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みなさんは「サイエンス・インカレ」を知っていますか? サイエンス・インカレは、自然科学分野を学ぶ全国の学部生が、自由なテーマで自主研究を発表し競い合う大会です(文部科学省主催)。今年3月に開催された「第7回サイエンス・インカレ」でみごと表彰された研究テーマのなかに、とっても気になるユニークなタイトルを発見! 「ノイズは邪魔だが役に立つ~他力本願な情報伝達~」という研究で国立研究開発法人科学技術振興機構理事長賞を受賞された、東京理科大学理学部 応用物理学科3年(受賞時は2年)の堀眞弘さんにお話を聞きました! 一体どんな研究内容なのでしょうか?
「害虫」と「益虫」は紙一重!ノイズはただの邪魔者じゃない
まずは「ノイズ」を研究テーマに取り上げた理由について教えてください
私たちはノイズに対して、「邪魔者」のレッテルを貼り付けています。学生はノイズ(雑音)のせいで勉強に集中できないと文句を言い、学生実験のレポートではノイズが原因で測定に誤差が出たと言い訳をするわけです。ノイズキャンセリング機能を売りにした人気のイヤホンも数多く販売されています。いつの時代もノイズは「害虫」のような扱いを受け、疎まれてきました。
ところが、害虫だと思っていた虫が益虫だったという経験はないでしょうか。たとえばクモ。虫嫌いにとっては「邪魔者」であり駆逐すべき対象ですが、実はクモはほかの虫を食べてくれる(種によってはゴキブリを食べるものもいる!)紛れもない「益虫」なのです。このように、虫は見た目の気持ち悪さだけでは判断できません。
これと同じで、ノイズも実は「益虫」なのだ、というのが本研究に込めたメッセージで、着目したのは「確率共鳴」という現象です。
確率共鳴は、通常検出できないような微弱な信号に適度な雑音が加わるとある確率の下で反応が向上し感度よく検出されるようになる現象です。
もともとは物理の分野で研究されていたのですが、その後生物の感覚器を使った実験で確率共鳴が見出され、多くの生き物(僕たち人間も含む)が神経伝達などにおいて確率共鳴を利用している可能性が指摘されてきました。自分の体が知らず知らずのうちにノイズを利用していると考えたら、本当に面白いと思いませんか?
確率共鳴に着目したきっかけはなんだったのでしょう?
僕は、物理学と生物学の”間”の分野に興味を持っています。
今は大学で物理を学んでいますが、高校生のころは生物の分野で研究をしていました。当時はニワトリの脳細胞を培養していたのですが、顕微鏡で見た細胞の動きが最高に面白くて、「これを数式で記述できたら最高だろうな」と思っていました。大学に入り物理を学び、大学1年生のときにその夢を実現しました。自分で数理モデルを考案し、細胞の動きをコンピュータシミュレーションで再現することができました。こうした経緯で、僕は物理と生物の間の分野に興味を持っていたのですが、確率共鳴は、まさしく物理と生物の間の現象なので、注目していました。
研究テーマのキャッチーなタイトルも魅力的ですね。どうしてこのタイトルに?
『ノイズは邪魔だが役に立つ』というのは、確率共鳴がさまざまな工学的応用に利用されていることを表現しています。バランス感覚を向上させる靴、人工内耳の性能向上など、既に多くの応用例があるのです。
サイエンス・インカレは、専門分野の異なるたくさんの方に研究を聞いてもらうチャンスの場でもあります。堅苦しい印象を与える厳格なタイトルよりも、できるだけ多くの人に興味を持ってもらえるようなものにしようと考え、このようなタイトルにしました。タイトルはふざけていますが、発表は大真面目でした。
具体的な研究の内容について、教えてください!
確率共鳴の物理学的な説明として、まず非線形系に信号とノイズを入力したときの出力のSN比について考えます。SN比はSignal(信号)とNoise(ノイズ)の比のことで、出力のなかに、入力された信号がどれくらい残っているのかを、ノイズに対する割合で表すものです。線形応答理論によると入出力のSN比は同じ値になります。入力ノイズを増加させると入力のSN比が単調減少するため、出力のSN比は単調減少するはずです。しかし系が非線形性を有する時、SN比はピークを持つ場合があるのです。これを確率共鳴と呼びます。確率共鳴は1981年にイタリアの物理学者R.Benziによって提唱され、今日に至るまでに数多くの研究がなされてきました。
今回の研究では、この確率共鳴現象において、今まで考案されてこなかった新規な振る舞いを示す特徴的な系を発見しました。従来の確率共鳴ではある特定のノイズ強度においてのみ共鳴が起こりましたが、僕の発見した系では複数のノイズ強度に対して共鳴が起こります。さらに、このことを画像処理に応用することで、画像からノイズを除去することにも成功しました。
新たな系を発見、すごい研究成果ですね!
研究成果が医療分野への応用につながれば。同時に、思いもよらぬ方向へ広がってほしい!
研究を進めるうえで大変だったことはありますか?
この研究をしている途中で、僕は難病を発症し、病床で命を削る想いで研究しました。手術して入院したときも、病院のベッドで研究を続けました。そのような状況のなかで研究を進めて行くことは孤独でしたし、大変でした。
また、卒業研究であれば自分と同じ装置を使っている先輩や、似た研究をしている先輩に教えてもらえるかもしれませんが、僕にはまだそのような先輩がいませんでした。自宅のパソコンと紙と鉛筆だけで研究し、プログラミングの初歩から独学しました。しかも、研究を進めたのは2年次(理科大の応用物理学科は2年次が最も忙しい、と皆が口を揃える)だったため、レポートや課題、期末試験などに追われながら寝る間を惜しんで研究しました。
それでも続けられたのは、心から研究が好きだったから。そうでなければ、あんな生活を続けることはできなかっただろうなと思います。
研究の結果が、今後どんなことに活かされていけばうれしいですか?
個人的には、医療分野への応用があればうれしいと思っています。自分が入院し治療を受けていくなかで、科学の成果である医療技術に命を助けられていると強く実感しました。医療に助けられながら行った自分の研究が、医療の発展に少しでも携われたなら、それは素晴らしいことだと思います。
ただ、「基礎研究は思ってもみない方向に活かされていく」という点を忘れてはいけないと思います。工学的な応用ばかりに注目が集まりがちですが、初めから応用のゴールを決めてしまうと、研究の視野が狭まってしまいます。僕がこれから行う研究が、多くの人の手を経て、思いもよらない方向へ発展していってくれることを願っていますし、そのような可能性に満ちあふれた研究を今後も続けていきたいです。
堀さんの今後の目標を教えてください!
抽象的な表現になってしまいますが、多くの人に影響を与える重要な研究成果を出していきたいと考えています。そのためには、基礎をしっかりと固める必要もあると思っています。
僕は2年次に物理学会で発表し、プロの物理学者たちと議論をさせてもらうことができました。そこで、僕の研究を「面白い」と言っていただけて手応えを感じたのと同時に、ほかの分野の研究者の方から、自分では思いつかないような角度からの質問を投げかけられました。自分の研究分野以外のことについて、もっと勉強しなければと感じたのです。大きな研究を成し遂げるためには、広くて丈夫な土台が必要だと思います。
今後は基礎を固めつつ、謙虚に誠実に、自然界の不思議と向き合いながら、自分の物理を論文などで表現していけたらと思います。
堀さん、ありがとうございました。これからも分野の垣根を飛び越えたユニークな研究でのご活躍、応援しています!
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