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ソニーが画期的な新素材を開発したという情報をキャッチ。籾殻(もみがら)由来の炭素素材で、優れた吸着性能により水や空気の浄化に効果的な素材とのことで、アパレルやトイレタリーの分野から活用が始まっているのだとか。
世間のソニーのイメージからすると、ちょっと意外な分野ですよね。
興味津々で取材を申し込んだところ、お二人のキーマンにお話を伺うことができました!
博士課程の研究を新素材の発明につなげた田畑さんと、環境配慮型製品の開発と普及を目指してソニーに入社された山ノ井さんです。
山ノ井さん(以下敬称略)もともと環境に興味を持っていたそうで、学生時代は無機化学や環境分析化学を学ばれたそう。再生可能エネルギーの導入や、環境配慮機能の開発などを積極的に行ってきた力を活かせたら、とソニーに入社。
田畑さん(以下敬称略)学生時代は電池材料の研究室に所属。博士課程での研究がトリポーラスの発明につながったという、いわばトリポーラスの生みの親。
多種多様な理系社会人のインタビューを通じて、やりがいと誇りを持てる働き方を探る「理系のキャリア図鑑」シリーズ。
今回は、ソニー社内でも前例のない新規事業として注目を集める新素材「トリポーラス」を推進するお二人のお話を通じて、新素材を通じたオープンイノベーションについて考えていきます!(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
電池の開発過程で生まれた新素材
トリポーラスとはどんなものか教えてください!
山ノ井:トリポーラスとは、籾殻(もみがら)から生まれた天然由来の多孔質カーボン素材です。2nmのマイクロ孔、2~50nmのメソ孔、1μmのマクロ孔が複合して多く存在し、従来の活性炭では吸着しづらかった大きな有機分子やウイルスなどの大きな物質も容易に吸着できます。さらに、活性炭と比べても優れた吸着スピードや高い薬剤担持量などの特性を有しています。水や空気の浄化など、幅広い分野での活用が期待されている素材です。3つ(=トリ)の異なる大きさの細孔(=ポーラス)を持つことから、トリポーラスと名付けられました。
田畑:私がソニーに入社した2006年、リチウムイオン電池の高性能化にバイオマスを活用する研究が始まりました。そのなかで、特徴的な細孔を持つ新しいカーボン材料ができたんです。微細構造を持つ材料は表面積が広く、高性能な電池に活用できることがわかっていましたが、さらにこの構造が持つ吸着特性が、環境浄化にも活用できそうだということで、環境や医療、化粧品などへの応用を視野に入れた新たな材料の開発を、2008年に始めました。これが、トリポーラス開発の原点です。
トリポーラスは、電池の研究開発の過程で生まれたものだったのですね。
田畑:そうなんです。「電子機器のイメージがあるソニーが、どうして?」と言われることもあるのですが。もともとは電池材料の研究の過程で発見したものでした。
田畑:その後、様々な分野でトリポーラスの活用法が見えてきた2014年に、公益社団法人発明協会主催の平成26年度全国発明表彰において「21世紀発明奨励賞」をいただくなど、強い特許ポートフォリオが形成できたため、知財権を活かした事業創出検討を知的財産センターで開始することになりました。
学生時代の研究を応用し、独自の技術を確立!
そもそも、籾殻に着目されたのはどうしてだったのですか?
田畑:それは、私が学生時代にやっていた研究からつながっているんです。私は大学の博士課程(工学)で、規則的な穴の開いた蜂の巣構造のカーボン材料を開発し、リチウムイオン電池やキャパシタとしての電極特性について研究していました。これはもともと、「エネルギー変換デバイスとナノテクノロジーを融合した研究をしてほしい」という、先生からのお題で始まった研究でした。その時は、人工の球状シリカ微粒子を鋳型にして周りにカーボンを作り、最後に鋳型の粒子を抜くことがキーとなる技術でした。その後ソニーに入社して、その材料を実用化しようと考えたのですが、合成ステップが何段階も必要なため、1kgあたり製造するのに数百万円もかかる試算になり……断念。それで、とにかく「安く使えるもの」=「捨てられているもの」という視点で余剰バイオマス原料を探しました。いろいろな原料を検討するうちに、日本だけで年間約200万トン、世界中では年間約1億トン以上も排出されている籾殻に着目したんです。籾殻はシリカ(二酸化ケイ素。ガラスの主成分になる)を20%以上も含む個性的な原料だということも決め手になりました。
シリカを多く含むという籾殻の特徴は、トリポーラスをつくるうえでどんな点に役立っているのでしょうか?
