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盆栽サイズの新品種のサクラも誕生! 市のオリジナル植物を開発し、まちづくりに活かす西宮市植物生産研究センターの職員のやりがいとは?
理系のキャリア図鑑vol.31 西宮市植物生産研究センター 船越秀史さん、池田美土さん
突然ですが皆さんお気に入りのお花見スポットはありますか?桜の開花予想を聞くころになると、春の訪れを感じ気持ちも晴れやかになりますよね。
今回の理系キャリア図鑑は、夙川公園という桜の名所で有名な兵庫県西宮市から、バイオ技術を使ってオリジナルの花をいくつも開発し、街に普及させている市の職員のお二人のお話です!
西宮市植物生産研究センター
兵庫県西宮市が運営する研究施設。バイオテクノロジーを活かし、増殖や品種改良といった植物の育成に関する研究および研究成果を市民の暮らしにつなげるためのさまざまな活動を行っている。
<お話を伺った方>
船越秀史さん
西宮市役所 花と緑の課・課長。修士課程で植物の組織培養に取り組む。センターの立ち上げと同時に入所し、数々の植物開発や生産を手掛けた。現在は緑によるまちづくりや生物多様性といった、幅広い業務に取り組む。
池田美土さん
地元育ちで植物学を学んでいた学生時代にセンターを訪ね、興味を持ち、採用の有無を問い合わせる。タイミング良く出された募集に応募し、採用される。フクシアの開発を担当し、船越さんと共に「エンジェルス・イヤリング」という新品種を生み出す。市民への展開活動にも長く携わった経験を持つ。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
オリジナルの花を次々と開発! 西宮市のユニークな取組み
── 西宮市は緑化に力を入れており、市オリジナルの花も開発されておられると伺いました。自治体でそのような活動が行われているとは、かなり特徴的ではないでしょうか。
船越:そうですね、全国的にも珍しいと思います。当植物生産研究センター(以下センター)では、最先端の植物バイオテクノロジー技術を使い、特色ある緑化活動を行っています。これまでに、アカバナ科フクシア属の「エンジェルス・イヤリング」、オオバコ科クワガタソウ属の「ゆめむらさき」シソ科プレクトランサス属「プレランサ」などを生み出してきました。市の花であるサクラも5品種を発表しています。
── そもそもセンターはなぜ生まれたのですか?
船越:このセンターは緑豊かで特色あるまちづくりを進めるための拠点として、1990年に誕生しました。当時は大阪で「国際花と緑の博覧会」(1990年・花の万博)が開催され、これまで見たこともなかったような植物が日本に紹介され、入ってくるようになった時代でした。バイオテクノロジーが一般の社会にも希望ある技術だと認知されたのもこの頃です。当時の市長がこうしたことに魅力を感じ、植物バイオテクノロジーを使って、特色ある植物を市内に展開し、特色ある花と緑のまちづくりに取り組もうと発案されたのが、センター設立のきっかけです。当時、市の職員に植物の専門家はいなかったのですが、周辺の大学や専門家の先生方のご支援をいただき無事に開設に至りました。センターは北山緑化植物園の中にあり、園内には市民ガーデンセンターも設けられ、市民の皆様と一緒に植物の展開活動を幅広く行っています。
── 展開活動とはなんでしょう?
池田:作った植物を市民の方々に親しんでいただくための活動です。市内には市民が管理する花壇が100ヶ所以上ありますが、そうした市民が行う緑化活動のサポートも私たちの大切な仕事です。園芸ボランティアの養成講座の開催や、市オリジナル植物の育て方をはじめとする技術指導、花の提供などです。小学校では「さし芽教室」を開催して、子どもたちに植物の育成を学び、親しんでもらったりもしています。
船越:我々の仕事は、オリジナル品種を開発するのが目的ではなく、開発した花々が市の公園や街路、花壇を彩ったり、子供たちの学習に役立ててもらうことで、西宮市が特色ある街となっていくことなのです。
5つ目の市オリジナル品種「宮の雛桜」とは
── 西宮市は市の花がサクラということですが、もともとサクラとはどのような関わりが?
