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細胞老化とは

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細胞老化とは

動物の体を構成している各細胞は、体内で細胞分裂と増殖を繰り返します。この細胞分裂は、一部の例外を除き、限られた回数しかできないことが知られています。細胞分裂が停止しそのまま生体内で安定的にとどまる細胞が発生する、このような現象を細胞老化、またこの状態にある細胞のことを老化細胞と呼びます。細胞老化は、生存期間中のどの段階でも発生する現象です。例えば胚発生の段階でも起こることが知られています。

細胞老化の原因は複数あることが知られており、老化という話題で取り上げられることの多い染色体のDNA末端に存在するテロメアの短縮もその1つです。それ以外にも、化学物質などによるDNAの損傷、がん遺伝子の活性化に対する応答などでも細胞老化が引き起こされます。

細胞老化の特徴と原因

1961年、レナード・ヘイフリック(Leonard Hayflick)はヒト胎児の線維芽細胞が40〜60回 分裂した後、増殖を止めることを発見しました(ヘイフリック限界)。また、増殖を止めた細胞は死滅せず、長期間培養しても代謝活性を維持することを発見し、この現象を「細胞老化」と名付け、この状態にある細胞を「老化細胞」と呼びました。その後の研究により、すべての細胞は、分裂回数に制限があることが知られるようになりました(ただし、がん細胞、生殖系列細胞、無限の自己複製能力と分化能力をもつ幹細胞などは例外です)。

老化細胞は分裂増殖をしないことに加えて、以下のような特徴があります。

<老化細胞の特徴>

形態的変化:

老化細胞は一般的に分裂している細胞と比べて大きく平らな形となります。また、細胞内に空胞が形成され、多核化(1つの細胞に複数の核が存在する状態)している場合もあります。さらに、ラミンB1という核膜構造に重要なタンパク質が発現しないことにより、核膜の構造にも異常が生じています。

代謝の変化:

老化細胞には機能不全となったミトコンドリアが蓄積され、その結果として活性酸素のレベルが増加します。また、種々の分解酵素を含むリソソームという細胞内小器官の1つでは内容物の増加と活性の変化が見られます。

DNAの変化:

ゲノムDNAの折りたたみ構造であるクロマチン構造が変化し、折りたたみ状態がきつくなるヘテロクロマチン領域が増加します。このような老化細胞特異的なヘテロクロマチン領域のことをSAHF(senescence-associated heterochromatin foci)と呼び、これによって細胞の増殖を促進する遺伝子などの発現が抑制されることになります。老化細胞には一般的にSAHFが30〜50個みられます。また、DNAの二本鎖断裂などのDNA損傷も老化細胞でみられる特徴の1つで、老化細胞では持続的なDNA損傷応答により、最終的に細胞周期の停止が誘導されます。

このような特徴を持つ細胞老化は損傷を受けたDNAを持つ細胞の複製を防ぐことで、がんに対抗する役割を果たしていると考えられています。細胞老化が起こる原因として、テロメアの短縮、DNA損傷、がん遺伝子の活性化などが知られています。

<細胞老化が起こる原因の例>

テロメアの短縮(分裂寿命):

テロメアとは、染色体のDNA末端部分に存在するDNAの繰り返し配列のことです。このテロメアが短くなることが細胞老化が起こる原因の1つとされます。テロメアの長さはDNA複製が起こるたびに徐々に短くなってきます。ある限界を超えて短くなってしまうと、DNA複製が妨げられて、細胞分裂が停止、DNA損傷応答が開始され、細胞老化が誘導されます。ヘイフリックが発見した細胞老化は、このテロメアの短縮により引き起こされると考えられています。

Telomere.jpg

DNA損傷:

DNAの損傷の程度と生理学的状況に応じてDNA修復やアポトーシス、細胞老化が誘導されます。電離放射線、化学治療、遺伝毒性ストレス、酸化ストレスなどが持続性のDNA損傷を引き起こし、それが細胞老化につながると考えられています。

がん遺伝子による誘導:

がん遺伝子の活性化によって細胞老化が誘導されます。がん遺伝子が活性化すると細胞増殖が止まらなくなるため、細胞老化を起こして、細胞増殖を停止することで細胞ががん化するのを防ぐと考えられています。

周囲の細胞に影響を与える老化細胞のSASP (Senescence-associated secretory phenotype)

老化細胞は加齢とともにさまざまな組織で観察されることが知られていましたが、当初は加齢による組織の変化(加齢性変化)と細胞老化の関与については懐疑的な見方がされていました。なぜなら、加齢が進んだ老齢個体の組織に観察される老化細胞の割合は2%程度と低く、周辺の大多数の細胞は正常な機能を保持していることから、組織全体の機能にさほど影響はないと考えられていたのです。

しかし、その後の研究により老化細胞が炎症性サイトカインやケモカインを含むさまざまな生理活性物質を分泌することが分かりました。このような老化細胞に特異的にみられる生理活性物質を分泌する現象のことをSASPと呼びます。

炎症性サイトカインは正常な細胞にウイルスやバクテリアが感染したときに、感染が拡大しないよう起きる免疫反応で分泌される炎症反応を強める信号となる物質です。正常な細胞では細胞内にウイルスや細菌のDNAが入ってくることに反応して炎症性サイトカインが分泌されますが、老化細胞では核内のDNAの一部が核外に流出することに反応し炎症性サイトカインが分泌されると考えられています。分泌された炎症性サイトカインを含むさまざまな生理活性物質は周囲の細胞に影響を及ぼします

