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親子で楽しもう、身の回りのサイエンス 第1話
はじめまして。Yumiと申します。
有機化学分野の出身ですが、環境分析やバイオ動物実験、キロスケールの有機合成、特殊な条件のキラル分離など様々な分野の研究に携わってきました。最近では小学生前後の子供たちに環境科学実験を通じて身近な環境を考えるボランティア活動をしたこともありました。
私は幼い時に、理科教員だった父から理科のいろんなことを学びました。
飛行機はなぜ飛べるの?
セミはなぜあんなに大きな声で鳴くの?
モミジはなぜ秋になると赤くなるの?
アメンボはなぜ水に浮くの?
雲はなぜ空に浮かんでるの?
父はひとつひとつ丁寧に、時に簡単な実験を交えながら、子供の私に分かるように教えてくれました。
子供の興味は尽きません。いろんなものへの関心と豊かな発想力を持っています。子供たちの将来を決めるのは子供たち自身であり、子供たちには小さいころからあらゆることに興味を持って触れてみてほしいと願っています。
私たちの生活の中には、「自然科学」という学問分野で説明できることが多くあります。
自然科学は実験室のフラスコの中で起こっていることだけではなく、その本当の面白さはごくごく身近なふだんの生活のまわりにたくさん見られるものだと感じています。研究開発によって発見された新しい技術はやがて製品となって、私たちの生活を便利にします。日常の生活を見回すことは、新しい技術の最先端がたくさん見られるということであり、また新しい発見のヒントがたくさん落ちているということでもあります。
当シリーズは、科学には全く縁がなかった方が「科学って面白い!」と感じていただけるようなお話を目指しています。すでに多くの知識をお持ちの方も、お子様と一緒にお読みいただいて、一緒に科学の不思議の世界を楽しんでいただけるような機会になればうれしく思います。
簡単な文章が読めるような子供(小学生中学年くらい)以上も理解できるような内容を目指しております。
もっと身の回りの自然に注目してみませんか?毎日少しずつ変わる四季の変化からいろんなサイエンスを親子で楽しんでみませんか。
葉を落とす木、落とさない木
どうして冬になると葉っぱが落ちるの?
冬に葉っぱが落ちることを説明する前に、まず、葉っぱって木にとってどんな役割なのか話すね。
一年で最も寒い季節を迎えています。まちを歩くと木枯らしに堪えて、春を待つ街路樹がじっと寒さにたえています。街路樹をよく見ると、葉をおとして枝だけになっている木と、夏と変わらず緑色の葉をしげらせている木があります。
植物はなぜ冬になると葉を落として枯れ枝になってしまうのでしょうか。
植物にとって葉の役割とは何でしょうか。
植物には、なぜ葉があるのでしょう。
植物にとって葉とは何なのでしょうか。
素朴な疑問からサイエンスは始まります。こんな子供たちのささいな疑問に、大人たちは分かりやすく答えてあげることが出来るでしょうか。
葉っぱの役割
植物の体は大きく分けて「根」「茎」「葉」にわけることができます。植物は動物とちがって、自分自身で場所を動くことができません。時には太陽の強い光を受け続けなければいけないかもしれないし、また時には大雨に打たれなければならないかもしれません。葉には大きくわけて3つの役割があると言われています※1。
・「成長に必要な栄養を作る(光合成)」
葉には葉緑素(クロロフィルa、クロロフィルbなど)の色素があり、水と二酸化炭素を利用して植物の栄養分を作り出す場所です。植物にとって葉は成長するために欠かせない部分といえます。
・「植物の体温を調節する」
葉の裏側には「気孔」という穴があり、二酸化炭素、酸素そして水蒸気が植物の体内外と交換されます。気孔は植物の呼吸や光合成だけでなく、水蒸気を放出して葉の温度を下げる(蒸散作用)役割があります。
・「季節を知る」
葉の表面に受ける紫外線量が変化すると、植物は季節を感じると言われています。
植物によっては暑さが苦手なものや寒さが苦手なものなどがあります。
花を咲かせたり、種を作らせたりするきっかけになります(光周性)※2。
冬に葉をおとす植物
葉っぱって大事なんだね!でもそれなら…なんで冬になると葉っぱは落ちるの?
