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第一線で活躍する理系博士たちは、いったいどのような本を読み、そこからどんな影響を受けてきたのでしょうか。ご自身の人生を語る上で外せない書籍・文献との出会いを「人生を変えた私の5冊」と題し紹介いただく企画。
第3回は、以前リケラボの取材でもご協力をいただいた「テクノロジーを使って人間を自由にする」ことを追求する稲見昌彦先生です!透明人間になれるマントなどの夢のようなデバイスを開発し続ける稲見先生のアイディアの根源を、書籍という目線から探ってみました!
稲見昌彦 先生
博士(工学)。東京大学 先端科学技術研究センター教授。JST ERATO 稲見自在化身体プロジェクト 研究総括。情報工学やロボット工学が専門で、これまでに触覚拡張装置、動体視力増強装置など、人の感覚・知覚に関わるデバイスを各種開発。SF漫画『攻殻機動隊』に登場する技術「光学迷彩」を実現させたことでも世界的に有名。子どものころから『ドラえもん』が好きで、「自分がひみつ道具を発明する」という思いが研究者の道へ進む原点になっているとのこと。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
『21エモン』
ドラえもんは読んだことがある、見たことがあるという方が多いと思いますので、あえてこちらを挙げさせていただきました。私が小学生の頃に読んでいた漫画で、こちらも藤子・F・不二雄先生による作品です。ドラえもんと違うのは、未来が作品の舞台であることです。未来の生活の中ではどんな新しいテクノロジーを使って生活しているのか、ということがこの作品では示されています。
特に印象に残っているのが、「ボタンポン星」と「ボタンチラリ星」ですね。ボタンポン星は、どんなことでもボタンを押すと解決できてしまう星。そして「ボタンチラリ星」はさらにすごくて、ボタンや操作したい対象をチラリと見るだけで、自動で動いてくれる星の話です。このような「ボタンポン」「ボタンチラリ」の考え方は、私の中で理想の世界としてずっと記憶に残っていました。
実は、私は大学生のころ、友人と「視線入力でゲームができる」装置を開発したんです。そしてこの時の研究が、現在の「JIMS MEME」という眼鏡の、視線移動を捉えて体調や集中度合いを把握する機能に応用されていたりもします。21エモンを読んでいなければ私は視線入力の装置を作ろうと思いませんでしたので、現在への影響もかなり大きいですね。
「ボタンポン」「ボタンチラリ」にとどまらず、21エモンの、未来の世界をきちんと描こうとされているという点が、私にとっては未来を構想しながら研究することに繋がっているとも思います。
『21エモン』
著者:藤子・F・不二雄
出版:小学館
『マン‐マシン・インターフェース進化論』
大学生の時に入ったロボットサークルで、友人から紹介された本です。今は絶版になってしまっているかと思いますが、私にとってこの本の影響はものすごく大きいので、挙げさせていただきました。
この本は、MIT(マサチューセッツ工科大学)のアーキテクトマシングループという研究チームで行われていた研究をわかりやすく紹介したものです。一例を挙げると、”Put-that-there” 「これをあそこに置いて」、という抽象的な指示をコンピュータに実行させる、という研究がありました。当時は私も研究でプログラムを組むことがありましたが、人間に指示をするようなあいまいな指示をコンピュータに実行させるのはとても難しいと思っていました。ところが、著者のリチャード・A.ボルトは、指示する人の身体の動き、例えば、手がどこを指していて頭がどこを向いて目がどこを見ているか、といったことをきちんと計測することで、コンピュータへの抽象的な指示を実現させていました。
他にも、アスペンムービーマップという、Googleストリートビューの前身となるような、記録されている街の画像を360度、インタラクティブに表示させ続けることで街の中を走り回れるような装置を紹介していました。
この本を読んだときは、こんなに面白い分野があるのか、とか何故今まで全く知らなかったんだろう、と感じて、目の前の扉が開いたような気持ちになりました。そして、21エモンに出てきたボタンポン星やボタンチラリ星が単なるSFではなく、研究すれば手の届くことかもしれない技術だと感じさせてくれた本でした。
『マン‐マシン・インターフェース進化論』
著者:リチャード・A. ボルト
出版:パーソナルメディア
『マインズ・アイ』
この本は、哲学思想の本と言えるでしょうか。思考実験がたくさん紹介されていて面白く読める本です。この本も学生時代に友人から勧められました。私のような科学、工学系の人間でも理解できるような形で、思考実験の例や哲学的な思索が書いてあり、当時私が興味を持ち始めていたVRなどの分野の思想書とも言えるような本です。
例えば、こんな思考実験があります。人間をFAXのように上からスキャンしていき、それを別の場所に再構成できたとしたら、それは人間をコピーしたと言えるんでしょうか?そしてその場合、この人はどちらの人間と言えるのでしょうか……?
