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理系の職種紹介vol.6 サイエンスコミュニケーターの仕事 (資生堂編) | リケラボ

理系の職種紹介vol.6 サイエンスコミュニケーターの仕事(資生堂編)

株式会社資生堂 ブランド価値開発研究所

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職種名や求人情報を見ただけでは「仕事の内容がよくわからない」「イメージできない」ということ、ありますよね。知っているようで意外と知らない“理系の仕事”にフォーカスし、その仕事で活躍している先輩に詳しい内容を教えてもらおう!というのが「理系の職種紹介」シリーズです。

第6回目に取り上げるテーマは、『サイエンスコミュニケーター』の仕事について。

科学技術の専門家とそうでない人との間の架け橋であるサイエンスコミュニケーターは、科学館の学芸員や研究所のアウトリーチ活動などがよく知られていますが、その活躍の舞台は一般企業の中にも広がっています。

今回は、株式会社資生堂 ブランド価値開発研究所 研究員の櫻井菜海子さんに、企業の中で活躍するサイエンスコミュニケーターの仕事についてお話を伺いました。

株式会社資生堂 ブランド価値開発研究所 研究員の櫻井菜海子さん
お話を伺った、資生堂櫻井菜海子さん 画像提供:株式会社資生堂

化粧品にはサイエンスが詰まっている

私は、「ブランド価値開発研究所」に所属する研究員として、サイエンスコミュニケーションを実践しています。

資生堂でのサイエンスコミュニケーションに関する仕事についてご紹介する前に、資生堂の成り立ちと肌研究についてご説明しますね。

資生堂は、1872年に福原有信が「良質の薬を提供し、人々に健康的な生活を届けたい」という思いのもと、日本初の民間洋風調剤薬局として創業しました。その後、1897年に高等化粧水として販売された「オイデルミン」のほか数点の商品を発売し、化粧品業界に進出。オイデルミンはギリシャ語の「eu」(良い)と「derma」(皮膚)からの造語で、医薬品から化粧品への事業を展開するなかで、医薬品同様に当時最先端の西洋薬学技術の処方に基づく科学的で高品質な化粧品開発を目指す想いが込められていました。「素肌のすこやかさがあらゆる美しさの土台になる」「そのためにはサイエンスに裏付けられた高い品質の化粧品を作らなければならない」という当時の想いは現在にも受け継がれ、いまでは、世界の約120の国と地域で展開する企業へと成長しました。

ドラッグストアで気軽に手に入るお手頃なものから、デパートなどで販売しているカウンセリング化粧品までさまざまなブランドを扱っていますが、特に資生堂の強みが活かされているのが後者のプレステージ商品です。プレステージ商品というのは、それ相応の付加価値があり、そのコアとなるのが肌に関する研究成果です。

人の肌は赤ちゃんのときは未熟で、3歳ごろになるとようやく成熟すると言われています。その後、歳を重ねていっても良い状態を保つためにはどうしたらいいのだろう?という抗老化研究は、資生堂の研究の重要なテーマの1つです。アプローチ方法は多様で、研究対象は角層、表皮、真皮という皮膚そのものだけでなく、血管、リンパ管、脂肪のある皮下組織にまで及びます。幹細胞や筋肉の研究をしている人もいます。

日本だけでなく、フランス、アメリカ、中国、シンガポールの5カ国6️カ所の研究拠点で、約1200名の研究所員がそれぞれの専門を生かして研究に取り組んでいます。

研究を重要視している会社だからこそ、サイエンスコミュニケーターの知識を生かすことができる場が多くあるのですね。

皮膚の構造

皮膚の構造
<タップして拡大> 画像提供:株式会社資生堂

IFSCCの受賞件数

IFSCC(The International Federation of Societies of Cosmetic Chemists)という化粧品技術に関する世界最大の権威ある研究発表会で、資生堂は1976年から2023年までの間に合計31回受賞しています
IFSCC(The International Federation of Societies of Cosmetic Chemists)という化粧品技術に関する世界最大の権威ある研究発表会で、資生堂は1976年から2023年までの間に合計31回受賞しています(2023年時点)。 画像提供:株式会社資生堂

