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第一線で活躍する理系博士たちは、いったいどのような本を読み、そこからどんな影響を受けてきたのでしょうか。ご自身の人生を語る上で外せない書籍・文献との出会いを「人生を変えた私の5冊」と題し紹介いただく本企画。
第9回は、佐賀大学 冨永昌人教授。汚水や汚泥などに含まれる有機物を燃料にする微生物燃料電池(Microbial Fuel Cells; MFC)の研究を行い、現在、実用化に向けての取り組みを進めています。サステナブルなエネルギーとしての可能性を秘めた微生物燃料電池は、スマート農業の普及など、今後の社会の中で重要な役割を果たすものとして多方面から期待を寄せられています。
そんな冨永先生。書店では、その時の心理状況や潜在意識の中にある知的欲求に導かれて本を選ぶことが多いそうです。今回選りすぐっていただいた5冊を通じて、先生の少年時代から現在に至るまでの半生、そして研究者としてのキャリアの原点に迫ります。
冨永 昌人(とみなが まさと)
熊本大学大学院自然科学研究科生産科学専攻卒。博士(工学)。生物電気化学を専門分野に、酵素電子デバイスや微生物を使った泥の電池、ナノカーボンを基軸とした機能界面電極開発などを研究テーマにしている。泥の電池など、実用化を目的にした研究開発にも積極的に取り組んでいる。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
学研の図鑑 昆虫
故郷が熊本の田舎で、少年時代は当然、スマートフォンやテレビゲームもなく、遊ぶのはもっぱら外。草むらに入っては昆虫を捕まえ、育て方を調べるときに読んでいたのが学研の昆虫図鑑でした。現代のようにインターネットがあればどんな昆虫でもすぐに調べられますが、半世紀近く前のことですから、情報源はこの図鑑の他にありません。実物と図鑑を穴が空くほど見比べながら徹底的に生態を調べていました。研究者として必要な観察力や考える力は、この図鑑を見続けていたことで養われたかと思います。
ちなみに学研の本では、付録目当てで『学研の科学』も定期購読していました。毎回、本が届くと、わくわくしながら開封していたのですが、この付録で実験をして遊んだことが後に工学部へと進むきっかけになったと思います。電気の回路を自分で作って豆電球を光らせるキットがお気に入りでした。私にとっては昆虫の図鑑と併せてルーツのど真ん中となった本ですね。
『学研の図鑑 昆虫』
出版:学研
道をひらく
初めて読んだのは2009年頃でした。当時、私は仕事で思い詰めることが多く、いろいろな本を読んで心を奮い立たせようとしていて、そんなときに出会った一冊です。松下幸之助さんはパナソニックを創業され、発明家としても活躍されましたが、この本では経営や技術のことよりも心のあり方について書かれています。内容はいずれも金言揃いですが、特に「厳しいときも楽しいときも苦労するときもあるけど、自分の道を信じて着々と前に進みましょう」というメッセージが胸に染みました。9歳から働きに出て苦労を重ねられた松下さんの人生を思うと、自分はまだまだ道半ば。この先どうなるかは分からないけど、とにかく道を開いていかねば、と背中を押してもらえました。
先日、講演の仕事で初めて大阪のパナソニックミュージアムを訪れたのですが、入ってすぐのところに松下さんの「道」の書があって、思わず一緒に記念写真撮影しました。私自身、本当にこの本に救われたので、2024年の研究室の卒業式では、卒業生へのメッセージとして「道」についての一文を朗読しました。
『道をひらく』
著者:松下幸之助
出版:PHP出版
運は創るもの 私の履歴書
日本経済新聞の人気連載『私の履歴書』で、ホームセンターのニトリを創業された似鳥昭雄さんの登場回をまとめた一冊です。『私の履歴書』は、ほとんどの人が武勇伝やかっこいいエピソードを話されますが、似鳥さんは、普通なら隠したいと思うようなエピソードも赤裸々に書かれていることに驚きました。終戦間もない頃に実家のお米屋さんを手伝って闇市を行き来していたことや、大人になってから建設業で現場監督をされていたこと、小さな家具屋を始めて全然売れなかったけど、元女番長の奥様の接客が評判になって商売の規模が大きくなったことなど、本当にすべてをさらけ出されていて、どのエピソードも本当に読み応えがあります。
現場監督の時代に、的確な指揮をするために悩んだことなど、目の前の課題と向き合い、解決のために真摯に取り組んでこられた姿勢が非常に興味深く、こういった経験が似鳥さんの経営者としてのバックボーンになっているのだなということを実感しました。
『運は創るもの 私の履歴書』
著者:似鳥昭雄
出版:日本経済新聞出版
人類の起源〜古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」
篠田謙一先生は、日本のDNA研究分野で先駆者として知られています。私自身も研究でDNA解析を行うことがありますので、この本のテーマにも共感を覚えるところがあって手に取りました。内容は、アフリカからスタートしてミトコンドリアDNAを解析し、人類の起源を探っていくというもので、篠田先生の研究成果について詳しく書かれています。その中で特に驚いたのが、DNAの分析に使用される科学技術の進歩。まさか何十万年も昔の泥まみれの骨から人々の暮らしがここまで解読できるなんてと、感動に近いものを覚えました。
生物の進化は、細胞にいろいろなウイルスやDNAの破片が混ざることによって促されてきました。私たちが今ここにいるということは、数百万年前の先祖からミトコンドリアDNAを母親からずっと受け継いで進化を遂げてきた証でもあります。この命は自分だけのものではないんだなと思うと、ずっと繋がってきた生命の営みに対して感慨深くなりますね。
『人類の起源〜古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』
著者:篠田 謙一
出版:中公新書
大学院時代のノート(私物)
最後は書籍ではありませんが「人生を変えた1冊」という意味ではどうしても外せないものなのでご容赦ください。大学院生のときに私の指導教員だった谷口功先生や先輩研究者のお話を書き込んだり、スクラップブックのようにメールのプリントアウトなどを貼り付けた自前のノートです。谷口先生は私が生物電気化学の道に入るきっかけを作っていただいた方。さまざまな面で影響を受けていて、自分が研究で迷ったときや大きな判断を必要としたときにはこのノートを見返して、考え方の参考にしています。当時、よく分からないままメモしたものでも、今ならよく理解できることがあり、そのたびに自分がまたひとつ成長できたような感覚になります。一方で厳しいことを言われた内容も書いてあるので、自分が今、ちゃんとやれているのかと襟を正すために読むこともあります。
谷口先生の研究室では当時から外国人留学生や海外から著名な先生方をたびたび招き、共同研究を行っていたのですが、私もそれを見習い、現在、同様の取り組みを行っています。先生は現在、高専機構理事長を務められていて、最近はなかなかお会いできる機会も頻繁とはいきませんが、教えていただいたことが今の私の血肉になっていることをこの場を借りて伝えられたらと思います。
『大学院時代のノート』(冨永先生私物)』
▼冨永昌人先生の過去記事はこちら
https://www.rikelab.jp/post/3182.html
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リケラボ編集部より