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理系のキャリア図鑑は、理系の道で活躍する先輩たちにお話を伺いながら、理系の仕事の幅広さを伝え、就職のヒントを探っていくシリーズです。
今回取材したのは、株式会社ブリヂストン。誰もが知っている世界最大手のタイヤメーカーです。
この度、独自開発の天然ゴムに代わる強いゴム「SUSYM(サシム)」を東京モーターショーで発表(2019年10月)。天然ゴム以上の性能を持つゴムというだけでも、凄さが伝わると思うのですが、さらに興味深いのは「ゴム」と「樹脂」を分子レベルで結合させた世界初の新素材だということ。
今回は、そんなSUSYMの驚きの性能や開発秘話を伺いながら、SUSYM誕生のキーパーソンである会田さんの研究者としての素顔に迫ります。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
株式会社ブリヂストン
様々な種類のタイヤとその原材料の製造を軸に、自動車関連部品をはじめとする化工品やスポーツ用品の製造など、幅広い事業分野を有した世界最大手のタイヤメーカー。また、ゴムと樹脂を分子レベルで結び付けた世界初のポリマー「SUSYM」をはじめ、研究開発にも積極的な取り組み、多様な分野への貢献を続けている。
https://www.bridgestone.co.jp/
天然ゴムに代わる、ゴムと樹脂のハイブリット素材
まずは、SUSYMを開発することになったきっかけについて教えてください!
天然ゴムに代わる強いゴムを人工的に作ることが出来れば、世の中が変わるのでは?!という発想から生まれました。
タイヤがゴムでできているというのは、みなさん知っているかと思います。ゴムには、ゴムの木の樹液から精製される「天然ゴム」と、化学的に生成される「合成ゴム」があり、一般的なタイヤに使われているゴム材料の半分以上は天然ゴムとなっています。なぜ天然ゴムが使われているかというと、とても高強度な材料だから。合成ゴムには耐寒性や低燃費性を持たせることができるなど、天然ゴムとは違った長所がありますが、耐久性においては天然ゴムが優れているとされてきました。
ですが、天然ゴムはその名の通り天然資源を使うものです。タイヤの製造を、よりサステナブルな事業とするために、世界のタイヤ市場でシェアNo.1を継続している当社が、率先して天然ゴムに代わるものを生み出さなければと考え、開発がスタートしました。
「SUSYM」というネーミングには、「Sustain(持続させる)」「Symphony(調和)」「Symbiosis(共生)」の意味が込められています。
天然ゴムと比べてどれくらいの強度を実現しているのでしょうか?
天然ゴムと比べて耐亀裂性が5倍以上、耐摩耗性が2.5倍以上、引張強度は1.5倍以上あり、天然ゴムよりも格段に穴が開きにくく、万一壊れても熱で再生可能、極寒の地でも耐えられるほど低温に強いタイヤができます。まとめると、「耐突き刺し性」「再生・修復性」「低温耐衝撃性」の3つですね。この3つの機能により、高強度なゴム材料としてタイヤ以外にもさまざまな用途が期待されます。
まず、「耐突き刺し性」とは、つまり穴の開きにくさで、局所的に強い力を加えても壊れにくいという特徴です。
「再生・修復性」と「低温衝撃性」は、それぞれどんな特徴なのでしょうか。
「再生・修復性」は、穴が開いてしまった場合でも熱を加えると穴がふさがり、簡単に治すことができるという特徴です。従来のゴムは一度壊れると元に戻すことが困難で、パンクしたタイヤを直すのも難しかったのですが、SUSYMは万が一壊れてしまった場合でも熱を加えれば再生でき、ゴムとしての特性を保つことができます。
「低温衝撃性」は、低温でもしなやかさを保ち、壊れにくいという特徴です。液体窒素で凍らせたバラを握ると粉々になる実験動画を見たことがある人もいるかと思いますが、従来のゴムも凍ってしまうような環境下では脆くなり、叩くと簡単に壊れてしまいます。SUSYMは液体窒素によって凍らせた状態のSUSYMをハンマーで叩いても、壊れません。
こんなにもすごい特性を実現できた要因は何ですか?
