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レーザー研究の第一人者が“マグネシウム電池”を開発。エネルギー循環社会をめざす│リケラボ

レーザー研究の第一人者が、専門外の“マグネシウム電池”を開発。エネルギー循環社会をめざす

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東京工業大学の矢部孝教授が発表した「矢部式マグネシウム電池」は、海水に豊富に存在する「マグネシム」からエネルギーをつくるという発想の燃料電池の一種です。エネルギーを生み出すだけでなく、水や塩も生成され、使用後のマグネシウムも再利用して使えることから、エネルギー循環社会を実現するマグネシウム循環社会を目指して開発が進められています。元々レーザー研究の第一人者だった矢部教授がなぜ、専門分野外のマグネシウム電池を開発するに至ったのか。その開発経緯、そしてこれまでの研究人生や研究者としての信念を伺いました。

海水からエネルギーをつくるマグネシウム電池とは?

―そもそもマグネシウム電池とはどのようなものか教えてください。

僕らが発明したマグネシウム電池は、リチウムイオン電池の8.5倍以上の電力量があり、水素燃料と比べて引火のリスクが少なく保存しやすいところが特徴です。従来型の電池では30分が限界だったドローンを2時間飛ばすことができます。ゴルフ場のカートも2時間くらい動かすことができます。

矢部式マグネシウム電池は燃料電池の一種で、樹脂の筐体(きょうたい)の中にあるスペーサー(正極と負極の間を仕切る部材)に、不織布に収められた薄いマグネシウムのシートを12枚挿入してできています。負極側にはマグネシウムを、正極側に炭素系材料を用いています。これを電解液の塩水に浸し、化学反応によって電気を取り出す仕組みです。

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画像提供:矢部教授

―矢部式マグネシウム電池の特徴について教えてください。

従来品を研究してみると、マグネシウムの表面に酸化膜が付着することで絶縁物となって電気がつかなくなることが分かりました。自然な発想だとその酸化膜を取ろうと考えます。でも酸化膜を取ったら取ったで電解質が汚れ、水をたくさん使って洗うことになります。これはあまりいい方法には思えません。そこで僕は、マグネシウムを薄くしてそれを移動させ続けることで、常に酸化していないマグネシウムが使えるようにすればいいのではないか、と考えたのです。「燃料を移動させる」という発想で、従来とはまったく違ったアプローチです。

内部に正極と負極が12枚並ぶ構造も特徴的といえますね。複数並べると互いがショートしてしまうと考えるのが電池業界における常識でしたが、スペーサーを工夫することで大きな電力を流してもショートが起きない仕組みを考えたのです。

―なぜ、マグネシムに注目したのですか?

素材としてのマグネシウムと出会ったきっかけは、ある省庁から実験を依頼された時にたまたま扱ったことでした。レーザーという専門分野に留まることなくさまざまなことに興味を持っていた結果といえます。調べてみると、希少金属であるリチウムに対して、マグネシウムは海水に約1,800兆トンも含まれています。これは毎年使用されている石油100億トンの「10万年分」に匹敵する量です。長期的な視野で考えると、資源量が豊富で枯渇の心配が少ないマグネシウムは優れた資源といえます。

―海水に大量に含まれる資源の有効活用なのですね。海水からマグネシウムを取り出す設備や技術が必要になりますね。

そのための「海水淡水化装置」も開発しています。この装置で使われている方法は、従来の方法と比べてもメリットがあります。淡水化装置の主流といわれる逆浸透膜方式では、真水を取り出したあとに塩分濃度が極めて濃い「ブライン(懸濁液)」が有害物質として海洋や土壌に投棄されていました。地中海やアラビア海沿岸などでは、ブラインによる環境汚染が起きています。しかし、僕が開発した淡水化装置では、ブラインから再び大量の塩とマグネシウムを取り出すことができます。

画像提供:矢部教授

―有害物質が出ないというのは、すごくいいですね。

はい。淡水化装置からは塩化マグネシウム(加熱すると塩酸と酸化マグネシウムができる)が、使用済みのマグネシウムからは水酸化マグネシウムが出るのですが、そこにレーザーを照射することで酸素とマグネシウムに分離され、マグネシウムを取り出すことができます。従来の方法では、酸化マグネシウムを分離するためには大きなエネルギーが必要となり、莫大な石炭を燃やす必要がありました。しかし、僕は太陽光から励起されたレーザーや、風力や地熱などの自然エネルギーを用いた半導体レーザーを用いることにしました。これでコストの問題も環境問題も同時に解決することができます。これは僕がもともとレーザーの研究をしていたバックグラウンドから開発した方法です。

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画像提供:矢部教授

―もともとのご専門のレーザー技術が生かされているんですね! 実現するととてもエコな仕組みになりそうです。

正直にお話すると、従来品の電力量が小さく、世間から「マグネシウム電池はたったこんなものか?」と思われている点が課題です。世間のマグネシウム電池に対する期待値を上げていかなければなりません。

目的があって研究してきたわけじゃない

―矢部先生のご経歴は少し特殊だと伺っています。簡単に教えてください。

僕が大学を卒業した1973年頃は、日本は第一次オイルショックにより大きな不安に包まれていました。「エネルギーがなくなってしまう!エネルギー問題を解決しないと!」という思いに駆られて、当時アメリカが公表したレーザー核融合技術でエネルギー問題の解決を目指しました。これがレーザーの研究をすることになったきっかけです。

30代になってからは日本で初めてつくられた大阪大学のレーザー核融合研究センターに呼んでいただき、研究を続けました。けれども、僕が生きているうちにレーザー核融合でエネルギー問題を解決することはできないだろうと悟ってしまい、38歳で「違うことやろう!」と辞めてしまったのです。

―え!いきなり辞められたんですか!?

