セントラルドグマとは
セントラルドグマとは、DNAの情報をもとに、RNAからタンパク質がつくられる生物の普遍的な流れのことです。このような流れは、それぞれ「転写」と「翻訳」という2つの過程を経て行われます。
1950年頃の生物学では、DNAは遺伝子情報を担い、その情報に基づいてタンパク質をつくる機能を持つと考えられていましたが、遺伝情報がどうやって伝達されているかはわかっていませんでした。DNAの構造を発見したフランシス・クリックは、細胞の中には遺伝子(DNA)とタンパク質を「橋渡し」する何らかのアダプター分子が存在すると予測し、このDNAからアダプターを経てタンパク質ができる一連の流れを「セントラルドグマ」と名付けました(1958年)。
セントラルドグマを直訳すると「中心教義」となり、生物における普遍的な法則という意味合いです。クリックの提唱したセントラルドグマは、その後の研究により立証されました。
ここでは、DNAから最終的にタンパク質がつくられるまでの流れを詳しく説明します。
遺伝子の本体であるDNA
遺伝とは、親から子へ、子から孫へと、情報や形質が受け継がれていくことを指します。なぜ子供が親に似るのか?という疑問は、生物学の根本的な問題の1つでした。現在では、遺伝の情報や形質は、遺伝子によって伝達されることがわかっています。この遺伝子の本体が、デオキシリボ核酸(DNA)という物質であることは、生物学を学んだ人だけでなく、多くの人が知っているのではないでしょうか。
DNAは糖、塩基、リン酸から構成され、二重らせん構造を取ります。この二重らせん構造は、フランシス・クリックとジェームズ・ワトソンによって、1953年の英国科学誌Natureにて発表されました。
DNAの塩基にはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類があり、二重らせん構造の中でAとT、GとCがそれぞれペアになります。生物が成長して細胞の数が2、4、8倍と増えていくためには、遺伝子の本体であるDNAの量も2、4、8倍と増えていかなければなりません。DNAが2倍になる時には、その二重らせん構造が一度ほどかれて一本のDNA鎖になります。ほどかれた一本鎖が鋳型となり、元のDNAとペアになる新しいDNAが合成されます。これにより、同じ情報を持った二重らせん構造のDNAが新たにつくられます。この現象はDNAの複製(replication)と呼ばれ、DNAが遺伝子の本体として機能し、親から子へ正確に遺伝情報を伝えるために自身を半保存的にコピー(複製)する重要な過程です。
※半保存的複製…DNA複製時に形成される新しい二本鎖のDNA分子は、元のDNA分子に由来する古い鎖と、それを鋳型として新たに合成された新しい鎖が組み合わさってできている複製様式のこと
「転写」- DNAの情報を受け取るRNA -
DNAは、生命の大事な設計図です。
我々ヒトの細胞では、ほとんどのDNAは細胞の中の核という部分に包まれて保存されています。この大事な設計図であるDNAをそのままの形でいろいろな場所に持っていくことはしません。家の建築現場でもそうですが、元の設計図を持ち出すことはしないでしょう。元の設計図は大事に保管しておき、元の設計図を必要な時に写し取っていろいろな場所で使うと効率的ですし、設計図は痛みません。細胞も同様で、生命の設計図であるDNAの情報を写し取り、様々なタイミングで使っています。この写し取られたものが、リボ核酸(RNA)と呼ばれる物質です。RNAにはいくつか種類がありますが、DNAから翻訳(後述)に必要な情報を写し取った物質はmRNAと呼ばれます。
RNA(リボ核酸)はDNAと同様に、糖、塩基、リン酸からなる化合物ですが、異なる点が3つあります。
1つ目は、DNAを構成する糖は安定で壊れにくいデオキシリボースであるのに対し、RNAは不安定で壊れやすいリボースが使われていること。
2つ目は、RNAを構成する塩基がDNAのチミンの代わりにウラシル(U)であること。
3つ目は、DNAはニ重らせん構造であるのに対し、RNAは一本鎖の状態であることが多いことです。