合成ゴム成分と樹脂を組み合わせたことです。樹脂、つまりプラスチックは、熱で溶かせば再形成できる(熱可塑性)のは、みなさんイメージできるかと思います。SUSYMは、合成ゴムと樹脂をハイブリット化し、ゴムのしなやかさと樹脂の強さという双方の特性を持たせることに成功した全く新しい素材です。ポイントは、合成ゴムも樹脂も、誰もが知っている汎用的な材料だということ。
おっしゃるとおり、ゴムも樹脂もとても身近なものですね。逆に、どうしてこれまではこれらを組み合わせた材料がなかったのですか?
ゴムと樹脂を分子レベルで結びつける技術がなかったからです。水と油が混ざり合わないように、ゴムと樹脂を組み合わせることはこれまでできませんでした。ですが当社では、独自に開発した有機金属錯体触媒である「ガドリニウム触媒」を使うことで、世界で初めてゴムと樹脂を結びつけることができました。触媒は、化学者たちの間で「触媒を制するものは世界を制する」とも言われているほど、化学技術において重要なものです。自身は変化しない“触媒”という物質を設計することで、ほかの物質が想定もしない変化を遂げることがあります。合成ゴムも、プラスチックも、医薬品も、触媒技術がなければ生まれていません。新しいものを生み出すには、触媒技術が欠かせないのです。
ガドリニウム触媒のおかげで、ゴムと樹脂という誰もが知っている身近な素材を、共重合させることが可能となりました。これまで不可能とされていたことを、とても簡単な方法で実現する技術を開発できたことは、社会貢献という観点からも非常に意味のあることだと考えています。
学生時代から通算30年、ガドリニウムを研究
ガドリニウムについてもう少し教えてください。
ガドリニウムはいわゆるレアアースの一種で、周期表の一番下のほうに書かれている金属です。これに目をつけて触媒に活かす研究をしようという人はほぼいなかったのではないでしょうか。
どうして、これまでなかなか注目を集めることがなかったガドリニウムに目をつけたのでしょうか?
実はガドリニウムとの出会いは、学生時代にさかのぼります。「誰もやってこなかったことをやりたい」と思っていた私は、「ガドリニウムを使って何かできたら面白そう」と考え、最初の研究テーマに選びました。きっかけは本当になんとなくだったのですが、その後30年にもわたってガドリニウムの研究をすることになります。
学生時代からの研究を、社会に出ても継続し、製品化にこぎつけられたケースは、とても貴重なのではないでしょうか?
私はブリヂストン入社前は理化学研究所に10年間いて、ガドリニウムを使ってゴムを作る研究をしていました。その間にブリヂストンとの共同研究が始まり、「せっかくだから形にして、結果を出したい」ということで、2009年に入社、SUSYMへとつながるプロジェクトの研究開発を続けることになりました。SUSYMの開発にかかった期間は、私自身の研究歴ともリンクするともいえますね。
一度離れてみたことで研究に新たな知見が加わった
ここからは会田さんご自身のこともお聞かせいただきたいと思います!そもそも 会田さんが理系の道に進もうと思ったのはどうしてだったのですか?
