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筑波大学の千葉親文教授は、イモリの再生能力に関する研究で世界的に有名です。イモリが損傷した部位を再生する能力をもつことはこれまでにも知られていましたが、千葉先生の研究によってカギとなる遺伝子が次々と発見されています。さらに研究が進めばイモリの再生のメカニズムが、将来的に人間の再生医療にも活用できる可能性も高まってきました。
注目を集める千葉先生の研究ですが、一方で研究を始めた当初、イモリの研究は既に「流行遅れ」のテーマだったという驚きの事実も。追い風のないところから成果を出し、先端へと進み出た千葉先生の研究者としての歩みと心構えに迫ります。
否定されかけた説が復権? イモリの再生のメカニズム
── 千葉先生の研究テーマである「成体イモリの体再生メカニズムの解明」について教えてください。イモリの再生能力には他の動物にはない特徴があるのでしょうか?
イモリの再生能力の特徴のひとつは、特定の部位だけでなく全身で発現することです。たとえば足が切れてしまっても、また新しい足がニョキニョキと生えてくるわけですが、手足だけではなく目の水晶体も再生しますし、心臓や脳の一部が切り取られても再生します。
── 心臓や脳まで! まさに驚異的な再生能力ですね。
はい。そしてもうひとつの特徴は、成体つまり大人の体になっても再生能力を持ち続けるということです。実はイモリ以外の両生類でも、幼生の頃は基本的に再生能力を持っているのですが、変態して大人になると失われます。ところがイモリだけは、成熟した後も高い再生能力を発揮するのです。大人の状態の体で失われた部位が、もと通りの大人の状態にそのまま再生される。これは脊椎動物の中でも非常に例外的でユニークなことです。
── そんなイモリの再生能力の仕組みについてですが、多くの研究者が「何らかの多能性細胞が成体になっても体に残っているのではないか」と考えたのに対し、千葉先生は「多能性細胞を残しているからではなく、通常の体細胞の一部を『リプログラミング』することで再生に利用している」ことを突き止めたそうですね。この「リプログラミング」とは、どういうことでしょうか?
成熟した体細胞を一度「脱分化」、つまりもとの性質を失わせて未分化状態に戻すことをリプログラミングと表現しています。この細胞が再びもとの細胞に戻ったり、別の性質の細胞に転換したりできるのです。
── 先生は、イモリの再生がこのような脱分化の仕組みによるものであることを、以前から予想されていたのでしょうか?
私が予想していたというよりは、考え方自体は以前からあったもので、むしろ1970年代の日本の学会においては、「イモリの再生のメカニズムが脱分化にある」という説は既に常識的なものとして唱えられていました。
── そうだったのですか。数十年前からあった説なのですね。
ところがその後、世の中の流行が大きく動いて。1980年代・90年代頃から、今のいわゆる幹細胞医療とか再生医療につながる研究が盛んになるにつれて、私たちの体にもあるような多能性細胞や未分化性をまだ保ったままの体細胞による現象を、イモリの再生にも当てはめる方が自然な解釈ではないかという流れになってきた。しかもその考え方を後押しするように、イモリと同じ両生類で、世界的にはイモリよりもたくさん研究されているウーパールーパーなんかのアホロートルの仲間において、イモリのような脱分化の事象がどれだけやっても観察されなかったのです。
── 他の両生類に脱分化が見られない以上、イモリだけが例外と考えるのは合理的ではないという考え方が優勢になった、と。
実際のところ、私たちの研究以前に行われたイモリの脱分化を証明したとされる実験は、いずれも培養環境下で行われたものだったのです。いわゆる「お皿の上」であれば、自然のなかとは違った色々な事象も起こそうと思えば起こせる。それでは自然界におけるイモリの脱分化を証明したことにならないというムードが支配的になりつつありました。
── ところがそのムードを、先生の研究成果がもう一度覆したのですね。
結果的にはそうですが、私としては、脱分化でも多能性細胞由来でも、正直どちらの結論でもよかった(笑)。ただ事実を知りたかった、疑問を明らかにしたかったというだけです。むしろ私も、当初はイモリの細胞が脱分化しているという説には、どちらかというと疑いをもっていました。
── しかし結果としては、大人のイモリには脱分化が起きていた。
はい。正確には、イモリは幼生期と変態し成体になった後では再生のメカニズムを切り替えていて、このうち成体の再生能力は脱分化システムによるものであることをイモリの体内で発見しました。
── そうなるとあらためてなぜイモリだけが脱分化、リプログラミングを起こせるのかという点が気になります。何か他の生き物と決定的な違いがあるのでしょうか?
