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ゲノム解析とは

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ゲノム解析とは

ある生物の持つDNAの全塩基配列を明らかにすることをゲノム解析と言います。ヒトの全ゲノムを解読することを目標として、1990年に米国で開始されたヒトゲノム計画を中心に、ゲノム解析技術は大きく進歩してきました。ゲノム解析が完了し、その配列が公開されている真核生物(細胞内に核を持つ生物)は6480種もあります(2021年3月時点)。

DNA、遺伝子、ゲノム

ゲノム解析のゲノムという言葉は、生物の遺伝に関連して頻出する言葉です。同様の場面でよく使われる言葉にDNAや遺伝子があります。ゲノム解析に似たようなものとしてDNA鑑定や遺伝子診断を耳にすることもあると思います。混同されやすいこれらは、少しずつ定義が異なっています。

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DNA:

DNAはデオキシリボ核酸(Deoxyribonucleic Acid)の略称です。デオキシリボースという糖にリン酸と塩基が結合した分子が1単位となり、それがいくつも連なった構造をしています。DNAの中で分子ごとに異なっている部分が塩基です。塩基にはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4種類があります。DNAは塩基を内側に向けてAとT、GとCがペアとなって結合している2本の鎖のような構造をしており、それを指して二重らせん構造と言います。この塩基配列は生物の特性を決める情報を持っています。親と子が同じ性質を持っているのは、DNAの塩基配列を受け継いでいるためなのです。このことからDNAは「生命の設計図」とも呼ばれています。

遺伝子:

DNA配列のすべてが遺伝情報を持っているわけではないと考えられています。配列の中で、遺伝情報を持っている部分を遺伝子と言います。ヒトの場合、遺伝子はおよそ2万種類ほどとされています(2023年時点でも正確な数は確定していません)。また、遺伝子部分以外のDNA配列がどのような働きをしているのかについては現在も研究が進められています。

ゲノム:

ゲノム(genome)とは、遺伝子(gene)と「全体」を意味する接尾語(ome)を合わせてつくられた造語です。1920年にハンス・ヴィンクラーによって「配偶子が持つ染色体の1組」として定義されました。配偶子とは精子や卵子といった生殖細胞のことで、染色体というのはDNAがタンパク質と結びついて複雑に折りたたまれた構造のことです。ヒトの場合、一般的に46本の染色体を持っています。その後、1930年に木原均によって「ある生物をその生物足らしめるのに必須な遺伝情報」と再定義されます。つまり、ヒトゲノムという言葉を使った場合、それはヒトが持つ全DNA配列のことを指しています。

ゲノム解析時代の幕開け、ヒトゲノム計画

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1928年にフレデリック・グリフィスが、そして1944年にオズワルド・アベリーが肺炎球菌を使った実験を行い、生物の遺伝物質はDNAであることを明らかにしました。そして、1953年のジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによりAとT、GとCがペアとなった二重らせん構造モデルが発表され、DNAの構造が解明されました。ここから生物学者たちの興味が、DNAの構造と組成の解明から、その配列と機能の解明へと移っていきます。これがゲノム解析時代の幕開けと言えます。

1956年、アーサー・コーンバーグがDNA合成酵素の単離に成功し、DNAの人工合成が可能となります。1960年代にはマーシャル・ウォーレン・ニーレンバーグによりDNAとタンパク質の関係をつなぐコドン表が完成します。1977年にはフレデリック・サンガーによりサンガー法、ウォルター・ギルバートによってマクサム・ギルバート法という2つのDNA配列解析方法が開発されました。さらに、1983年にはキャリー・マリスによりDNAを効率よく増幅させるPCR法が確立されます。DNAに関するこれらの発見はとても重要な研究と評価され、上記で紹介したジェームズ・ワトソンからキャリー・マリスまでの全員がノーベル賞を受賞しています。そして、1987年にはアプライド・バイオシステムズ社から世界で初めてDNA配列の自動解析を可能にしたDNAシーケンサーABI 370が発売されます。

このような技術革新が進む中、米国でヒトゲノム計画が始まります。この計画は1986年に米国連邦政府エネルギー省(DOE)の衛生環境局長のチャールズ・デリシから米国連邦議会に提案されました。1987年にはDOEから、1988年にはアメリカ国立衛生研究所(NIH)から予算を獲得し、プロジェクトを推進する国際組織としてHUGO(Human Genome Organization)が設立されます。そして1990年にDOEとNIHが覚書を結び、ヒトゲノム計画が正式にスタートしました。1991年、このプロジェクトの代表に、DNAの構造を解明したジェームズ・ワトソンが就任します。

