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【高校生向け】地球温暖化対策に向けた注目の技術、人工光合成とは?│リケラボ

【高校生向け】地球温暖化対策に向けた注目の技術、人工光合成とは?

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年々夏の暑さが増していますね!昨年2023年の日本の夏(6〜8月)の平均気温は、観測データがある1898年以降の125年間でもっとも高く、平年より1.76℃も高かったそうです。この暑さ、実は日本だけではなく、6〜8月の世界平均気温も観測史上最も高かったそうです。地球温暖化を肌で感じるような夏でしたね。

地球温暖化につながる温室効果ガスの二酸化炭素などは主に化石燃料の燃焼で発生します。そのため二酸化炭素を出さない、または二酸化炭素を減らしていく技術は地球温暖化対策となります。今回はその対策の1つとして研究開発が進んでいる「人工光合成」について紹介します。

光合成といえば植物の行う反応なので「生物」の研究かな?と思う人も多いかもしれませんが、人工光合成技術は化学を駆使しています。化学を使って地球環境を守る研究がしてみたい高校生はぜひ読んでみてください!

植物の光合成を参考にした人工光合成

「光合成」は中学校の理科で「植物が光エネルギーを使って、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)から酸素(O2)とデンプンを作る反応」と習いますよね。高校の生物ではもう少し踏み込んで「植物の細胞の中にある葉緑体が太陽光を吸収して、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)から炭水化物などの有機物を作る反応」と、習うと思います。

実はこの一連の流れは大きく前半と後半に分かれています。前半では、「葉緑体が太陽光を吸収したあと光と水から、酸素と水素イオンと電子を作る」プロセスが行われています。これを光合成における明反応と呼びます。太陽光のエネルギーがこの反応を可能にしています。反応式に表すと以下の通りで、2つの水分子(H2O)を4電子酸化し、酸素(O2)を生成します。

2H2O → O2 + 4H+ + 4e-
(H2O:水、O2:酸素、H+:水素イオン、e-:電子)

このときできた酸素が地球上に放出されて、動物が生かされています。

次に後半の反応です。

生じた水素イオンと電子は、植物の生命活動に必要な有機化合物を作ることに利用されます。「二酸化炭素(CO2)と水(H2O)から、有機物を合成する」このプロセスを暗反応と呼びます。もう少し詳しく言うと、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)から糖を合成し、そこからショ糖、デンプン、セルロース、脂肪酸、アミノ酸などが合成されます。

このようにして植物は光と二酸化炭素を吸収して、自らの生命を維持するための有機物を合成しています。その過程で、我々動物が必要な酸素を放出してくれているのですね。

この植物の光合成の一連の流れを再現しようとしているのが、人工光合成の研究です。

(暗反応の有機物の合成では、明反応の過程で得られた酵素を利用して合成が進んでいますが、今回の説明では割愛しています。詳しくはこちら

人工光合成で二酸化炭素削減が叶うわけ

ところで、どうして人工光合成の研究が地球温暖化対策、つまり二酸化炭素削減につながるのでしょうか?人工光合成は、植物の代わりに二酸化炭素を吸収して酸素を放出するシステムを作ることだけと誤解されやすいのですが、実際はそうではありません。

先ほど、植物の光合成は、明反応と暗反応の2つのプロセスに分けられることを説明しました。「人工光合成」も同じように、水を分解する反応と、分解してできた産物から有機物を合成する反応の2段階で研究されています。

・明反応:太陽光と光触媒で水(H2O)を水素(H2)と酸素(O2)に分解するプロセス

・暗反応:分離した水素(H2)と二酸化炭素(CO2)から触媒を使って有機物を合成するプロセス

(※どちらも触媒が重要な働きを担っていますね。化学反応を速く効率的に、省資源で、そして望むものだけ進ませるために、触媒が用いられます。触媒は、自らは変化しませんが化学反応に非常に重要な役割を持つため、人工光合成のほかにもさまざまな用途の触媒が開発されています。)

明反応で得られた水素は、そのまま水素エネルギーとして利用できます。水素は、二酸化炭素を排出しない次世代エネルギー源として、水素社会の実現に向け、強力に推進されていますよね。その他にも得られた水素を使って、ギ酸、アルコール、過酸化水素水など近代の産業や生活に必要な化学物質を合成することも検討されています。