まさに私の研究の出発点は「イモリの再生能力は本当にイモリだけにユニークなものなのか」という問いでした。イモリにしかない固有の因子があるのか、あるいは私たちも持っているような共通の因子で説明できる事象なのかということを明らかにしたかった。そしてイモリの遺伝子を網羅的に解析したなかで見つけたのが、「Newtic1(ニューティックワン)」と名付けた遺伝子でした。これは厳密にはイモリ固有の遺伝子ではありませんでしたが、有尾両生類(イモリ・サンショウウオの仲間)にしか存在しないユニークな遺伝子です。
── Newtic1は具体的にどのような役割を果たすのでしょうか?
Newtic1は、成体のイモリにおいて一部の赤血球に発現していました。そしてNewtic1を発現した赤血球こそが、再生が行われる部位に、再生に必要なさまざまな分泌因子を運ぶ役割を果たしていることがわかりました。
── イモリは再生に関わる因子を赤血球で運んでいるというのは、驚くべき事実ですね。
はい。私たちヒトを含め、哺乳類における赤血球の役割といえば酸素を運ぶということくらいしか知られていませんが、脊椎動物全体で見た場合に、赤血球にはもっと様々な役割があることを示唆する発見だったと思います。
イモリはどうして再生能力を手に入れた? ヒトへの応用の可能性は?
── なぜイモリだけが成体になっても驚異的な再生能力を維持するように進化したのか、その理由についてはどのように考えられますか?
私の考えでは、おそらくはイモリの再生能力は進化的意義によって獲得されたものではなく、いわば偶然の産物であろうと思っています。
なぜかというと、たとえば極端な話、心臓が破けてもイモリの再生は発動するけれども、心臓が破けたらさすがにイモリとて自然環境下では生き延びることはできないわけです。目なんかもわかりやすいですね。イモリの目の再生には、半年ほどかかります。それでも再生に向かうということはイモリにとって視覚というものが必要だからでしょうが、しかし必要であるにも関わらず、半年も見えないのでは困ってしまいます。これはある種、矛盾しているというか、生存のために自然選択的に得られた進化とは、考えづらい。
── 成体での再生能力の獲得は突然変異によるもので、そのことと今現在イモリという種が生き残っていることとは、積極的な関係はないということでしょうか。
そう考えています。傷ついた箇所をリプログラミングによって再生するという突然変異が偶然イモリでは起こり、他の動物では知られている限り起きていないということでしょう。しかし別の見方をすれば、だから私たちヒトにおいても、偶然何かが起これば再生ができてしまう可能性も高いと考えています。今後、イモリの再生システムをより詳細に解明することで、ヒトがイモリと同じように再生できないのはなぜか、どうすればできるようになるのかを明らかにし、再生医療をはじめヒトの医療技術の進歩につなげていきたいと考えています。
── ヒトへの応用を考えた際に、次の一手としてはどのように進めていかれるのでしょうか?
ひとつにはやはり、イモリの遺伝子情報、ゲノムの解析ですね。まだ3、4割しか読めていないので。イモリのゲノムは、ヒトゲノムの10倍以上のスケールなんですよ。
── そんなにあるのですか!?
はい。長大なイモリゲノムの解読を進めて、Newtic1と赤血球内の分泌因子の機能をはじめイモリの再生の仕組みをより具体的に解明しようとしています。それと並行して、イモリの再生の際に分泌される因子自体は、ヒトが傷ついた時に分泌されるものと共通であることもわかっているので、たとえばヒトの細胞をイモリに移植したらどうなるか、反対にイモリの細胞をヒトに移植したらそれらの働きがどうなるかという検証も進めているところです。
── 研究において、次に乗り越えるべき大きな壁はなんでしょう?
そうですね、研究を始めた頃などはそれこそ壁だらけでしたけど、現在はもはや壁という壁はない状況といえるかもしれません。やるべき実験の方向性と、技術は充分に確立されていますので、もちろん軌道修正はしながらですが、攻め方は見えていると思っています。
── 今後の研究成果がますます楽しみです!
「流行遅れ」だったイモリの研究。狙い通りにいかないことこそ研究の醍醐味
── 千葉先生ご自身についてのお話も伺いたいのですが、最初にイモリの研究を始められたのは、どのようなきっかけからだったのでしょうか?
イモリの研究を始めたのは、博士課程で筑波大に進んだ際に研究室の先生から配られたテーマだったからです。
── ご自身で選んだテーマではなかったのですね。最初にイモリというテーマが与えられた時の率直なお気持ちは?
