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理系の知識と技術が活かせる仕事を紹介する「理系のキャリア図鑑」。
今回は「塗料」を取り上げます。
化学を中心とした幅広い学問分野の技術の結晶ともいえる塗料。その魅力に迫ります!
#塗料とは?
塗料は、一言でいうと、樹脂、顔料、添加剤からなる成分を溶剤に混ぜ、素材に塗り、乾燥させることで膜を形成する複合材料です。求められる色や性能に応じて材料の配合を決めていきます。この配合設計という工程では、高分子化学、有機反応、合成化学、界面化学、分析化学のほか、色彩や感性、化学工学など広範囲な知見が必要とされます。
様々な学問分野が関わるだけに、大学(特に基礎科学)専攻では、塗料を体系的に学べるところはあまりありません。そのため、就職先として真っ先に思い浮かぶ人は多くないかもしれません。ですが、今この記事を読むために使っているパソコンやスマホなどの電子機器や家電、建物の外装・内装、自動車、家具…などなど、塗料は生活のあらゆるところに使われているとても身近な製品なのです。子どものころプラモデルに色をつけたり、高校の文化祭で装飾をしたり…昔の思い出に「塗料の匂い」が結びついているなんていう人もいるのではないでしょうか?
今回、塗料の魅力に迫るべくお邪魔したのは、埼玉にある塗料メーカーの「カシュー株式会社」。カシューナッツの外殻を原料として、漆によく似た化学構造を持つ安価で高性能な塗料を発明、起源とする創業70年の老舗です。
お話を聞かせてくださったのは、大学で応用化学を専攻していた先行開発部の小林さんと、デザインを専攻していた森島さん。お二人ともその道20年のベテラン! 今回は塗料の研究開発についてお話を聞かせてもらおうと思っていたところ、デザインの専門家さんも一緒にお話をしてくださることに。デザインというとセンスがモノをいう世界。ついていけるかどうかちょっと不安ですが、とにかくお話を聞かせてもらいましょう!
20ミクロンの世界に込められた3つの役割
小林さん(以降、敬称略):「塗料」に対して、どんなイメージを持っていらっしゃいますか?
リケラボ編集部(以降、編集部):物質を保護したり色を付けたりする、「コーティングの役割を持つもの」というイメージです!
小林:そのとおりです。もう少し詳しくご説明すると、塗料には「保護」「加飾」「機能」という、大きく分けて3つの役割があります。
「保護」は文字通り、素材を保護する役割。たとえば、木材は濡れると水が浸み込みますが、塗料で表面を保護することで浸みづらくしたり、金属に塗ることで錆びを防いだりすることができます。
「加飾」は、素材に美観を付与すること。製品の価値を高めるために、塗料で意匠性を持たせるということです。
リケラボ編集部:イショウセイ…?
小林:意匠性とは、色や形などで装飾上の工夫を凝らすことです。塗料を用いる装飾を「加飾」とも表現します。
リケラボ編集部:「加える」と「飾る」で「加飾」ということですね。確かに、色を塗る前のプラモデルのように、何も塗られていないと味気ないですもんね。
小林:そうですよね。スマホにしろパソコンにしろ、「いいものを持ちたい!」と思うのが人情ではないでしょうか。スペックも大切だけれど、見た目もカッコよくなければお客様に手に取ってもらえません。
3つの役割の最後に「機能」についてお話しします。塗料で素材に新たな機能を付与するというのは、たとえば皆さんが持っているスマートフォンの表面を傷つきにくくするための耐擦傷性や、指紋をつきにくくする耐指紋性と言ったら分かりやすいでしょうか。ほかにも、抗菌性、遮熱、撥水性、曇り止めなど素材の表面にいろいろな機能を付与できるんですよ。触って「気持ち良い」と感じるソフトフィール塗装と呼ばれるものも、使い心地をアップさせるためのユニークな機能付与のひとつです。
リケラボ編集部:塗料が、そんなにもたくさんの機能を持っているとは知りませんでした。
小林:塗料はわずか薄さ10~20ミクロン程度の膜ですが、その層の中に「保護」「加飾」「機能付与」といった3つの役割をバランスよく共存させ、素材にはない質感や機能を付与することができる、素晴らしい材料なんですよ。
リケラボ編集部:1ミクロンが1000分の1ミリだから…塗料の膜は、相当な薄さですよね。その薄い層が加わることで見た目だけでなく、様々な機能もつけられるなんて。塗料の世界は奥深い…。ところで、塗料はどんな成分で構成されているのですか?
