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減塩生活ががらりと変わる魔法のようなスプーン キリン「エレキソルト」で食生活を楽しいものに!※体感には個人差があります。また、料理によっても感じ方が異なる場合があります。
あの製品はこうして生まれた!研究開発エピソード キリンホールディングス株式会社
塩分の摂りすぎは健康によくないことはわかっていても、薄味の料理はやっぱり物足りない。そんなときに、このエレキソルトを使えば、あら不思議!?減塩した食事でも塩味やうま味が増強され、おいしく食べることができるのです(※)。
そんなユニークなスプーンを開発し、現在は事業責任者として多忙な日々を送る、キリンホールディングスの佐藤愛さんに開発秘話を伺いました。
※体感には個人差があります。また、料理によっても感じ方が異なる場合があります。減塩食の塩味を増強する不思議なスプーンのしくみ
※体感には個人差があります。また、料理によっても感じ方が異なる場合があります。── 佐藤さんが中心になって開発されたスプーン「エレキソルト」について教えてください。
エレキソルトは、食べ物の塩味とうま味を増強するスプーンです。たとえば、塩を減らした薄味の食べ物でも、エレキソルトを使って食べると食事の塩味がジワっと増強されて感じられます(※)。
※体感には個人差があります。また、料理によっても感じ方が異なる場合があります。── おもしろいです!どんな仕組みなのですか?
電源をオンにして、味の増強の強度を選び、普通のスプーンを握るようにエレキソルトの柄を握っていただきます。柄の裏側と、「つぼ」と呼ばれるスプーンの先の丸い部分に電極がついているので、食べ物をすくって口に含むと、スプーンの柄→つぼ→食べ物→舌→腕→スプーンの柄という順に、微弱で穏やかな電流が循環して流れます。
スプーンを口に含んで、電流が流れている間、食べ物に含まれているイオン成分が舌のほうへ引き寄せられるため、普段より味が増して感じられる(※)という仕組みです。
※体感には個人差があります。また、料理によっても感じ方が異なる場合があります。── イオンの流れを電流によってコントロールするのですね!
イオンとは電気を帯びた原子の状態をいいます。たとえば、塩(塩化ナトリウム)は水に溶けるとナトリウムイオンと塩化物イオンにわかれます。ものを食べているとき、イオンは唾液などによって口の中に分散されているのですが、エレキソルトスプーンを使って食べると、口の中で散らばっていたナトリウムイオンが電流の流れに沿って舌に引き寄せられ、普通のスプーンで食べたときよりも多くのナトリウムイオンが味覚の受容器にキャッチされます。
── とてもユニークな発想ですね!
電気の力を使って味を変える電気味覚と呼ばれる技術です。電気に味があることは200年以上前から知られていている現象で、近年では主に味覚障害の検査に使われていたのですが、普段の食生活の中で活用できないかという研究が10年くらい前から始まっていました。電流の波形(周波数等)を工夫することで、味を再現しようとする研究も行われています。
── どれくらい味が変わるのですか。
電気の感じ方は個人差が大きく、増強されたと感じる度合いは人によってまちまちですが、カレーがおいしくなった、スープが減塩できた、中にはおしるこの味が際立ったというお客様もおられます。
── おしるこは、塩で甘さが引き立つからですね。
ベースの味が含まれていることが大切で、いつものお料理の30パーセントくらい味を減らしてちょうどよく感じるように設計しています。プラスの電流とマイナスの電流を組み合わせて流すことで味わいのふくらみをもたせる工夫もしています。
── 電気刺激はありますか?
ごく微弱な電流で痛みは感じません。また、刺激が強くなりすぎないように、電流をじわっと流すなどの工夫もしています。0.5秒ほどかけて電流を流しているのでスプーンを口に含んだら一瞬間をおくと、より味が広がります。
開発経緯:自ら体験してわかった減塩生活の辛さ
── なぜエレキソルトをつくろうと思われたのですか?
