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海に存在する大量のプラスチックごみ。現在のプラスチック消費傾向がこのまま続けば、2050年までに地球上の海洋プラスチックの重量が魚の総重量を上回る可能性があると言われているほど(※)深刻さを増しています。そこで注目されているのが、「生分解性プラスチック」。微生物によってプラスチックを水と二酸化炭素に分解するため、環境中に残りません。さまざまな分解方法がある中で、群馬大学食健康科学教育研究センター助教の鈴木美和さんは、画期的な方法を発想。生分解性プラスチックの普及に向けて、新たな一歩を踏み出しています。
※2016年「The New Plastics Economy: Rethinking the future of plastics」(世界経済フォーラム(World Economic Forum)とエレン・マッカーサー財団が共同で発表したレポートによる)
生分解性プラスチックとは
── 海洋プラスチックの問題が深刻です。鈴木先生はその解決のための研究をされているということで、お話を聞かせてください。
鈴木:プラスチックは私たちの暮らしを支える大変便利な素材です。使用後、きちんと回収してリサイクルされれば環境へのインパクトは抑えられるのですが、一部のプラスチック製品は環境中に廃棄されてしまっています。2015年頃に、ウミガメの鼻にプラスチック製のストローが刺さって取れなくなってしまった動画が世界中に拡散しました。その頃から日本の飲食店でもストローが紙製に変わるなど、プラスチック製品の使用を見直す動きが加速しました。同時に、より直接的な解決策として、環境中で分解可能なプラスチックを開発しようという動きも加速しました。
── それが生分解性プラスチックですね。
鈴木:現在一般的に使われるプラスチック、たとえばレジ袋などに使われるポリエチレンや、家電部品やケースなどに使われるポリプロピレン、そして、ペットボトルの原料になるポリエチレンテレフタレートといった素材は、分解されず環境中に残り続けてしまいます。これが現在深刻な環境問題になっているわけですが、一方で、自然に存在する微生物によって分解することができるプラスチックも存在します。これを生分解性プラスチックと言います。
── 最近、植物由来のポリ袋もよく目にしますが、ああいったものが生分解性プラスチックなのでしょうか?
鈴木:いえ、よく誤解されがちなのですが、生分解性というのは原料によって決まるわけではありません。植物由来だからといって生分解されるというわけでは全くなくて、植物由来でも石油由来でも、生分解されるプラスチックもあれば、されないプラスチックもあります。
── とすると、生分解性というのは何によって決まるのでしょうか?
鈴木:生分解性の有無は、化学構造によって決まります。すごく簡単に言うと、微生物が食べることができる構造を持ったプラスチックが、生分解性プラスチックです。微生物は、自分で作る酵素によってまず、プラスチックを小さなサイズに切っていきます。その後、小さなサイズになったプラスチックの分解物を、微生物はその体内に取り込みます。それをエネルギーとして利用した後、最終的に水と二酸化炭素に変換します。従来のプラスチック製品の主要原料であるポリエチレンやポリプロピレンなどは、微生物が生産する酵素で小さなサイズにすることが困難なため、分解しません。
── 生分解性プラスチックの現在の普及率はどのくらいなのでしょうか?
鈴木:生分解性プラスチックの生産量は、現在プラスチック生産量全体の1%にも満たないと言われています。思うように普及が進まない要因の一つが、プラスチックを使っている間に生分解が始まってしまったり、逆に生分解が遅れて、普通のプラスチックと同じようにゴミとして環境中に残ってしまったりと、耐久性と分解性の両立が難しいことです。
── たしかに、一見矛盾する性質ですね。
鈴木:はい。都合のいい話ではありますが、人間にとって理想的なのは、使っている間は生分解しないけれど、不要になったらすぐに分解が始まるプラスチックです。そんなプラスチックを開発し、さらには効率的に生産できる方法の確立を目指しています。
海でプラスチックが分解されにくい理由
── 先生は、生分解性プラスチックの開発、とくに海中で分解されるプラスチックを開発されておられますが、なぜでしょうか?