葉っぱが落ちるのも、大事なことなんだよ。説明していくね。
寒くなると葉が散ってしまう植物があります。秋に葉っぱをおとしてしまう木を落葉樹といい、クヌギ、コナラ、カエデなど葉の厚みがうすいものが多くみられます※3。
太陽の高度は夏至の時が最も高くなり、昼間の長さも一年のうちで最も長くなることから、植物は一度にたくさんの光を葉にうけて、効率よく栄養素を作り出すことができます。逆に冬至は昼間の長さが一年で最も短くなり、太陽の高度も低くなることから光合成の効率も随分と低下してしまいます。
夏至から冬至に向かって、葉の光合成の効率はさがり、作ることができる栄養の量も減ってしまうことになります。一般に葉には水分が多く、気孔という外気の取り込み口もあることから、植物の体の中でも気温の低下や乾燥に弱い部分だということが出来ます。特にうすい葉はこのような影響を受けやすくなります。
植物は寒さや乾燥から身を守る手段として光合成の効率が低下した葉を切り落とし、暖かく太陽の光が強くなる時期までじっと冬を堪えて過ごすのです。
植物の中には葉緑素(緑色)以外の色素を持っている種類があります。秋になり光合成量が減り葉緑素が少なくなってくると、他の色素が見えてくる場合があります。毎年、秋に人の目を楽しませてくれる紅葉は、葉緑素が少なくなった葉を落とす準備をしている状態の樹々の状態を愛でているのです※4。
春に芽吹いた若葉のなかにも赤い色をした葉を見かけることがあります。これはまだ十分に光合成が行われておらず、葉緑素を少量しか持っていないので、もともと葉が持っている赤色の色素が見えているからなのです。
冬でも葉をつけている植物
ふーん。でも冬でも葉が落ちない木もあるよ?
そうだね、それらには共通点があるんだよ!
寒い冬でも葉をいっぱいつけている植物もあります。大雪をかぶっても枯れることなく、濃い緑色の葉をたくさん茂らせているスギやヒノキやマツなどの林は、植物の生命力を感じさせられます。
スギやヒノキやマツなどの木は「針葉樹」と呼ばれます。針のようにとがった細長い葉は、硬く濃い緑色をしています。針葉樹の木々は背の高いものが多く、樹齢の長いものが多いのも大きな特徴です。そして北国の寒い地方でも元気に育っている木が多いということも気づくと思います。
針葉樹の葉には、落葉樹よりも多くの葉緑素が含まれています。弱い太陽の光でも効率よく光合成をおこない、たくさんの栄養分を葉に蓄えています。光合成が十分に行えず、葉に養分を蓄えられなくなるとその葉は枯れてしまいます。針葉樹が高く高く伸びてゆくのは、光をたくさん得るためであり、下の方の光があまり当たらない葉が枯れていることが多いのはこのためです。
北国では、夏が短く、太陽高度も低いので、夏の間に光合成によって十分な栄養を蓄えることが難しい場合があります。春になって若葉を作り出すより、葉を落とさずに冬も光合成を行う方が効率がよい気候では、冬でも葉を落とさない植物が多くみられます※5。
植物は夏の間だけ葉を茂らせた方が省エネルギーか、毎年新しい葉を作るくらいなら1枚の葉を長く使った方が効率的なのか、気温や日照条件によって判断しているのです。
冬の葉っぱを観察してみよう
冬の寒さの中でも葉をつけている植物を観察してみましょう。葉が残っている植物にはどんな種類があるでしょうか。
背の高い木にも葉がついている種類があります。足元をみると、地面にはりついてじっと春を待つ葉もあります。
冬に見られる葉にはどんな特徴があるでしょうか。
私のお庭にも冬にも葉を落とさない植物があります。
写真はその中のひとつ、レモンバーム(西洋ヤマハッカ、コウスイハッカ)というハーブです※6。
レモンバームは一年中緑色の葉をつけています。しかし、春から秋にかけて見られる葉と、冬に見られる葉には明らかな違いがあります。
冬のレモンバームと夏のレモンバームの写真をくらべてみましょう。どんな違いが見つかるでしょうか。
・葉の色
冬葉は夏葉より緑色が濃くなっています。
これは葉緑素がたくさん葉に含まれていることを意味しています。
