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地球温暖化による海の環境変化が進む中、海藻の一種であるあおさの収穫量も減少が問題となっています。これに危機感を抱いた食品メーカーのマルコメは、みそ汁の具材としては世界初(※)となるあおさの陸上養殖プロジェクトを立ち上げました。プロジェクトの責任者に抜擢されたのは、2017年当時まだ新入社員だった松島大二朗さん。あおさの培養技術を確立した徳島文理大学の山本博文教授の指導を受けながらの挑戦でした。2024年9月、ついにそのあおさが商品となって店頭に並びます。やり遂げた松島さんに開発秘話を伺いました。
※マルコメ社プレスリリースより
松島大二朗(まつしま だいじろう)
マルコメ研究開発本部開発部資源開発課課長。東京大学大学院修了。2017年マルコメ入社、研究開発本部開発部研究開発課に配属。あおさの陸上養殖の研究・開発の責任者として、愛媛県西予市明浜町に赴任。徳島文理大学の山本博文教授との共同研究によりあおさの試験養殖を行い、2024年9月商品に入れるための出荷に成功する。
入社早々、新しいプロジェクトに挑戦するチャンスが到来!
―― マルコメさんがあおさの陸上養殖に挑戦されたきっかけについて教えてください。
松島:あおさは弊社の主力商品の一つであるみそ汁の具材として人気が高く、需要も伸びていました。けれども、年々収穫量が減少し、2017年頃に市場価格が高騰しました。何か手を打たないといけない状況になってきたとき、弊社の社員があるテレビ番組を見て、「これだ!」と。
―― どのような内容の番組だったのですか?
松島:世界で初めてあおさの陸上養殖を成功させた、徳島文理大学の山本博文教授を取材した番組でした。それを見た社員が当時の開発部長に提案、山本先生にアポイントを取り、技術指導をお願いしたことから弊社と山本先生の共同研究がスタートしました。
―― 山本先生が成功された陸上養殖はどんな技術ですか?
松島:あおさが育つ過程で必要な海洋性バクテリアが産生する成長促進因子を人工的に作り出し、あおさを培養するという、陸上養殖を行うためには欠かせない技術です。その技術を中心に、あおさを陸上で養殖するためのさまざまな技術指導を仰ぎました。
―― その責任者として松島さんが任命されたのですね?
松島:はい。このプロジェクトがスタートした2017年に私は入社しました。新人研修が終わった直後、役員から呼ばれ、「あおさの陸上養殖の研究開発をやってみないか?」と打診されたのです。入社早々新しいことに挑戦できるチャンスを得られ、迷わず受けることにしました。伝統を守りながらも新しいことに挑戦している社風に魅かれて入社したので、会社としての新しい取り組みができることがうれしかったです。
また、天然資源を待っているだけだと、どうしても減少していく未来が見えていました。陸上養殖をやることが海洋資源を守ることにつながるということも、魅力でした。
―― 共同研究はどのように進めていったのですか?
松島:週に1度、長野県長野市の本社から徳島県徳島市にある徳島文理大学へ行き、あおさの陸上養殖のための技術指導を受けました。並行して、培養に適したあおさの種を探したり、陸上養殖を実施するための用地を探したりもしました。
―― 培養に適したあおさの種とは?
松島:陸上養殖する上でポイントになるのが水温です。陸上養殖では、屋外に設置する直径5メートルほどの10トン水槽で育てます。ある程度の水温調節は可能ですが、夏場はどうしても日光を浴びて水温が高くなってしまい、あおさの成長に影響を及ぼします。そこで、必要となるのが高水温耐性のあるあおさの株と、その種です。夏場の水温に耐えられる株(高温耐性株)を探しました。
日本各地の海を訪れ、夏の水温に耐えられる株を探索
―― どのようにして探したのですか?
