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近年、富士山への登山が人気です。筆者はこれまで富士登山に4回挑戦し、2回山頂まで到達しました。山頂まで登れなかったのは、9歳と10歳のときで、はじめて山頂に到達したのが14歳でした。4回目は21歳のときで、このときはご来光も見ることができ、夜が明けるとき陽の光が差し込む瞬間がとても美しかった記憶があります。
富士山頂の標高は3,776m。山頂に向かって登っていくにつれて気圧が低下し、酸素も薄くなります。そのような富士山の山頂で、おいしくご飯が食べられるのでしょうか。
富士山での炊飯はうまくできない
富士山の山頂付近で炊飯をしてご飯をおいしく食べることは可能でしょうか。
炊飯を試した人によると、表面は柔らかいにも関わらず、中身には芯が残っていて固くておいしいものではないとのことです。ではなぜ、おいしくお米が炊けないのでしょうか。
それは、富士山の標高が高いため、炊飯している水の沸点が低くなり、お米の中心まで高熱にならないからです。さらには、沸点が低いために水がすぐに蒸発してしまうことで水の減りが早く、水がすぐに少なくなってしまって焦げやすいからです。
今回は、沸点や沸騰とはいったいどういう現象なのかを説明していきます。
蒸気圧について
はじめに、蒸気圧について説明します。
水というと、皆さんは普段から飲んでいる液体の水を想像するのではないでしょうか。
実は、化学の世界で「水」は、化学式でH2Oと表し、気体、液体、固体のすべての状態を示します。普段の生活では、気体のH2Oを水蒸気、液体のH2Oを水や水滴、固体のH2Oを氷と呼んでいますね。この物質の3つの状態を「物質の三態」といいます。それぞれの状態は次のようになっています。
物質の三態の変化には、上の図に記載したようにそれぞれ名前がついています。特に気体から固体への変化である「凝華」は2022年の高校化学のすべての教科書で使われるようになった用語です。ぜひ知っておいてくださいね。
同数の分子が気体と液体で存在するとき、その体積はどれくらい違うのでしょうか。
H2Oが18gあったとします。これが全て水蒸気で存在したとき、0℃で大気圧(1013hPa)の下では、22400 mLを示します。家庭用の大きなゴミ袋の約半分の大きさです。それに対して、液体の水が示す体積はたった18 mLです。すなわち体積は、22400 mLが18 mLと1000分の1以下になっていしました。これは、気体の体積は、水分子の一粒一粒が激しく運動している空間に対して、液体の体積は水分子どうしが結びついてしまうので、体積が小さくなるからです(図1)。
室温付近の水分子の状態
25℃(室温)付近ではH2Oはどのような状態で存在しているでしょうか。
「H2Oの沸点は100℃だから、25℃では水蒸気は存在できないのでは?」と思っている人がいるかもしれません。でも水蒸気はちゃんと存在します(沸点については後ほど説明をします)。
水蒸気は目には見えませんから、本当に存在するのか疑ってしまいますね。もし水蒸気が部屋に存在していなかったら空気がカラカラに乾燥していて、とても過ごしにくいことでしょう。
水蒸気は温度ごとに存在できる最大量が決まっています。その量は中学校の教科書では、飽和水蒸気量で表されます。ただ、高校以上では、水蒸気の量は圧力で表されます。その値を蒸気圧もしくは飽和蒸気圧といいます。そして、蒸気圧と温度との関係を示すグラフを蒸気圧曲線といいます。蒸気圧は温度が一定であれば容器の体積に関係なく一定の値を示し、温度が上昇するとともに大きくなります。これは、温度が高くなると、液体中の水分子が大きな運動エネルギーをもち、気体になる分子が増えるためです(図2)。
例えば25℃において、H2Oのみが入っている容器の中はどうなっているでしょうか。
容器内に液体の水だけを入れて体積を一定に保つと蒸発(点線矢印)が起こり、水蒸気が発生します(図3)。