小学校1年生のときから、理科が大好きでした。実験がとにかく楽しくて、虫眼鏡を使って観察したり、石灰水が二酸化炭素で白く濁ったり、pHによって液体の色が変化するのを見たり……ものを作ったりするのも好きでしたね。
高校生のとき、化学の教科書でベンゼン環がたくさん載っているのを見て、あの六角形の形に惹かました。「これを操ることができたら面白そう」と思い、進路は理系と決めました。我々の学生時代は、プラスチックのテンプレートを使ってひたすら六角形を描いていたのですが、あれがやりたくてしょうがなかったんですよね。
図形として惹かれたのがきっかけになったのですね。
そうなんです。視覚的に面白そうだなと思ったのがきっかけでした。それで大学に進んでから研究室を決めるとき、ベンゼン環の六角形を扱いたいがためにとにかく有機化学の研究室に行きたい、と思っていました。それで入ったのが触媒の研究室で、ガドリニウムを使った研究をすることにしたんです。
その後、どんな道を歩まれたのでしょうか。
触媒の研究がすごく楽しくて、そのまま修士、ドクターに進み研究を続けたのですが、2年目に一度飽きてしまいました。目先を変えたい、博士課程を中退してでもいいとまで考えました。幸い、私のボスは「いろいろなことに目を向けてほしい」と、日頃から自分の専門以外の勉強もやるように言ってくれる人で、化学の領域にとらわれずさまざまなテーマの勉強会も研究室で行われていました。そんな背景もあって、ボスに相談したら、「1年間猶予をあげるから、どこかで好きな勉強をしてきなさい」と言ってもらえて。それで、私がそれまでに読んだ論文のなかで面白い研究をしているな、と感じたアメリカの先生3人にFAXを送ったんです。2人の先生から「すぐにおいで」と返事をもらって、暖かくて楽しそうだなと思ったカリフォルニアの先生のもとへ行くことにしました(笑)。余談ですが、返事をくれた2人の先生は後にどちらもノーベル賞をとっています。私が行ったのは2005年にノーベル化学賞をとったロバート・グラブス先生のところです。「グラブス触媒」といったら世界でどこでも通用するので、名前を知っている人も多いのではないでしょうか。
日頃から幅広く勉強していたことが功を奏して、素晴らしい先生に師事することが出来たのですね。アメリカでの研究で、印象に残っているのはどんなことですか?
まずは、アメリカの資金力に驚きました。ノーベル賞をとるような研究室というのもあり、世界中からありとあらゆる頭の良い人が集まっていて、それぞれ自分の好きな研究をしている。我々が一年間に1回しか買えないような試薬がそのへんにゴロゴロ転がっている。当時一緒に研究室にいた学生たちは、現在はみんな企業の社長や権威ある研究者になっています。そういった環境で、先進的な器具を使いながら高いレベルで研究をできたのは、ものすごく良い経験になりました。
アメリカで、私のその後の研究に大きな影響を与えたのが、「有機金属」との出会いです。日本の大学でもガドリニウムを使った研究はしていましたが、どちらかというと有機化学の領域だったので、本格的に有機金属の研究をするようになったのはアメリカに行ってからだったんです。有機金属は、ガドリニウムのように珍しく、あまり知られていない金属を用いることもでき、その組み合わせは無限大です。また、顕微鏡や計算科学を駆使しながら、本当に小さな世界を追求するマニアックな分野でもあります。だからこそ、世の中にとって新しいアイディアを生み出し、その喜びを感じられる。「誰もやったことのないことをやりたい」という思いが強い私は、その世界にどんどんのめり込んでいきました。
ガドリニウム触媒の開発の原点になった理研での研究テーマ「ガドリニウムを使ってゴムをつくる」は、日本の大学で学んだ有機化学と、アメリカで学んだ有機金属を結びつけたことで生まれたものです。
美しい分子構造を持つものは、美しい機能を持っている
有機金属錯体触媒って、分子構造のグラフィックを描いたり、X線を使って見てみたりするとアーティスティックというか、ものすごく美しいんですよ。
その美しさとは、視覚的な美しさのことですか?