松島:北は北海道から南は沖縄まで、日本の海にはさまざまなあおさが自生しています。各地の海を訪ね、株を採取して徳島に持ち帰り、高水温耐性があるかどうかを調べました。天然のあおさなので、どうしても他の藻類やゴミが付着していますから、まずは1個体ずつきれいにします。付着物は目視できるものもあれば、顕微鏡でしか確認できない他藻類の種などもあります。刷毛で除去したり、クエン酸で殺菌したり、工夫しながらきれいにします。
―― なぜ、1個体ずつそこまできれいにするのですか?
松島:あおさは比較的弱い海藻なので、他藻類や珪藻類と生存競争をすると負けてしまいます。ですから、あおさだけを単離し、培養することが重要になります。他藻類の種が付いていたら、培養したときにその海藻の方が大きく育ってしまいます。そうならないよう、あおさだけを培養して育てるために、徹底的にきれいにします。根気のいる作業で、研究室のポスドクの方にも手伝っていただきました。
―― きれいになったあおさの株を育てるわけですね?
松島:はい。あおさはある程度育つと、配偶子(はいぐうし)や遊走子(ゆうそうし)と呼ばれる黄緑色の極小の粒を細胞から放出し、繁殖します。そこは人為的にコントロールできるものではなく、自然の摂理に任せます。新しいあおさが生まれたらそれを培養し、また繁殖させます。その繁殖のサイクルが1年に3〜4回あります。
―― 陸上養殖だと通年、育てることができるのですね?
松島:はい。海上養殖のあおさは一般的に冬のみの収穫となりますが、陸上養殖では1年を通して育成・収穫が可能です。そのため、年間の収穫量が増えるのが陸上養殖の大きなメリットでもあります。そんなふうに高水温耐性のあるあおさの株を数年間、選抜し続け、夏場の暑さにも耐えられるあおさが育ってきました。よりよいあおさを育てるために今も株を探し、選抜を続けています。
―― 陸上養殖の成功に向けて、他にも課題はありましたか?
松島:養殖施設の用地取得にも時間がかかりました。用地選定のポイントの一つが、海水です。海はどの場所も同じ水質ではなく、窒素やリンなど含まれる成分に違いがありますし、赤潮が発生した海水を使ってあおさを培養するとうまくいかないこともあります。海水を取水しやすく、適度な広さもある土地が見つかっても、海水を調べると成分がだめだったということを何度も繰り返す中で見つかったのが愛媛県西予市にある今の施設です。
―― 2019年から実証試験を続けている施設ですね。
松島:はい。ある製塩業の企業さんが拠点を集約するために西予市の工業を売却するとの情報を得て、現地を見に行ったのです。環境もよく、海水も取水でき、培養に適した海水だったので即決しました。その後、私は本社から西予市に仕事場を移し、さまざまな実証試験を繰り返し行いました。
失敗は悪いことではなく、成功に向かう道のりのひとつ
―― 新卒で入社後すぐに1人で新しい土地へ移り、黙々と研究を続ける日々。孤独を感じたりはしませんでしたか?
松島:感じなかったといえば嘘になります。このプロジェクトは社外秘かつ社内秘だったので、同期の社員と会ったときも私がどんな仕事をしているかを言うことができず、もどかしい思いをしました。また、同期が営業職として活躍したり、社のメイン商品を扱っているのを横目で見たりして羨ましく思うとともに、彼らと物理的にも距離のある環境で仕事をしていることに寂しさや不安を抱くことも正直、ありました。
―― そんな状況をどう捉え、乗り越えていかれたのですか?
松島:山本先生と話す中で、このあおさの培養技術は商品開発のためだけではなく、地球環境にも貢献できる技術であると気づかされました。現在、世界規模で排出されたCO₂が海水に溶け込み、海が酸性化することで貝類などが死滅する現象が発生しています。あおさは光合成によって海水中のCO₂を吸収し、酸素を放出するため、海中のCO₂の削減に役立つ存在です。陸上養殖においても、水槽に掛け流しのようにして海水を引き込み、再び海に戻している、つまり、あおさがCO₂を吸収した海水を循環させているので、少しずつの積み重ねながら、CO₂の削減に貢献しています。今後もあおさの増産によって、海洋環境でのCO₂吸収を強化する可能性を広げていきたいです。こうした環境保全の取り組みに貢献できると考えると、モチベーションが高まり、孤独感もなくなりました。
―― 現在では、開発メンバーも増えたのですよね?
