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北海道の北東部、オホーツク地方の中核都市、北見市。酪農や農業が盛んなこの地域で、牛の尿を発酵させた液体が主力製品というユニークな会社で活躍する研究員さんが今回の主役です。この液体、消臭や植物の生長促進などさまざまな効果があり、全国展開の大手ホームセンターや都市圏の生活雑貨店で20年以上も販売されているスグレモノ。2022年にはForbes JAPAN主催「SMALL GIANTS AWARD 2022-2023」では「ローカルヒーロー賞」を受賞するなど注目を集めています。
加藤勇太さんは、2018年に同社初の研究人材として入社し、修士課程を修了したばかりで研究所の立ち上げを一任されました。この大役をどうやって果たしてきたのか、そして研究の成果はいかに?
研究職志望の皆さんのキャリアのヒントになるお話を伺うことができました。
「牛の尿」が地球を健康にする?
──新入社員で研究所の立ち上げを任されたということで、大変な挑戦だったのではないでしょうか。
入社初日に会長から、「研究所の立ち上げ、好きなようにやっていいぞ!」と言われ、正直「どうしよう」と思いました(笑)
でも冷静に考えると有利な状況ではありました。私の出身ラボである北見工業大学の研究室と環境大善は、2017年から牛の尿の発酵液のメカニズムに関する共同研究を進めていました。そのため入社後も同じラボ環境で研究を開始することができたのです。また私がやってみたいことを積極的に理解、応援してくれる役員や社員の皆さんの支えも大きく、文字通り好きにやらせていただいたことに今は感謝しています。
──環境大善の事業内容について教えていただけますか?
環境大善では、酪農家さんや提携したJAの敷地内に建設されたプラントで一次処理された牛の尿を回収・購入し、弊社のプラントで再度発酵・培養、精製した液体原料「善玉活性水®」(以下、善玉活性水)を製造しています。北海道の基幹産業の1つである酪農は、日本の食卓を支える重要な産業である一方、家畜の糞尿による水質汚染や悪臭被害も生じることがあります。当社はこの課題を解決しようと、牛の尿のアップサイクル(廃棄物を有用な製品に生まれ変わらせる)に取り組んでいます。北海道だけでなく、家畜の排せつ物の不適切な管理は世界的に環境汚染の要因の一つになっていますよね。
──牛の尿が効果のある液体に生まれ変わるなんて不思議ですね。
微生物で分解して害のない状態にしてから消臭液や土壌改良材に加工して販売しているのですが、実はどうして効果があるのかはよくわかっていませんでした。でも消臭・抗菌の効果は確かで、ペット、排水管、水槽など色々な用途で使用できます。また土壌改良材に関しては、土壌改良のほかに、植物の生長促進の効果も確認されています。
──効果が確かで長年売れている商品を、わざわざ研究所を立ち上げて科学的に解明することした理由は何ですか?
どうして効くのかが分からないままだと、怪しい商品だと思う人も多いですよね。売る側としても、説明ができるものを売りたいというところです。バイヤーさんや消費者の方のエビデンスに対する意識も高まっています。2016年に取締役に着任した現社長が、「効果があるけど、理由がわからない」という状態を解決したいという強い意向で、研究開発型の企業へ転換する動きがスタートしました。そうして私が採用され立ち上がったのが、「土、水、空気研究所」です。
色々な用途に使える不思議な「善玉活性水」
──善玉活性水を使って、どのような商品展開をしているのですか?
善玉活性水にはさまざまな効果があります。例えば、強力な消臭効果を売りにしたバイオ消臭液「きえ〜る®」(以下、きえ〜る)には室内用、ペット用、介護用、トイレ用、洗濯用などさまざまなラインナップがありますが、中身は同じ善玉活性水※です。また、液体たい肥 「土いきかえる®」(以下、土いきかえる)の中身も同じ善玉活性水です。1つの善玉活性水という原材料が、さまざまな機能をもっているというところにおもしろみを感じています。
※善玉活性水は茶色い液体のため、洋服や室内に使用する用途の場合、無色化処理をしています。また植物の病害虫対策商品「無農薬への道」など一部商品では、木酢液やニームオイルを添加するなどの処理を行っています。
──1つの液体にさまざまな効果があるのは面白いですね。
この液体は環境中の善玉菌の増殖を助け、悪玉菌を抑えることで環境を浄化している可能性があるようです。それで、善玉活性水というネーミングとなりました。
「ここでしかできない事業内容と経験」に惹かれて
──加藤さんと環境大善さんの出会いは、ラボの先生が環境大善さんと共同研究していた縁での紹介ということですが、ほかに就職活動はされなかったのですか?
