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オーキシンとは

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オーキシンとは

オーキシンとは重要な植物ホルモンの1つです。「ホルモン」という言葉は、「刺激するもの」という意味のギリシャ語に由来しています。1905年に動物生理学の分野で「体内の特定の場所で生産され、体液中に分泌されて他の場所に運ばれ、運ばれた先の器官に作用し、一定の変化を与える化学物質の総称」としてホルモンが提唱されました。植物においては1930年代に植物ホルモンという言葉が使われるようになりました。植物ホルモンは動物のホルモンより定義がゆるやかで「植物が自分で合成し、微量で広範な生理作用を示す物質」として認められています。

オーキシンは植物ホルモンの中で最も古くから研究されてきたものです。植物の茎が光の指す方向に伸びるのを不思議に思ったことはありませんか?この現象に関係しているのがオーキシンです。植物に光が当たると、オーキシンは影となっている側に集まります。オーキシンには成長を促進する作用があるため、影側が成長することになります。その結果、植物は光の方向に曲がるのです。その他にも細胞の分裂・分化・伸長を介して、根や葉などの器官発生、果実の成熟など、植物の発生と成長のほぼ全てに関与しています。そのため、農業分野でも挿し木の発根促進、果実の品質管理など広く利用されています。

また、オーキシンという名前の化合物自体は存在せず、オーキシンとしての作用を持つ物質の総称を指しています。代表的なものとして天然物のインドール-3-酢酸(IAA)や4-クロロインドール-3-酢酸(4-Cl-IAA)、合成物の2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)などがあります。

オーキシン発見の歴史

オーキシンの発見のきっかけは進化論で有名なチャールズ・ダーウィンらが行った、植物の光屈性に関する生理学的研究でした。

1880年、ダーウィンはイネ科植物を用いた実験で、幼葉鞘(イネなどの単子葉植物において、発芽時に最初に地上に現れる部分)の先端部分が、植物が光に向かって伸びる性質に重要な働きをすることを示しました。実験では幼葉鞘先端を不透明なもので覆った場合と覆わなかった場合の比較がされています。その結果、幼葉鞘の先端に光が当たらないと植物は屈曲しない一方で、少しでも光が当たると、その方向に屈曲することが分かったのです。この結果から、ダーウィンらは光を感じる部位は幼葉鞘の先端にあり、何らかの影響が先端から下部へ伝わり、屈曲した成長が引き起こされると考えました。これがオーキシンの発見につながっていきます。

1910年、ピーター・ボイセン・イェンセンは幼葉鞘の先端を切除する実験を行いました。幼葉鞘の先端を切除した場合、一方向から光を当てても屈曲しません。しかし、切除した先端を戻してから光照射すると下部の屈曲が起きることが分かりました。

1928年、フリッツ・ワーモルト・ウェントによってさらに踏み込んだ実験が行われました。ウェントは、幼葉鞘の先端を切り取り寒天の上におき、光を浴びせました。その後、先端を切除した幼葉鞘の片側にその寒天を乗せると、乗せてない側に向けて植物が屈曲することが分かったのです。このことは、光が当たった幼葉鞘の先端から何らかの物質が寒天に移り、その物質が切断された幼葉鞘に移り、植物を屈曲させたことを示します。さらに、同様の実験を一方向から光を照射した場合で行いました。光側と影側の寒天の効果を調べたところ影側のほうが大きな屈曲を引き起こしたことから、先端からの成長因子が光によって影側に移動したと考えました。ウェントが行ったこの方法は、アベナ屈曲テストとして現在でもオーキシンの生物検定に使われています。

ウェントの示した考えは同時期に重力屈性による研究を行っていたニコライ・コロドニーが示唆したことと一致することから、コロドニー・ウェント説として知られるようになります。その後、この成長因子はフリッツ・ケーグルらによりオーキシン(auxin)と名付けられ、1934年に光刺激伝達物質と同様の性質を持つ物質としてインドール-3-酢酸(IAA)が単離されました。このIAAは1935年にカビから、そして1946年にトウモロコシ未熟種子から単離され、植物が生産するホルモンであることが明らかになりました。

少しずつ解き明かされるオーキシン合成の謎

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オーキシンが発見されてから70年近く、その生合成については明らかにされていませんでした。しかしその謎は、近年の分子生物学や質量分析技術の発展で次第に明らかになってきています。シロイヌナズナというモデル植物による実験で、オーキシンの1つであるIAAの主要な合成経路が明らかになりました。IAAの合成はアミノ酸のトリプトファンから始まります。トリプトファンをトリプトファンアミノ基転移酵素(TAA)という酵素の働きによって、インドール-3-ピルビン酸(IPA)に変化させ、その後フラビンモノオキシゲナーゼ(YUCCA)という酵素の働きによりIAAが合成されるのです。また、この合成経路の研究から、これまでの定説とは異なる発見もありました。

