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「αGEL(アルファゲル)」という名前に聞き覚えのある人、きっと多いのではないでしょうか。αGELは、卵を落下させる映像でも有名で、どこかで見られた人も多いはず。
身近なものでいうと、シャープペンシルのグリップに使われています。やわらかくてむにゅっとした、なんとも心地よい握り心地が印象に残っている人もいるはず。それから、スポーツシューズの緩衝材にも使われているので、スポーツをしている人や、学生時代に運動部だったという人はお世話になったことがあるかもしれません。実はそれだけでなく、αGELは想像以上に多くの場面で活用されていて、私たちの生活を支えてくれる大切な材料なんです。今回は、そんなαGELについてのインタビューをお届けします。
αGELの特長は、なんといっても18メートルの高さから卵を落としても割れないという優れた衝撃吸収力。ですが今回新たに始まっているプロジェクトでは、「感触」に着目し、αGELの新たな可能性を広げる取り組みをされている真っ只中とのこと。
αGELの魅力と「感触」を起点にした材料の新しい可能性について、株式会社タイカの内田さん(αゲル営業部)と三國さん(研究開発室 機能製品開発グループ)にお話を聞きました。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
用途に合わせて特性は変幻自在なゲル材料
まず、αGELとはどんなものか教えてください!
内田さん(以降、敬称略):αGELは、タイカが独自に開発した非常に柔らかいゲル状素材です。誕生したのは1980年代で、当時の開発者は「これから世の中のデバイスがどんどん小型化し、高性能化していく」といった仮説を立てて、新しい衝撃吸収材の開発に取り組んでいました。開発中は、身の回りの様々なゲル状のものからヒントを得たそうで、ゼリーやプリン、こんにゃくなど手当たり次第検証したと聞いています。
αGELは、18mの高さから生卵を落としても割れないという優れた衝撃吸収力を持っています。その機能が評価され、アシックス様とαGELを使った新しいスポーツシューズの衝撃吸収材の開発に共同で取り組み、1986年にシューズのクッション材として搭載されるようになったのが最初の活用事例です。現在も、様々なモデルのシューズに採用していただいています。
三國さんは、現在ランニングシューズに使われるαGELの開発に携わられていると聞きました。αGELが搭載されたシューズを履くと、ランナーはどんなメリットを得られるのですか?
三國さん(以降、敬称略):シューズのかかと部分など、着地時の衝撃がかかりやすい部位にαGELを搭載することで、ランナーの脚にかかる衝撃をやわらげ、ケガの予防や疲労の軽減につなげることができます。以前は、外から見えない部分にαGELが搭載されていたのですが、「見えたほうがゲルの存在を認識してもらえて、お客様もわかりやすい」ということになり、現在は外から見える(ビジブルな)形でもαGELが搭載されています。ビジブルにするためには、αGELを外からの摩擦や接触に耐えられるように強度を高める必要がありました。また、「ゲル」というと「透き通ったもの」というイメージを持つ方が多いので、透明感も意識的に高めています。強度と透明感の両立には様々な工夫が必要でしたが、さまざまな配合を試したり、添加剤の検討を重ねて、今の形になりました。
ほかに、αGELは世の中のどんなところで活用されているのでしょうか?