やがて、水蒸気が入れる限界量に達します。そのまま蒸発が起こり続けると限界量を超えてしまいますが実は同時に凝縮(実線矢印)も起こっています。したがって、蒸発する分子と凝縮する分子の数が等しくなり、見かけ上、蒸発も凝縮も起こっていない状態になります(図4)。
この状態を気液平衡(きえきへいこう)といい、このとき水蒸気が示す圧力が先ほど出てきた蒸気圧です。蒸気圧は「気液平衡時に示す圧力」のことですが、言い換えると「水蒸気がその温度で示すことができる最高の圧力」です。温度が一定ならば蒸気圧は一定を保ちます。
蒸発と沸騰の違い
100℃とは大気圧下(1013hPa)での水の沸点です。
実は100℃にならなくてもH2Oが蒸発することは先ほど紹介しました。では、蒸発と沸騰はどう違うのでしょうか。
蒸発とは物質の状態変化の一つで、「液体から気体になる現象」のことをいいます。水が水蒸気になる変化のことであり、蒸発は25℃でも液体の表面で起こっています。
皆さんがお湯を沸かしているときに、ぶくぶくと気泡が発生している様子をみて、「お湯が沸騰しているよ~!」というでしょう。沸騰とは、「液体内部から蒸発が起こり、気泡が発生する現象」のことをいいます。この現象は、「液体の蒸気圧と外圧(大気圧)が等しくなる」まで加熱をすると、図5のように水(液体)内部から、水蒸気(気体)が大気圧に打ち勝って発生します。
大気圧1013hPa のとき、沸騰する温度すなわち沸点は100℃になります。それに対して、富士山の山頂付近の気圧は約630hPaなので、沸点は約87℃までしか上がりません。加熱しても100℃に達しないので、お米の中心に硬さが残りおいしく炊けないし、お茶などを飲むとぬるく感じます。表に、場所と圧力とそこでの沸点をまとめました。
気圧と水の沸点
例 | 圧力 | 沸点 |
---|---|---|
エベレスト山頂 | 300 hPa | 70℃ |
富士山頂 | 630 hPa | 87℃ |
大気圧 | 1013 hPa | 100℃ |
圧力鍋 | 2026 hPa | 120℃ |
圧力鍋の原理
圧力鍋は、特殊な構造の蓋で容器内部を完全に密閉させることで、容器内の圧力を約2026hPaまで高めることができます。このとき沸点が約120℃になるのでH2O分子の熱運動が活発になり、肉や野菜などの内部までH2O分子が浸透しやすくなるため短時間での調理が可能になるのです。(図6)。
ただし、容器内部の圧力が2026hPaを超えると、蓋などが壊れて吹き飛んでしまい危険なので、安全弁が作動してそれ以上の圧力にならないよう水蒸気を逃がします。実際に、富士山の山小屋では圧力鍋を使って炊飯することで、おいしいお米を提供しています。
夏場に冷たいペットボトルがびしょびしょになるのはなぜ?
夏場、冷蔵庫から取り出したばかりのペットボトルを持ち運んでいると、表面がびしょびしょになってしまいます。これも蒸気圧の仕業(しわざ)です。温かい空気中では水蒸気でいられたH2Oが、冷たいペットボトルの表面で温度が下げられると、水蒸気で存在できないため水が生じます(図7)。
冬場にメガネをかけたまま温かい部屋に入るとメガネのレンズが曇るのも、同じ原理です。冷えているメガネのレンズに温かい空気に含まれている水蒸気が触れると、温度が下がって水蒸気が存在できないため水が生じ、レンズを曇らせたわけです。
まとめ
今回は、皆さんの身近なところで起きている現象を科学的に説明しました。普段何気なく触れている身近な現象の多くは、理科を学ぶと、なぜ起こるのかが分かるようになります。面白いですよね!
皆さんも、普段から「なぜそうなるのだろう」と疑問に思うことを大切にしてください。そうなれば、理科がどんどん面白くなっていきますから!
記事執筆・画像撮影・作成:西村能一(明治大学理工学部応用化学科卒 / 7年間の私立高校教諭勤務を経て、現在は予備校講師)