鈴木:土壌や淡水と比べて、海では分解されにくいのです。生分解性プラスチックは、いくつも開発されていますが、海中で分解されるものは、まだほとんどありません。
── どうして、海中では分解されにくいのですか?
鈴木:海水は塩分濃度が高く、深くなると水温が下がり、水圧も高くなります。このような環境には、土壌や淡水環境と違い、微生物数が極端に少ないことがわかっています。このことは、海洋でプラスチックが分解されにくい要因のひとつだと私たちは考えています。
── 生分解性プラスチックの中でも、海の中で分解されるプラスチックを開発するのは難易度が高いのですね。
鈴木:分解されにくい海という環境だからこそ、そこでプラスチックをいかに分解されやすくするかということにフォーカスし、研究を行っているのが私の専門分野ということになります。
海洋プラスチックを分解するためのユニークなアイデアとは?
── 海の中でプラスチックが分解されやすくするために、鈴木先生はどんな方法を思いつかれたのですか?
鈴木:プラスチックを分解できる微生物の数が海に少ないのなら、あらかじめプラスチックの中にこれを分解できる微生物を埋め込もうというのが、思いついた方法です。まず、プラスチックを分解する酵素を持つ微生物を、休眠状態のままプラスチックの中に埋め込みます。海でプラスチックが摩耗したり、壊れたりすると、中に入ってきた海水に反応し、休眠状態が解け、増殖しだして、プラスチックの分解を始めるという仕組みです。
── 面白いアイデアですね。どのようにして発想されたのですか?
鈴木:私の学部生時代の卒業研究のテーマは、ポリエチレンサクシネートという生分解性プラスチックが、土壌と淡水では分解されるのに、海では分解されないのはなぜかというものでした。問いの答えとしては、海にはそれを分解する微生物がいないからという結論に至るのですが、その研究中に当時の私の指導教員だった粕谷先生(※)が開発された技術を思い出したのです。それは、作物の苗を植える畑の畝(うね)を覆って畝を保温したり、雑草を抑えたりする農業用マルチフィルムに、休眠状態の微生物を埋め込むという技術でした。その技術を、海洋プラスチックの分解にも生かせないかと発想しました。
※群馬大学食健康科学教育研究センターのセンター長 粕谷健一先生。
さながらホットサンド? 微生物をプラスチックに埋め込む画期的で意外な方法
── 休眠状態の微生物をどのようにしてプラスチックに埋め込むのですか?
鈴木:ホットサンドを作るところをイメージしてもらえたらわかりやすいかもしれません。2枚のプラスチックフィルムを使って上下からサンドイッチ状に微生物を挟み、熱を加えてフィルムを溶かして1枚のフィルムにするのです。そのフィルムを、完成品のプラスチックシートの両端に埋め込みます。
── プラスチックが溶けるような高温で微生物は死なないのですか?
鈴木:私が研究に用いた微生物は、休眠状態になるとかなりの高温環境にも耐えることができ、プラスチックの成形に必要な100℃ほどの熱にさらされても生きていられます。過酷な環境で生き延びるための芽胞という特殊な細胞が微生物の体内に形成され、まるで植物の種のようにじっと高温や乾燥などに耐え続けるのです。
── フィルムをプラスチックシートの両端に埋め込むのはなぜですか?
鈴木:物体を埋め込むと、プラスチックは壊れやすくなってしまうので、端だけに埋め込むことで耐性の低下を最小限に抑えたかったことと、微生物が埋め込まれていない中央部分のプラスチックも分解されるかどうかを確認したかったからです。結果、中央部分も増殖した微生物によってきちんと分解されました。
── 休眠状態の微生物を使うということもひとつの大きなキーポイントとお見受けしました。全ての微生物は休眠状態にできるのでしょうか?