船越:西宮市には「日本さくら名所百選」に選ばれている夙川(しゅくがわ)公園があり、もともと市民はサクラの花に親しみを感じ大事にしているという土壌がありました。同財団が選ぶ「さくら功労賞」もいただいています。これは管理を含め、たくさんのサクラを植えて維持管理等に積極的に取り組んでいる自治体を表彰している賞です。桜は西宮の象徴ともいえる花なんです。
── これまで5種類のオリジナル桜を開発されたそうですね。詳しく教えてください。
船越:これまで発表した5種類の品種のうち、4種類は植物バイオテクノロジーによる増殖で誕生させたものです。サクラはほかの花からの花粉を受粉しやすく、亜種や変種が出やすい植物です。市内のサクラの調査で特徴があるものを見つけ、それをクローンで増やしました。
── 残された1種類は?
船越:交配してできた苗で「宮の雛桜」という名前です。ところで、サクラの花ってどこでご覧になりますか?
── やはり公園とかでの、お花見でしょうか……。
船越:普通はそうですよね。1年で1回、しかも短期間、公園などで愛でるのがサクラです。でもある時「なかには自分で育てたい方もいるんじゃないか?」と思ったのです。しかしながら一般的にサクラは大きくなるので庭木には向きません。そこで、盆栽とまではいかないけれど、「庭木のサツキぐらいの感覚で、鉢植えにできるようなサクラだったら?」と考えて作ったのが鉢植えで育てられる桜、「宮の雛桜」です。身近で育ててもらうことで緑化について日ごろから意識してもらえるアイテムとなればと思っています。
試せるのは1年に1回。数知れずの”ボツ”を出した上で生み出した新品種
── 鉢植えで桜が楽しめるなんて、庭がない家でも育てられてうれしいですね。どうやってつくったのですか?
船越:宮の雛桜は、ベースにマメザクラを使いました。マメザクラは成長が早く、よく花をつけます。伸びても3m程度のサイズ感なので、庭木としてもちょうどいい。またサクラは通常切ると枯れるなどといわれますが、マメザクラは剪定にも強いのが魅力でした。このマメザクラにいろんなサクラの花粉を受粉させることにしました。サクラはバラ科ですが、バラ科の花は花粉の方の花の形質を、遺伝として受け継ぐといわれています。そこで花粉親として特徴のある花を選んで、ベースのマメザクラとのバランスを崩さないような交配を考えていきました。
── 開発でご苦労された点はありましたか?
船越:花の開花期にいろんなサクラの花粉をかき集めましたが、やはり試せるのが1年に1回なのが大変でしたね。開花時期が限られているので、チャンスが少ない。コントロールして理想の花ができるものではないし、駄目だったら1年経ってもう一度、ということになります。うまくいかないときは「来年もう一度試すか、それとも違う花粉にしようか」とかなり悩みました。こうして受粉させて実を育て、種を取っていきますが、サクラは花をつけるまでに時間がかかります。種を蒔いてから5年で開花しないものはボツと決めていましたが、まったく芽吹かないものもあったし失敗例も数知れずです。他にもサクラは虫がつきやすく、病気にもなります。管理をちゃんとしないと、気づいたら葉が全部なくなっていたり、病気にやられているなんてこともありました。
── ご苦労お察しいたします・・・・・・
船越:完璧に管理すればいいというものでもないところがまた植物の難しさであり面白さでもありますね。手がかかりすぎる性質のものにしてしまうと、一般の方が育てにくいので。花の形質、育てやすさ等々も含めて見極め、総合的に理想的なバランスを探ります。最終的にはオリジナルサクラの一つ、夙川舞桜を親にすることになりました。開発は2007年頃にスタートし、完成したのが2020年です。十数枚の花弁のある半八重咲きで、鉢植えでも楽しめて、剪定もできる。そんな特徴を持っています。命名は市民の方の投票によって決定しました。ちなみに、これまで作ったサクラはすべて西宮市の地名がついていて、早咲きのものが多いです。
