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1970年に開催された大阪万博では、テレビ電話やモノレールなど未来の技術が出展され、多くの人が一目見ようと詰めかけた。その中で、「人間洗濯機」と呼ばれ話題となった「ウルトラソニックバス」(旧三洋電機、現パナソニックHD)にすっかり魅了された少年がいた。当時小学校4年生だった、株式会社サイエンスの青山恭明会長だ。
まだ一般家庭に浴槽が普及していなかった時代に、全自動で人間を洗い上げるという不思議なカプセル「人間洗濯機」。その世界観、未来感に圧倒されて当時20回も万博へ通ったという青山会長は、2025年の「大阪・関西万博」の開催が決定すると「令和版の人間洗濯機を出展する!」と半世紀の時を経て決意する。
当時の技術では実用化に至らなかった人間洗濯機を、株式会社サイエンスの技術力で「ミライ人間洗濯機」として、ふたたび世界に送り出す―――。
製品の要である「ファインバブル技術」を開発された技術責任者で専務取締役の平江真輝さんに、同社のファインバブルの技術、さらに「ミライ人間洗濯機」開発の思いについて伺った。
家族の肌を守る優しさから生まれた、水と空気で汚れを落とすファインバブル
── 御社といえば、油性ペンを落とせるシャワーヘッド「ミラブル」で有名です。
平江:青山会長の娘さんが皮膚疾患で悩む姿を見て、要因の一つとされていた塩素を低減する商品を開発したのが事業のスタートです。その後、青山が、泡だけで汚れを落とすファインバブルの存在を知り、ファインバブル発生器を搭載した浴槽「ミラバス」やファインバブルを発生させるシャワーヘッド「ミラブル」の開発へとつながりました。
── ご家族の悩みが事業の原点だったのですね。ファインバブルについて教えてください。
平江:ファインバブルとは、直径100μm未満の非常に小さな気泡を指す、ISO規格で定められた用語で、日本語では微細気泡とも呼ばれます。具体的には、ファインバブルのなかでも直径1μm〜100μm未満のものを「マイクロバブル」、直径1μm未満のさらに小さなものを「ウルトラファインバブル」と呼びます。
ファインバブルは、1990年代からその精密で高い洗浄力が注目され、産業総合研究所などで研究が進められてきました。現在では、半導体の洗浄工程をはじめ、産業界でも広く利用されています。
── すでに利用されていた洗浄技術を家庭用に応用されたのですね。
平江:青山が「ミラバス」開発へと着手した当時、私は流体力学を専門とした造船関連会社に勤務しており、温浴施設や水産試験場の設計・施工・メンテナンスを担当していました。公共事業が売上の8割を占める中で、今後は民間企業との取引拡大が必要だと感じ、業務の傍らファインバブルを利用した家庭用品の研究を進めていました。
小型化した家庭向けファインバブル発生システムを開発したものの、「どうやって販路を開拓しようか」と悩んでいたところに、たまたま青山から「ファインバブルの開発者を探している」という電話を受けました。微小気泡便覧のような名称の業界誌に載っている企業へ片っ端から電話をかけたようです。技術と販路がつながり、ミラバス開発が一気に現実へと近づきました。
── 青山会長の開発への意気込みが伝わってきます。ファインバブルのお風呂はすぐにヒットしたのでしょうか。
平江:まずは温浴施設から導入しました。マイクロバブルによって白濁したミルキーなお風呂は大人気で、これなら家庭用もすぐに売れるだろうと予測したのです。しかし、実際は家庭への導入実績もなかったことから、得体の知れない技術と怪しまれてしまいました。
そこで安全性や耐久性のデータをそろえてPSCマーク*1 やPSEマーク*2 を取得し、技術と安全性を理解していただいた大手住宅メーカーさんと手を組んで、分譲住宅・マンションへの導入から始めました。
また、当時はファインバブルについての明確な基準や規格がなかったため、一般社団法人ファインバブル産業会(FBIA)で製品認証登録制度を作り上げ、定めた基準に適合していることを示す「FBIA製品認証登録マーク」も取得しました。技術と安全がそろったことで、一般の方にも受け入れられ、多くのご家庭で利用いただけるようになりました。
*1:PSCマーク:国の定めた技術基準に適合した製品に付けられるマーク。Product(製品)、Safety(安全)、Consumer(消費者)
*2:PSEマーク:電気製品が安全性を満たしていることを示すマーク。Product、Safety、Electrical appliance & materials(電気製品)
ファインバブル専業メーカーが誇る技術
── ファインバブルはどのようにして発生させるのですか?
