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モノづくりにおいて「触り心地」は、とても重要な要素。
肌に直接身に着ける衣服や化粧品だけでなく、パソコンやスマホも、触り心地のよいものを使いたいですよね。
このように商品の売れ行きを左右することもある「触り心地」。とても感覚的で主観的、曖昧なものですが、これを数値化し、客観的に評価する計測試験機があります。
専門的には「風合い計測」と表現するこの技術、実は日本発祥で、海外でも「風合い」という言葉で通じるのだそう。指や手のひらから感じる主観的な判断をどうやってデータにしているのでしょうか?京都にある風合い計測のパイオニア企業、カトーテック様に、風合い計測のこと、最新の計測技術について開発担当の河内さんにお話を伺いました!
カトーテック株式会社
1949年に加藤鉄工所として創業。京都大学の川端季雄博士との出会いから生まれたスペーサーをきっかけに、「新しいモノづくり」を掲げるようになる。その後風合い測定技術 KESを開発するほか、繊維業界のみならず自動車・化粧品などの多種多様な産業に向けた装置の開発を続けている。
https://www.keskato.co.jp/
河内さん
敦賀気比高等学校を卒業後、新日本製鐵株式会社君津製鉄所の硬式野球部に入部。その後複数の企業経験を経て、知人の紹介で2013年にカトーテック株式会社に入社。現在は執行役員営業部兼生産部部長として、生産部としては製品開発、製造、品質、設計の管理責任者、営業部では国内、海外の営業責任者として活躍中。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
日本発、触り心地を定量化する風合い計測
風合いを測る技術が日本発祥だとは知りませんでした。興味深いです。
今からさかのぼること50年前、繊維産業が盛んな時代に風合い計測の研究が始まりました。当時は熟練の職人が生地の触り心地の判定を行っていましたが、その基準が一般の人にはわかりにくかったため、職人さんしか持てない繊細な感覚を数値化して分かるようにしたい―そんなニーズに応えたのが京都大学工学部の川端季雄博士と奈良女子大学家政学部の丹羽雅子博士です。研究を重ね、世界で初めて「指や手のひらから感じる主観的な判断」を客観的データに置き換えることに成功しました。これにより、一般の消費者の方が何を求めているのかが数値で具体的に求められるようになりそれをもとに生産をかけられるようになりました。
どうやって数値化しているのでしょうか?
人が風合いを見分けるときに行う「なでる」、「引張る」、「折り曲げる」、「指で押す」といった動作と感覚を、精密な試験機で再現して、ものの表面の粗さや摩擦係数などで触感を数値化しています。
カトーテックさんはどのように関わられたのでしょうか。
カトーテックは、もともとは鋳造機をつくる小さな鉄工所でしたが、いい職人さんがいるという噂を元に京都大学の川端教授が訪ねてこられて、共同で試験機を開発しました。この技術は「KAWABATA EVALUATION SYSTEM」を略して“KES”と呼ばれ、業界では一般的に「ケス」と表現されます。
日本人の名前がついた技術が世界で使われているんですね!
日本で発明されて、オーストラリア、ヨーロッパ、アメリカ…と世界に広がっていきました。生地感を表現する「ハリ」「コシ」「シャリ感」といった言葉は欧州でもそのまま用いられているんですよ。
100人いれば100通りの「なめらかさ」がある。
洋服のほかにも様々なモノにとって、触り心地は大切ですね。
はい、現在では「繊維」をはじめ「化粧品」や「食品」、「製紙」や「自動車」など様々な分野で風合い評価にKESが用いられています。主観的であいまいだった物性判断をだれもが共有できる客観的な数値というデータに置き換えることで、確かな品質評価を可能としています。
業界問わず、モノづくりにおいて、つくり手同士が共通認識を持つことはとても重要ですね。
そうなんです。ある欧州の自動車メーカーとのやり取りした際、「しっとり」とした触り心地について話をしていたのですが、どうもかみ合わない。先方が言われる「しっとり」がどこを目指しているのか理解するのにとても時間がかかったことがあります。私は、水分のふくんだしっとりしたイメージを持っていたのですが、その自動車メーカーの担当者は、コットン的な肌触りを「なめらか」と表現していました。
業界によっても、自動車業界の人が言う「なめらか」と化粧品業界の指す「なめらか」は全く別のものですし、国によっても違います。数値で表すことで、認識のずれが防げるんですね。
カトーテックさんのホームページには「柔軟剤処理をした糸のねじり特性評価」「スキンケア化粧品のもっちり感の評価」「自動車用シートの座り心地評価」「食パンのしっとり感の評価」などいろいろな導入事例があって、とても面白いです!