冬の光は夏に比べて弱いので、少しの光でもたくさん栄養を作りだせるように一枚の葉にたくさんの葉緑素を持っているのです。
・葉の厚さ
冬葉は夏葉より分厚くなっています。
葉の溝(葉脈)も深く、かたいしっかりとした葉になっています。
松葉も杉の葉も、冬の葉にはこのような丈夫な葉が多く見られます。
葉の細胞液の濃度(糖分や脂肪酸など)を濃くし、葉からの水蒸気の蒸散作用を少なくするレモンバームの冬越しの工夫です。これによって、気温が低くても雪が積もっても、レモンバームの葉は細胞が壊れることなく緑色の葉を維持することができるのです。
・香りの強さ
レモンバームの冬葉を手で触ってみると、とてもよい香りがします。
この香りは春や夏の葉より強く香ります。
レモンバームだけでなく他のハーブ植物に関しても春~初夏よりも秋~冬の方が強い香りを持っています。
ハーブの香りは二次代謝物であることが多く、葉が盛んに光合成をおこない栄養分を作り出すときに同時に作り出されるものです※7。
・草の高さ
レモンバームは初夏に小さな白い花を咲かせます。このとき、レモンバームの草丈は最も高くなります。
冬のレモンバームの葉は、地面を這うように低く広く広がっています。
タンポポやパンジーなど冬にも葉をつけている草は同じような状態のものが見られます。
多くの木が葉を落とす冬、背の低い草木は太陽の光を受ける面積を大きくなるようにできるだけ大きく葉を広げようとしているのがわかります。
さらに深く調べてみよう
冬に葉のある植物はレモンバーム以外にもたくさん見られます。他の植物はどんな工夫をしているでしょうか。葉を落としてしまった植物は本当になにもしていないのでしょうか。
春に咲く梅や桜の木を観察してみましょう。そこには、小さな蕾がいくつも見られます。梅はなぜ早春になると花開くのでしょうか。桜は冬には葉が一枚もないのに、どうやって花が咲く季節を知るのでしょうか。そして、梅はとても良い香りがするのに、桜は似たような花の形をしているのに梅ほど強く香らないのはなぜでしょうか。
身の回りにはいろんなサイエンスのヒントが転がっています。一つのヒントを見つけると、それから新たなテーマが見つかります。いろんな考え方から多角的に現象を見つめてみれば、幅広い視野で考えられアイデアの幅も広がると思われます。
さらに詳しく知りたい方へ
※1
野々口稔、「葉っぱが持つ3つの役割とは」、NHK趣味の園芸(2018)
※2
光周性のひとつに花芽形成ホルモンと言われる「フロリゲン」という植物ホルモンの存在が知られています。フロリゲンというのはFT/Hd3aとよばれる球状タンパク質であり、遺伝子レベルでの解明も進んできています。花芽が作られ始めると、植物の栄養は花芽の成長に用いられ、葉の成長は抑制されます。すなわち「栄養成長と生殖成長との転換」が起こっていると言えます。葉を食用とする農作物は花が咲く前に花芽を摘み取るものも多く見られます。富山県はチューリップの球根生産が盛んですが、花が咲くとすぐに花を摘み取る作業が行われます。これらも作業は「栄養成長と生殖成長との転換」を抑制する方法のひとつと解釈できます。摘み取られたチューリップの花びらは各地へ運ばれ「インフォラータ」というイベント等に使われていることが有名です。
・辻寛之ら「花成ホルモン“フロリゲン”の構造と機能」、領域融合レビュー, 2, e004 (2013)
※3
落葉性の植物は、被子植物では双子葉類に多く見られ、単子葉類ではイチョウ、メタセコイア、ラクウショウなど主に温帯性気候に生息域を持つ種に多く見られる。寒冷地の植物ほど落葉しない植物(常緑樹)が多くなる傾向にある。一般的に落葉樹の葉は、薄くて平たくて面積が広いことが多い。これは、温暖な時期に盛んに光合成をおこない、その栄養を根や幹に蓄えておく植物の智恵でもあります。
※4
紅葉(黄葉)のメカニズムには何通りかあるが、葉にもともと含まれているカロチノイド(黄色系統の色素)やアントシアニン(赤系統の色素)によるものである。アントシアニン色素は最初から含まれているのではなく、日照時間が短くなるとその前駆体から合成されるようになる。植物ホルモンの一種でオーキシンという物質があり、葉から分泌されるオーキシンの量が減少する(すなわち光合成量が減少する)と落葉に向けての準備が始まると考えられている。