資生堂でサイエンスコミュニケーターが活躍できる仕事例

資生堂でサイエンスコミュニケーションの役割を担うのは、主にブランド価値開発研究所です。

ブランド価値開発研究所には、サイエンスコミュニケーションを担う部門がいくつかあります。研究成果すべてを対象にPRを計画し、実行する役割を担う部門がその一つ。最新の研究成果を発表する技術リリースの作成や、会社としてアピールしたい技術を決め、推進していきます。資生堂の中でも、最も一般の方がイメージするサイエンスコミュニケーションの活動をしていると言えるかもしれません。

対して私が担当しているのは、ブランドを軸として、サイエンスコミュニケーションを行う部門です。ブランドごとにチームがあり、私は「クレ・ド・ポー ボーテ(Clé de Peau Beauté)」というブランドを担当しています。

クレ・ド・ポー ボーテの製品
櫻井さんが担当するブランド、クレ・ド・ポー ボーテ。肌細胞科学の新たな領域を確立するという使命を持った、最高峰のラグジュアリーブランドとして、1982年に日本で誕生しました。 画像提供:株式会社資生堂

ブランドを軸としたサイエンスコミュニケーションの仕事は大きく2つに分かれます。

1つは資生堂内の研究シーズ(研究の種)の中からブランドの商品づくりに活かせそうなものを選定し、商品へ昇華させる「価値開発」。もう1つは、商品化した製品のサイエンスを発信していく「価値伝達」です。

それぞれについて、ご説明していきますね。

社内の研究シーズを商品につなげる「価値開発」

資生堂では、社内で生まれた研究成果を商品に搭載するまでの「価値開発」というプロセスも、サイエンスコミュニケーションとして重要視されています。

本社の商品開発部門では向こう数年先までを想定した商品計画が作られています。これらの商品計画に基礎研究部門の研究成果を生かすため、私たちは社内の研究の進捗に常にアンテナを張っています。特に基礎研究を進める研究員の方々とのコミュニケーションはとても大切で、そこから商品計画に合う研究シーズを見いだし、商品に搭載するべく、商品開発部門に働きかけていきます。また、商品開発部門から「こんな新商品を作りたいから、それに合った研究シーズが欲しい」という声もキャッチし、基礎研究部門につないでいきます。

実際、研究所で日々研究に触れていると、「この研究、面白いな!」と思うものがたくさんあります。どの研究にピンとくるかは、その人のセンスとか嗅覚とかが影響していると感じますが、私の場合は、面白い研究を見つけると、このシーズはこんなふうに活かせそう、とよく妄想しているタイプです(笑)。

ただ、その「面白い研究」成果をそのまま商品に落とし込めるわけではありません。お客さまに利用いただける形状にし、期待した機能を発揮させること、また長期間保存しても安定な品質を保つことなど、商品としての条件を満たす形に仕上げるまでには、基礎研究とは違う別の知見や技術の開発が必要であることが普通です。また、研究員がアピールしたい!と考えるポイントと、ユーザーであるお客さまが気になるポイントには、距離があることもあります。

そのギャップを埋めるのもサイエンスコミュニケーションです。基礎研究部門と商品開発部門の橋渡しとなるようにコミュニケーションをリードし、商品を形にする(研究成果の価値を開発する)ためのハブ的な役割を担っています。

資生堂のR&D拠点 グローバルイノベーションセンターの組織図
資生堂のR&D拠点 グローバルイノベーションセンターの組織図 画像提供:株式会社資生堂
資生堂グローバルイノベーションセンター
資生堂グローバルイノベーションセンター 画像提供:株式会社資生堂

▍商品のサイエンスを魅力的に伝える価値伝達

商品計画と研究シーズがうまくマッチし、実際に商品化が進むと、今度はその商品のサイエンスを社内外にアピールしていきます。これが「価値伝達」の仕事です。商品開発に携わった人が、販売後まで一気通貫で商品のコミュニケーション活動を行うのがブランド価値開発研究所の特徴です。