ヒトゲノム計画は1990年から2003年までに世界各国の協力により3000億円以上の予算が投じられ、200人を超える科学者が参加しています。開始から13年後の2003年4月、ついにヒトゲノム配列が発表されます。ヒトゲノム計画では28億5千万塩基の配列が決定されました。

ポストゲノム時代の研究(次世代シーケーンサーの登場)

1990年代半ば以降、2003年のヒトゲノム解読も含め、さまざまな生物のゲノム解読が進みました。その結果、ゲノム配列が決定されたモデル生物(実験しやすい便利な特徴を備えた生物種。大腸菌、ショウジョウバエ、マウス、シロイヌナズナなどが代表的なモデル生物)の研究が急速に進展します。

ゲノム配列の決定により、生物種ごとの塩基の並びは分かりましたが、配列上にあるさまざまな遺伝子の機能については明らかにはなっていません。そのため、研究者たちはその遺伝子を破壊したり、過剰に働かせたりすることで、どのような変異が起こるか調べることで遺伝子の機能解析を進めています。その結果、さまざまな遺伝子の機能が現在進行形で明らかにされ続けています。

同時にDNA配列の解析方法も飛躍的に進歩しました。2005年、米国の454 Life Sciences社から、一度に大量のDNA断片を同時並行で解析できる画期的な次世代型シーケンサー(NGS)が発売されました。このNGSは2007年5月にジェームズ・ワトソンのゲノムをわずか2カ月、予算も1億2千万円ほどで解読しました。ヒトゲノム計画のおよそ80分の1の期間、2500分の1の予算でヒトゲノムの解読に成功したのです。そこからさらに解析技術は発展し、2016年のNGSは1度の稼働で約30億塩基のヒトゲノム600人分に当たる、1.8兆塩基を解読することが可能となっています。

飛躍的に解析速度が向上したNGSの登場により、生物の研究はさらなる発展を遂げます。進化の分野では、それまで研究が進んでいなかったモデル生物の同属亜種や変異株のゲノム解析が行われています。その結果、それぞれの生物属をその生物属たらしめる重要な遺伝子セットの解明が進んでいます。病原性結核菌1687検体のゲノム解析から患者間の感染ネットワークの推定も行われるようになりました。また、環境中に存在するゲノムDNAすべてを対象に解析するメタゲノム解析(環境DNA技術)も発展しています。メタゲノム解析では、サンプルを取った環境中に存在する生物種を推定することが可能となります。

また、2018年には地球バイオゲノムプロジェクトという国際プロジェクトも始まっています。地球上で確認されているすべての真核生物種のDNA配列情報を10年間で明らかにし、カタログ化することを目的としたプロジェクトです。18カ国から48機関がパートナー組織となり、日本からはかずさDNA研究所と理化学研究所が参加しています。

身近になったゲノム解析

医療分野においてもNGSの影響は大きく、個人のゲノムを解析することが可能となったことで、遺伝的な特徴を理解した上で、個人に適した薬の適用や治療方針の決定ができるようになってきています。2019年時点では、患者それぞれの全ゲノムではなく、がんや遺伝性疾患などに関する塩基配列に限定して解析することが一般的です。

個人向けゲノムサービス

2022年8月1日、ジェネシスヘルスケア株式会社から日本初となる、全ゲノムシーケンシング遺伝子検査キットの販売が開始されました。約15万円で、個人の全ゲノムを解析してもらうことができます。全遺伝子の配列が分かると、遺伝的な疾患リスクや体質など6500項目以上を解析することが可能となります。日本国内で個人向けに全ゲノム解析を行っているのは2023年3月時点では上記のキットのみですが、標的の遺伝子に絞って解析する遺伝子検査を提供するサービスは数万円程度の金額でさまざまな企業から提供されています。


まとめ

ゲノム解析は、国際科学プロジェクトとして進められたヒトゲノム計画を中心に急速に発展してきました。ヒトゲノム計画では13年の月日と3000億円の資金をかけて、全ゲノム配列を決定しましたが、2022年には、日本国内においても個人の自由意志で自分のゲノムを知ることができる時代に入りました。また、すべての真核生物種のゲノム配列解読を目指す地球バイオゲノムプロジェクトは2028年までの達成を目標としています。

そう遠くない未来、あらゆる生物の遺伝情報が分かるようになった私たちの前には、どのような世界が広がっているのでしょうか。


記事執筆:吉田拓実(東京大学大学院 農学生命科学研究科 博士課程修了 博士(農学)/ 再考編集室 編集記者 / さいこうファーム 農場長)


リケラボ編集部

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