5年をかけて実現、“指の神経情報”のデータ化
昨年(2021年)、新しい計測手法を発表されたそうですね。
感性情報を数値化する試験機「QUANTITEXTURE(クオンティテクスチャー)」のことですね。触感評価に深く関係する“人の感性情報”からデータを抽出し数値化する新手法です。
人の感性情報、とは?
指の神経情報から得られるデータですね。これを独自のアルゴリズムによって解析することで、人間が感じる触感とほぼ同じ数値を算出することができます。
これまでの計測手法とはなにが違うのですか?
KESでは物体の物性値を元に、データを出していました。ものの表面の粗さや摩擦係数などですね。新しい計測手法では、人の触感や知覚のメカニズムを元に解析しているため、より人間の感覚に近い触感のデータが取得できるようになりました。
人の触感や知覚のメカニズムをどうやって解析しているのでしょう?
モノを触った人間の指が、脳にどんな信号を送っているのかを解析しています。
人間は「形状」ではなく、つるつるしている、ザラザラしているといった触察時の「振動情報」を知覚していて、指には振動刺激を知覚する受容器が備わっています。マイスナー小体、メルケル触盤、パチニ小体、ルフィニ終末の4つですね。これらが脳に送る振動データを解析しています。さらに触感を検出する範囲の刺激量を定量化することで、各受容器の応答を推定するアルゴリズムを実現しています。
心地よいかどうかを感じるのは、触る人の主観が入るのではないでしょうか?
心地よさ自体の評価方法は、あくまで人が感じる感覚を測定する官能評価をベースにしています。それに加えて、脳への信号をとらえることでより正確な計測が可能になったということです。極端な例になりますが、10人いたら7人が心地よいと感じるという感想を得ているとき、マイスナー小体触盤の刺激量が一番多いといったようにですね。
ただ、振動刺激とはいえ周波数解析をするだけでは答えが出ず、フーリエ変換をした流れの中に閾値を当て込んでいき、その範囲内で数値を出していく必要があり、アルゴリズムを形成するのにはとにかく苦労しました。それにとても繊細な情報を読み取るため、試験機の精度を高めるほどノイズも入りやすく、この調整にも時間がかかりました。
様々な苦労があったと思いますが、開発期間はどのくらいだったのですか?
約5年です。
世界初の技術ということで、やはり相当難しいチャレンジだったのですね!
世の中のニーズに合わせて計測手法も進化
5年もかかるほど難しい技術なのに、どうして開発しようと思ったのですか?
自動車メーカーから依頼された素材に対して、官能評価の相関が得られなかったというのが発端です。例えば、樹脂パネルはつるつると感じるはずなのに、触った人はそう感じることが少なかったといった相談を多く問い合わせていただいたんです。
顧客要望が発端だったんですね。
当社の触り心地計測の試験機KES(ケス)は、多くの分野のお客様にご利用頂いています。ただ、KES(ケス)は、衣料品や不織布など繊維素材には強いのですが、固いもの、たとえば樹脂素材では計測が難しいという声がたくさんあったんです。機械での測定は、固いものに堅いものを当てます。対して、人間が触る指は柔らかい。そこで指にある受容器体から脳にどう信号を伝えているのかを数値化できれば、固いものの触り心地の測定が可能になると考えました。
自動車業界も触り心地を重視しているということでしょうか?
そうですね、触れる部分は全て評価していると言っていいと思います。それこそほとんどの人があまり触れないような内装の天井からトランクの中の触り心地までですね。
樹脂素材は軽くて見た目もよく、かつコストも安いので自動車にも適する優れた素材なのですが、高級車への使用は最小限になりがちです。
確かに高級車って、木材や本革などがたくさん使われているイメージです。見た目もそうですが触り心地も影響しているんですね。
人間がどの触感に心地よさを感じるのかを数値化できれば、コストを抑えつつ触感の良いものを量産し、快適なクルマを作ることができますし、高級車にももっと適用できるかもしれません。
それに車業界といえば、自動運転に切り替わっていく前提で世の中が動いています。そうなると自動車は輸送車両という側面に加え住空間としての快適さがますます求められるようになるでしょう。住空間の居心地において触り心地は非常に重要ですので、ニーズはますます高まると考えています。
樹脂は身の回りにたくさん使われていますし、新技術の幅広い活用が期待できそうですね!