小林:塗料は、色をつけるための「顔料」と、これをつなぎ合わせて塗膜を形成するための「樹脂」、塗った際にムラになり難くするなど性能を向上させるための「添加剤」、そしてこれらを希釈して流動性を調整する有機溶剤や水といった「溶媒」によって構成されています。塗料を塗装した後、「溶媒」が蒸発して塗膜が残ります。これらの組み合わせによって、色も質感も、機能も変えることができます。
■塗料の原材料
塗料は“生きもの”! 材料は同じでも扱いによって仕上がりが変わる
リケラボ編集部:塗料を製造するうえで大変なことはありますか?
小林:混ぜ方ひとつで品質に影響が出るところでしょうか。「分散」と言うのですが、たとえばココアを作るときに、最初からたくさんお湯や牛乳を注ぐと粉が溶けきれずダマになってしまいますよね。一方で、少量のお湯で予めよく混ぜておくときれいに溶けておいしいココアができあがります。入っている成分は同じでも、加えるタイミングと量、順番によって、最終的な仕上りが変わります。そこが難しいところでもあり、奥深く面白いところですね。
とはいえ、製品としてお客様に届けるには、毎回品質が変わってはいけない。安定した品質を保てるようベストな製造方法を探って、「◯℃の状態で◯回転させる」など、細かく工程を決めていくのも、塗料の開発・製造では重要です。
私たちは「塗料は生きもの」という言葉をよく使います。塗料は、作り方だけでなく使い方によっても仕上りが異なります。正しく使わなければ期待した性能が出ないことがあるので、上手く使っていただけるように使い方をわかりやすく示したり、表示を工夫したり、お客様の工場に出向いて、塗装方法を直接お伝えすることもあります。
リケラボ編集部:同じ食材を使っても、料理人の腕によって全く仕上りが変わるのと似ていますね!
小林:確かに、料理に似ているところはあるかもしれませんね。
時代の変化に伴って、塗料に求められるものも変化する
小林:もうひとつ、大変ながらも面白い点は、時代の変遷に伴って、塗料に対するニーズが常に変化していくことです。当社も、時代の変化に対応しながら製品を開発してきました。
たとえば当社が創業したころ、身の回りの家具や道具は木製のものが主流。そしてふすまの縁や仏壇、漆器など、木工品には「漆」が塗られることが多くありました。当時発明されたカシュー塗料は漆に似た塗料なので、こういった時代にマッチしていたのです。
その後、産業や生活スタイルの変化とともに、塗装される製品の素材も金属やプラスチックが主流となってきました。この変化に合わせて、金属やプラスチックに塗りやすく、性能を発揮しやすい新たな合成樹脂塗料を開発・改良してきたのです。 更に昨今の高まる環境保護の観点から、有機溶剤の排出を減らすべく水系塗料やUV硬化型塗料などの開発にも注力しています。
■塗料の分類
小林:それから「加飾」に対する要望も時代によってどんどん変わっていきます。意匠性を高めるというのは、つまり「今までにない面白い外観を作ろう」ということ。このあたりは、デザイン担当の森島の力がすごくキーになっているところですね。
意匠と物性のバランスを保ち、新しいイメージを具現化する
リケラボ編集部:意匠面でいうと、どんな要望があったりするのでしょうか?
森島さん(以下、敬称略):塗料は、「保護」「加飾」「機能」のバランスが大切です。このうちどれかひとつが突出してもダメなのですが、どの製品でも市場に出るときにはやはりデザイン面での訴求が大切になってきますね。そこで、塗料によって魅力的な外観を作ることが機能性と同じくらい重要になってきます。専門的にいうと、CMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)と呼ばれる比較的新しい概念ですね。たとえば、メタリック塗料を使うことでプラスチック素材を金属に見せることなども手法のひとつです。
我々のお客様には自動車メーカーや家電メーカーも多く、各社のデザイナーさんは常に新しい色や触感など“感覚”を求めています。そのため、要望を受け取るだけではなく、「当社の塗料ならこういった面白い外観や触り心地を実現できます」というような提案もしています。実際に使うお客様に受け入れられる色や質感はどんなものか、時代を先読みすることは非常に難しいですが、これもやりがいのひとつです。
リケラボ編集部:今の塗料業界でのトレンドは、どんなものなのですか?