また、暗反応でも二酸化炭素排出を大幅に削減でき、地球温暖化対策になります。暗反応でつくろうとしている有機物は、プラスチックの原料となるオレフィンなどの有用化学品です。水と二酸化炭素と太陽光だけでプラスチックが作れるなんて驚きですよね。

通常、プラスチック製品の原料となるオレフィンは、ナフサという石油由来の液体を約850℃の高温で熱分解して作られます。この工程で年間3100万トンの二酸化炭素が排出されますが、石油を使わずに人工光合成でオレフィンを作れば、排出量が大幅に減らせます。また工場の排気ガスに含まれる二酸化炭素を暗反応(オレフィン合成)に利用すれば、そこでも排出された二酸化炭素が削減できます。ちなみに日本は石油使用料の95%を輸入に頼っています。石油を買わずに済み、同時に二酸化炭素の排出を減らすことができるなんて、まさに一石二鳥ですよね!

このように、人工光合成によって、水素を製造したり、化学産業の大幅な二酸化炭素排出量の削減を実現することで温暖化対策に役立てようと研究が進められているのです!

人工光合成図
(リケラボ編集部作成)

世界をリードする日本の人工光合成研究

人工光合成の研究は、明反応をいかに効率よく実現するかが実用化に向けての重要課題となっており、特に力を入れて研究が行われています。明反応を人工的に起こすには触媒(光触媒)が欠かせません。そのため、効率の良い触媒の開発がさまざまな研究機関で進められていますが、実は、ある物質が触媒となって明反応を起こすことを発見したのは、いまから約60年前の日本人研究者です。

1967年の春、東京大学の大学院生であった藤嶋昭さんが、助教授だった本多健一さんの指導の下、実験中に偶然、「酸化チタン(TiO2)に光を当てると、そのエネルギーによって水が水素と酸素に分解される」という現象を発見しました。白色ペンキなどにも使われている身近な酸化チタンに光触媒としての効果があるというのは驚きの発見でした。1972年、世界的に最も有名な科学雑誌の1つであるNature誌でこの研究結果が発表され、世界的にも「本多・藤嶋効果」として知られるようになりました。

酸化チタン光触媒による活性酸素の生成
© 2014 佐藤健太郎
▲図1:酸化チタン光触媒による活性酸素の生成© 2014 佐藤健太郎

この酸化チタン光触媒は、建物や便器の表面の汚れを分解するコーティング剤として広く利用されています。一方で、太陽光エネルギーのうち紫外線のみを用いるものであるため、大量のエネルギーを取り出すには至りませんでした。

2006年、堂免一成さんらにより世界で初めて可視光線を吸収して水を分解可能な光触媒がNature誌に報告されました。可視光線は紫外線よりもエネルギーとして利用できる波長が広いです。紫外線のみを利用したときには、全エネルギーを水の分解反応に使えたとしても太陽光のエネルギーのわずか3.3%ほどしか使えないものでしたが、可視光を利用できれば、太陽エネルギーの10〜30%を利用できる可能性があります。この報告以降、日本人の研究者がリードして、多くの可視光吸収光触媒が開発されていきます。

こうして可視光線が利用できる光触媒の開発により、人工光合成の実現可能性が高まったことで、日本では人工光合成の研究が盛んに行われるようになりました。2012年からは複数の大学と民間企業が協力して人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)というチームを結成し、大規模な研究が進められています。

実用化はいつ?課題は?

人工光合成はいつ実用化されるのでしょうか?