研究所のなかで、新規事業につながる研究を担当していました。新しい事業のタネを見つけるためには、研究室にこもらずに、色々な仕事を経験することが大切です。製造はもちろん営業もやりました。キリンが今まで手掛けていなかったものを作ろうと、いろいろ提案していましたね。
ある時、新しい食品素材の開発で、素材の安全性を評価するために大学病院の先生と共同研究を行っていたのですが、雑談の中で、「患者さんに減塩の食事療法を続けてもらえない」という話を聞き、減塩の食生活ってどれくらいつらいんだろうと、試しに自分で減塩生活をやってみたのです。
── いかがでしたか、減塩生活は。
1日の食塩摂取量を半分にする食生活を3か月間、続けてみました。次第に食欲がなくなってきてやがて食事が楽しくなくなり、知らず知らずのうちに食べる量が減っていきました。その結果、3か月後には体重が5キロも落ちてしまい、見かねた家族から「もうやめたほうがいい」と言われストップしたのですが、減塩療法を行う患者さんの気持ちがよくわかりました。そして「楽しく食事をとりながら減塩する方法はないか」と、技術を探索し始めたのが開発のきっかけです。
── なぜ電気の技術に目が向いたのですか?
減塩商品はすでに他の食品メーカー様が研究を重ねておられるので、あえて食品とは違う切り口から食生活を豊かにできないだろうか、と考えたのです。元々ゲームが大好なこともあり、探索の一環としてバーチャルリアリティの学会にも足を運んだりしていたのですが、その学会で明治大学の宮下芳明先生が電気味覚の技術を発表されていました。これは私が解決しようとしている健康課題にも応用できるのではないか!と、すぐに共同研究を申し込みました。先生もご研究の成果を社会に役立てたいという思いを強くお持ちで、私が目指す健康課題解決についてもすぐにご賛同を頂けました。宮下先生は電気味覚の研究で2023年にイグ・ノーベル賞を受賞されています。
試行錯誤を繰り返し、第一弾製品のスプーンが完成
── 開発に着手された当時、すでに多くの仕事を担っておられたのではないでしょうか。
新規事業のプロジェクトを抱え、さらに研究所全体の企画・運営業務も担当していました。確かに時間的には厳しかったのですが、当社の研究所には「10%ルール」という、業務以外の社会課題や健康課題を解決する技術の探索や実験に、業務時間の10%まで使ってよいという制度があります。そこで、まずはその10%の枠の中で共同研究をスタートしました。
── そこからどうやって事業化まで育てられたのでしょうか。
「キリンビジネスチャレンジ」という社員なら誰でも応募できる事業提案のコンテストがあり、技術の可能性が見えた段階で宮下先生と共同提案という形で応募し、最終審査を通りました。そこから一気に事業化に向けて会社から資金を得、専任のプロジェクトとして動かせるようになりました。2020年のことです。
── どうやって開発を進めたのですか?
電気の勉強をしながら、まず実験装置をつくりました。
手づくりの基板とカトラリーを銅線でつなぎ、「電気、流しますよ」「はい。あ…、味変わりました!」といった単純な評価から始めました。
── どんな味がするのか、どれくらい塩味が増すのかの評価は重要ですね。
おいしさの評価については、弊社の長年のノウハウが活用できた点です。
── 確かに。
ただ…そこから実際に食事の中で使える形にしていくには高いハードルがありました。
── ハードルとは、具体的にはどんなことでしょう?
色んな段階があるのですが、スプーン以外にもとにかくたくさんのプロトタイプを作りました。たとえば箸だと、コンピュータや電池を格納するスペースがありません。そこで、手首にリストバンドのように基板などを巻き付け、コードで箸の上端につないで電流を流す方法を採用しました。ところが、私たちは箸を使うとき意外と腕を大きく動かしているのでコードが引っかかったりすることがわかり、これではダメだと。
── 使いやすい形に変えないといけないわけですね。
電子基板や電池を箸の中に収めてもみたのですが、そうするとまるで2本の体温計のような太い箸になってしまって…、持っても開くことができないとか(笑)。
スプーンの上端に電池を収納してみたところ、重くてバランスが取りづらいということも。
── お椀もつくられたのですか?
味噌汁を減塩したいという要望が多いので、お椀もつくってみました。底面に電極があるので、そこに手を触れて飲んでいただくと電流が流れ、塩味が増強されます。これは結構使えそうで、効果も確認できています。
ここに並べた食器は一部で、実際はもっとたくさんの試作品をつくり、「ああでもない。こうでもない」と試行錯誤を繰り返してきました。
── 1号機をスプーンにすると決まってからは早かったのですか?