「価値伝達」の仕事は、まさによくイメージされるサイエンスコミュニケーションで、商品に搭載された研究成果を社内外の相手に合わせてわかりやすく伝えていきます。

化粧品を通して得られるお客さまのメリットはもちろん、背景にある研究成果(初めて明らかになったことや、担当研究者の課題意識)など、伝えることはたくさんあります。社内においては、商品の販売計画を練るマーケター、社外では販売員や雑誌の美容ライター、雑誌社主催の美容イベント参加者など、お伝えする相手はさまざまです。それぞれの方のサイエンスに対する関心や理解度に応じてコミュニケーションの内容や手法は大きく変わります。そうすることで初めて、幅広い方々に「価値伝達」を行うことが可能となります。

サイエンスコミュニケーションを担う研究員が、基礎研究の段階から内容を把握し商品化に関わるというのは、もしかしたら資生堂ならではかもしれません。ですがそうしたプロセスを経ることで、リアリティのある言葉でお客さまに商品をご紹介できると感じています。

▍研究と社会をつなぐ仕事のやりがい

以上、「価値開発」から「価値伝達」まで、資生堂で働くサイエンスコミュニケーターの仕事についてご説明してきました。特に私がやりがいを感じるのは、自分が注目した研究シーズが搭載された化粧品が、晴れて発売されたときです。基礎研究から見守ってきたシーズが、無事にお客さまの手元に届き、反応をいただくまでの軌跡を見ることができるのはとても充実感があります。

お客さまの反応に加え、研究員から「研究を商品に生かすために工夫してくれてありがとう」と感謝されたり、開発やマーケターから「魅力的な研究シーズを紹介してくれてありがとう」と言われることもあります。そんなとき、本当にこの仕事をやってきてよかった、と思います。

サイエンスコミュニケーターに向く人は?

サイエンスコミュニケーションの「お作法」、つまりサイエンスコミュニケーションをするうえで大切なのは、「フリ」と「オチ」だと考えています。特に「フリ=始め方」がとても大切です。なぜなら、サイエンスとして面白い発見や技術であっても、それを一般のお客さまが面白いと思ってくださるとは限らないからです。サイエンスの専門家の常識は、一般の方の常識とは違う、ということを常に心に留めておくことが重要です。まずは相手のことを理解して「自分に関係のある話だ」と思ってもらう「フリ」から始める必要があります。

そして、興味を持ってもらった人に対して、分かりやすくサイエンスを伝えていく段階。このときに大切なのは相手が分かる表現で伝えることです。「毛細血管は分かるだろうか?」「エピジェネティクスは専門的すぎて伝わりにくいだろうけれど、遺伝子という言葉はどうだろう?」というようなチューニングを行いながら伝えていきます。

最後に、相手の行動変容を促す「オチ」を提供します。こちらが伝えたサイエンスについて「なるほど、そういうことかぁ」と理解してもらった後に行動までつなげることができるのが理想です。

このように相手に合わせた「フリ」と「オチ」を大切にすることで、一方的な自己満足の科学解説に陥るのを防ぐことができます。

こう考えると、サイエンスコミュニケーターは、サイエンスに興味・好奇心があることはもちろんですが、なによりも人に対して興味関心を持てる人が向いているということになります。相手が今どういう状況なのか、忙しいのか、落ち込んでいるのか、ハッピーなのか、そういったことに関心を持てることは、サイエンスコミュニケーションに非常に役立ちます。相手を理解し、自分が相手の立場だったらどう思うのか?を考える習慣がある人に、向いているのだと思います。

私は「お笑い動画」をよく見ます。「フリ」でお客さんをぐっと掴んで最後の「オチ」でどっと笑わせる。すごく上手にコミュニケーションの流れを作っているなと、とても学びになるんです。また、芸人さんを見ていると、コミュニケーションは真面目すぎないことも大切だな、と思います。

