リケラボは研究者、研究開発・技術職など理系の知識を生かしてはたらきたい人を応援する情報サイトです。
環境・エネルギー問題や食糧問題、貧困、教育等、世界が抱える様々な問題を解決し、すべての人にとってより良い持続可能な社会を実現するための世界共通の目標、SDGs。その達成のために科学技術を役立てようと、様々な研究機関・企業で取り組みが進められています。(STI for SDGs)
令和元年度からは、JSTで「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム」も発足。リケラボでもSDGsにつながる研究成果を積極的に紹介していきます。あなたの技術や研究も、ぜひよりよい地球の未来のために役立ててください!
水やエネルギーのサステナビリティを可能にする新規材料の研究
「SDGs目標6 安全な水とトイレを世界中に」
今回お話を伺ったのは、国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)に設置されている、国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)の主任研究者・グループリーダーである山内悠輔教授です。MANAに在籍しながら現在はオーストラリアの名門クイーズランド大学に拠点を移し、グローバルに活動を続けています。研究者として一貫して物質の多孔体の創成に取り組み、SDGsにもつながる成果を出してこられました。それらの研究内容について伺いつつ、研究における信念や海外に進出することの良さ、そして日本の若手研究者に向けた熱いメッセージもいただきました。
国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA=International Center for Materials Nanoarchitectonics)
文部科学省が2007年に創設した、「世界トップレベル研究拠点形成促進事業(WPIプログラム)」に基づいて選定された全国13の研究拠点の一つ。ナノテクノロジーと材料研究分野における代表的な国際研究拠点として「ナノアーキテクトニクス(ナノ建築学)」という概念をもとに科学技術を飛躍的に促進するための役割を担い、持続可能な社会の実現に向けた革新的材料の創出に挑戦しています。
物質の効率を格段に上げる多孔化技術
多孔質材料は多くの細孔(ポーラス)が開いている材料のことで、細孔のサイズによってミクロポーラス、メソポーラス、マクロポーラスなどと分類されます。私は学生時代から導電物で多孔体を作ることを目指して研究に取り組んでいました。MANAでは入所からずっと導電体の多孔化をテーマとしています。
物質を多孔化することは、表面積と細孔容積を格段に大きくするメリットがあります。どのような材料でも多孔化技術を活かすことができ、合成されたナノ多孔質材料は吸着剤、触媒、触媒担体、センサ材料など、環境やエネルギー分野に応用する研究がさかんに行われてきました。ただ、導電性がない材料は吸着剤などに用途が限られます。私は金属をはじめとする導電体といったものの多孔化をテーマとしてきました。特に、金属の多孔質材料は、様々な産業分野での使用が期待されています。例えば燃料電池の電極に使われる白金のような高価で希少な金属を多孔化すれば少ない使用量で済み、効率化やコストダウンにもつながります。私の研究は金属だけにはとどまりませんが、元素周期表を基にあらゆる導電物を多孔化することが私の目標です。
ナノスケールの世界にはトップダウン型と、ボトムアップ型の2つの手法があります。バルクのものを削って小さくし、ナノ構造を作り上げるのがトップダウン型。一方、原子や分子を組み上げてナノ構造を作り上げるのがボトムアップ型で私は後者ですが、この方法だと自己組織化現象を使い、ビーカー中でナノスケール構造を自在に作ることができることが面白いところです。
メソスケールの細孔を水浄化に活用
私がこれまで成果を出してきた物質の多孔化は金属に限ったものではありません。ここでは水の浄化や環境といったSDGsにつながるような多孔化についてご紹介します。
2011年に顔料のプルシアンブルー結晶構造体中に、マクロ孔とマイクロ孔の間であるメソスケールの細孔(メソポーラス)を形成させることに成功しました。当時は東日本大震災が起こり、原発問題でセシウム除去が問題になっていた時期です。メソポーラス物質のメソ孔は2~50nmとさまざまなゲスト種が入るサイズであり、これを使って有害物質を吸着させる研究がいくつか行われていました。私が使用したプルシアンブルーはセシウムを吸着する性質があります。元々原発でも利用されていたものですが、効率が今ひとつだったため、多孔化によって吸着性能を高めれば良いと考えました。そして新しいメソポーラス構造の合成法としてエッチング方式による手法を生み出しました。プルシアンブルーの結晶に水溶性ポリマーを付着させ、酸性の溶液でポリマーが付着していない部分を溶かして孔を開けるのです。これによって合成したプルシアンブルーでは市販のプルシアンブルーの10倍以上の表面積を生み出し、吸着力も従来の10倍以上となって注目を集めました。