いえ、量産化に向けて、防水性や安全性など品質評価の項目をたくさん立て、一項目ずつクリアしていったのですが、最後に、耐久性の部分で再び壁にぶつかりました。
スプーンのつぼの部分に金属の電極をつけてあるのですが、使っているうちにそこにひびが入ってしまうのです。トラックで運んだり、家庭で使ったりすることを想定したハードな試験を重ねると、どうしてもクリアできませんでした。
── どのように解決されたのですか?
設計を修正しました。特にひびが入った部分は素材を変更することで、耐久性を向上させることに成功しました。あえて過酷な耐久試験を行って、壊れないことを確認しています。
── 宮下先生のアカデミックな研究をベースに、キリンの“ものづくり”のノウハウが掛け合わされることで製品が完成したのですね!
異分野同士の共同研究ということで、共通言語の違いや、やり方の違いに驚くこともありましたが、共通の目標に向かう同志としてプロジェクトを進めることができ、やりにくさを感じることもなく、とても充実していました。
楽しい食に寄り添う製品を、今後も
── 2024年5月に販売をスタートされた後、佐藤さんのお仕事の内容は変わりましたか?
事業責任者として、研究開発だけでなく、営業やマーケティング、広報、体験イベントの企画、販路の開拓まで、すべてに関わっています。物流面の構築も大切な仕事です。とにかく事業に関わることは何でもやりたいタイプなので(笑)、パッケージや販促物の制作にも関わらせてもらっています。
弊社のシンボル・“聖獣麒麟”には「キ」「リ」「ン」が隠し文字として入っているのですが、エレキソルトのロゴも、スプーンやおたまに見える隠し文字を入れています。パッケージも、楽しい食卓に合うような柔らかいデザインにしました。
── ユーモアがあって楽しい気持ちになるロゴですね!
楽しいツールとして認知していただきたいと思っています。減塩生活を、つらいものから楽しいものにしたいのです。キリンは、楽しい食に寄り添っている会社だと自分は考えています。だから、電気製品というのも、私にとっては、とくに突飛な考えではありませんでした。これからも、食が楽しくなるような製品を作っていきたいと考えています。
研究開発職を目指す方へのメッセージ
── 研究開発職を目指す方、特に大学生にメッセージをお願いします。
今の大学生や若い方は、どんなことにも果敢にチャレンジしていて、すごいなと思う人が多い印象です。いろんな選択肢があるので、ぜひその機会を最大限に活用していただければと思っています。理系出身の強みは技術を持っているということ。技術に裏付けられたビジネスができるので、社会の未来を作っているという実感がきっと持てると思います。
また、課題を見つけたら、素通りせずに向き合ってみてください。自社の技術だけでなくほかの会社や他者の力を借りることも考えてみることも、実現可能性を高めるうえで大切です。全然違う角度からの技術を掛け合わせてみることもおすすめしたいです。
── 視野を広げるためのコツはありますか?
新規事業や研究開発はワクワクしていることが重要です。新規事業をやるのは、新しいことの連続、常に学びの毎日ですが、ワクワクしていると、学びの機会が向こうからやってきます。そうして色々な引き出しが増えてゆきます。
── ワクワクしていると協力者も集まってくれそうですね。
おっしゃる通りです!エレキソルトを開発し、商品化するまでに多くの方々のご協力をいただきました。機械メーカー、プロダクトデザイナー、体験イベントのレシピをつくってくださった飲食店様、出版社様、アンケート調査に答えてくださった市役所職員の方々、そしてたくさんのお客様。さまざまな方々とコラボレーションできたおかげで今の形に仕上げることができました。エレキソルトは技術と人、その掛け合わせの賜物とも言えますね。
これは第一弾製品ですので、今後も改良を重ね、より使いやすく、食卓が楽しくなる商品にバージョンアップしていきます。
佐藤愛(さとう あい)
キリンホールディングス ヘルスサイエンス事業本部 ヘルスサイエンス事業部 新規事業グループ 主務/エレキソルト事業責任者。東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了後、2010年キリンホールディングスに入社。研究所に所属し、キリンの食領域における研究開発に携わる。2019年に明治大学の宮下芳明研究室と共同で「エレキソルト」を開発。2024年5月に販売を開始。
エレキソルト 公式オンラインストア https://electricsalt.shop.kirin.co.jp/
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