平江:水に圧力をかけ空気を溶かした後に圧力を開放すると、水に溶け込んだ空気が気化してファインバブルが発生します。さらに溶け込んだ空気を水流によってせん断して砕くことで、より細かなファインバブルが生まれます。
最新のシャワーヘッドでは、1秒間に約2,000回転するトルネード(竜巻のような渦)が発生するようにノズルを設計し、ファインバブルを生成しています。さらに水流が吐出する際、外気を巻き込み、安定して気泡を発生しながら、吐出口中央部にもうず巻きを発生させることに、世界で初めて成功しました。
造船会社などでは、スクリューが空気の泡で傷つく「キャビテーション」が広く知られています。スクリュープロペラは高圧で水を押し出しますが、高い圧力から解放された低圧部分(飽和水蒸気圧以下)に気泡が発生します。言わば速い水流における沸騰現象です。その気泡が崩壊するときに生じる衝撃圧によってプロペラが壊食を起こしてしまいます。
ファインバブルはこの性質を逆手に取った技術といえます。つまり、わざと気泡を発生させ、気泡で汚れを剥離して浮かすのです。
その他にもファインバブルには次のような界面活性作用を持ちます。
- 表面の帯電:水中で気泡表面がマイナスに帯電する
- 表面吸着:プラスに帯電する有機物(汚れ)を引き付ける
- 疎水性相互作用:油性の物体(汚れ)が気泡表面に集まる
ファインバブルはゴシゴシこすらなくても、小さな泡が毛穴の奥まで入り込み、物理・化学・電気的な力で汚れを浮き上がらせます。それが人間洗濯機の核となる技術です。
思考力と観察から生まれた
特許技術が支える「ミライ人間洗濯機」
── 最も直径の小さいウルトラファインバブルが、最も洗浄力が高いのでしょうか?
平江:バブルサイズは洗浄力と直接の相関はなく、使用する環境に適したバブルサイズを選択します。ウルトラファインバブルは周囲の水圧に負けて浮上することができませんが、状態の良いものは水中で数カ月も存在し続けます。つまりシャワーなどの水流に乗せると、バブルが壊れることなく肌のすみずみへ届けることが可能です。
それに対してマイクロバブルは浮力がありますから、浴槽中など水流がない浸け置き状態でも汚れを浮き上がらせます。人間洗濯機では最適な条件で洗浄できるよう、浴槽とシャワーで異なるバブルをミックスしています。
── バブルのサイズで挙動が変わることを、どのようにして突き止めたのですか?
平江:これはひとえに観察の賜物です。マイクロバブルの水面には汚れが浮き上がってくるのに対し、ウルトラファインバブルの水面には何も浮き上がってこないのです。しかし、配管を見てみるとグリス(油汚れ)が水流に乗って落ちる様子が見え、ウルトラファインバブルには水流が必要だと分かりました。
知りたい、確認したいことが出てくると、「こうやったら現象を確認できるかな」と実験手法を考えるのが好きなのです。泡の発生を確認するのにハイスピードカメラなども駆使しましたね。新しい測定技術が生まれるたびに試し、新しい発見をたくさん得ました。
── 視野が広く、発想が豊かですね。
平江:自覚はありませんが、もしかしたら建設現場での経験が生きているのかもしれません。学生時代の専攻が建築で、新入社員時代の配属は、プラント建設現場でした。これがとても楽しくて、それで敬遠されがちな現場仕事が私のもとへ多く回ってくるようになりました。
現場は勉強の宝庫です。例えば、熟練の職人さんと意見が合わないときは悩みます。しかし、考えてみると相手もいいものを作ろうという思いは同じなのです。そこを理解して歩み寄り、合意形成をしていくステップで、思考力がずいぶんと鍛えられました。
ものづくりのバトンをつなぐ万国博覧会
── 確かな技術に支えられた「ミライ人間洗濯機」のコンセプトを教えてください。
平江:「体もキレイに心もキレイに」です。身体を清潔にするだけでなく、リラックスやリフレッシュができる時間・空間として、入浴の新しい価値を提案します。