「QUANTITEXTURE(クオンティテクスチャー)」の開発によって、自動車内装材だけでなく、住宅内装材、スマートフォンのカバーなどの触感測定も可能となりました。
「無理だ」を覆す製品を開発するために、必要なこと。
慶應義塾大学の竹村研治郎教授との共同研究とのことですが、どのような経緯だったのでしょうか。
もともと繊維の風合い測定から発展してきたので、その分野の先生とのつながりはありましたが、受容器に詳しい先生との接点がありませんでした。そこでインターネットで調べて、いくつかの大学の先生に相談したのです。しかし、ほとんど断られてしまいました。「難しい」と。もう相談する先生がいないぞと最後の砦的に頼み込んだのが、慶應義塾大学の竹村先生でした。受容器の研究者として日本のトップを走っておられる先生で難しいだろうなあと思いながらご相談したところ、多忙にもかかわらず、「できると思います。大丈夫ですよ」と。そこからです。「QUANTITEXTURE」というネーミングを考えていただいたのも竹村先生です。
とても嬉しく、勇気づけられるエピソードです!
当時私は営業だったのですが、お客様の要望に何としても応えたいという一心で、ファーストコンタクトにも関わらず、ものすごい長文のメールになってしまいました(笑)。竹村先生には二つ返事で引き受けていただいて本当にありがたかったです。
河内さんは、現在は営業部長兼生産部長ということですが、もともとは営業職だったのですね。
そうです。前職もメーカーで営業をしていました。それ以前も不動産の営業をしたり、プロ野球球団で働いたりといろんな経験をしていました。
ふつうは営業マンが顧客の要望を持ち帰り、開発部門で開発する流れだと思うのですが。
社内に相談したときに、繊維系に強い技術者はいましたが、樹脂素材となると勝手が違うので、専門家がいなかったんですね。そこで自分でやってみようかなと考えました。
営業の河内さんが開発をすることに社内はどういう反応だったんですか?
「とても難しそうなことを始めたね」という雰囲気でしたね。というのも私、理系出身ですらないんです。ずっと野球一筋で、高校は甲子園常連校で、1年生のときからピッチャーで4番を任され、卒業後は社会人野球に進みました。プロの道は残念ながら断念し営業として働き始めたので、開発経験はゼロ。ですが、どうしてもお客様に自信をもって回答できるようになりたいと、想いを伝えたら、社長や会長から「面白そうだからチャレンジしていい」との言葉をいただきました。懐の深い会社でよかったです(笑)。
ずっとお話を聞いていて、理系出身でないとは全く感じませんでした!工学用語も自然と口にされていましたし。
たくさん勉強しましたが、おかげで、大学の先生とも対等に会話できるようになりました。先生から「どこの大学出身ですか?」と聞かれて、「高校卒業後は社会人野球に進みました」と答え驚かれたこともあります。
甲子園で4番になれる人は、ほかのフィールドでも活躍できるんですね。努力の量が半端でない感じがします。
いえ、たくさんの関係者の方々に助けてもらって今があります。「QUANTITEXTURE」は、自分ひとりでは到底実現できませんでした。ただ、情熱を持って努力を続ければ周囲が手を差し伸べてくれ、想いが形になってくるように思います。
リケラボは、理系の学生さんも読者に多いのですが、是非メッセージをいただけますか?
夢に向かって努力されている方が多いと思うのですが、是非その想いを周りにも伝えてください。今はコロナ禍ということもあり大変な環境だからこそ、夢や目標を力に変えてほしいです。強い意志を持って諦めなければ、「不可能だ」と言われることでも突破口は必ず見つかります。頑張ってください!
触り心地を数値化するアルゴリズムを世界で初めて開発というすごい偉業を成し遂げた河内さんは、熱量が圧倒的で、お話ししているだけでこちらまで元気になる勢いがありました。文系出身だったことにも驚き、強烈に印象に残りました。知識があるがゆえに、できない理由をいくつも思いついてチャレンジしなかったことがあったなと振り返ることが出来ました。新しいものを生み出そうとするとき、知識が邪魔をすることもあると意識して、壁を突破する情熱を持ってみよう!ととても前向きな気持ちが湧いてきました。
河内さん、貴重なお話をありがとうございました!
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