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陶器のような質感の樹脂!? プラスチックの概念を超えた新素材を開発した研究者に話を聞いてみた(三井化学「そざいの魅力ラボ」) | リケラボ

陶器のような質感の樹脂!? プラスチックの概念を超えた新素材を開発した研究者に話を聞いてみた(三井化学「そざいの魅力ラボ」)

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みなさんは、三井化学グループのオープン・ラボラトリー活動「そざいの魅力ラボ(MOLp®)」をご存じですか? 部署を越えて研究者が集まり、ユニークな新素材や製品をたくさん創り出しているこちらの活動。テーマは「感性からカガクを考える」。ヒトの五感に訴えることで、素材の新たな可能性を引き出しています。活動から生まれた作品は、先日開催された展示会でも発表されました。

展示会の様子はコチラ

素材の機能性を追及するだけではなく、数値に表せない、感覚的な魅力など、従来の常識にとらわれない発想にとてもワクワクさせられました!

今回は、MOLp®立ち上げに関わられたお二人にインタビュー。プロジェクト発案者の一人である三井化学コーポレートコミュニケーション部の松永有理さんと、研究者として発足段階から参加されている齋藤奨さんにお話を伺いました。齋藤さんがMOLp®の活動として開発された陶器のような質感を持つ不思議な樹脂の開発エピソードを中心に、活動の内容や素材の可能性についてお伝えします!
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)

ミネラル配合で実現した、プラスチックの新しい質感

MOLp®から生まれた『NAGORI™』のビアタンブラー

展示会で『NAGORI™』のビアタンブラーを実際に手に取ったとき、ひんやりとした触り心地やほどよい重みなど、本当に陶器のようでびっくりしました。プラスチックだなんて信じられなかったです。どうやってこの質感を実現したのですか?

齋藤さん(以下敬称略):ポイントになっているのは、海水から抽出したミネラルを配合したことです。身近な自然からとれる材料というのもあって、最初に思いついた成分がミネラルでした。ミネラルは鉱物なので、樹脂と混ぜたら雰囲気が出そうだな、というイメージがあったんです。

松永さん(以下敬称略):海水のミネラルを使おう、というアイディア自体は一発で決まりましたよね。中東やアフリカでは生活用水を確保するうえで海水を淡水化するという事業があります。その過程で残って棄てられているミネラルを活用すれば、資源の節約にもつながり、社会貢献性も高いプロジェクトになるわけです。ただ、着想はできたもののどのくらいの量をどうやって混ぜ合わせたらいいのかがわからないので、その後の検証には苦労していました。

齋藤:一緒に『NAGORI™』を開発したメンバーには、樹脂の専門家と、混ぜることに長けた人がいたので、それぞれの得意分野を活かしながら試行錯誤を重ねました。

左:松永有理さん 右:齋藤奨さん

齋藤さんは、どんなところで力を発揮されたのですか? ちなみに、齋藤さんの専門はどんな分野なのでしょうか?

齋藤:私は、普段は本業の仕事でポリエチレンの触媒を研究しています。だけど今回は専門に特化して力を発揮したというよりは、全体に幅広く関わりました。自分のアイディアで始まったプロジェクトなので、コンセプトメイキングから、イメージ通りの質感を出すために材料を絞り込んだり、製品として販売するための耐久性を検証したり、生産効率にも目を向けたり……。初期段階では気軽に検証に使用できる装置がなかったため、部署内にあった別の用途で使用していた機械をみずから改造して使ったこともあります(笑)。

みずから改造してしまうなんてすごいです……! どんな機械を改造したのですか?

齋藤:もともとはものを砕いたりするような機械だったのですが、樹脂を溶かして混ぜ合わせられるように、加熱機能なども加えて改造しました。

松永:昔は、ビーカーなどの実験器具も社内のガラスの職人さんに頼んで、イメージ通りの形や用途のものをつくってもらっていたんです。そのため、「必要なものはつくる」という風土が残っているのかもしれません。機械といえば、検証中に機械が壊れたこともありましたね(笑)。

齋藤:うまくいきそうな配合を試そうとしたら、普通はやらないような配合のものを無理に混ぜ合わせることになったので、結果的に機械が壊れてしまったんです。

え! そんなことになってしまって、怒られたりはしなかったのですか?