三國:αGELには優れた衝撃吸収性、防振性、温度特性、耐久性を持たせることが可能です。先ほどご説明したスポーツシューズや、ペンのグリップのようにわかりやすくαGELを認識してもらえる活用法以外にも、じつは視認性向上のために車載ディスプレイ、防振機能の付与のためにポンプなどの産業機器、防水・防塵機能の付与のためにエレクトロニクス製品といったように、幅広い分野に多様な機能を付加しているんです。ほとんどの方が、知らず知らずのうちに何らかの形でαGELが使われた製品を扱ったことがあるかと思います。
αGELの機能と活用例
■衝撃吸収
ビルの6階に相当する地上18mから生卵を落下させても、わずか2cm厚のαGELは、生卵を割ることなく受け止めることができる。
活用例)ランニングシューズのクッション材、ボルダリング用マットなど
■防振・制振
振動源と被振動対象物の間に使用することにより振動伝達を低減し、被振動対象物の保護、騒音低減などの効果がある。
活用例)カメラの手ブレ補正、スピーカーの音質向上のための振動低減など
■放熱(熱対策)
発熱体と冷却部品の間に使用することにより、優れた放熱効果を発揮する。
活用例)電子機器の熱対策など
■オプティカルボンディング
LCD(液晶ディスプレイ)と保護板の隙間に使用することで、コントラストの向上、視差低減、応力緩和、衝撃吸収性の向上、輝度向上などの効果がある。
活用例)カーナビ等の視認性向上など
■防水・防塵
柔軟性が高く、圧縮しやすく、筐体の歪みにも追従しやすいため、高い防水・防塵性能を発揮する。
活用例)スマートフォンやタブレット、カメラ等の防水・防塵など
αGELと一口に言っても、様々な用途や機能を持つものがあるのですね。
三國:そうなんです。材料の組み合わせや製法を変えることで、用途に合わせた様々なゲル状の材料にすることができます。
内田:そのため、何かひとつを「αGEL」と定義するというよりかは、「我々タイカが手がけるゲル状の柔らかい素材」全般を「αGEL」と認識していただければと思います。
用途に合わせて柔軟に特性を変えられるということは、企業から「こんな課題を解決したい」と様々な要望が来ることもあるのでしょうか?
内田:そうですね。たとえば「長期間外で使いたいので耐久性・耐候性の高い材料がほしい」と具体的なご要望をいただけば、比較的経年劣化が起こりにくいシリコーンをベースにしたαGELをご提案したり、場合によっては新たに開発することもあります。ですがこれからはニーズに答える形だけではなく、こちらからαGELの魅力をもっと発信していく必要があるとも考えていて、2018年、「HAPTICS OF WONDER(ハプティクス オブ ワンダー) 12触αGEL見本帖」という新しいプロジェクトを立ち上げました。
☆HAPTICS(ハプティクス)…触覚を通じて情報を伝達する技術。スマートフォンをはじめとするタッチインターフェースが普及し、「触り心地」や「振動」などが機能活用されるなど、近年学問分野としても注目されている。
「感触の心地よさ」も機能のひとつ
「HAPTICS OF WONDER 12触αGEL見本帖」とは、いったいどんなものなのですか?
内田:「HAPTICS OF WONDER 12触αGEL見本帖」は、「触覚(HAPTICS)」に着目して構成された、αGELの体感コミュニケーションツールキットです。“やわらかさ”そして“触り心地”の特徴や特性を織り交ぜた12種類のαGELで構成されていて、触り比べることで多様な触感を実感していただけるようになっています。こちらを、展示イベントや商談の際に触ってもらうことで、インスピレーションを得たり、具体的に「この柔らかさの材料がほしい」とご要望をスムーズに伝えていただけるようになります。
三國:材料の柔らかさは「アスカーC」(数字が小さいほど柔らかい)や「針入度」(数字が大きいほど柔らかい)といった数値で表されるのですが、これを数値で伝えても、どれくらいの柔らかさでどんな触り心地なのか、いまいちイメージがしづらいという問題がありました。それに、たとえアスカーCの数値が同じでも針入度や表面加工を変えることで、感触は全く違うものになってきます。そこで、もっと感覚的にわかりやすく柔らかさが伝われば、と、12種類のαGELの触り心地を身近なものにたとえてイラストで表現しています。
「ほどよく使った想い出の消しゴム…」なんだか感触がよみがえってきてイメージしやすいです。「とろけるくちどけ生キャラメル」も、つぶさないようにそっと持つ感じを思い出します。
内田:先ほどもお伝えしたように、タイカとしてこれからさらに材料の可能性を広げていくためには、お客様からのニーズに応える以外にも、我々から積極的に材料の魅力を発信していくことが必要だと考えています。近年は触覚を様々な技術に活用するHAPTICSの分野が業界内でも盛り上がりを見せているので、「触り心地が気持ちいい」との声をいただくことが多いαGELの価値を発信できるのではと、今回のプロジェクトを立ち上げました。αGELの魅力を新しい形でアピールできれば、これまでご一緒させていただいてきたお客様と新たなプロダクトを生み出したり、これまで接点のなかった領域の方とつながるきっかけになると考えたのです。
三國:αGELは、基礎理論ができてから30年以上も応用され続け、様々な用途で活用されています。そんなαGELは、もっと私たちさえ思いもよらないようなポテンシャルを秘めていると思うんです。そこで、「触覚」を起点にαGELという材料の面白さを知っていただくことで、新たな領域のお客様と組むことができるかもしれませんし、αGELの新しい可能性を広げていけたらと考えています。
見本帖に選ばれた12種類のαGELは、どのように決められたのですか?