それもありますが、あとは機能ですね。美しい分子構造を持つものは、美しい機能を持っていることが多いんです。
たとえばSUSYMでいうと、ガドリニウム触媒を通じて、ゴムと樹脂が次々に手を結んで、一糸乱れずにつながっていくんです。この触媒を使えば99.99%の反応を制御することができるといった結果を出していて、これはつまり、1万回やっても1回しかエラーが出ないということ。その精度の高さは、視覚的にも機能的にもとても美しいものなんです。
お話を聞いていると、会田さんはとても良い意味で感覚的というか、芸術家のような感性をお持ちですね。
そうかもしれませんね。学生のときによく言われたのは、「研究者はアーティストでなければならない」ということ。研究で何かを作り出そうとするときには、どんなものを組み合わせ、どんな機能のものにするか、といったデザインセンスも必要になってきます。未来に向けて、これまでになかったものを生み出していくには、そういった視点も大切だと思っています。
ものづくりの技術で社会に貢献する
デザインセンス、という今の言葉で想起しましたが、SUSYMを使ったコンセプトタイヤを見て、タイヤのイメージを覆すような形や色に驚きました。
タイヤといえば「黒くて丸い」ですよね。でも、これがカラフルになったらきっと面白いし、100年に一度のモビリティの大変革期といわれる今だからこそ、タイヤそのものの概念や、ひいてはこれからの社会が少し変わるんじゃないかと思ったんです。
デザインは竹細工をモチーフにしています。日本の伝統工芸を取り入れた美しい形状といったデザイン性と、網目状にすることによりしなやかなクッション性を持たせるといった機能性の両面を込めています。空気を入れる必要がないので、パンクの心配もありません。ホイールが必要ないため大幅な軽量化にも成功しています。また、構造は一筆書きになっていて、継ぎ目がありません。これも、熱によって接合できるSUSYMの特長が活かされています。継ぎ目がないぶん、衝撃に対する強さが格段に向上しています。
タイヤの黒い色は、強度を高めるうえでとても重要な役割を担っていると聞いたことがありますが、SUSYMを使えば自由な色の表現もできるようになるのですね。
そうなんです。タイヤが黒いのは、強度を高めるためにゴムにカーボンを混ぜているためです。一方でSUSYMにはその必要がありません。ちなみに、このタイヤは外側の赤い部分は柔らかく、内側の銀の部分は硬くしています。配合を変えることによって柔らかいものから硬いものまで作ることができ、なおかつグラデーションのように連続して硬さを変えることもできるのです。
SUSYMによって、これから自動車のデザインは、どんどん自由になっていきそうですね。
それだけでなく、SUSYMは社会のシステムそのものを変える可能性を持っています。SUSYMに使っている樹脂は、世界で最も汎用的に使われているエチレンです。エチレンはスーパーやコンビニの袋にも使われているように、とても安価な材料。しかし触媒技術をうまく使ってSUSYMという高い付加価値をもつ素材を創ることができました。高付加価値で再生可能となればこれまでのような使い捨てはしなくなる。つまり循環型社会を実現することにもつながる技術でもあるわけです。なので、SUSYMはタイヤ以外の物にも使わないともったいない、様々な用途に活用していくことで、この日本発の技術が世界の資源・環境問題に貢献することになれば、この上無い喜びです。
日本の老舗タイヤメーカーで世界シェアNo.1を誇るブリヂストンが先陣を切るからこそ、後に続く企業や人もたくさんいそうですね。
そうなってくれたらうれしいですね。我々のような昔からモノづくりを続けている企業の役割・責任は大きいと思います。ブリヂストンだからこそ、思いきってチャレンジできることもありますし、それによって社会にプラスのインパクトをもたらすことができるのであれば、積極的にやるべきです。
SUSYMの可能性を存分に広げ、技術を社会に還元していくためには、オープンイノベーションが非常に重要だと考えています。一緒に何かを創り上げるだけでなく、材料として使ってもらうだけでも構いません。様々なアイディアを歓迎しています。これからの社会を少しでもよくしていくために、常識にとらわれずSUSYMが活用されていってくれたらと思っています。
最後に、研究開発職をめざす人に向けたメッセージをお聞かせください!
研究に没頭するのは大切だけれど、自己満足で終わらないでほしいです。
「誰に対して、どんなタイミングで、どのような貢献ができるのか」、常にビジョンを描くことが重要だと思います。そのビジョンを実現するために、ときには自分自身で新しい学問分野を開拓していくくらいの気概を持てたら、さらに素晴らしいですね。
自分がやっていることの社会での役割をきちんと認識できれば、様々な領域の人と力を合わせて何かをつくる──つまり「共創」にもつながっていきます。何でも自分でやろうとしなくてもいい、苦手なことは人に助けてもらってもいい、世の中には技術が貢献できる課題が山積しています。ぜひあなたの技術・研究を世の中に役立ててください。
<編集部まとめ>
「誰もやっていないことをやってみたかった」「社会の人が驚く成果を生み出したい」という言葉がとても印象的で、学生時代の最初の研究テーマをずっと継続し、画期的な新素材を生み出した背景には会田さんの、独創性とアーティスティックな感性、そしてバイタリティが成功の秘訣だったということが、お会いしてみてよく分かりました。
読者の皆さんにも、「どうせ学生時代の研究は、企業に就職したら直結しないし…」と思わずに、こんな可能性もあるんだと希望が湧くと嬉しいなと思います。
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