松永:そのとき検証を担当していたのは、当時入社2年目くらいの若手研究員でした。上司に報告すると、「若いうちはそうやっていろいろな実験をするもんだ」と言われたんです。このような、実験に対する貪欲な姿勢やマインドが社風にあるのかもしれません。

上司の方からの粋なお言葉……素敵な社風ですね! そうやっていろいろな試行錯誤をされて、できあがったときの手ごたえはいかがでしたか?

齋藤:最初にプロダクトとして形になったものを手にしたときは、本当にいいものができたなとうれしさや安心感がありました。CGで描かれたデザイン画は完成するまでに何度も目にしていましたが、実際に触れてみるとやはり感動です。重みがあるし、質感がまさに陶器みたいで……射出成形される現場に立ち会っていたので、できたてほやほやのぬくもりを感じることもできました。それから、仲間と一緒にわざと落としてみて「よっしゃ、割れない!」と確認してみたり(笑)。

松永:デザインにもこだわっていて、『NAGORI™』の食器は角ばった形状になっていたり、内側と外側で触り心地が異なっていたりします。このようなデザインは、じつは陶器では再現がとても難しいか、実現できないものなんです。陶器だと焼くときに収縮するため、エッジが立たなかったり、質感を変化させるには釉薬を変えて何度も焼き直さなければなりません。これは、プラスチックだからこそ実現できるのですね。

プラスチックならではの形状も特徴的な『NAGORI™』の食器

周囲からの反応はいかがでしたか?

齋藤:展示会でいろいろな人に触れてもらうと、「こんなの触ったことない」「これが本当にプラスチックなの?」と反応をもらえました。まさに「陶器なのか、プラスチックなのか……」といった驚きを感じてもらえたようです。

製作にはもちろん大変なことも多かったと思いますが、今振り返ってみて、ずばりどんな感想をお持ちですか?

齋藤:楽しかったですね。みずから考えたものを最終的な製品の形までアウトプットして、実際に触れられるという経験が今までなかったので、“つくること”が好きな私としてはすごく楽しかったです。途中、苦労したこともありましたが、自分の意志で始めた“やりたいこと”だったので、やめたくなるようなことはありませんでした。

陶器のような質感の熱伝導プラスチック『NAGORI™』開発担当の齋藤さん

三井化学が面白いことを始めたとウワサの『そざいの魅力ラボ(MOLp®)』とは?

MOLp®の活動について、改めて教えてください。

松永:基本的には、素材が秘めた新しい魅力を再発見し、そのアイディアや活用のヒントを世の中に発信していくことを軸に活動しています。大切にしているのは、従来追い求めてきた強度や軽さなどの“機能的な価値”に加えて、素材の“感性的な価値”を引き出すことです。

“感性的な価値”というのは、たとえばどんなものがあるのでしょうか?

松永:人間の五感、つまり視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を通じて感じる価値ということですね。見た目がおもしろいとか、さわり心地がよいとか、スペックとしては表れない、人間が主観的に感じるモノの魅力のことだと考えています。たとえば、先ほどお話した『NAGORI™』は、陶器のような重量感や熱伝導性を持ったプラスチック素材です。これは「陶器と同じようにおいしく食事ができるプラスチックの器をつくれたら」という味覚へのアプローチから生まれました。

「陶器と同じようにおいしく食事ができるプラスチックの器をつくれたら」という発想はどうして生まれたのですか?

齋藤:私自身、子どもがいるので、日常生活でプラスチック製の食器を使う機会が多くあります。そこで感じていたのが、プラスチック製の食器って、どうしても陶器に比べて”安っぽく”感じてしまうということ。もちろん、軽かったり割れにくかったりなど機能的な良い面はたくさんありますが、重さや質感、熱の伝わり方などの感覚的な部分に物足りなさがあるように思えたんです。

松永:『NAGORI™』の面白さのひとつは、プラスチックという素材にあえて重量感をもたせたことです。三井化学はもともと素材の軽量化を得意とする会社で、これまでさまざまなものの軽量化に成功してきました。それに反して、あえてプラスチックを重くしてみようというところが、当社の本業では生まれなかったかもしれないMOLp®ならではの発想だったと思います。