鈴木:いえ、限られた種類の微生物だけが休眠状態になります。たとえば休眠型の微生物の一つとして皆さんもよくご存知なのが、納豆菌です。納豆は昔、藁でつくられていましたよね。蒸した大豆を、熱湯で消毒した藁に包んで発酵させるのですが、休眠状態にならない微生物は熱湯消毒で死滅しますが、休眠状態になる微生物、つまり納豆菌は熱湯を浴びても生きているので、大豆を発酵させ、おいしい納豆をつくってくれるのです。
── 鈴木先生が用いた微生物も、納豆菌の仲間ということですか?
鈴木:納豆菌自体ではありませんが、同じバシラス属の微生物です。海でプラスチックを分解させるのであれば、実際に海で採取したほうがいいだろうと、茨城県の阿字ヶ浦海岸まで行ってサンプリングしました。研究室のある群馬県には海がないものですから。
── 目当ての微生物の採取は、すぐに成功したのですか?
鈴木:いえ、なかなか大変でした。3、4か月間くらいかけて、頑張って探しましたが、最終的に無事、茨城の海の砂からプラスチックを分解する能力の高いバシラス属の微生物を採取することに成功しました。海の砂を集めて、藁にかけるかのごとく熱をかけ、休眠状態になる微生物を取り出し、その微生物から休眠状態の細胞である芽胞をつくり、プラスチックに埋め込んで試すことを繰り返しました。無事にプラスチックを分解する微生物を見つけられたときは、すごく嬉しかったですね。
── 研究の今後の展望や、次なる課題について、教えてください。
鈴木:今後の展望としては、この微生物埋込型プラスチックの技術を、まずはレジ袋のような強度がそれほど求められない分野に応用することを考えています。目下の課題として、現在市販されているポリエチレンなどのポリマーと異なり、私たちが開発している生分解性プラスチックはまだ工業生産には至っていません。これを工業規模で生産し、広く社会に実装することが当面の目標です。
加えて、私が携わっている研究開発事業では、休眠型の微生物を利用した方法だけでなく、さまざまなスイッチング技術によるプラスチックの分解方法も同時に研究しています。例えば、海の底に到達し、環境中に酸素がなくなったときに分解が始まるように制御する技術などがあります。これらの技術を組み合わせることで、将来的により効率的で環境に優しい材料の普及を目指しています。
できない自分に気づいたことで、研究のおもしろさを実感
── 鈴木先生ご自身のこれまでの歩みについても教えてください。先生が研究者になりたいと思われたのはいつ頃からですか?
鈴木:父が生物系の研究者として製薬会社に勤めていたので、小さな頃から研究者に対する漠然とした親しみと憧れがありました。研究開発の仕事内容を詳しく教えてもらったわけではありませんが、休日に家で文献を読んでいる姿を見たり、学生時代の研究の話を聞かせてもらったりしているうちに、生物や化学に興味を持つようになりました。
もう一つ、きっかけとなったのは高校生のとき、現在の群馬大学副学長の板橋英之先生が県内の高校で研究開発に関するお話をされ、私もそれを聞いて刺激を受け、群馬大学への進学を決めました。そのときはまだ、研究者になるという明確な意志はありませんでしたが。
── 大学に入学し、研究に打ち込む中で、憧れが現実に近づいていかれたのですね?
鈴木:はい。転機になったのは大学4年生のときでした。それまでの学生生活は高校時代の延長のように、皆と同じ授業を受け、勉強をこなしていました。しかし、4年生になって粕谷先生の研究室に入り、自分だけの研究課題が与えられた時に「あれ? 全然できない」と思い知らされたのです。その最初の課題が、先ほどもお話しした「ポリエチレンサクシネートというプラスチックが土壌や淡水では分解されるのに海では分解されない理由を、他のプラスチックと比較して解明せよ」というものだったのですが、今でも覚えているのは、最初の発表会で先輩から「その2つのプラスチックを比較している理由は何?」と聞かれて、フリーズしてしまったことです。当時の自分としては課題として与られたから比較していた以外の理由がなかったので。そんな体験に、ショックや焦りもありましたが、一方でその「できなさ」を面白く感じる自分もいました。
── 「できなさ」がおもしろいとは?