池田:宮の雛桜は苗の販売も行っています。発表後は驚くほどの反響で、いつ販売されるのかと多くのお問い合わせをいただきました。初年度はそんなに数がなかったので足りないほどでしたが、この先増やしていき、たくさんご家庭でこのサクラが増えていったらいいなと思っています。
市民に喜んでもらえることがやりがい
── センターのお仕事のやりがいを教えてください。
船越:今までになかった植物を作り上げる楽しさですね。すごくいい性質や特徴を持っていても、1つか2つのネガティブな面があるせいで普及せず、知られていない植物がたくさんあります。それらが改良によっていろんな人に知ってもらえるようになり、街のあちこちに植えられ美しい景観となっていくのが何よりの楽しみです。品種改良に成功することはもちろん嬉しいのですが、それ以上にその花を市民の方々や友人家族が喜んでくれて、生活のなかで育ててくれることが喜びですね。
池田:私は開発に10年、展開にも10年ほど関わっていますが、やはり作った植物が広がって、市民の方たちに楽しんでもらえることにやりがいを感じています。さし芽の出張教室に行くと、「この色はきれいだね」とか「きれいだからお母さんにあげよう」なんて、子どもたちが言っているのが本当に嬉しかったです。
── ところでお2人はどのように就活されていまのお仕事に就かれたのでしょうか?
船越:私は修士過程のときに、こうした施設ができるので受けてみないかと当時の大学の学部長からお話をいただき、縁あって入所しました。池田も同じく植物学を学び、入所しています。私たちはセンターができたタイミングの縁に恵まれ、また植物を開発していこうとする市の方針ともたまたまマッチして活動できている幸運なケースだと思います。
池田:私は地元育ちで、センターができると聞いて採用について自分で問い合わせたところからの縁です。入所して10年センターで開発に携わり、そこから市役所本庁舎の花と緑の課に異動して市民の緑化活動のサポート等を10年、そして再びセンターに戻ってきました。異動によって市民の方々と接した経験は自分にとってとても良かったと思います。植物はこういう風に使われるんだ、こういう風なものだと困るんだ、と現場の感覚を知ることができ、センターに戻っても活かせる糧になりました。
── 市民の方と接する中で学ぶことがたくさんあるということですね。
船越:自治体の公務員なので、市民の方々とのコミュニケーションがやはり一番大切です。いわゆる研究や開発よりも、市民の方々の緑化活動のサポートができることに喜びを感じることができる人のほうがこの仕事には向いているかもしれません。開発としては一段落したので、当面は展開の活動が主体になっていくと思いますが市オリジナルの植物を活かして西宮独自の緑化活動として今後どう活かしていけるかということを考えています。
── 自治体ならではの仕事のやりがいかもしれませんね。
船越:自治体職員として、将来的なビジョンはとても大切です。市の緑化を通じて、市民の方が暮らしやすいと喜んでくれる街づくり。そこに一貫して携われるのはありがたいことだと感じています。植物の専門家でなくてもいろいろな意見を出し合える環境をつくっていきたいです。
池田:私にとって仕事をする喜びとは、自分で何かを達成したときも確かに嬉しいですが、それが社会につながって誰か、あるいは何かの役に立ったときにより大きく感じるものだと思っています。植物そのものが大好きですが、それ以上に植物と人との関わりにも興味や関心があります。植物の魅力を世の中に伝える仲間が増えたら嬉しいので、いま植物を学んでいて、将来どういう仕事に就こうか考えている方がいらしたら、ぜひこうした仕事もあると知っていただけたら嬉しいです。
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リケラボ編集部より
花の品種改良の仕事は楽しそう、ということで取材させていただきましたが、それ以上に街の緑化という仕事の魅力に触れることができました。花を通じて市民の皆さんとコミュニケーションしながらいつか桜の季節に西宮市を訪れてみたいです。船越さん、池田さん、貴重なお話をありがとうございました!