注目していただきたい技術があります。共同研究者の大阪大学産業科学研究所 神吉准教授が開発中の心拍センサーです。入浴者の生体データを測定し、AIが年齢などを判断して入浴者に適したファインバブル(湯質)を選択します。また、緊張や疲れなどの心身状況も判断し、個々に応じた映像や音楽を流して体調をサポートします。
── 初代「人間洗濯機」を担当された方々も、アドバイザーとして参加されているそうですね。
平江:そうなのです、当時の人間洗濯機のデザインを担当された上田さんと、技術ご担当の山谷さんに、顧問としてご参画いただいています。お二人はすでに80歳を超えていらっしゃいますが非常にお元気で、人間洗濯機に対する情熱を持ち続けていらっしゃいました。
技術担当の山谷さんは三洋電機を退職された後もずっとアイデアを練り続け、企業との共同開発を模索されていました。弊社のファインバブル技術を耳にして、「これなら実現可能だ」とお電話いただいたとのことです。実は「心もキレイに」というメッセージは、山谷さんが開発ノートに書いていたキーワードでした。つまり、人間洗濯機のコンセプトは50年間変わっていないのです。
50年の時を超えたご縁をいただけたことに驚くと共に、ものづくりへの熱意を次世代につなぐ万博への参加意義を強く感じました。弊社の若手社員、そして会場でご覧いただいた皆さまがミライ人間洗濯機から何かを感じてくれたらうれしく思います。
── 会長が夢見た実用化が見えてきました。ミライ人間洗濯機はどのように社会で役立てられると予想されますか?
平江:高齢化社会において、入浴介助は最も重労働と言われる業務のひとつです。ベッドに寝たまま要介護者を洗身できるリクシー(Lixy)や車いすに座ったまま洗身するアラエル(araeru)という製品があるのですが、ミラバスを含め介護施設等から非常に多くのお問い合わせをいただいており、この分野のニーズの切実さを痛感しています。
ミライ人間洗濯機は、座るだけ、たった15分で乾燥まで全自動で完了しますので、介護の負担をさらに軽減できます。
また、転倒などの事故が多いのも入浴の特徴です。アクティブシニア向けの住居では、赤外線センサーで入浴者の動きを感知し、もし一定時間内に動きが見られない場合、強制排水して警報を鳴らす見守りシステムも組み合わせます。お風呂という設置場所の制限がある中で、カメラを使わずに利用者の尊厳と安全の両方を守る本システムはグッドデザイン賞を受賞しました。
さらに、日本人が入浴に求める「心がほぐれるリラックス感」を、個々の状況に合わせて提供します。まずは介護施設やアクティブシニア向け住居から、そして一般家庭へと広がっていくでしょう。将来的には毎日の入浴で得られたデータから、病気予測につなげられないかなど、医療の在り方も変えられないかと考えています。弊社の技術と日本の入浴文化が集結したミライ人間洗濯機を、大阪・関西万博のヘルスケアパビリオンで世界に発信できることを誇りに思います。
── 万博で実機を見られるのが楽しみです!最後に、研究開発職を目指す方へメッセージをいただけますか。
平江:AIが多くの作業を効率的に行えるようになった今こそ、自分で手を動かして作り観察する一次経験がさらに価値を持つ時代です。私の開発過程では、昔は段ボールで、今は3Dプリンターも駆使して製品のモックアップを作ります。シャワーノズルも実際に作り、水流やバブルの様子を細かく確認しました。すると、コンピューターのシミュレーションでは見えてこない部分が見えてくるのです。ぜひ、手を動かして経験してみてください。弊社ではファインバブルの可能性を一緒に追い求めるメンバーを募集しています。興味をもたれたら、お気軽にお問い合わせください。
株式会社サイエンス
本社・大阪ショールーム
〒532-0011 大阪市淀川区西中島5-5-15
新大阪セントラルタワー南館1F
TEL:06-6307-2400
※体感希望の場合は要予約
ほか、大阪・心斎橋、東京、名古屋にもショールームあり。
詳細は株式会社サイエンスのウェブサイトでご確認ください。
https://i-feel-science.com/mirable-showroom/
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