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超電導といえば、リニアモーターカーや医療用MRIといった用途が知られていますが、カーボンニュートラルに向けた取り組みの中で今、電気を運ぶケーブルを超電導にすることで省エネを実現できるとして、超電導ケーブルの期待が高まっています。
超電導を自分の世代で広く使われるものにしたい、と熱い気持ちで仕事に取り組んでいるのが、SWCC(旧 昭和電線ケーブルシステム)株式会社の塩原 敬さん(入社11年目)です。各メーカーが超電導ケーブル開発に取り組む中、コンパクトで低コストな三相同軸型超電導ケーブルを使ったシステムの商用化を目指しています。
中学生で超電導の世界に興味を持ち、大学、そして就職先でも超電導に携わり続けてきた塩原さん。夢の技術と言われた超電導を社会実装するための仕事に大きなやりがいをお持ちです。そんな塩原さんの超電導にかける想いや、超電導技術を実際のプラントに導入する実証実験での奮闘と、その成果についても語っていただきました。
SWCC株式会社
コミュニケーション・エネルギーシステム事業の営業・技術・資材調達・製造などで、社会インフラ市場を支え、世の中のライフラインと社会インフラを支えている。電力・通信ケーブルの製造販売事業を幅広く手掛けており、超電導線材の開発も進んでいる。2023年4月1日に昭和電線ケーブルシステム株式会社は吸収合併に伴い、SWCC株式会社に社名変更。
https://www.swcc.co.jp/jpn/
超電導の実応用のために企業就職を選択
── 本日は塩原さんに、超電導線材を使ったプロジェクトはもちろん、仕事や研究に対する考え方についても伺いたいと思います。まず、塩原さんはいつから超電導の世界に足を踏み入れられたのですか?
私が超電導を「面白い」「これをやろう」と思ったのは、中学2年生の時です。実は私の父親が材料関係の研究者で、MITにてリサーチングアソシエイトとして研究をしており、その当時に私もアメリカで生まれました。帰国後に父は縁も合って、超電導材料の研究をスタートしました。でも私自身は、最初はぜんぜん興味がなかったんですよ(笑)。
── それがなぜこの道に?
私が中学生のとき、父親のMIT時代のボスが退官することになりました。記念講演会が開かれ、父もそこで講演を行うというので、私も聞きに行ったんです。といっても、専門的な英語はわからない。ただ、壇上に立っているのが優れた先生たちで、すごく難しいことをやっているんだということは理解できました。その中で父親が笑いも取りつつ研究成果を話しているのを見て、「自分もこういうことがやりたいのかもしれない」と思ったんです。そこから超電導の本を手に取り、読んでみたらすごく面白くて。
── お父様の姿が、かっこよく見えたのですね。そこから超電導一筋ですか?
その後、東海大学の超電導の研究で著名な太刀川 恭治先生・山田 豊先生のもとで修士まで学び、主に超電導材料の知識を得ました。研究室に入った学部4年の頃に、研究室がSWCC株式会社とご縁があって共同研究を行うことになり、イットリウム系超電導リードのプロトタイプの開発にも参加させていただきました。このテーマについては初めての学会でのオーラル発表やプロシーディングス執筆、特許も取ったので、思い出深いです。その後は博士号を取るために九州大学に行き、主に超電導の評価について学び、そしてSWCC株式会社に入社しました。
── 就職の決め手は何だったのでしょう。
進路についてはアカデミックポストと企業就職、迷いましたが、当時の状況を考えると、腰を据えて超電導に取り組むならば、企業で実用化に携わりたいと考えたのです。というのも、超電導は夢の技術として研究が進んできました。病院のMRIや変圧器、ケーブルなど少しずつ利用されてきていますが、もっと広く使われる時代がもうすぐ来ようとしています。ならばタイミングとして、自分たちの世代は企業に進むことで、夢の技術を実応用へ落とし込めるところに立ち会えるのではないか、と感じたんです。中学のときに夢見た、超電導が息づく社会を作れる場所に、頑張って立てるなら立ちたい、そんな想いが決め手になりました。
── その超電導は今、どのようなところが研究の主流なのでしょうか。
現在では各国が産業応用に向けて研究開発を行っています。超電導には大きく2つ、強磁場発生と大きな電流を流す大電流送電の2種類がメインの使用例です。強磁場発生というと、MRIのような医療機器やリニアモーターカーといった一般的に周知されているものが多くあります。そして大電流送電はずばり電力供給が目的で、私たちの生活に非常に身近なものといえます。これに使う超電導ケーブルの開発がさまざまなメーカーで進んでいます。そして私たちは、ケーブル部分でチャレンジをしています。
超電導現象とは |
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超電導現象とは、特定の金属や化合物を冷却したとき、低温環境下で電気抵抗が0になること。1911年に発見された。少ない熱損失で電流を流すことや、強力な磁場を作り出すことができる。 液体ヘリウム(-269℃)による冷却が必要な金属超電導体に対して、1986年に液体窒素(-196℃)でも超電導状態を得られる酸化物超電導体の発見されたことにより、研究が進展。産業界では送電用の超電導ケーブルの開発に注目が集まる。 |
