化学実験、バイオ実験のノウハウなど、毎日の実験・分析に役立つ情報をお届け。
はじめに―DNAクローニングの予備知識―
生物の生命活動は、体をかたち作る1つ1つの細胞内でタンパク質が分子機械として適切にはたらくことで維持されています。細胞内のタンパク質は、遺伝子のDNA塩基配列を設計図として作られます。この生命の基本原理(セントラルドグマ)を拝借しつつ、ある遺伝子の塩基配列を自由に合成・増幅、欠失または置換して、細胞内に導入すると、タンパク質のはたらきが変化し、細胞/生物の生命活動や運命(表現型)をも変えてしまうことができます。
生命の設計図に手を加える、まさに神の領域とも見なされるこの遺伝子工学の醍醐味は、iPS細胞の作製やゲノム編集技術、核酸医薬品の開発、遺伝子治療といった次世代テクノロジーに広く応用されていますが、その実態は「DNAクローニング(特定のDNA分子を選択的に操るテクニック)」に他なりません。予備知識と実験手順を確認し、遺伝子工学を存分に楽しみましょう。
予備知識
ある特定のDNA断片を別のプラスミドに連結し、これを選択的に複製する技術を「DNAクローニング」と呼びます。一般的に、DNAクローニングを行うためには、複製したい目的のDNA断片(インサートDNA)と、効率良く複製するためにインサートと連結させる足場プラスミドDNA(クローニングベクター)が必要になります。そして、この2つのDNA分子を連結することをライゲーションと呼びます。
プラスミドをクローニングベクターとして使用する、すなわちプラスミドにインサートをライゲーションするためには、プラスミド内のインサートを連結させる箇所を適切な制限酵素であらかじめ切断しておく必要があります。また、ベクターに連結された形で、インサートDNAを大腸菌内で効率良く複製するためには、クローニングベクターには以下の3つの基本構造をもつことが要求されます。
クローニングベクターに必要な3つの基本構造
・大腸菌内で機能するDNA複製開始配列
大腸菌のDNA複製複合体が認識できるDNA複製開始配列をもつプラスミドは、大腸菌内でゲノムと独立して複製され、コピー数を増やすことができます。この複製開始配列をもったプラスミドベクターにインサートをライゲーションし、大腸菌体内に導入すると、結果的にインサートDNAが複製されます。
・抗生剤耐性遺伝子の発現系
「細胞内にプラスミドベクターを取り込んだ大腸菌(プラスミド保有菌)」を選択的に増殖させるために使われます。通常の培養条件では、「プラスミド保有菌」と「プラスミド非保有菌」が混在した場合、この両者はともに増殖してしまいます。この混在培養条件で、プラスミド非保有菌だけを死滅または増殖阻止させることができれば、結果的にプラスミド保有菌のみを選択的に培養・増殖できることになります。抗生剤に対する抵抗性を与える抗生剤耐性遺伝子の発現系をもつベクターを用いてライゲーションを行い、抗生剤の添加培地で大腸菌を培養することで、プラスミドを保有した耐性獲得菌のみを選択的に増殖することができます。アンピシリン、カナマイシン、テトラサイクリンなどの抗生剤とそれらの耐性遺伝子発現系が利用されています。
・マルチクロ一二ングサイト
制限酵素で切断される塩基配列が複数個近接して存在するプラスミドベクター内の領域。制限酵素で切断(開環)することで、インサー卜をライゲーションできる部位になります。一般的に、クローニングサイトの切断に使われる制限酵素は、プラスミド内のクローニングサイト以外の部分を切断しない(制限酵素の切断配列がプラスミド中ではマルチクローニングサイト内の1箇所だけである)ことが必須の条件となります。また、インサートがライゲーションされた場合にも、プラスミドの複製や抗生剤耐性遺伝子の発現に影響しない位置である必要があります。
「インサートがライゲーションされたベクター」と「インサートがライゲーションされていないベクター(セルフライゲーション産物)」をクローニング過程で容易に区別できるように、クロ一二ングサイトがβガラクトシダーゼなどのレポーター遺伝子の中に作られているベクターもあります。
「1. 制限酵素によるインサートとベクターの切断」、「2. インサートとベクターのライゲーション」、「3. 大腸菌の形質転換によるプラスミドの複製」の順で進むDNAクローニングの全体像を [図1] に示します。
※図1:制作者、研修講師(理学博士)の許可を得て掲載
この記事は、理系研究職の方のキャリア支援を行うパーソルテンプスタッフ研究開発事業本部(Chall-edge/チャレッジ)がお届けする、実験ノウハウシリーズです。
次項、「実験レシピ DNAクローニング(2/4)制限酵素によるインサートとベクターの切断」に続きます。
*監修
パーソルテンプスタッフ株式会社
研究開発事業本部(Chall-edge/チャレッジ)
研修講師(理学博士)
関連記事Recommend
-
細胞の免疫蛍光染色 実践編(2/2)
リケラボ実験レシピシリーズ
-
細胞の免疫蛍光染色 基本編(1/2)
リケラボ実験レシピシリーズ
-
細胞内でRNA干渉を人為的に誘導するために RNA干渉による遺伝子発現の調節(2/2)
リケラボ実験レシピシリーズ
-
RNA干渉(RNA interfering, RNAi)とは? RNA干渉による遺伝子発現の調節(1/2)
リケラボ実験レシピシリーズ
-
免疫沈降法(Immunoprecipitation)による目的タンパク質の濃縮 基本から応用まで
リケラボ実験レシピシリーズ
-
ウェスタンブロットによるタンパク質の発現解析(3/3)ウェスタンブロットによるタンパク質の検出
リケラボ実験レシピシリーズ
-
ウェスタンブロットによるタンパク質の発現解析(2/3)培養細胞抽出液のSDSポリアクリルアミド電気泳動
リケラボ実験レシピシリーズ
-
ウェスタンブロットによるタンパク質の発現解析(1/3)タンパク質実験をはじめるための基礎知識
リケラボ実験レシピシリーズ
-
リポフェクション法による遺伝子導入のプロトコル
リケラボ実験レシピシリーズ トランスフェクション(2/2)
-
遺伝子導入技術 トランスフェクションの基礎知識
リケラボ実験レシピシリーズ トランスフェクション(1/2)