私は福島県の田舎の方の出身なのですが、子どもの頃のイモリの印象といえば、どちらかというと気持ち悪い存在だったんですよね。周りは田んぼだらけで、よくドジョウを採りに行ったりしましたが、ドジョウよりイモリの方が採れてしまう。そのくらい身近な存在ではある一方で、地域の年寄りからは「イモリに食いつかれると雷が鳴るまで離さないからイモリには触るな」と教わっていて。だから気持ち悪いというか、ちょっと怖いような対象でした。
── 最初はイモリに苦手意識があったのですね、とても意外です!
ところが研究室の同級生が、もう本当にまったく気にせず芋を洗うみたいな感じで豪快にイモリを触っていて。それを見て大丈夫なのかなと思って私も手を突っ込んでみたら、実際、イモリは全然何もしてこない。すごく優しいというか、噛みつきもしなければ、こちらに何かされても、なすがままみたいな。それで随分印象が変わりましたね。
── そんなスタートから、今では千葉先生といえば世界的に有名なイモリの研究者です。
思えば私がイモリの研究を始めた1990年代は、世界的に幹細胞の研究やモデル生物の研究が主流になり始めた頃で、イモリの研究はすでに「流行遅れ」と言われていました。その時点ではある程度研究がやりつくされてひと段落しており、他にやっている人はもうほとんどいない状態だったのです。
── それが現在では、最先端の再生医療にもつながる可能性を秘めた研究として一躍注目されるようになりました。「流行遅れ」のテーマが与えられたら、そこで気持ちが落ち込んでしまう人がいてもおかしくなさそうですが、先生が根気強く続けることができた秘訣は何でしょうか?
これといってアドバイスできるようなことはないですよ(笑)。もともと私は何か強い興味があって研究を始めたわけでもなく、他に向いている仕事もないだろうから研究者を続けてきたというのが本音ですし。普段から行列には並びたくないタイプの人間なので、少し王道を外れたテーマくらいで性に合っていたところもあるでしょう。ただ、どんな研究テーマでもそうだと思うのは、きちんと取り組んで何らかの結果を出してみると、必ずそこにミステリーは生まれてきます。そうするとやはり解明したくなる。その連続でここまでこれたということかもしれません。だから、そうですね、これはかつて私自身が恩師に言われた言葉ですが、まずは首から下だけでいいから動かしなさい、と。
── 首から下?
つまり頭は使わなくていいから、まずやれと。なんでもいいから正確な実験結果を出してみる。そうすると徐々に徐々に、結果に対して今度は頭を使うようになっていきますから。まずは首から下でいい。その言葉は、信じてみてよかったなというようには思いますね。
── その後はこれまでのイモリの再生能力の研究において、諦めかけたり、挫けそうになった場面はなかったでしょうか?
なかったですね。そもそも研究に挫ける、というのが僕にはよくわからなくて(笑)。つまりそれは、狙った結果が出てくれないということだと思うのですが、私に言わせれば、研究の醍醐味というのはまさにそこじゃないかと。思いもよらない結果が出てくるから、なぜだろうと考えるし、解明したくなる。
── なるほど。
その点で行くとイモリという生き物は毎回いい具合に、予想を裏切ってくれますよ(笑)。だから先ほど「壁はない」なんて言いましたけど、実際はさらに大きく裏切ってくるかもしれないし、やっぱりこればかりはやってみなければわからないところもありますね。
── イモリがいい意味でどんな風に裏切ってくれるのか、そんな観点でもこれからの研究の展開にワクワクします! 千葉先生、本日はありがとうございました!
千葉先生の研究の概要はこちらにもまとめられています(資料提供:千葉親文教授)。研究の現在地を知りたくなった方は、ぜひチェックしてみてください!
千葉 親文 (ちば ちかふみ)
筑波大学生命環境系教授。イモリ研究者とその協力者・支援者からなるコミュニティー「イモリネットワーク」代表。1965年福島県生まれ。1989年奈良教育大学教育学部卒業。同大大学院で修士課程を修了。筑波大学に移り、神経生理学のノウハウを活かして、アカハライモリの研究を始める。1995年筑波大学大学院生物科学研究科修了、博士(理学)取得。同大学生物科学系助手に就任後、1996年より講師、2006年より大学院生命環境科学研究科助教授、2011年より准教授を経て、2018年4月より現職。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
研究室HP:https://www.biol.tsukuba.ac.jp/~chichiba/
イモリネットワークHP:http://imori-net.org
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