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小学生のころから読書好きだった少年は、歴史上のリーダーがみんな、世の中を変えようとしていたことを学びます。そして19歳にして実に気宇壮大な人生計画を立てました。科学の進歩を前提とすれば、おそらく寿命は150歳ぐらいまで伸びるはず。それだけの時間をかけられるなら世の中を変え、世界を一つにしたい。そのためには世界を変えるビジネスを展開しなければならない。そう考えてパナソニックに入社、経験を積んだ後に起業した株式会社ATOUNの藤本弘道社長に、大企業発ベンチャーの創業と研究者から起業家へ至るキャリアパスについて伺いました。
■読書少年の挫折と転機
小学生のころから、大きくなったら社長になりたいとおっしゃっていたそうですね。
藤本 卒業文集の話ですね。改めて読むと「人に雇われたくない」とも書いていました。それで思い出したのですが、その頃考えていた将来の選択肢は社長か研究者。物事の本質や原理を突き詰める研究者も面白そうだなと思っていましたが、文集に書くスペースが限られていたので社長としたのです。
本をものすごくたくさん読んでいたとも伺っています。
藤本 SFが大好きで、次が歴史小説、そして推理小説に夢中でした。中学校に入ってからは勉強を一切やめて、ひたすら読書に励んでいました。高3になっても好きな本しか読んでいなかったため大学受験に失敗、一年浪人したものの再度不合格。さすがにこのままではまずいと思い、20歳からの人生スケジュールを立て直したのです。15年後、35歳になったら会社を興す、それもどうせなら大好きだったSFの世界を具現化したいと考えました。
大阪大学工学部の原子力工学科に進学したのは、将来の起業を見すえての選択だったのですか。
藤本 それには本音と建前がありまして、建前でいえば起業するならSF関連、原子力を含む次世代エネルギーで何かやりたいと考えていました。けれども本音を明かすと、当時の原子力工学科はチェルノブイリ事故の後で人気がなかったので、競争率が低くて入りやすいだろうと狙ったのです。
そして大学院に進んで、松下電器産業(現・パナソニック)に入社されたのですね。
藤本 進路については戦略を練りました。実は歴史上の人物で最も影響を受けたのが、聖徳太子です。隋の国に対等の付き合いを促す書面を送ったのは、当時の情報に基づいて隋が攻めてくるはずがないと戦略的に考えていたからであり、7人の話を同時に聞き分けた逸話も情報収集した上で戦略を考える重要性を説いたものだと理解していました。太子に倣って戦略的に考え、将来はモノづくりでの起業を視野に入れていたので、そのための学びになる企業が良い。関西には松下電器があり、トップメーカーなら学べるものが多いと判断したのです。では、どうすれば入れるのか。大学院まで行けば、研究室には松下からの推薦枠が1つあることはわかっていました。だから院に進み、予定通り松下に潜り込みました。
■プレゼンでの決めゼリフ「僕はガンダム世代ですから」
就職時から将来の起業を決めていたのでしょうか。
藤本 もちろんです。ただ入社時点で既に27歳になっていましたから、予定よりも遅れているのは自覚していました。人生計画によれば起業は35歳、あと8年しかありません。とはいえ一人前になるには、最低10年はかかると思っていたので、がんばって2年分縮めなければと覚悟したのです。
そこまで覚悟を決めていたのなら、同期の方とは一線を画していたのでは?