・嶋田幸久「「植物の体の中では何が起こっているのか」、ベレ出版(2015)
※5
葉を落とすか落とさないかは植物ホルモン「オーキシン」の作用によるものと言われている。オーキシンはインドール-3-酢酸をはじめとする数種の混合物が知られています。オーキシンは「屈性」や「傾性」という根や茎の伸びる方向を支配する植物ホルモンとしてよく知られていますが、葉に養分を蓄える作用機序にも関与していることがわかってきています。寺島氏によると、葉の寿命は「葉を作り維持するエネルギー」と「葉が光合成する速度」をもとに決められ、単位面積あたりの光合成の生産効率が最大になるようにオーキシンによりコントロールしているようです。
・「生物I 改訂版 第4部・環境と植物の反応」、啓林館(2007)
・「常緑樹がいつも緑を保っている理由」、森林・林業科学館資料
寺島一郎、「常緑樹と落葉樹について」、日本植物生理学会(2009)
※6
レモンバーム。
学名:Melissa officinalis
シソ科の多年生のハーブで、「コウスイハッカ」や「セイヨウヤマハッカ」とも呼ばれます。地上部全草から採れる精油は「メリッサ」と呼ばれ高価であることが多い。これはレモンバームには水分が多く含まれ、採油率が低いことが理由のひとつになっています。レモンバームの葉茎にはレモンのような爽やかな香りがあります。その芳香成分の約42%はシトラールですが、メリッサ精油ではその香りはほとんど含まれておらずβ‐カリオフィレンやゲラニアールなどが主成分となっています。
レモンバームは成長力旺盛で、春になるとどんどん若葉を増やし草高もどんどん伸びてゆくワイルドなハーブです。ほぼ全部収穫しても1週間たてばまた元の状態に戻っているくらいの成長力があります。11世紀、アラビアの医師イブン・シーナは薬草事典「医学規範(カノン)」にて、「レモンバームは心を明るくし、陽気にさせ、さらに生気を強める」と書いています。17世紀初頭にはレモンバームのアルコール製剤が強心剤や気付け薬とし使用されていたという記録もあり、「天然の抗ヒスタミン剤」としてアレルギーや喘息に用いられたこともあったようです。メリッサ精油には抗炎症作用や抗アレルギー作用、鎮静作用などがあると言われメディカル分野でも利用されることがありますが、どんどん成長するハーブを上手に活かすことをまず考えてみては良いのではと思われます。
・サイード・パリッシュ・サーバッジュー/編訳「ユーナニ医学入門 イブン・シーナーの『医学規範』への誘い、ベースボール・マガジン社(1997)
・井上重治著「サイエンスの目で見るハーブウォーターの世界」、フレグランスジャーナル社(2009)
※7
春に芽吹いたハーブの若葉には、香りはほとんどありません。光合成をおこない、栄養を作り出していくにつれてその二次代謝物として芳香成分が作られ、葉の香りが強くなる傾向にあります。私たちはこの葉の違いを上手く利用しています。すなわち、春の柔らかい若葉は調理して食べることが多く、食感と共に柔らかな香りも楽しめます。秋から冬にかけてのハーブは、香りづけに使用されたり、乾燥してドライハーブとして用いたりすることが多くなります。直接食べるという利用法は少なく、むしろ香りづけに利用されることが増えてきます。植物にとって二次代謝物である芳香成分には、防カビ、防菌、食草害虫の忌避効果など植物の体を守る効果も知られています。ハーブの香りは、何百、何千もの化学成分の混合物です。その成長段階、季節、地域、収穫時期などによって香りも異なります。収穫したハーブをどのように利用するかによっても、私たちが感じる香りのイメージが異なります。
・佐々木薫「基礎からよくわかるメディカルハーブLESSON」、凸版印刷(2014)
・古谷 暢基ら著「和ハーブ にほんのたからもの」、株式会社シナノリパブリックス(2017)