若手理系人へのメッセージ

実は私は、法学部出身です。資生堂に入社して最初の配属が研究所の所長秘書から始まったことで、少しずつ研究に慣れ親しんできました。その後、海外向けブランドのマーケティング経験を経て、研究所に戻り、現在の部署に在籍しています。

サイエンスコミュニケーションの仕事は、サイエンスを理解しわかりやすく伝えるのが仕事ですが、自分で研究を進めるわけではないので、必ずしも理系出身でなければできないというものではありません。研究で得た知見、つまり科学的事実を積み上げていけば形になるという、元上司の言葉を大切に仕事に向き合っていたら、文系の私にもできるようになりました。理系出身の同僚でも、学生時代の専攻とは全く異なる研究分野は1から勉強だと言っています。

ただ、理系出身の方をみると、やっぱり自分の研究の軸、専門分野を持っているというのはとても強いなと感じることが多々あります。長年研究をしてきた方が自分の専門について語ったときの相手の興味や期待の高まりは、サイエンスの研究経験がない文系の私には真似できないものがあります。これは、理系人だけが持つ強みだと思います。

ですので、理系出身で専門性を磨いてきた人が、一般の方にわかりやすく伝わる言葉を身に付けた場合、それはもう無敵のサイエンスコミュニケーターだと思います。

そうなるためのさまざまな「引き出し」や「語彙」を身に付けるには、美容に関心があったり、食に興味があったり、お笑いが好きだったり……、サイエンス以外の事柄を深めていくのが効果的です。その幅があればあるほど、相手の興味をひく「フリ」と行動を促す「オチ」の流れが作りやすくなりますので、サイエンスコミュニケーションの仕事に興味のある方は是非意識してみてください。

世の中にはたくさんの研究がありますが、知られなかったという理由で、日の目を見ず終わってしまう研究がたくさんあると感じています。もし一般の方に届けば、誰かの生活が潤うかもしれないのに、と残念な気持ちになることもあります。だからこそ、サイエンスコミュニケーターとして、これからもたくさんの研究成果を届けたいと思います。特に最近考えているのは、日常にサイエンスを潜ませる取り組みです。そのために、化粧品分野に限らず、広く研究全般の論文やニュースを読んでは、実験的に文章を書くことを習慣にし、発信もしています。大上段にサイエンスを標榜しなくても、日常のコミュニケーションの中にさりげなくサイエンスを潜ませる。そんなことができれば、サイエンスの恩恵を受ける人をもっともっと増やせるのではないかな、と考えています。

櫻井菜海子さん
お話を伺った、資生堂櫻井菜海子さん 画像提供:櫻井菜海子

櫻井菜海子(さくらい なみこ)

2000年入社。法学部卒業。資生堂入社後、研究所所長の秘書として勤務。その後海外マーケティング経験を経て、資生堂グローバルイノベーションセンターのブランド価値開発研究所の研究員となる。クレ・ド・ポー ボーテ(Clé de Peau Beauté)のサイエンスコミュニケーションを担当。オフタイムにはメディアプラットフォーム・noteを通じて日常の〝ちょっとしたこと〟に潜むサイエンスの発信も行っている。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)

リケラボ編集部より

サイエンスコミュニケーションに大切なのは「フリ」と「オチ」。科学になじみのない方にも聞いてもらうためのお作法、大変勉強になりました。

資生堂では、サイエンスを伝えるだけでなく、シーズを発掘し、商品開発に活かしていくこともサイエンスコミュニケーターが担っているのですね。そんな資生堂の研究開発の進め方も、とても興味深かったです。きっと膨大な研究シーズが、出番を待っているのではないでしょうか。目利き力を発揮し、磨き抜かれたコミュニケーション能力で商品開発につなげていく櫻井さんのサイエンスコミュニケーションに憧れの気持ちを持ちました。

取材にご協力いただいた資生堂様、櫻井さん、貴重なお話を誠にありがとうございました。

リケラボ編集部

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