藤本 配属されたのはモーター技術研究所でしたが、まわりがどうとかはまったく気にならなかったです。入社3年目に経営企画部から、若手を海外に送ってMBAを取らせるという話が出てきたので、経営を学ぶ絶好のチャンスと手を挙げました。最終面接までたどり着いたものの常務との面談で「藤本さんはベンチャーだな、あんたに松下の戦略を任せるのは怖いわ」といわれたのです。続けて「ちょうど今、社内ベンチャー制度を作っているところだから、それができたら応募したらいい」と、まだ立ち上がってもいない制度のことを教えてもらいました。
まさに渡りに船ではないですか、当然すぐに応募されたのですね。
藤本 そこは傾向と対策を見極めてから取りかかるタイプなので、応募したのは第3期です。1期生、2期生の先輩たちから話を聞いて、プレゼンの勘どころを自分なりに抑えました。審査に加わるベンチャーキャピタルや投資家たちは、プランも見るけれど、それよりも人物を見極めようとしている。もちろんビジネスプランも練り上げましたが、考えうる限りの質問を想定し即答する練習を重ねました。ビジネスモデル自体は、今やっているのと同じパワーアシストスーツです。
2003年の段階でパワーアシストスーツに着目された理由は何だったのでしょう。
藤本 高齢化社会から超高齢社会へのシフトが、日本の確定した未来だったからです。日本は少子高齢化に突入しており、労働生産人口の減少は避けられない。高齢化で世界の最先端を走っていて、その後に韓国、中国が続くのも決まっている。そんな社会で求められるのは、人手不足を補うためのロボットだからニーズは必ずある。ただし産業用ロボットは既にレッドオーシャンつまり過当競争に陥っているから、ニッチなマーケットを狙うとしたらパワーアシストスーツ、つまり着るロボットになる。
それを3期生としてプレゼンした。
藤本 ところが最後に考えもしなかった質問で突っ込まれました。当時私が携わっていたのは、モーター関係の研究です。ロボットの専門家ではないのに、なぜロボットで勝負して勝てるのか。そもそも社会人経験さえろくに積んでないのに起業して経営できるのかと。そのとき、とっさに口をついて出たのが「僕はガンダム世代ですから」でした。質問に対して何の説明にもなっていない受け答えです。ところがこれが、聞いた人たちに意外な納得感を与えたようで、えらく受けが良かった。そうかガンダム世代か、それなら何かやりそうな気がするといった感じでGOサインが出ました。あのときもしも優等生的に、松下電器でこんなことを学んできましたからなどと能書きを答えていたらNGだったと思います。
■「着るロボット」で勝負に出る
結果的に2003年、33歳で社内ベンチャー制度により株式会社アクティブリンク(現・ATOUN)を設立されました。人生スケジュールを上回る展開ですね。
藤本 そこからが苦労の連続でした。最初に狙いを定めたのは医療用で、リハビリテーション用のパワーアシストスーツ「着るロボット」です。2年でプロトタイプをつくり、3年目には当時の大坪社長が国際展示会のCEATECで基調講演する際に、そのステージ上でデモンストレーションするチャンスをいただきました。空気圧で動く人工筋肉を脳卒中の患者が装着し、体を動かすことで脳のネットワーク機能回復を狙う。このコンセプトが斬新だと、世界中で評価されました。プロトタイプはニューヨーク近代美術館に展示されたり、『TIME』誌では「2006 BEST INVENTIONS(世界を代表する発明品)」の1つとして取り上げられほどです。
まさに順風満帆の出だしですが、その後の展開はいかがだったのでしょう。
藤本 残念ながら医療機器としてリスクが大きいと判断され、事業化には至りませんでした。ただちに方向転換し、作業支援ロボットに狙いを定めました。空気圧で動かす人工筋肉はソフトでよいのですが、大型コンプレッサが必要なため自由に動けません。そこで動力源をモーターに切り替えて、「ATOUN MODEL A」として商品化できたのが2015年です。この間には人工筋肉を小学生用の教材として販売したり、農機メーカーに技術提供してアシストスーツを量産化もしています。
では、経営はうまく回っていたのですね。
藤本 受託開発をやっている分には、注文を受け採算を考えてモノづくりするのだから、収支は必ず合うわけです。おかげで立ち上げて5年で累損を解消しましたが、受託だけでは爆発的な成長は望めません。自社開発した商品が大ヒットしてはじめて、ベンチャーらしい成長を遂げられるのです。最初の商品「MODEL A」を出すまでは資金繰りも厳しい状況が続きました。
現在は商品をパワードウェアと表現されていますね。
藤本 着るロボット=パワードウェアであり、現在はパワードウェアで統一しています。我々の商品戦略は「マーケットインのふりをしたプロダクトアウト」です。マーケットインつまり顧客志向を徹底しているように見せながらも、プロダクトアウト、要するに自分たちが信念を持ってつくりあげた商品を提供する。言い換えるならマーケットを知り尽くしたプロダクトアウトの会社になろうということです。それともう一点、常にアップデートする商品であることもアピールしています。
アップデートとはハード製品には珍しい考え方ですね。
藤本 ソフトウェアなら当たり前の考え方を取り入れただけのことで、そもそもハードウェアがアップデートしていけないわけがない。例えば、最新の「MODEL Y」は腰の部分だけをサポートしていますが、まもなく腕の機能を追加します。そうやって使ってもらいながら、数年経つと今度は腰の部分がアップデートされるので、新しいのと交換してもらう。インターフェースさえきちんとルール化しておけば、アップデートに何の問題もありません。最終的には脚部も含めて、どこをサポートするかはユーザーが選べるようにしたい。基本仕様を公開するので、我々の商品と互換性のあるさまざまなパーツをつくるメーカーにもどんどん出てきてほしいと考えています。
■運を味方につけて成功へ突っ走る
パワードウェアが普及し、多くの人が使い始めるようになると確かに世界が変わると思います。
藤本 世の中にイノベーションを起すのが、ATOUNの使命です。ちなみに2017年に社名変更し、人と阿吽(あうん)の呼吸で動くロボットを提供する会社を意味するATOUN(「阿」と「吽」)としました。イノベーションを起すからには必ず成功しなければならない。そのために僕が役立てているのが、数えきれないほどの失敗の経験です。
といっても、まだそれほどの失敗は経験されていないのでは?
