情報を集約し、それを整理、提供する、国内最大の化学ポータルサイトです。現在活動18年目を迎え、幅広い化学の専門知識を有する100名超の有志スタッフを擁する体制で運営しています。

関連記事Recommend