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前回からスタートしている「PCRを正しく行うための予備知識」の続編です。
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PCRのサイクル反応のカギとなる「DNAポリメラーゼ」と「PCRプライマー」。PCRの成功/失敗の命運を握るこれらの分子について、反応系をデザインする際に押さえるべきポイントを概説していきましょう。
※この記事は、理系研究職の方のキャリア支援を行うパーソルテンプスタッフ研究開発事業本部(Chall-edge/チャレッジ)がお届けする、実験ノウハウシリーズです。
3.「耐熱性」DNAポリメラーゼ
PCRの連続したサイクル反応によってDNAを効率的に複製するためには、耐熱性のDNAポリメラーゼを使うことが必須となります。
- 非耐熱性のポリメラーゼを用いてPCRを行うと、DNA鎖の熱変性(約95°C)の過程でポリメラーゼも変性(失活)してしまう。
- 非耐熱性のポリメラーゼは伸長反応が低温(約37°C)で行われるため、伸長反応の際にPCRプライマーの非特異的なアニーリングが生じる。
→目的とは異なるDNA鎖が副産物として合成される。 - 低温条件では、変性により生じた1本鎖DNAが、ヘアピンループなどの分子内高次構造を形成しやすい。
→DNA鎖の分子内高次構造によってポリメラーゼ反応が阻害される。
3−1 耐熱性DNAポリメラーゼの種類
PCRでは、目的に応じて異なる種類の耐熱性DNAポリメラーゼが使われます。DNAポリメラーゼはDNA鎖を合成する際に、一定の確率で複製エラー(ミスマッチ)を起こします。「伸長速度」だけではなく「正確性」もDNAポリメラーゼを選ぶうえで、大切なポイントになります。
- Taqポリメラーゼ
熱水噴出孔に生息する好熱菌から単離されたポリメラーゼ。PCRに最初に実用化された最も標準的な酵素。ミスマッチを校正する3’→5’エキソヌクレア一ゼ活性(プルーフリーディング活性)を持たないため、複製の正確性は比較的低いが、伸長速度は速い。合成されたDNA鎖は、いずれも3’末端にA(アデニン)の突出をもつ。 - プルーフリーディング活性をもつDNAポリメラーゼ
3’→5’工キソヌクレアーゼ活性をもつ酵素(Pfuポリメラーゼなど)。ミスマッチを校正しながらDNA鎖を伸長するため、Taqポリメラーゼと比べて、正確性が高い(エラーの頻度が少ない)反面、伸長速度はやや遅い。
*正確性と伸長速度を両立するために:
- PCR反応系に、「伸長速度に秀でた」Taqポリメラーゼと「正確性に秀でた」Pfuポリメラーゼをある比率で混在させる(ロングPCR法)。
→一方の酵素の長所で他方の酵素の短所を補う。 - 「適度な」プルーフリーディング活性をもつ耐熱性DNAポリメラーゼを使用する(KODポリメラーゼなど)。
3−2 DNAポリメラーゼのユニット数
反応系に加えるポリメラーゼの量が多過ぎるとコストの面で不経済なうえ、非特異的な増幅も生じやすくメリットはありません。Taqポリメラーゼでは、100μlの反応系に2.5U(ユニット)程度が推奨されています。
3−3 耐熱性ポリメラーゼの失活
高温条件でも変性しにくいことが特長の耐熱性ポリメラーゼですが、高温処理を長時間続けると、徐々に活性が低下していきます。
一般的なPCRの熱変性プロトコル(94°C,1分/サイクル)では、Taqポリメラーゼは30~35サイクルで活性低下が顕著になります。40サイクル以上のPCRを行う際には、途中で酵素を追加することも検討しましょう。
4.PCRプライマー
鋳型DNAにアニーリングすることでポリメラーゼ反応を開始(プライミング)できるオリゴヌクレオチドDNAをPCRプライマーと呼びます。
2本鎖DNAは、Tm値(Melting temperature, 融解温度)」と呼ばれる温度より高温の条件では1本鎖DNAに解離し(熱変性)、Tm値より低温の条件では相補鎖とアニーリングして2本鎖のDNAとなります。PCRプライマーも同様で、PCRプライマーのTm値より低温の条件では鋳型DNAと2本鎖DNAを形成しますが、Tm値より高温の条件では鋳型DNA鎖から解離して1本鎖となります。Tm値は、DNA鎖中のアニーリング部位の鎖長と塩基配列によって固有の値をとります。
PCRのサイクルでプライミングを正常に行うためには、適切に設計されたPCRプライマー(ペア)を用いることに加えて、アニーリングの温度条件をPCRプライマーのTm値より低温に設定することが重要です(PCRプライマーの非特異的なアニーリングを防ぐため、アニーリング温度は可能な限り高くする)。
4−1 PCRプライマーの設計
PCRプライマーは、以下の点に留意して設計しましょう。
- 鋳型DNAと相補的な塩基配列で構成し、そのうち5〜6割の塩基をGまたはCにする。
- プライマーの鎖長は、20塩基程度を目安にする。
- Tm値が55~60°C程度になるように設計する。
- ペアで使用する2種のプライマーのTm値を同等にする。
- 3’末端部に3塩基以上の塩基対が形成されるプライマ一ペアは不適。
→プライマーの多量体化(プライマーダイマー)によりPCR反応が阻害される。 - PCR産物の鎖長の上限は、数kbを目安にする。
→一般的に、PCR産物の鎖長が長くなるほど増幅は困難になる。
*極端に短いPCR産物は、電気泳動で検出する際に高濃度のアガロースゲルが必要(アガロース電気泳動については過去記事をご参照ください)。
4−2 Tm値の計算とアニーリング温度の検討。
以下の手順にしたがって、Tm値をもとにPCRのアニーリング温度を検討しましょう。
- 以下の無料オンラインツールなどを利用して、PCRプライマーペアそれぞれのTm値を計算する。
○ Oligo Calculator (Nihon Gene Research Lab)
○ Tm calculator (Thermo Fisher SCIENTIFIC)
○ Tm Calculator (NEW ENGLAND BioLabs)など - PCRプライマーペアのうち、より低い温度のTm値をアニーリング温度として設定し、予備実験(PCR→アガロースゲル電気泳動)を行う。
- PCR生成物が得られない場合はアニーリング温度を下げ、非特異産物が多い場合はアニーリング温度を上げる。
*期待通りの鎖長をもったPCR産物が検出されない場合:
- アニーリング温度をむやみに下げて、PCR条件の再検討を行うのは良くない場合がある。
→アガロースゲル電気泳動では見逃しやすい低分子の非特異的産物が、目的の反応を阻害していないか?
→アニーリング温度を上げることで非特異的産物が減少し、目的のDNA断片が増幅されやすくなる場合があります。
次回は、いよいよ実践です!「PCR反応を成功させるために」
*監修
パーソルテンプスタッフ株式会社
研究開発事業本部(Chall-edge/チャレッジ)
研修講師(理学博士)
過去の記事一覧:実験レシピシリーズ
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