修士課程では、微生物系、具体的には、ストレス耐性酵母のメカニズムの解明などの研究を行っていました。なので、道外道内にこだわらず、本州の発酵食品の会社などの説明会にも参加したりしていました。
──環境大善さんへの入社の決め手は何だったのですか。
牛の尿の発酵液というテーマに惹かれ「興味があります」とすぐに答えたと記憶しています。私が、働く場所を問わず「やりがいのある仕事」を求めていたことを先生が理解してくださっていて、ご紹介くださったのだと思います。
知らない会社でしたし、当時は従業員数10数名という規模でしたが、日本でここにしかない研究テーマであり、社会や人の役に立てること、また、研究室を立ち上げる経験ができることに強く惹かれました。自分にできるのかという不安もありましたが、それ以上に好奇心が勝りました。
──環境大善初の研究人材として、どのように研究所を立ち上げていったのでしょうか?
まずは、過去に行っていた共同研究や受託分析など、会社にあるデータを掘り返してまとめていくことから始めました。状況整理ができれば、今後の計画が立てられると思ったからです。
その結果分かったのは「製品に効果はあるが、なぜ効果あるかについてはほとんど何もわかっていない」ということでした。しかし、商品が長年売れ続けているのは、確かな価値があるからであり、まだ見ぬ価値も眠っているのではないかとワクワクもしました。
環境大善として、初めての研究職が私のような大学院を卒業したての新入社員で、会社のみんなは心配だったかもしれません(笑)。
──研究の1歩目として何を行ったのですか?
まずは、善玉活性水の品質管理基準を作ろうと考えました。善玉活性水は、牛の尿を原料とするため、気温や餌が異なれば、材料となる尿の品質にばらつきが生じます。また季節により発酵の環境も異なります。さらに、当時の品質管理方法は、人の感覚に頼ったものでした。ベースとなる善玉活性水の品質が不安定だとしたら、研究への信頼性も担保できません。そこで、まずは一定の品質基準を作成し、クリアしたものを製品化したうえで研究材料として使用しようと考えました。
牛の尿の発酵液に関する論文は探しても見つけられず、一番近いものは何かと考え、家畜の糞を発酵させた堆肥にたどり着きました。堆肥の発酵度合いに関する研究はすでに行われていて、評価基準などもあったため、そういったものを参考に研究計画を設計しました。
私の出身ラボと共同研究を行っていたので、分析機器を使用させてもらえたり、先生とディスカッションできる環境にあったことは本当に幸運でした。無事に品質基準を作成できたことでさまざまな研究のスタートを切ることができました。
明らかになる善玉活性水の謎。地域から世界に光をもたらす
──研究の結果、どのようなことが分かってきたのでしょうか?