2019年に光触媒シートを利用した大規模な実証実験が行われました。屋外に100㎡の光触媒パネルを設置し1年以上の試験を行い、その効率と安全性を確かめたのです。ガラス基板上に水素と酸素を発生させる2種類の触媒を貼り付けた構造の光触媒シートを用いています。この試験では安定して人工光合成による水素を得ることに成功し、研究成果は、2021年に学術誌Natureに掲載されました。ただし、効率という面でまだまだ課題が残っています。

人工光合成図
出典:Science Window「自然に学び、未来を築け 人工光合成への挑戦 ≪特集 令和2年版科学技術白書≫」(2020-11-26)科学技術振興機構(JST)

人工光合成研究の課題

太陽エネルギーによって水を分解して水素と酸素を生み出す効率を、太陽エネルギー変換効率(STH)といいます。変換効率をあげるには、最初の段階(明反応)で、水を水素と酸素に分けるための触媒(光触媒)の性能を上げることがカギです。

ARPChemの試算では、人工光合成由来の水素が国内で普及するためには、このSTHが10%を超える必要があるとしていますが、2019年の実証実験ではSTHが最大で0.76%でした。2023年に2種類の触媒を貼り付けた構造の、光触媒シートとは別の構造の光触媒装置(タンデム型光触媒)でSTH10%を達成しましたが、作るのが非常に高価なため、現在はシート方式での研究が先行して進められているようです。

加速する日本の光合成研究

現在ARPChemは第2期が進行中です。人工光合成のさらなる効率化を目標に、日夜研究が進められています。以下にARPChem参加企業と大学の一部とその取り組みについて紹介します。一見エネルギーに関係がなさそうな企業も参画しているのが興味深いですね。

(ARPChem第2期参加企業と大学の研究内容)
三菱ケミカル株式会社:
触媒開発技術に強みを持っている三菱ケミカル株式会社は、ARPChemの中で第1期からプロジェクトリーダーを担っています。光触媒などの開発などプロジェクトの中心として活躍しています。

大日本印刷株式会社:
光触媒シートは、印刷機を使って基板上に光触媒を塗布します。大日本印刷株式会社は、スクリーン印刷という簡単な方法で基板に粉末の光触媒ペーストを塗布して作る技術を開発し、人工光合成装置の更なる低コスト化を目指しています。

トヨタ自動車株式会社:
トヨタグループの豊田中央研究所では、1メートル角の太陽電池のセルで、世界最高のSTH10.5%を実現しています。ARPChemの参画は第2期からで、トヨタ自動車の技術力が加わることに期待が寄せられています。

信州大学:
先鋭材料研究所の堂免特別特任教授を中心とする研究チームは人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)、東京大学、産業技術総合研究所、宮崎大学と共同で、細長いナノロッド状の窒化タンタル光触媒を用いて、太陽光を利用して水を高効率に分解できる赤色の光を透過する酸素生成光電極を開発しています。

東京理科大学:
理学部第一部応用化学科工藤研究室では、面白い結晶構造を持ついろいろな無機化合物を合成して、それらの電子構造を理解すると同時に、光触媒活性や光電気化学的な物性を調べています。水を分解する光触媒だけでなく、水とCO2を分解する光触媒の研究も行っています。

ARPChem参加企業と研究機関一覧
参加企業:INPEX、JX金属、大日本印刷、デクセリアルズ、東レ、トヨタ自動車、日本製鉄、フルヤ金属、三井化学、三菱ケミカル、京セラ
参加機関:東京大学、信州大学、東京理科大学、産業技術総合研究所、東北大学、京都大学、名古屋大学、山口大学、宮崎大学、岐阜大学

まとめ

現在の社会は、石油をはじめとする化石燃料を消費して繁栄してきました。化石燃料は過去に地球に降り注いだ太陽エネルギーを植物が変換したものです。化石燃料を利用する社会は、過去の太陽エネルギーを利用していると考えることもできます。その結果、大量のCO2が排出され、地球温暖化という難題が浮上しました。

一方で、人工光合成は、現在の太陽エネルギーを積極的に資源として利用することを可能にする技術です。地球環境を守るために、化学が果たす役割は大きいです。

人工光合成により、私たちの世界が過去のエネルギーを消費していく世界から、エネルギーを循環させる世界へとアップグレードされる、そんな未来を考えるとなんだかワクワクしますね! 

記事執筆:吉田拓実(東京大学大学院 農学生命科学研究科 博士課程修了 博士(農学)/ 再考編集室 編集記者 / さいこうファーム 農場長)
記事監修:秋津貴城(東京理科大学 理学部第二部 化学科 教授)

リケラボ編集部

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