世界初に挑んだプロジェクトで大きな役割を果たす
── その超電導ケーブルですが、実際のプラントを使った実証実験の成果が話題になりました。NEDOから賞も得られていますね。
民間プラントに三相同軸超電導ケーブルを使った世界初の実証実験 |
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SWCC(旧昭和電線ケーブルシステム)とNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)、BASFジャパンによる実証実験。BASFジャパン戸塚工場に、全長200mに及ぶSWCCの三相同軸型超電導ケーブルを敷設し、約1年(2020年8月〜2021年9月)をかけて工場の省エネルギー化を目指した。三相同軸型超電導ケーブルによる実際のプラントを使った実証実験は世界初。 この実証実験では、30MW以上の大規模電力を使うプラントにおいて、三相同軸型超電導ケーブルを使うことにより、従来のケーブルに比べて送電時の電力損失を95%以上抑制。年間2,000万円以上の電気料金の削減効果を得られることがわかった。 |
SWCCでは1988年から国のさまざまなプロジェクトに参画し、材料の開発を中心に、イットリウム系の超電導リードなどを手掛けてきました。その中で2017年に低コスト化を可能にする、三相同軸型超電導ケーブルをNEDOと開発しています。これがターニングポイントとなり、会社は線材などの”材料開発”から超電導の“ケーブルシステム開発”へとシフトしてきました。
── 超電導のケーブルを送電に使うと、どのようなメリットがありますか?
国内の送配電網で従来のケーブルを使うと、どれだけ頑張っても5%程度の送電損失が発生します。小さな数字のように見えますが、年間で100MWクラスの原発5基分に当たるといえば、その規模感がわかるでしょうか。そして超電導の特徴は電気抵抗が0ということです。ケーブルを超電導化することで、送電損失を減らすことができれば、社会に大きく貢献できると超電導の研究者たちは考えています。そして、超電導状態を維持するには何かしらの冷媒(金属系超電導体であれば液体ヘリウム、酸化物系超電導体であれば液体窒素など)で冷却し続けなければいけません。この部分も含めて低コストで運用する技術やシステムが確立できれば、実用化に大きく近づくというわけです。
超電導ケーブルの種類 |
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酸化物系超電導材料にはビスマス系とイットリウム系があり、イットリウム系は送電の大容量化・低損失化が見込まれ、電力輸送応用に向けた開発が進んでいる。
・三相同軸型超電導ケーブル…低い電圧で大電流が流せる、適用範囲の広い超電導ケーブル。超電導ケーブルには、構造が簡単で超高電圧に対応が容易な「単心ケーブル」、単心ケーブルを3つ合わせ熱の侵入が少ない「三心一括ケーブル」コンパクトでコストが低い「三相同軸型超電導ケーブル」がある。 単心では内部導体から発生した磁場を遮るために外側の遮蔽層も超電導で作るため2倍の超電導線材が必要になる。三心一括も同様に単心を3つ並べることから基本的に変わりはない。それに対し三相同軸型は、大電流を送るために必要な超電導撚線の三相(U相、V相、W相)を一つの軸上(同心円状)に配置した細径化構造で、各相の磁場を打ち消しあうため、外側の遮蔽層には超電導材を使わないので、線材本数を格段に減らすことができる。 出典:https://www.swcc.co.jp/jpn/tech/technology/strength/vol05.html |
── 三相同軸型超電導ケーブルは、日本で開発を始めたのはSWCCさんだそうですね。
三相同軸型超電導ケーブルは、製造コストのほかにも大きなメリットがあります。それは
超電導化に欠かせない液体窒素による冷却がしやすいことです。ケーブルの中央部を使って液体窒素を往復で流すことができるので、単心構造や三心一括構造で必要な冷却用リターン配管が不要になる。これは、細径であることと合わせ、構造上の表面積が少なくなるので熱侵入量が低減できることにもつながり、システムとしての低コスト化を見込めます。
── このプロジェクトで、実際の工場内配線に適用してみてそれを実証しようとされたのですね。
そうです。戸塚プロジェクトは民間の実系統のプラントにおいて、
- 超電導を使うことによる送電損失の低減
- 工場内にある冷媒の再利用による冷却コストの削減をする(工場の既存設備で既に使われている液体窒素を利用する)
- 中間接続部を設ける(将来的な長尺化対応に資するため)
- 冷却システムも含めたケーブルシステムの運用安全性を確かめる
このようなことがポイントでした。また、ケーブルも単にまっすぐ敷設するのではなく、プラントに合わせて5m立ち上げるといった、実際の工場に合わせた敷設も、世界で初めての試みの一つでした。
── 塩原さんはこのプロジェクトでどのようなことを担当されたのでしょうか?