鈴木:テストには答えが用意されていますが、研究には答えがありません。その違いに戸惑いつつも、答えのない課題に取り込む楽しさに少しずつ目覚めていきました。先ほどの経験が、ここから先は単に課題をこなすのではなく、自分で考えることが重要なのだと気づくきっかけになりました。そして答えのないなかで、さまざまな方法を試し、調べ、仲間と議論し、先生に質問しながら、一歩ずつ前に進んでいく、その歩みをおもしろいと感じるようになりました。
── 学部生の頃から始めた研究を今も生業として続けておられる研究者はとても希少ではないかとお見受けしております。何か一つのテーマの研究を長く続けるための秘訣はありますか?
鈴木:たしかに私の生分解性プラスチックの研究は大学4年生から始まり、生分解性プラスチックに休眠状態の微生物を埋め込む技術の開発は博士課程の終盤から始め、今に至ります。学士、修士、博士課程と、粕谷先生の研究室に所属し、博士号を取得した後はたまたま応募があった技術職員となり、粕谷先生の実験のサポートも行いました。その後、助教となり、研究開発を続けています。
ですが現在も仕事で同じ研究を続けられているのは、ひとえに運としか言いようがないです。もし運以外にあえて挙げるなら、多少なりとも自分の軸を持っていたことかもしれません。憧れてなった研究者という仕事を、青年期から過ごしている好きな群馬で続けたいと望んでいたので、進路に迷ったときはその思いを心の支えにしました。それから、生分解性プラスチックの研究開発を続けられている理由として、内閣府とNEDOによる「ムーンショット型研究開発事業」(※)に粕谷先生の研究開発が採択されている点も大きいと思います。
※ムーンショット型研究開発事業…内閣府とNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が共同で行う、環境問題解決や次世代エネルギー技術の開発など達成が困難であるが社会を変革する可能性を持つ大胆な目標(ムーンショット)にチャレンジする研究開発を支援する事業。
── 群馬大学食健康教育研究センターで、生分解性プラスチックの開発に取り組んでいるのはなぜでしょう?
鈴木:よく聞かれるのですが、群馬大学食健康科学教育研究センターは食品だけではなく、環境にやさしい食品包装材料も研究しています。今後、生分解性プラスチックを食品包装などに応用するという観点から研究開発を行っています。また、休眠状態の微生物を埋め込む研究開発は、6名の先生や学生のチームで実施しました。高分子、有機合成、物理など異分野の先生方からさまざまなアイデアをいただいたことで、開発を推進することができました。
── 最後に、理系の学生の方に向けてメッセージをお願いできますでしょうか。
鈴木:研究室での経験は、本当に大切だと思います。私自身、失敗と成功の両方から多くのことを学びました。大学の研究室は、自己の限界を試しながら、自分がどういう人間なのか、どのように課題に取り組むのかを発見できる場です。皆さんにもぜひ、研究室での活動を通じて、自ら課題を設定し能動的に学習する「アクティブラーニング」の経験をしてもらいたいですね。
一方で、今の就活のシステムでは、学生たちが就職活動を優先し、研究室での経験を得ることなく社会に出てしまうことも多いです。これは少し残念なことだと感じています。学部生のうちに、専門科目にもっと集中し、研究の楽しさや価値を理解してもらえればと思います。もし研究が好きだと感じたら、ぜひ博士課程に進んでさらに学問を深め、研究職に進むことを臆さずに検討してほしいなと思います。
鈴木 美和(すずき みわ)
群馬大学食健康科学教育研究センター助教。2018年群馬大学大学院にて博士号を取得。同年より群馬大学理工学部技術部に技術職員として勤務。2021年より現職。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
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