田畑:トリポーラスの製造過程では、籾殻を炭素化してからシリカを取り除き(エッチング)、さらに水蒸気による高温処理(賦活処理)を行うことによって、異なる大きさの穴を持つ独特の多孔構造を実現しています。
山ノ井:籾殻を炭素化して作った材料そのものは、これまでにも土壌改良などの分野で活用されてきたのですが、「シリカを取り除く」ということは、ソニーオリジナルの発明です。田畑の学生時代の研究が活きているところです。
田畑:学生時代からの積み重ねがあったおかげで、シリカを取り除く方法を検討していたときに仮説も立てやすく、結果的にイメージ通りの仕上がりになったときはやはりうれしかったですね。多孔質構造の分析方法なども、学生時代に学んだものを活かすことができました。
山ノ井:私は、ちょうど粉の構造と優れた吸着特性が確認でき、用途開発を開始した直後の2009年に入社しました。最初に上司から、「トリポーラスという新しい材料があるから、それを使って、何か面白いことをやってほしい」と言われて(笑)。研究所内でも「かなり面白い素材ができた」「これから何に活用していこうか」と、大きく盛り上がっているのを肌で感じました。当時は、我々は厚木にある研究所にいて、白衣を着て、フラスコを振って……と、まさに研究開発職として毎日を送っていましたね。新人ながら特許出願もさせていただきました。
製品化のポイントは量産化とオープンイノベーション
その後、どのように製品化が進められていったのですか?
山ノ井:まず初めに、量産の壁にぶつかりました。
田畑:特許を取得できただけではダメで、さらにそれをどうやって量産して、なおかつコストを抑えるのか、という問題ですね。
山ノ井:ラボレベルではつくれるようになっても、10トン20トンという話になると、なかなか簡単にはいかなくて……。たとえば、原料をトラックで運ぶにしても、籾殻はかさばるのでお金がかかってしまったり、シリカを取り除く工程でも濾過性が悪く濾過器を詰まらせてしまったり。また、籾殻は軽いため、最後の賦活処理の工程では風で飛んでいってしまうという問題もありました。そこでとった対策は、籾殻を圧縮してペレット状にすることです。ペレットのサイズをしっかりと調整することで、シリカも無事に取り除けることが確認できました。現在は数トン単位で製造できるようになっています。
田畑:量産の問題を乗り越えられたことは、トリポーラスの実用化に向けた大きなブレイクスルーになったと思います。
山ノ井:やはり、できるだけリーズナブルなコストで量産できなければ、いくら良いものでも世の中に広げるのは難しいです。じつは以前は「良いものができれば買ってもらえるだろう」と考えていたのですが…(笑)、実際事業化検討を始めてそれは思い違いだったと痛感しました。私は一時期リチウムイオン電池の開発をする部署に配属したことがあります。そこで量産のノウハウや、なるべくコストを抑えて良いものをつくろう、というものづくりの基本的な考え方を身に着けられました。この経験が、トリポーラスの事業化に役立っています。
田畑:量産できるようになるまでは、毎日5gずつ、地道な作業の繰り返しでコツコツと作っていた時もありました。そういう時代があったので、今こんなにもたくさん製造できているのを見ると、感慨深いですね。
そのほかにも事業化するうえでポイントになったことはありますか?
山ノ井:オープンイノベーションという形をとったことですね。ソニーにない知見をいろいろと取り入れたほうがトリポーラスの価値を最大化できるだろうと、広く社外の方々と連携をしています。
田畑:私も、トリポーラスの特徴や幅広い応用の可能性を皆さんに知っていただくために、他の企業や大学の専門家の方々と一緒に、トリポーラスの効果を検証し、学会やその他いろいろなところに出向いて、トリポーラスをPRしています。最近では講演や専門誌への執筆の依頼もいただけたりしていて、手応えを感じています。
山ノ井:まだまだ我々が想像もしていないような活用法がきっとあると思っているので、幅広い分野にアピールして、奇跡的な出会いを探し続けていきたいと考えています。
すでに驚かれた用途はありますか?