齋藤:重くて質感があるけれど落としても割れないような、陶器とプラスチックそれぞれのいいところが合わさったものにできればいいな、と考えて開発をスタートしました。

松永:また、ほかの例でいうと、スマートフォンのカメラレンズなどに活用されているAPEL®という樹脂素材は、叩くと金属やガラスのような“変な音”がすると研究者たちの間では有名でした。従来は、その音をできるだけ消そうと試行錯誤していたのですが、MOLp®ではあえて音を活かしてみようということに。まったく逆の発想で、聴覚へアプローチする風鈴のようなプロダクトをつくったのです。『KODAMA-木霊-』と名付けられたこのプロダクトのユニークなところは、長さや厚さを変えなくても違った音階を表現できる点。新しい楽器への発展性も見出され、現在は形状と音の関連性を調べているところです。今後さらに研究が進めば、「こういう音を出したいときは、この素材をこの形で使えばいい」と計算で出せるようになるでしょう。最終的にきちんと数値化できるという点は、化学メーカーならではの面白いところでもあると思っています。

やりたいことにチャレンジできる“部活動”

MOLp®には、何人くらいの研究員さんが、どのような形で参加されているのですか?

松永:現在は、だいたい25名ほどのメンバーが参加しています。所属部署も専門分野もバラバラです。基本は、月に1度の集まりや年に1度の合宿が活動のための時間ですが、それ以外の時間は本業の合間に研究や製作に取り組んでいます。MOLp®は、あくまでも“部活動”です。公園で子どもたちが砂場に集まって、各々やりたいことをやったり、ときには一緒に遊んだりするように、研究者たちが集まって自由にチャレンジできる場なのです。

MOLp®のメンバーが月に一度集まる三井化学の研究開発拠点のひとつ「袖ヶ浦センター」。

さまざまな領域の研究者が集まるという点も“部活動”ならではと感じます。

松永:そうですね。組織横断的なメンバーで活動しているので、お互いの知識を交換できたり、専門外の人ならではの面白いアイディアが挙がったり、その結果相乗効果で新しいものが生まれたり、というメリットが出てきています。研究員たちにとって、普段あまり接点のない領域の同僚の考えに触れることのできる、よい機会になっているようです。

齋藤:『NAGORI™』のアイディアも、MOLp®でいろいろな専門分野の人に意見をもらえたからこそ実現できました。他分野の人たちとの関わることで、会社内のほかの素材への理解も深まります。「こういう製品がある」ということは知っていても、つくり方は知らないものが多かったので、他部署の人とコミュニケーションを通してたくさんの発見を得られました。そうやって刺激を得られることが、本業の研究へのモチベーションにつながっているとも感じます。

松永:また、展示会では自分が担当したプロダクト以外についてもお客さまに説明することになります。はじめは担当者の説明を見よう見まねで再現しているうちに、いつの間にか担当外のプロダクトや技術のことにも理解も深まっていくようです。

齋藤:自分がこれまで触ったことのないものを含めて、いろいろな材料に触れることになるので、「この材料を使えばいいんじゃないか」など組み合わせのアイディアが以前よりも膨らむようになった気がします。

松永:クリエイティブパートナーの田子學さんなど最新のトレンドをよく知る社外の方から情報をシェアしてもらうことも多く、研究者たちの思考の幅も広がっているのではないでしょうか。

思考の幅が広がると、どんなことができるようになるのでしょうか?

松永世の中のニーズやトレンドを捉えたうえで、素材や技術を提供できるようになっていくと思います。研究開発には、自分の専門領域を究めて要求を満たす”材料”を生む“ファーマー型”と、広く”材料”の知識を組み合わせながら、要求の先にある本質的なニーズに対してソリューションを提案する“シェフ型”があります。双方ともに大切な考え方なので、どちらかに特化している人も、両方の視点を持っている人も、研究にはそれぞれ必要です。MOLp®のメンバーは専門外の領域の人と関わることが多かったりするため、“シェフ型”の考えを持つようになる傾向にあるようです。

齋藤:私自身、MOLp®に参加するようになってから、シェフ型の思考の割合が少しずつアップしてきたように感じています。以前は、研究をするうえで「今ある技術や素材で何ができるか?」と考えていましたが、現在は、目の前にある面白いアイディアを「どうすれば実現できるのか?」と、視点を広げて考えるようになりました

未来に向けて、技術やアイディアを広く社会にシェアしていきたい

2015年の発足以来、積極的に活動の成果をアウトプットされていますが、反響はいかがですか?