IAAは長らく植物の茎頂周辺の若い組織で作られて、それが葉や根に移動すると考えられていました。しかし、IAAの生合成に関わるTAAやYUCCAといった酵素は茎頂付近の若い組織だけでなく、葉や根などのさまざまな組織でも作られていることが分かったのです。この結果から、IAAは茎頂だけでなく植物のさまざまな器官で合成されていることが明らかになりました。さらに、根でIAA合成ができない変異体による研究から、根で合成されるIAAは根の形成に重要な働きを持つことも明らかになりました。このように、さまざまな組織で合成されるIAAはそれぞれ重要な役割を果たしていることが分かってきているのです。

宇宙農業とオーキシン研究

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オーキシンは、光による成長制御と同様に重力による成長制御の機能がよく知られています。植物の種はどのような向きで土に落ちたとしても、地上に向かって葉や茎が伸び、地下に向かって根が伸びます。この現象は重力によるオーキシン分布の偏りによって引き起こされます。オーキシンの機能があるから植物は地下に根を張り、水や栄養を吸収することができるのです。それでは、重力が非常に小さい宇宙では植物はどのように成長するのでしょうか?この疑問については実際に宇宙空間で実験が進められています。

1998年、スペースシャトルディスカバリーによって向井千秋さんらが宇宙に9日間滞在するSTS-95ミッションが行われました。そのミッションの中でイネとシロイヌナズナを宇宙で発芽させる植物実験も実施されたのです。その結果、宇宙空間では地上部と根の成長方向が十分に制御されず、根が地上部の茎と同じ方向に伸びたりするものが見られました。これはオーキシンの分布が適切に起こらなかったことが原因と考えられます。

将来人間が地球外で長期に活動することを想定し、宇宙での植物栽培技術確立を考えたこのような宇宙植物実験は、現在も国際宇宙ステーション(ISS)などを活用して進められています。

研究が進む植物ホルモン

植物の成長を制御する植物ホルモンの研究はオーキシン以外にも進められています。オーキシン以外に古くから知られているものには、ジベレリン、サイトカイニン、アブシジン酸、エチレンの4種類があります。ジベレリンは種なしブドウづくり、エチレンはバナナの熟成などでも有名です。最近ではこれらの植物ホルモンに、ブラシノステロイド、サリチル酸、ジャスモン酸、ストリゴラクトン、そして生理活性ペプチド類が加わっています。これらの植物ホルモンには以下のような機能が明らかになっています。

ジベレリン 茎伸長促進、種子休眠打破・発芽促進、花芽形成誘導、単為結実誘導、果実成長促進
サイトカイニン 細胞分裂促進(オーキシン共存下)、カルスからのシュート形成誘導、側芽成長促進、茎頂成長阻害、葉拡大成長促進、気孔開口促進、緑化促進、老化抑制
アブシジン酸 種子・芽発芽抑制、種子や芽の休眠誘導、茎・根成長阻害、器官脱離促進、気孔閉鎖促進、老化促進
エチレン 茎伸長成長阻害、器官脱離促進、果実成熟促進、花や花弁のしおれ促進、葉上偏成長誘導、不定根形成促進
ブラシノステロイド 茎伸長促進、葉身屈曲促進、発芽促進、花粉管伸長促進、ストレス耐性(耐病性、耐塩性、耐冷性等)の促進
サリチル酸 発芽、呼吸、低温応答、老化などの制御、免疫応答
ジャスモン酸 果実の着色、病害虫の防除
ストリゴラクトン 茎側芽の休眠維持、アーバスキュラー菌根菌の共生促進、根寄生雑草の種子発芽
生理活性ペプチド類 これまでに複数のペプチドホルモンが見つかっており、その機能はさまざま

まとめ

今回紹介してきたように、オーキシンは植物の形態形成や環境応答を制御する重要な植物ホルモンです。その研究は1880年のダーウィンの実験から始まり、現在でもさまざまな角度から進められています。私たちの「食」を支える植物の研究はいつの時代もホットなテーマなのですね。

記事執筆:吉田拓実(東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了 博士(農学)/ 再考編集室 編集記者 / さいこうファーム 農場長)

リケラボ編集部

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