森島:色で言えば、ファッション業界で使われるカラートレンドも考慮していますが、今は世の中のニーズが多様化しているため、「この色なら間違いない」というものがないんです。
例えば、「黒」と一口に言っても、「青みのある黒」「赤みのある黒」「漆黒」など微妙な違いがあり、この微妙な差が、デザインとして全体を見たときの調和にも影響を与えます。「ピアノに適した黒」と「自動車の内装に適した黒」では、求められる“黒さ”が違うんです。「もっと黒くしたい」「これだと黒すぎる」というような意見ももらいながら、ベストな色味・質感のものを実現していきます。
リケラボ編集部:では、これからのニーズを先読みするのも本当に大変ですね。
森島:そうですね。さらに、これまで金属やプラスチックが進化してきたように、塗料が塗られる素材の側も、どんどん新しいものが生まれています。とくに、最近ではウエアラブル端末に活用されるような柔らかい素材に塗装されるケースも出てきました。塗装された状態というのは、素材表面がミクロン単位の合成樹脂の膜で覆われている状態なので、素材を曲げると塗料の膜がひび割れてしまうことがあります。そうならない性能をもたせながら、魅力的な外観の製品に仕上げられるよう、柔らかい素材に対応した塗料の開発・改良も進められているんです。
先程もお伝えしたように、やはり塗料は「保護」「加飾」「機能」のすべてが大切。意匠性だけを追求しようと思えばびっくりするような素晴らしい色や質感のものも作れますが、それでは塗膜としての性能が満たされなくなってしまいます。このバランスを取ることが非常に難しいんです。
リケラボ編集部:性能との兼ね合いで、イメージ通りのモノが作れないことはあるのですか?
森島:そこは、当社には僕たちの無茶ぶりにも応えてくれる心強い技術開発チームがいるので・・(笑)。
小林:はい、森島からはそれはもう次々と難しい相談が…(笑)。でも、それに応えることが、我々塗料開発者の腕の見せどころです。毎回張り切って取り組んでいますよ。
森島は、世の中の変化を先読みしたイメージを言葉として落とし込むプロ。その表現を、塗膜の性質を利用して具現化していくのが、われわれ開発の仕事なんです。
森島:塗料を作る工程では、それぞれものすごく深い技術が必要になります。思い通りの色や質感を出すための技術もあれば、材料をうまく混ぜ合わせるための技術や、安定した品質の製品を量産するための技術など、様々な高い技術力が込められているんです。作る立場になると、塗料は技術の集合体なんだとつくづく感じます。
リケラボ編集部:技術力を駆使して、いかにイメージ通りのものに仕上げられるか。塗料開発は、化学のプロとデザインのプロの共同作業なのですね。大変そうですが、そのぶんやりがいもとても大きそうです。
小林:そうですね。やはり、自分たちで開発したものを採用してもらって身近な製品の一部となった姿を見ることができるのは、大きなやりがいだと感じています。自動車、家電、建築……など、ありとあらゆる身近な製品に関わっているのも、塗料ならではです。
環境対応など、持続可能な地球のための塗料開発
リケラボ編集部:これから、塗料にはどんなことが求められるようになっていくと思いますか?
小林:ニーズが本当に多様化しているので難しいのですが……環境に配慮した塗料はこれからもどんどん必要になっていくのではと考えています。例えば、有機溶剤をできるだけ使わない水系の塗料だったり、乾かす必要のないフィルムタイプのものだったり、それらのニーズに対しての開発を進めています。それから、植物由来の原料を使った塗料も環境対応技術として期待されています。私たちには「カシュー」を扱ってきた歴史や当社独自の技術があります。植物由来の塗料開発にはこれからも更に力を入れていきたいと考えているところです。
リケラボ編集部:環境負荷の少ない、エコな塗料ということですね。
小林:はい、植物由来をベースにした塗料は地球温暖化に繋がるCO2削減に寄与できると考えています。これまでに当社が培ってきた意匠性や機能性などの技術をベースに、新しい環境対応技術を加えて、トータルでの加飾ソリューションの提供を通じて持続可能型社会への貢献をしていきたいところです。
<取材を終えて>
身近にあるさまざまな製品に使われている塗料が、こんなに奥深いものだったとは…。塗料開発は、薄さわずか20ミクロンの膜に、「保護性」「意匠性」「機能性」を込めるチャレンジングな仕事なのですね。化学や周辺の知識と技術を総動員して、新しいデザインや感触を生み出していくのも面白そうです。お二人が楽しそうにお話ししてくださる表情を見ていて、長年取り組んでも発見が多く、飽きることなく続けられるお仕事なのだとも感じました。
化学専攻に限らず、幅広い専攻の方が活躍できるとのことなので、興味が沸いた人はぜひチャレンジしてみてはいかがでしょうか!
小林さん、森島さん、ありがとうございました!
〈取材協力〉カシュー株式会社
自動車やデジタル機器、家電機器、住宅備品、レジャー製品、化粧品容器などを対象とした工業用塗料、及び合成樹脂の製造・販売を行う。
昭和初期に日本で古くから使われてきた漆が持つ課題に着目し、カシューナッツの殻から抽出した油を原料とするカシュー漆を開発、現在では様々なニーズに対応した幅広いタイプの合成樹脂塗料を開発し世界各地の市場で受け入れられている。
http://www.cashew.co.jp/
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