DNAを鋳型としてDNAが持つ遺伝情報をRNAが写し取る過程を「転写(transcription)」と言います。転写では、一時的にDNAとRNAは二本鎖のペアをつくります。この時のペアの組み合わせは、GとC、AとU(Tに代わってUとなっています)になります。これにより、DNAの情報がRNAに変換されることになり、このときできたRNAがmRNAです。情報の伝達役となるRNAなので、メッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれます。
RNAにはこのメッセンジャーRNA(mRNA)のほかに、リボソームRNA(rRNA)、トランスファーRNA(tRNA)、核内低分子RNA(snRNA)など様々な種類があり、それぞれの働きを持っています。長年、RNAはmRNA、rRNA、tRNAの3種類と思われていましたが、最近の研究によって、snRNAなどの新しいRNAの存在がわかってきました。
「翻訳」 ─ RNA⇒タンパク質へ ─
RNAはA、U、G、Cの4種類の塩基からなります。この4種類の塩基を組み合わせることで、より複雑な情報を保持することができます。例えばコンピューターの情報は0と1の2種類の数字の組み合わせで保持されていますが、RNAの情報はA、U、G、Cの4種類の塩基の組み合わせで保持されているので、その複雑さが分かるかと思います。
この4種類の塩基を組み合わせたRNAの情報は、20種類のアミノ酸に変換されます。4種類の塩基で20種類のアミノ酸を表現するには、いくつの塩基の組み合わせが必要でしょうか。この4種類の塩基から1つを選ぶ組み合わせは4パターンの組み合わせ、2つを選ぶ組み合わせでは4×4=16パターンしかできません。これでは20種類のアミノ酸は表現できません。次に3つを選ぶ組み合わせでは、4×4×4=64種類のパターンになり、20種類のアミノ酸には十分です。実際にmRNAは、3つの塩基の組み合わせによって、20種類のアミノ酸の情報を保持しています。
この3つの塩基の組み合わせは、コドン(遺伝暗号)と呼ばれています。アミノ酸を1つ表すには3つの塩基、2つ表すには6つの塩基が必要となります。例えばメチオニンというアミノ酸は、AUGというコドンで表されます。コドンは、生物を問わず基本的に共通ですが、生物種によっては特有のコドンを有することがあります。
上記の通り、mRNAの情報はコドンを元にしてアミノ酸に変換されます。そして、このときmRNAに対応したアミノ酸を運んでくるのがtRNAです。アミノ酸は、アミノ基(-NH2)とカルボキシ基(-COOH)という構造を持ちます。この2つの構造から水分子(H2O)が取れて、ペプチド結合(-NH-CO-)という連結ができます。これにより、アミノ酸がたくさんつながっていき、タンパク質となります。このときのペプチド結合の形成はリボソーム上でrRNAなどの働きにより行われます。このように、mRNAのコドンの情報は、最終的にはアミノ酸がつながったタンパク質へと変換されます。このプロセスを「翻訳(translation)」と呼びます。これらのタンパク質は、すべて20種類のアミノ酸の組み合わせからできており、これらはmRNAの情報が翻訳された結果です。
このようにして翻訳されたタンパク質には、髪の毛のケラチンや皮膚や軟骨のコラーゲンなどで知られる構造タンパク質、タンパク質を分解するプロテアーゼや脂質を分解するリパーゼなどの酵素、細胞間の情報伝達に必要不可欠な受容体、のように様々な種類があります。これらのタンパク質は、すべてmRNA上の情報をもとに 20種類のアミノ酸の組み合わせによりできているのです。
まとめ
以上、セントラルドグマの流れを順を追って解説しました。
生物はセントラルドグマという共通の流れに沿って、遺伝子の情報をタンパク質に変換して細胞を作っています。しかし、生物の面白いところは、例外があることです。1950年代にセントラルドグマが提唱されましたが、その後、様々な研究により、RNAからDNAが合成される現象やmRNAの塩基が書き換えられる現象など、セントラルドグマをくつがえす事例も見つかっています。このため、生物における普遍的な法則として名付けられたセントラルドグマですが、今後の生物学の発展によって、定義が変化していく可能性も秘めています。
<参考文献>
田村隆明,山本雅 編集 改訂第2版, 分子生物学イラストレイテッド 羊土社
<参考サイト>
かずさDNA研究所 DNA物語(参照2023-5-31)