きっかけがありました。西ドイツのカールスルーエ原子力研究所に1年間、客員教授として招かれましてね。東西が分かれていた時代でしたが、みんな優雅な生活をしていました。すごく良い仕事をしているし、文化度も高い。オペラなんか家族4人でも8,000円で楽しめました。けれど休む時はしっかり休むのです。日曜日でもデパートは休みでしたから。そんな暮らしを見つめるうちに、「朝から夜中まで仕事をしている自分は、一体なにをやっているんだろう?」と。歯車の中であくせくするよりも、「やりたいことうやろう!一人で何かやってみよう」と考えたのです。

―急に辞めて、次のお仕事はどうされたんですか?

運良く、群馬大学の教授席に誘っていただきました。大阪大学(レーザー核融合研究センター)を辞めるとき、みんなからもったいないと言われましたね。けれど、あのとき辞めていなかったら、今の自分はなかったと思います。何を幸せと思うのか、その価値基準は自分で決めるべきです。

その後も、行き当たりばったり。興味に任せて研究しました。それでいいんですよ。目的があったわけじゃないんです。東工大で研究室を持つようになってからも変わった教育をしていまして。学生には「好きなことをやっていい!」と。テーマは自分で選んでもらい、1年間の卒論、2年間の修論では、好きなことを好きなだけやってもらっています。水切り(川の水面に向かって石を投げて跳ねさせる遊び)をロボットにやらせようと奔走する子、メダカがどうして直角に曲がるのかが気になり、原因を突き止めようとする子、レーザーでモノを動かそうとする子など、さまざまです。でもそんな中から、世界的に著名な大学でポストを得たり、世界トップクラスの学術誌の首席エディターを務めたりする教え子が出ています。

画像提供:矢部教授

―柔軟な発想を育むためにどうしたら良いでしょう?

一般的に、何かの研究を始める時は、「研究テーマに関する論文を読みなさい」とよく言われます。でも僕は「絶対読むな!」と言います。学生が「もし論文を読まずに研究をしてすでに先行研究があったらどうするんですか?私の努力が無駄になるでしょう?」と聞いてきたら「自分で考えて研究した内容が、すでに論文誌に載っていたのだとしたら、そのレベルのものを考えた自分を誇りに思いなさい」と伝えます。「努力が無駄になる」なんて思うこと自体が無駄なんです。「無駄なことが必要だ」と言いたいですね。

―矢部先生ご自身は、研究の着想をどのように得ていらっしゃるのですか?

常に小さなノートが鞄に入っています。1番大事なのは、アイデアを書いたらその場で追求しないことですね。書きっぱなし。書くのは「なんでこうなるんだろう?」という疑問が多いです。「なんで汗は乾くんだろう?」とかね。小さい子がなぜなぜ?と言うのと同じで、「なぜに気がつける視点」が研究者には必要です。ノートはすべて残していて、時々見直しますよ。

画像提供:矢部教授

40数年の研究すべてがつながった

―長年研究者として歩まれてこられて、いまどのようなお気持ちですか?

無駄なんてない、何をやっても役に立つ、と胸を張って言えます。マグネシウム電池の開発でレーザーを使おうと考えたのも、レーザーを研究していたから、無理やりくっつけた結果なんですよ。そしたらそれがうまく当たっちゃった(笑)。

実は学生時代の研究も役に立っています。かつて、レーザーの核融合だけ研究していたらダメだと思い、魚の養殖所の酸素供給装置について研究した時代があったんです。養殖所の大きな水槽では、家庭用の管を入れてポコポコと酸素を送るようなレベルでは足りないので、ローラーみたいなもので空気を粉砕させて供給しようと考えました。その時作った仕組みは、物理学会誌にも掲載されています。そして1973年に開発した空気を粉砕させる技術が、その後、海水淡水化装置で水滴を細かくするために役に立ったんです!あぁ、無駄じゃないんだ。40数年の研究すべてがつながるんだと感動しています。

―すべての研究がつながる。素敵なお話ですね。

正直に言うと、エネルギー問題を解決したいという志はあったけれど、脱炭素やエネルギー循環社会という構想も最初はこじつけのような話だったんです。でもね、だんだんやっているうちに、すごいことだと分かってきて。マグネシウムは海に1,800兆トンもあって、僕らのマグネシウム電池ならそこから水とエネルギー、両方をつくり出すことができる。水とエネルギーがあれば食料問題も解決できる。僕の研究のすべてが結びついて、なんとなく神がかり的に思えてしまってね。「僕はこのために生まれてきたんじゃないかな?」と本気で思っています。

―今後の展望をお聞かせください。

あと数年で実現できるのではないかと思います。循環社会をつくるという考えに世の中が賛同し始めていますから、追い風が吹いています。今はマグネシウム電池と海水淡水化装置の商品化を急いでいます。脱炭素に向けたエネルギー問題の解決は急務ですが、人口増大に伴って水が足りなくなることも目に見えています。飲用だけでなく、工業、農業にも水は不可欠ですから。エネルギー循環社会で世の中の人たちが幸せに生きられる時代を、なんとか生きている間に実現させますよ!

矢部 孝(やべ たかし)

1950年宮崎県生まれ。東京工業大学名誉教授。1973年東京工業大工学部機械物理工学科卒業。東京工業大学、大阪大学(レーザー核融合研究センター)、群馬大学などで研究を重ねる。1986年にはカールスルーエ原子力研究所(現カールスルーエ工科大学)に弱冠36歳で客員教授に就任した経験も持つ。英国王立研究所の200周年記念招待講演や米国タイム誌で環境のヒーローに選ばれている。現在は、ベンチャー企業も兼務。マグネシウム電池の製品化を目指す。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)

リケラボ編集部

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