山ノ井:繊維に入れる、という使い方は、当時は思いつきもしませんでした。
田畑:近年さまざまな炭素材を含んだ繊維が実用化されていますが、それらと同様に、トリポーラスを細かくして糸の中に入れることで、消臭や抗菌といった性能を持たせることができたんです。こちらはすでに「Triporous FIBER(トリポーラス ファイバー)」の商標で実用化されていて、実際にこの繊維を使った服もEDIFICEから販売されています。
山ノ井:糸はツルツルしているのでトリポーラスを入れても性能が出ないのではと思ったのですが、試してみると臭いと菌を吸着する性能がしっかりと現れたので私も驚きました。また、洗濯しても性能を維持できるということもわかっています。繊維業界の方から糸に入れるという活用法をご提案いただき、実現することができたという、オープンイノベーションの成功例になりました。
他にはどんな活用がされているのでしょうか?
山ノ井:ロート製薬から発売されているボディウォッシュ「デ・オウ」にもトリポーラスが使われています。こちらもトリポーラスが持つ力をニオイケアに活かした製品です。
技術で世の中に貢献したい
サステナブルな素材としても注目されていますね。
田畑:トリポーラスは、捨てられているものに価値を見出し、それを活用して水や空気をきれいにできるという特長を持っていますので、SDGsに取り組むうえでとても適した材料だと考えています。近年、籾殻や藁の野焼きが大気汚染(PM2.5)の原因になっているということが多くの専門家より報告されていますが、この籾殻をトリポーラスにすることで大気汚染の抑制にも貢献できると考えています。
田畑:まだ実証試験段階ではありますが、世界遺産である平等院の倉庫で、トリポーラスの空気浄化性能を検証しているところです。倉庫の中にトリポーラスを設置し、文化財の劣化の原因となる酸性ガスやアルデヒドガスが除去されていく経過を観察・評価しています。
山ノ井:トリポーラスは、その特異な構造のおかげで有害ガスを吸収するための薬剤を、従来の活性炭と比較して2倍以上詰めることができるため、長く効果を発揮できるのです。
田畑:空気のほかに、水の浄化にもトリポーラスを活用する研究も進めているところです。いろいろなフィルターメーカーや浄水器メーカーの力を借りながら実現できたらと思っています。
山ノ井:廃棄予定の籾殻を活用し、人類にとって大切な文化財を守ったり、水と空気をきれいにすることで、循環型社会の実現に貢献していければうれしいです。
トリポーラスのSDGsへの貢献、詳細はこちら
https://www.sony.co.jp/Products/triporous/sustainability.html
オープンイノベーションのコツとは
現在いろいろなところでオープンイノベーションということが言われていますが、実際に取り組まれてみて、何が大切だと思われますか?
田畑:私は、トリポーラスを通じて社内外含め様々な領域の人と関わるようになり、新しい経験をたくさんさせてもらってきました。研究職として研究だけをするのではなく、事業化を通じて多くのことを学ぶことができました。特に大切なのは人とのつながりでしょうか。
山ノ井:トリポーラスがここまで製品化できたのは、素敵なご縁がたくさんあったというのが大きくて。偶然の出会いも多かったんです。だから、社内外問わず人とのつながりの大切さを一番にあげたいですね。
田畑:人のつながり方、やりとり次第で話が前に進んだり進まなかったり、ということがあるので、コミュニケーションスキルはとても大切ですね。私自身、いまも学ぶことが多く、日々努力しなければと思っています。
山ノ井:それから、よいイノベーションを起こすためには、技術面での強みをしっかりと持っていることですね。ただ、強みを持っていても伝わらなければ組む相手は見つかりません。強みを起点として一緒にどんなことが可能となりそうか、魅力あるストーリーを描いて伝えることが大切だと思っています。
最後に理系の学生に向けてアドバイスをお願いします!
田畑
研究職にとどまらず製品化に携わることで、それまで関わりのなかった領域の人と出会い、社会人としての成長を感じています。知識も、人とのつながりも、初めから「自分には関係ない」と決めつけないで、どんどん新しい経験をしてみることをおすすめします。
トリポーラスの製品化が落ち着いたら、また研究フェーズから別の素材を発明し、同じように製品化できたらいいなと思います。
山ノ井
私は研究職としてソニー入社しましたが、もともとは事業開発やマーケティングに興味を持っていました。そういった意味では、現在希望していた仕事をやらせてもらえているわけですが、トリポーラスの事業化に携わる前に、研究職や製造技術を経験しておいてよかったと思っています。就職活動では職種の選択に悩むこともあるかもしれませんが、理系だからこそできる仕事をまずは優先してみるとよいのではないでしょうか。
編集部まとめ
仕事内容や分野にこだわらず、トリポーラスの製品化と拡大という目的に向かって柔軟にいろいろなことにチャレンジされていることが印象的でした。ラボでの研究からビジネス化まで対応可能な多才なお二人。これからもマルチなご活躍を応援しております!
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