藤本 小学生から高校生までの間に読み込んだ歴史上の数多くの人物から、失敗について散々学びました。歴史上のリーダーたちは、いってみればみんな経営者です。彼らがどのような状況のもとで、どのように成功し、あるいは失敗したかをしっかり学習済みですから。その学びから導き出した僕なりの結論が「失敗は必然、成功は偶然」です。
実に含蓄に富んだ言葉です。
藤本 成功には必ず運の要素がある。逆にいえば運に恵まれない限り成功は望めないのです。反対に失敗にはすべて失敗するだけの理由がある。失敗した理由を細かく見ていくと、どれも決まって、コントロールすべきところをできなかったため失敗している。そうやって歴史上の数えきれないほどの失敗事例を追体験して参考にしていくなかで、成功の道筋が見えてくることも少なくありません。
運を味方につけるという点では、東京2020と2025年の大阪万博への期待が高まりますね。
藤本 2020年を当初の計画ではパワードウェアを世に広め始めるタイミングと考えていました。当時はもちろん、東京にオリンピックが来るなどとは夢にも思っていません。そして2025年を本格的な普及のタイミングと考えていたのです。完全に偶然の一致でしかないのですが、まさに我々の思い描いたタイミングで、世界的なイベントが日本で開催されることになりました。できることなら、これを運として掴みたいところです。
大阪万博は地元でもあり、長期にわたるイベントはPRに絶好ではないでしょうか。
藤本 そうなるといいですね。海外からの旅行者も含めて、多くの人たちに実際に我々のパワードウェアを見てもらえれば、未来はこうなるんだということが肌感覚でわかってもらえるでしょう。そうやってたくさんの人たちが自覚したところから、世界は変わりはじめるのではないかと思うのです。
その先には人生のゴールがあると。
藤本 世界を一つにするために何かやりたい、世の中を良くするために貢献したい。これが19歳のときに立てた人生のゴールです。世界を変えるために自分の人生を使えたら、必ず満足して死ねるに違いない。歴史上のリーダーたちもみんな、世の中を変えようとしてきたのです。
起業家に求められる資質は何でしょう。
藤本 起業は誰でもできる、僕はそう思います。小遣い帳をつけるようになったら、それが人生における起業の始まりです。小遣い帳を見て、入ってくるお金と出ていくお金を考えるのです。お金を何に使うのか、それが自分にどういう意味を持つかと思案するようになれば、既に個人事業が始まっている。その意味では、生まれた瞬間から誰もに起業のチャンスは与えられているのです。自我を自覚した瞬間から、個人という会社が立ち上がっていると考えてほしい。
最初に授かる資本は親からもらうお小遣いだと。
藤本 ところが親からの小遣いほど不安定で信頼できない資本はないでしょう。その段階を脱して、自分の収支を自分でコントロールできるようになったら、不安はなくなるはず。実際に起業するかどうかは、その人の決断次第です。起業して失敗しないためのコツを一つあげるとしたら、やはり先ほどもお話ししたように過去の失敗事例から徹底的に学ぶことです。成功は偶然、失敗は必然です。志を持って努力を続けていれば、いつか必ず偶然は起こる。起業を目指す皆さんが、その偶然を見逃さず、確実に掴み取れるよう祈ります。
株式会社ATOUN 代表取締役社長
藤本弘道(ふじもと ひろみち)
1997年、大阪大学大学院工学研究科修士課程修了、同年松下電器産業入社後モーター技術研究所に配属される。2003年、社内ベンチャー制度を利用して株式会社アクティブリンク設立、2017年に社名をATOUNに変更。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
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