松永:いろいろな方面から相談をいただくようになり、コラボレーションのお話をいただく機会も増えました。2018年3月に開催した展示会『MOLp®Cafe』でも、外部の方とコラボレーションした作品をいくつか展示しています。普段の業務では、研究者がみずから社外の方と共創する機会がなかなかないので、そういった面で刺激も生まれていると感じます。

MOLp®発足のきっかけのひとつは、100年以上続く化学メーカーとして、「まずは三井化学に聞いてみよう」と思われる会社になることを社として目指すようになったこともありました。「三井化学に相談すれば良いアイディアが出るんじゃないか」と真っ先に声をかけてもらうには、そもそも三井化学がどういう会社か知ってもらわなければなりません。そのために、当社ならではの発見やアイディアを世の中に発信していくこと、ひいては素材や研究の面白さそのものを多くの人に伝えることが大切だと考えています。

三井化学の広報担当としてMOLp®に企画段階から携わる松永さん

主体的に研究に取り組むことで、ものづくりがますます面白く

齋藤さんがMOLp®の活動に参加されたきっかけは何だったのですか?

齋藤:2015年の秋頃にMOLp®発足の話があがって、「何か新しくつくってみたくないか」と声がかかったのがきっかけです。「新しいものならすごくつくってみたい!」と思い、すぐに手を挙げました。

もともと「新しいものをつくりたい」という想いがあったのですか?

齋藤:子どものころから絵を描くのが好きだったり、学校の実技科目が得意だったり……自分の手を動かしてものをつくるのが好きだったんです。大学で分子薬学を専攻していたのも、「何もないところから新しいものをつくりたい」という想いからでした。三井化学への入社の決め手も、実際のものづくりに貢献したいという考えがあったからなんです。

齋藤さんのようにやりたいものづくりを実現させていくには、どんなことが必要だと思いますか?

齋藤:自分が関わる研究テーマやプロジェクトなどに、主体的に取り組んでいくことです。自分が今やっていることは何のためで、どうしていかないといけないのか、常に考え行動していく。そんな姿勢が、新しい発見を可能にしたり、自分がやりたいものづくりの実現につながっていくのだと思います。主体的な研究姿勢が身に付いてくると、自分の人生は自分で動かしていけるものだと心から実感できるようになり、キャリアのターニングポイントを生み出せるようにもなるはずです。だから、何かやりたいことがあって迷ったら、まずは踏み出してみるのがいいと思います。

齋藤さんにとってのターニングポイントは、MOLp®への参加だったのでしょうか?

齋藤:そうですね。MOLp®に参加しようと思ったのがひとつのターニングポイントだと思っています。しかも、自分が発案したプロジェクトの製作が決まったわけですから、主体的に動かないわけにはいきませんでした(笑)。

齋藤さんは開発メンバーとして立ち上げ期からMOLp®に参加している

それでも、MOLp®の活動とは別に本業のお仕事もあるなかで、主体性を維持するのは難しくありませんでしたか?

齋藤:もちろん、時間のやりくりなど本業との両立には苦労もありました。でも、自分がやりたいと思って始めたことだったので、それくらいの覚悟はできていました。周囲の人からの協力も、「こんなに助けてもらっているのだから、もっと頑張らないと」という気持ちにさせてくれましたね。だからこそ、本業のほうも効率的に仕事を進められるようさらに努力するようになりました。それで空いた時間を、MOLp®に充てているんです。私にとっては、ある意味気分転換というか、息抜きのようなものにもなっていますね(笑)。


“気分転換”と表現できてしまうなんて、MOLp®での研究を本当に楽しんでいらっしゃるということが伝わってきます。

齋藤さんのお話や、MOLp®の活動について聞いていると、主体的に一歩を踏み出せば、面白い研究や仕事は、みずから創り出すことができるのだと気づかされます。

また、一見相反しそうな“化学”と“感性”が結びつくことで、ものづくりがますます面白く、楽しいものになることもよく分かりました。MOLp®の活動、今後も楽しみです! 松永さん、齋藤さん、ありがとうございました!

■MOLp® ウェブサイト
https://www.mitsuichem.com/jp/MOLp/

リケラボ編集部

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