私が哲学と技術との関係性に興味を持ち、思考実験の凄さに舌を巻いた一冊で、今でも学生に勧めています。
私はこの時まで、実験ばかりしていて、つまり手を動かしてその経験から考える、ということに偏っていたんですね。でも、今ある技術やその先について、頭の中で想定することができるということをこの本は気づかせてくれました。そういう意味では出来の良いSFとも言えるかもしれません。
興味分野が技術だけに偏っていて、思想や哲学を学ばない人は、私はビジョンを提示し世の中に問いかけられるようなことのできる博士になれないと思っています。博士号のことをPhD “Doctor of Philosophy”と呼びますが、そこにはPhilosophy(哲学)が入っていますよね。博士課程の3年間でPhilosophyまで習得するというのは言い過ぎかもしれませんが、自分の研究分野のビジョンとコンセプトはしっかり持ち、その上で一つのストーリーとしてつなげることが重要であるとは思っています。そして、そこで力になるのは、マインズ・アイのような一歩引いたような本かもしれません。
『マインズ・アイ』
著者:ダグラス・R. ホフスタッター、D.C. デネット
出版:阪急コミュニケーションズ(CCCメディアハウス)
『攻殻機動隊』
この漫画と出会ったきっかけは、博士課程の研究室の助手の方で、現在は大阪大学の教授の前田太郎先生です。私が研究室に入った時に、前田さんが「私と議論したければこの本を読むように」と言いながら漫画と映画版のVHSを渡してきたのです。てっきり論文や専門書を渡されるものだと思ったので面食らったのを覚えています。
攻殻機動隊はワーディングがいいんです。リアリティのある表現が多くて、最先端の単語でもある程度中身を分かった上でその言葉を使っているような迫力がありますね。当時は、知り合いの研究者がブレインとしてついているのではないかと思っていましたが、どうやら作者の先生自身が勉強されていたようです。
ワーディングの例を一つ挙げるとすれば、やはり「熱光学迷彩」ですね。ドラえもんの道具に透明マントがありますが、そんなふうに書かれていたら、私は実現させようと思わなかったでしょう。熱光学迷彩という言葉から、「これは色やパターンを背景と同じ様に変える迷彩技術の一環なんだ」「迷彩なら光学的に、ディスプレイ技術で再現できそうだ」と考えが広がっていったのです。前田さんがこの本を勧めたのには、確かな理由があったんだなと思いますね。
『攻殻機動隊』
著者:士郎 正宗
出版:講談社
『街並みの美学』
最後に少し毛色の違う、建築の本をご紹介します。博士課程の時に建築学科の知り合いから紹介してもらった本で、ヨーロッパの街並みについて説明しています。何故この本を勧められたのかと言うと、私が国際会議の発表でヨーロッパに行く機会があって、そのことをたまたまその友人に話したんです。すると、この本を読んでおくといいよ、と渡されたのが、『街並みの美学』でした。
面白く読んだのですが、この本は、特に2つの意味で私に大きな影響を与えました。1つ目は、建築学を専門に勉強している人が、非専門家に魅力を伝えられる本であったことです。私はこの本をきっかけに建築に興味を持つようになりました。専門に勉強する人向けの本に比べて、非専門家向けのこのような本は、数が少ない一方でその学問分野に興味を持つ人が増えるのでとても大切なんです。私自身の分野においても、非専門家に紹介できる入門書的な本を持とうと思うきっかけになりました。
2つ目は、この本を読んでから実際に海外の街を見ると、解像度が驚くほど上がったことです。私の専門分野の一つは拡張現実感ですが、多くの場合はコンピュータで現実に情報を加えることで実現します。でも実は、本を通して得られた知識によって世界の解像度が変わるということが、究極の拡張現実感であると思いますし、そんな体験をした初めての本がこの本でした。
我々研究者が、学問をして人にそれを伝えることの価値というのも、そういうところにあるのかもしれません。世の中を変えることはなかなかできないですが、それでも世界の見方を変えることはできるかもしれない。そんな研究を目指していきたいと思うきっかけにもなりました。
『街並みの美学』
著者:芦原義信
出版:岩波書店
▼稲見先生にご登場いただいた過去記事はこちら
コロナ時代に人と人をつなげるテクノロジー!東大稲見教授の自在化身体プロジェクト
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