土いきかえるの植物に対する生長促進効果について、メカニズムの一端が明らかになっています。この研究成果は、私の博士論文として発表予定で、土いきかえるを散布した植物の中でどのような遺伝子が応答して、生育に変化が出ているのかをまとめている最中です。
──他大学との共同研究も始まっているそうですね。
2023年6月から北海道大学と、きえ〜るに関する共同研究を開始しました。「きえ〜る水槽用」を使用した際の水生環境の調査と水質浄化メカニズムについて、ホタテを用いて研究を進めています。
これは、「きえ~る 水槽用」を利用いただいた札幌市の海産物卸業の方から、使ってみたら水槽の水替え頻度が減ったとう連絡をいただき、弊社としてもそのメカニズムを知りたいと、北海道大学の産学連携担当の方に相談したことがきっかけです。
水の安全な再利用や海洋環境の保全と持続可能な利用は、北海道という地域のみならず、地球規模での課題です。この共同研究で、善玉活性水が水を浄化するメカニズムについて明らかになれば、持続可能な開発目標(SDGs)に貢献できると考えています。
──善玉活性水の新たな効果も見つかったそうですね。
近年話題となっている、持続可能な航空燃料(SAF : Sustainable Aviation Fuel)の原料となる微細藻類の増殖を向上させる能力をもつ菌(微細藻類増殖促進菌(MGPB:microalgae-growth promoting bacteria))が善玉活性水の中に存在することが分かりました。
SAFの原料として微細藻類を用いたバイオ燃料が挙げられますが、現在の技術では製造コストが高いことが課題となっています。今回、私たちが発見したMGPBを微細藻類と共培養すると、SAFを低コストで製造することができる可能性があります。そこで、MGPBを高密度培養し、増殖促進因子を多く含む微生物製剤を開発することを目的とした研究も進めています。
──SAFといえば、2030年には全航空燃料を10%以上置き換えることを目指して、研究開発が国内各地で進められていますから、とても有望な研究ですね!
自分の頑張りが、会社の成長と比例する
──加藤さんの挑戦を会社はどのように受け止めていますか?
色々な取組みをしてきましたが、役員には私が直接説明してスタートすることが多く、スピード感をもって仕事が進められています。もちろん、会社に支援してもらうばかりではなく、助成事業などを活用することを踏まえた提案を心がけているので、それが信頼感につながっているのかもしれません。上手くいくプロジェクトばかりではないですが、挑戦することを評価していただいているという実感があります。
──どのようなことにやりがいを感じますか?
自分が頑張れば、それだけ会社が成長するという実感があります。まだ発展途上の会社なので、研究以外の仕事を行う場面もあります。例えば、ECサイトの立ち上げをすることもありましたし、工場の生産ラインの効率化の提案なども行いました。こうした研究以外の業務を行うことに、私はあまり抵抗がありません。1つの商品が消費者の方に届くためには、さまざまな過程を経る必要があり、すべて含めて、全部自分ごとだと思えるからです。頼られる嬉しさもありますし、まだ社員数も少ないというのは、裏返すと会社に与える影響も大きい、そういう意識をもっています。
──加藤さんが立ち上げた研究所は、順調に成果が出ていますね。活動を通して、環境大善の存在意義がより明確になっていくように感じます。
環境大善はアップサイクル型循環システムを通して、善玉活性水を作り出し、生活や産業などの課題解決に役立てることが事業だと考えています。地球の環境を見つめることで見えてくるさまざまな課題に善玉活性水を役立てたいという思いが「地球の健康を見つめる」というビジョンにつながっています。そのためにも、研究を通して、善玉活性水の効果効能を明らかにしていくことが重要だと考えています。
研究職志望の方へのメッセージ
──大学院生や研究職としてのキャリアを検討する方々へのメッセージをお願いします。
研究型企業への転換前の環境大善は、効果の実感はあれど、エビデンスが少なく、もしかしたらちょっと怪しさを感じる商品や会社だったかもしれません。しかし、研究を通して、商品だけではなく会社の存在意義も明確化し、そこに興味をもっていただいた人たちと新しい動きが始まっています。「研究」という、やりたいことをしながら、それが社会や人の役に立っているというのはとても幸せだと思います。就職先を検討する際に、事業内容を重視するということはやはり重要だと感じます。
環境大善はまだ発展途上の会社ですが、ユニークな事業内容で、解き明かしたい謎がまだまだたくさんあります。もし、興味をもっていただけたら、お気軽にご連絡ください!
【プロフィール紹介】
加藤勇太(カトウ ユウタ)
環境大善株式会社 土、水、空気研究所 主任研究員
2018年、北見工業大学大学院バイオ環境化学科修士課程修了し、環境大善株式会社に入社。土、水、空気研究所の立ち上げに奮闘。2019年に、北見工業大学に再入学し、2022年、博士課程単位取得後退学。同社初の研究人材として、入社以来、牛尿発酵液の品質管理体制、効果効能の研究、大学や企業との共同研究だけではなく、助成事業などのプロジェクト運営、特許関係の業務など多岐に渡る仕事に取り組む。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
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