松島:はい、今は私を含めて3名います。私が33歳で、2名のメンバーは5、6歳年下です。メンバーが増えたことでも心境の変化が生まれました。自分が培養技術を伝える立場になったとき、キャリアを不安に思っていてはメンバーに失礼だと思い直し、今一度ビジョンをしっかりと掲げ、研究開発に打ち込んでいこうという気持ちになりました。
―― リーダーとして心がけていることはありますか?
松島:方向性を示した後は、自ら考えて行動してもらうようにしています。私が山本先生から技術指導を受けるときもそういうふうに教わってきたので、私もそのやり方を取り入れようと思って。自分で考えて行動すると失敗することもあります。私も何度も失敗をしてきましたが、山本先生は、「失敗は悪いことではなく、成功に向かう道のりのひとつ」と言って、励ましてくださいました。よりよい成果を目指す上で失敗は必要なことだと考え、失敗をしても次に生かせるように努めています。
制約に捉われずに考える中で、見えてくるものがある
―― 山本先生とは共同研究という形で開発を進められたそうですが、共同研究をうまく進めるコツはありますか?
松島:ひとえに先生の温かいお人柄に支えられました。畑違いで培養技術の知識についてはほとんどない状態の私に対しても、親切にご指導いただきました。先生の技術を独占してビジネスに活かすのではなく、社会のために使わせてもらいたいという弊社の想いにも共感してくださいました。それによって、先生が広い視野を持って開発をサポートしてくださることになったと思います。私個人としては、先生と誠実に向き合うという当たり前のことを心がけてきました。
―― 具体的に、どのような姿勢で先生と向き合ってこられたのでしょうか?
松島:私は高校、大学とラグビーをやっていました。上下関係が厳しい体育会系の関係の中で過ごしてきましたので、先輩や先人をリスペクトする気持ちを常日頃から持っていました。そうした気持ちは、先生にも伝わっていたかもしれません。
―― 先生から学んだことの中で、特に印象に残っていることはありますか?
松島:先生から学んだことはとても多いので、絞るのは難しいですが、ひとつ挙げるとしたら、視野を広げてくださったことです。開発を始めた当初は目先の成功に捉われていたこともありました。そんなとき先生から、「10年、20年先を見据えて今、どう行動するか。日々の行動が、将来を生き抜くために大事になってくる」という言葉をかけていただいたことが今でも心に残っています。企業の研究者としては、10年、20年という長いスパンで物事を考えるのは簡単ではありません。ですが、一度そのような制約をあえて度外視して考えてみる中で見えてくるものがあることもこのプロジェクトから学んだことです。
―― あおさの陸上養殖の成功は、松島さんにとって貴重な経験になりましたね。最後に、今後の松島さんの展望についてもお聞かせいただけますか?
松島:ゼロから積み上げ、「生みそ汁 料亭の味 あおさ 8食」という商品に使用されるまでの一連の流れに関わらせてもらったことは、本当に貴重な経験でした。今後はあおさの収量を増やすことに注力しながら、次のプロジェクトにも着手していけたらと考えています。
私が所属する資源開発課では、米や大豆、海藻といった一次産業の国産資源をいかに持続的に使えるようにするかを考え、実践するというミッションを掲げています。私自身も、日本の食料自給率を少しでも上げられるようなプロジェクトに、今後も携わっていきたいです。
―― 松島さん、マルコメ株式会社様、貴重なお話を誠にありがとうございました。陸上養殖で育てたあおさの商品への実装、本当におめでとうございます! 今後のさらなるご活躍をお祈りしております!
マルコメ株式会社
1854年創業の食品メーカー。主力の味噌事業をはじめ、味噌の原料になる米糀からつくる糀甘酒や塩糀などの糀事業、大豆のお肉や大豆粉などの大豆事業にも注力。発酵食品ブームで国内外から支持を集めている。
マルコメ株式会社 新卒採用サイト
https://www.marukome.co.jp/
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