全体的に携わったのですが、大きなウエイトを占めたのは導入のための交渉や調整です。工場側にとっては、安全や安定稼働が非常に重要です。未知の超電導ケーブルを実際の工場にインストールすることになるので、安全性や運用上の問題がないかといったことを事前検証し、説明や検討を重ねました。何度も先方に通い、1年近く打ち合わせを重ねました。
── 一番困難だったところは?
技術的には、「世界で初めて5mケーブルを立ち上げる敷設」ということです。超電導ケーブルは冷却をしなければいけないので、曲げたりしても本当に問題なく冷却できるかは、計算上は大丈夫でも不安でした。ケーブルシステムというだけに、ケーブルだけの問題ではないんですよね。そのため、事前に弊社内の相模原事業所で模擬実験も行いました。違うセクションの方々の知識もたくさん借り、共同研究の方々とも垣根を越えて一緒になって、目標に向かって進めていきました。この事前検証のときが一番ヒヤヒヤしました。実験も始めてすぐに成果がわかるというものではなく、見るべきポイントがどこなのか、時間をかけて探っていきました。苦労はしましたが、その経験をしたからこそ、後にスムーズにこなせたことも多いので、この事前検証は本当に大切な機会でした。
── 戸塚でのプロジェクトを経て、この先はどうなっていくのでしょう?
今回のプロジェクトは商用化の前の実証実験で作ったもので、ある意味職人が作ったような世界に一つの特殊なものです。実際に社会で使うには、普及しやすいようにもっとコストを抑えることや敷設の作業性改善などの必要がありますね。そのために、必要な改善をスピードアップして加えながら、社会のニーズに落とし込んでいくことを目指します。
「やりきる」という哲学を持つことの大切さ
── 超電導に関わる仕事をやってきて、どんな想いがありますか?
面白いなと思ってここまでやってきましたが、「研究者の山はやはり高い」、そんな感覚ですね。富士山は遠くから見ればそんなに大きく見えませんが、麓から登りはじめるとやっぱりすごく高いですよね。自分は学生時代から取り組んで、入社して11年目ですが、ようやく一合目、二合目にいるのかなと。特に、社会インフラとして落とし込むには、目に見えない大変さもこれからたくさんクリアしていかなければならないと思っています。でも、子どもの頃に知り、いろんなきっかけを掴んでやってきた超電導を、自分の世代でなんとか実用のところまで持っていけたら、これぞ研究者・技術者冥利に尽きるのかなと。そんなことを考えてやっています。
── 企業就職を選んで、どのような収穫や成長を感じられていますか?
入社してからR&Dセンターに所属していますが、技術企画室や、新規事業立ち上げといった、超電導とは関係のない業務も経験しました。研究職にはあまり縁のない工場をはじめ、社内のいろんな部門を見てきましたが、それが逆に良かったと思っています。超電導に限らず、専門に何かをやっている人って、専門外の人たちにどこまで理解して貰えるように歩み寄れるかが仕事の成果を大きく左右すると感じています。確かに研究能力がずば抜けて高く、誰にでもわかる成果が常に出ればそれが正解だし、ハッピーです。でもそうじゃないことの方が大多数です。そんなときに、自分がやっていることを面白おかしく話して、みんなが納得感や興味を共有できるよう、引き出しをたくさん持つことが大事です。それは研究や専門とは違う業務を経験することで培われたと思います。
── リケラボ読者には学生も多いのですが、理系学生に大事にしてもらいたいと思うことは?
私は学生の前で講義という形で講演をすることもあるんですが、正解ありきじゃない姿勢でいて欲しいです。何を追究するにしても、学ぶこと、例えば参考文献を読み漁ったりして追究することを、納得いくまでやってもらいたいです。なおかつそれを人にぶつけて、興味がないような相手に理解・納得してもらえるくらいまで分かりやすい説明ができるまでやりきることが大事です。正解か間違いかということ以上に、自分の中でこの理屈は絶対合っている、と言えるほど極めることが重要ですね。そのためにはものすごく広範な学問を学ばなくてはいけないんですが、自分の哲学として、「やりきるんだ」という信念を持って取り組んで欲しいと思います。
── 塩原さんもそのように常に意識されてきたのですか。
えらそうなことを言っていますが、私自身を追い込むための言葉でもあります(笑)。Ph.Dってパスポートでしかないんです。何事もやりきるということが一番重要です。勉強だけをやっていて許されるのは学生時代までなので、哲学を持って打ち込んでいってもらいたいです。
── 超電導にかける思いや、塩原さんの信念の伝わるお話をたくさん聞けました。ありがとうございました!
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リケラボ編集部より
中学生で超電導の面白さに目覚めた塩原さん。夢だった技術を社会に実装しようとして挑んでいる姿が印象的でした。戸塚プロジェクトでは共同研究先とのコミュニケーション業務が大きなウエイトを占めたそうですが、取材でもとてもお話が上手で、ぐいぐい引き込まれました。人を納得させるような知識はもちろん、コミュニケーション力の重要性も感じられた取材になりました。