老化細胞が周囲の細胞に影響を与えるSASPという現象の発見により、老齢個体中の低割合の老化細胞が、SASPを介して加齢に伴う生体機能の変化や加齢性疾患の発症に関与する可能性が出てきました。

老化細胞を取り除く、創薬への可能性

老齢個体中の老化細胞がSASPを介して、生体機能を変化させ、加齢性疾患の発症にも関与するのであれば、老齢個体から老化細胞を取り除いてしまえばいいのではないか?老化細胞を取り除くことで、組織を回復させ、疾患の発症を抑えられるのではないか?このような観点から、遺伝子組み換えマウスを使って老化細胞を取り除くことによる影響を調べる研究や、老化細胞を取り除く薬の研究が進められています。

<遺伝子組み換えマウスの研究から明らかになった老化細胞の影響>

老化細胞を特異的に取り除くことができるようにデザインされた遺伝子組み換えマウス、INK−ATTACマウス、p16-3MRマウス、ARF-DTRマウスの3種類を用いた研究を紹介します。これらのマウスは、それぞれ特定の化学物質を投与することで、個体中の老化細胞に選択的にアポトーシスを引き起こしたり、毒性を示したりするようにデザインされています。

INK-ATTACマウス:

老化が早い時点で観察される変異マウスを使って実験が進められました。変異マウスに対して遺伝子組み換えを行うことで、早く老化する変異マウスから老化細胞を取り除く試みです。その結果、遺伝子組み換え後の変異マウスは、遺伝子組み替えを行っていない変異マウスと比べて、老化症状が緩和されたり遅延したりすることが報告されました。また、老化と関連している白内障、心肥大、腎糸球体硬化といった症状の発症も老化細胞の除去により遅くなることが確認されています。さらに、老化細胞の除去によりマウスの平均寿命を伸ばせるという報告もなされました。

p16-3MRマウス:

このマウスを使って、がんの治療に使われる抗がん剤などの化学療法と細胞老化に関する研究が行われています。抗がん剤はしばしば細胞老化を誘導することが知られています。研究では、老化細胞を除去することによって抗がん剤治療による身体機能や生理機能の低下が回復し、がんの再発や転移が抑制されると報告されました。

ARF-DTRマウス:

日本の研究グループによって作られたマウスです。このマウスを使って肺組織における細胞老化についての研究が進められました。ヒトやマウスの肺組織は、加齢に伴い弾性線維が減少し、組織全体の弾性の低下が見られます。加齢に伴い弾性が低下したマウスから老化細胞を除去すると、弾性線維が回復し、組織全体の弾性も回復することが認められました。この結果から肺組織の加齢性変化には細胞老化が深く関わっていることが示唆されました。

<老化細胞を標的とした薬の開発>

遺伝子組み換えマウスの研究などから、老化細胞を除去することが生物にとって有益であることが示唆されました。このことに着目して、加齢性疾患に対する予防や治療を目的とし、老化細胞を標的とした創薬研究が進められています。研究は、老化細胞除去薬と老化細胞阻害薬という2つのアプローチを中心に進められています。

老化細胞除去薬:

老化細胞を選択的に死滅させる薬が老化細胞除去薬です。老化細胞除去薬は2015年に初めて報告され、その後の研究により、マウスでは老化細胞除去薬投与により、加齢による運動能力の衰えの改善や寿命の延長、動脈硬化や心筋機能低下といった加齢性変化の改善、抗がん剤誘導性の老化細胞の死滅による副作用軽減や、がんの再発抑制などの効果がみられたとされています。2020年の時点で複数の薬剤に対して臨床試験が進められています。

老化細胞阻害薬

老化細胞がSASP因子を介して周囲の細胞に影響を与えることに着目し、SASP因子の分泌を低下させることをターゲットとするのが老化細胞阻害薬です。マウスでは、老化細胞の炎症性サイトカインの分泌を抑制し、その寿命を延長させることが報告されています。老化細胞阻害薬としての効果を期待できる薬剤の中には、すでに臓器移植後の免疫抑制剤や抗腫瘍薬、2型糖尿病治療薬として臨床で使用されているものもあり、それらの薬剤の加齢性疾患への適応も検討されています。

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まとめ

1961年にヘイフリックにより発見された細胞老化は、発見当時はその割合の少なさからあまり重要視されていなかったようでした。しかし、研究が進みSASPという現象が知られるようになり、僅かな老化細胞が実は周辺の細胞に影響を及ぼしていることが分かりました。SASPの発見により注目度が一気に高まり、老化細胞を標的とした創薬研究にまでつながっています。

今までよく分かっておらず、あまり注目されていなかった現象が、実はとても重要なものだったことが明らかになることがあります。このようなブレークスルーを引き起こせるのも研究の魅力の1つですよね。

記事執筆:吉田拓実(東京大学大学院 農学生命科学研究科 博士課程修了 博士(農学)/ 再考編集室 編集記者 / さいこうファーム 農場長)



(上記すべて参照:2023-8-3)

リケラボ編集部

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