内田:もともとは、αGELで感触のスタンダードをつくっていきたいというのが根底にあって、たとえば色の見本帳(色ごとに番号が振られているためイメージした色を正確に伝えるのに役立つ)のように、どんな人にも柔らかさや触感が伝わるようにしたいと考えていました。そこで、約40種類のαGELを準備してワークショップを開き、我々社員のほかにHAPTICSを専門とするアカデミックな方や、デザイナーさんなどにも参加いただいて、触り比べてもらいました。その中でオノマトペを使って触り心地を表現しながら意見交換をして、特徴があるものを選んだ結果、こちらの12種類に絞り込まれました。
三國:私は最初のワークショップに向けて約40種類のサンプルをひたすら作ったのですが、普段からαGELを扱っていることもあって、どれくらいの固さの差があれば皆さんが違いを感じられるのかというのが、わからなくなってきて。結論からいうと、つくり手側の視点ですが、あまりに微妙な差のものを揃えてしまうのは現実的ではありませんでした。というのも量産するときにどうしても生じてしまう誤差によってそれぞれの触り心地に差がなくなってしまう懸念があるからで、実現性があって、なおかつ触って違いを感じられる40種類を提案しました。
αGELという材料で様々な機能を追求してきたタイカさんが、「触覚」という人間の感覚へと原点回帰したというのが面白いですね。
内田:感覚も機能のひとつかな、と思っているんです。今までの衝撃吸収や、振動を防ぐという機能の中に、「感触の心地よさ」というのも含まれるのだと考えています。そういった意味では、今までとまったく違うことをやっているわけではなくて、新しい視点というか、訴求の方法を探る中で生まれたプロジェクトだと言えるかと思います。これまでは、何かのデバイスの中に使われることが多く、あまり目に見える形でアピールができなかったというもどかしさもあったので、今後はもっと触ってもらえるところにαGELを使ってもらえるように──そのためにも、αGELはこんなにも触り心地が面白い材料だということを知っていただくきっかけになればうれしいです。実際に、「この柔らかさなら、こんなものをつくれたら面白そう」といった引き合いも少しずつ出始めています。
三國さんはつくり手側として、αGELが今後どのように広がっていってほしいと考えていますか?
三國:αGELの感触を楽しんでもらえる製品がこれまであまりなかったので、今後はもっとαGELそのものを楽しんでもらえるようになっていけば面白いなと思っています。ひとつ、今回のプロジェクトを通して、つくり手側の目線だけじゃいけないなと気づいたことがあって。この12種類の見本帖のなかで一番柔らかい素材って、材料としては柔らかすぎて強度を出すのが難しく、実用性があるかというと微妙だったんです。でも、いざワークショップで触ってもらったら、これが一番気持ちいい、という声を多くもらいました。世の中が求めているものは、私たちが想像しているものとは違うこともありますし、たとえ実現が難しいと思っても、お客さんからの意見や要望があれば、改良していく余地もあります。HAPTICSのプロジェクトが動き出してから、「感触の心地よさと熱対策などの機能を組み合わせたい」といったご要望も出始めています。「実用性を考えると難しいから使えない」ではなく、「どう使えるようにするか」を、今後の幅広い実用に向けて真剣に考えていかなければならないと思っているところです。
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