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前項で概略を紹介しました免疫蛍光染色は、「どのような細胞」を試料として選び、「どのタンパク質」を観察するか?を適切に選定することで、生命科学研究の多様な場面で活用されています。
例えば、がん細胞を試料として選び、細胞増殖のマーカー分子、細胞死のマーカー分子、活性酸素応答分子などの発現状態を観察することで、がん細胞のアクティビティ(病原生物活性)を可視化することができます。ここで、薬剤A、薬剤B、薬剤C...のそれぞれで処理したがん細胞を用いて同様に観察し、その結果を比較することで、がん細胞に対する薬効比較解析や新規抗がん薬の探索スクリーニングなどを容易にデザインすることもできます。
ここでは、実践編として、培養したヒトがん細胞の活性観察を例として、免疫蛍光染色の一般的なプロトコルを紹介します。
免疫蛍光染色のプロトコル
1. 試料細胞の固定
- ヒトがん由来の培養細胞をマルチウェルチャンバースライドのウェル内で培養する。(※)
- 培地を吸引除去する。
- ウェル内にリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を穏やかに加え、これを吸引除去する(洗浄処理)。
- ウェル内に固定液(4% パラホルムアルデヒド(PFA))を穏やかに加えて、室温で10-15分間インキュベートする(固定処理)。
- 固定液を吸引し、実験廃液に回収する。
- ウェル内をPBSで洗浄する。
- PBSを用いた洗浄をあと2回繰り返す。
※ヒト胃がん由来のAGS細胞やヒト肺がん由来のA549細胞などが例として挙げられます。
2. 細胞膜の透過処理
- PBSを吸引除去する。
- ウェル内にTriton X-100 (0.1-0.5%)を含むPBSを加えて、室温で5-10分間インキュベートする(透過処理)。
- PBSで3回洗浄する。
3. ブロッキング
- PBSを吸引除去する。
- 3% BSA(牛血清アルブミン)または10% 正常ヤギ血清を含むPBS(ブロッキング液)をウェル内に穏やかに加えて、室温で30-60分間インキュベートする。
4. 1次抗体反応
- ブロッキング液を吸引除去する。
- 目的タンパク質を認識する1次抗体の原液を適切な希釈率(100~1000倍程度)でブロッキング液に混和する。抗体の由来動物種が異なる場合には、異なる目的タンパク質を認識する数種類の抗体を混合して混和することができる。(※)
- 調製した1次抗体の反応液をウェル内に加えて、室温で1時間または4℃で一晩インキュベートする。
- PBSで3回洗浄する。
※例えば、ウサギ由来の抗KEAP1抗体(KEAP1:活性酸素応答分子)とマウス由来の抗Eカドヘリン抗体(Eカドヘリン:細胞膜タンパク質)を混合することで、同一細胞でのKEAP1とEカドヘリンの共染色が可能になります。また、得られる蛍光が1次抗体に由来する特異的なシグナルであることを検証するために、1次抗体を加えない対照ウェルも用意します。
5. 2次抗体反応
- PBSを吸引除去する。
- 蛍光標識された2次抗体の原液を適切な希釈率でブロッキング液に混和する。1次抗体の由来動物種に適合し、これを特異的に認識する2次抗体をそれぞれの1次抗体に対して使用する。また、それぞれの2次抗体に標識された蛍光色素は、2次抗体間で色(蛍光波長)が異なるものを選んで用いる。(※)
- 調製した2次抗体反応液をウェル内に加えて、室温で1時間インキュベートする。
- PBSで3回洗浄する。
※今回の例では、ウサギ由来の抗体と結合する緑色蛍光標識2次抗体と、マウス由来の抗体と結合する赤色蛍光標識2次抗体を用います。また、上記の1次抗体を加えない対照ウェルにも同様に2次抗体を加えることで、得られる蛍光が1次抗体を介して得られる、目的タンパク質に由来した特異的なシグナルであることを検証します。
6. 試料細胞の核染色
- PBSを吸引除去する。
- 目的タンパク質とともに細胞核を共染色する場合には、DNA蛍光染色剤を適切な希釈率でPBSに希釈し、ウェル内に加える。上記で用いた、2次抗体の蛍光標識と色(蛍光波長)が異なるDNA蛍光染色剤を選択する。(※)
- 室温で1時間インキュベートする。
※今回の例では、青色蛍光のDNA染色剤であるDAPIを用います。
7. 試料細胞の封入
- マルチウェルチャンバースライドのチャンバー部分を取り外す。
- 試料細胞が存在するウェル領域を蛍光退色抑制剤を含む市販のマウント剤で満たす。
- ウェルの観察領域に気泡が残らないように注意しながら、スライド上にカバーガラスを置く。
- カバーガラスのふちを無色透明のマニキュアを塗布してシールする。
- 染色済みの細胞がマウント剤中に封入された観察試料のスライドが完成。
8. 蛍光顕微鏡による観察
- 蛍光顕微鏡で細胞核の蛍光染色像を得る。核染色剤の吸光/蛍光スペクトルをもとに蛍光シグナルの検出に適した波長の励起光と検出フィルターを選ぶ。視野内に細胞核の蛍光画像が得られる観察面(Z深度)を探し、細胞核の蛍光画像を得る。
- 細胞核の画像と同視野かつ同観察面で、目的タンパク質の免疫蛍光染色像を得る。2次抗体に標識された蛍光色素の吸光/蛍光スペクトルをもとに、蛍光シグナルの検出に適した波長の励起光と検出フィルターを選ぶ。(※1)
- 複数種の抗体を用いた多色の免疫蛍光染色(共染色)の場合には、各2次抗体に標識されたそれぞれの蛍光色素の吸光/蛍光スペクトルに適合した波長の励起光と検出フィルターに切り替えて、1色ずつ順に画像を得る。(※2)
- 顕微鏡付属のソフトあるいはImage Jを用いて、得られた蛍光シグナルの定量解析を行う。
※1 1次抗体処理を欠いた対照試料では標識2次抗体の蛍光が検出されないことを確認する。
※2 得られた核染色画像と免疫染色画像を重ね合わせ、多色の共染色画像を合成する。[図]
免疫蛍光染色では1次抗体の選択によって、細胞増殖、細胞死、細胞周期の進行、細胞老化、低酸素への応答、活性酸素への応答、特定の細胞内シグナル経路の活性状態、特定の酵素分子の活性状態など多様な細胞内生命現象をモニターすることができます。
また一方で、細胞試料として、例えば、iPS細胞などの多能性細胞を選び、幹細胞のマーカー分子あるいは各種分化細胞のマーカー分子の発現を観察すると、iPS細胞の幹細胞性の状態や未分化度・分化度をモニターすることができます。このように、免疫蛍光染色は、再生医療に向けたiPS細胞や幹細胞の品質管理などにおいても欠かすことができない技術として定着しています。
研究目的に即して、複数種類のタンパク質の発現/機能情報を、細胞内空間情報と共にセットで取得することができる免疫蛍光染色技術は、今後も汎用・応用され続けられる生命科学の主力のイメージング技術です。
*監修
パーソルテンプスタッフ株式会社
研究開発事業本部(Chall-edge/チャレッジ)
研修講師(理学博士)
この記事は、理系研究職の方のキャリア支援を行うパーソルテンプスタッフ研究開発事業本部(Chall-edge/チャレッジ)がお届けする、実験ノウハウシリーズです。
過去の記事一覧:実験レシピシリーズ
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