液体に含まれる有形物や不要物を取り除くメンブレンフィルターにこうした多孔質材料を埋め込むことで、これまで以上の吸着力が期待できます。世界でも有害物質を多く含んだ水により、困っている地域がたくさんあります。汚水に含まれるCr,Pb,As,Cr,As,Cs,Sr,Cd,Hg,Niなどの有害金属イオンや、揮発性有機化合物(有害VOC)を高効率で吸着する材料として多孔化材料が使われれば、水資源問題の解決につながるものと思います。
淡水化装置のパフォーマンスを向上させるカーボンの多孔体
プルシアンブルーと同時期に取り組みはじめたものに、カーボンの多孔化があります。炭素系材料についての研究を行ううち、炭素原子が結合してできたグラフェンは有害な物質とインタラクションが強いことを発見しました。そこでグラフェンベースの多孔体を使った吸着材についての研究を進め、2015年頃から淡水化技術の容量脱イオン法(CDI:Capacitive Deionization)で使われる電極に応用し始めました。
CDIは溶液中に2本の電極を入れ、そこに電圧をかけて金属の陽イオンを引き寄せ、有害なものを吸着除去します。電極が吸着したイオンは別の溶剤で脱イオンして再利用でき、フィルターのように使い捨てにならないので環境に良く、またエネルギー消費量が少ないことが特徴です。吸着容量が少ないことが当時の課題でしたが、カーボンは導電性が高く、我々は炭素1gあたり3000~4000㎡と、かなりの表面積を作れる技術を持っています。そこで、複数のグラフェンシートを重ならせずに表面積を上げる構造の検討など、シートに陽イオンを容易に吸着するサイトを作り、電極のパフォーマンスを上げることをコンセプトに電極作りに取り組みました。こうして作ったCDIの電極は、現段階では世界最高値の吸着量を記録するものになっています。
多孔化技術はエネルギーのサステナビリティにも
サステナビリティという面でもう少し広く考えると、例えば水分解にも多孔化技術が活きています。水分解をするには光触媒による水分解と電気化学の水分解があります。電気化学で水を分解すると、水素を資源として得ることができます。しかしこの方法では電気を必要とするので、それを発生させるプラントからCO2が排出されます。それを減らそうとすると効率を上げる必要がありますが、物質を多孔化して表面積を上げ、触媒活性も上げることで、少しの電気量で多くの水素を効率的に作り出すことが可能になります。
このお話をナノアーキテクトの文脈に当てはめると、スーパー活性の水分解をテーマに研究しているものがあります。触媒層に光を吸収する層を重ね、複数の層によるハイブリッドを作って光からも電子を出すようにすると、外部から得られる電子と合わせたダブルの電子で起電力を下げ,効率よく水素を作り出すことができます。また、燃料電池では水素と酸素を使って電気を作りますが、水分解で得た水素で電気を作り、その電気で水分解するというサイクルをうまく回すことが可能になります。これをうまく循環させるために、電極の効率アップを追求しています。
他にもホットなテーマとしては、CO2から原料であるエタノール、メタノールを一段階で作るということにも共同研究で取り組んでいます。これも電気化学でやるとCO2を排出してしまうので、光を有効に使ってなるべく少ない電気で効率的に作り、付加価値を高めたいと考えています。こちらも注目を浴びている研究になります。
軸足はあくまで基礎研究にある
いくつか、SDGsにつながる研究成果をご紹介しました。ただ、私がやっているのは基礎研究、物質・材料開発の扇の要になるところです。応用ありきでは考えず物質合成一筋で、ナノアーキテクトニクスというコンセプトの元、多孔化や表面修飾といった技術を使い、いかに美しくスマートに合成できるかということを一心に考えています。なので、普段から特別にSDGsを意識して何かを開発してやろうとかは特に考えていないのが正直なところではあります。でもその中からプルシアンブルーやカーボンのCDIへの応用といった、トピックとなる“スター”が生まれてきました。地道に基礎研究を続けてきてよかったと思える点です。基礎研究をコツコツと長い年月をかけてやることなしには、エネルギーや環境問題、医療の向上などに展開可能な基礎技術・基礎材料は生まれません。あくまで基礎研究に重点を置きつつこれからも研究を続けていきます。
海外で得られた理想の働き方を日本の若手にも目指して欲しい
私は2007年に早稲田大学の博士課程を修了し、NIMSに定年制職員として入りました。ここは物質・材料に特化した国の研究拠点で、研究者としても65歳まで働けるのがいいところです。一方で、日本の中で小さくまとまらずに海外での研究も経験してみたいと考え、2016年からMANAにグループを残したまま、オーストラリアに研究拠点を移しました。現在はブリスベンにあるクイーンズランド大学・化学工学科で教鞭をとる傍ら、研究を行っています。
海外に出ることは得るものが大きいです。英語ベースの生活で語学力が上がり、人も専門分野も多種多様で、友人もたくさんできました。情報がすぐに世界に伝達されていく実感がありますし、海外のジャーナルに研究が掲載される機会が増え、研究者としての知名度も上がったと感じます。研究資金は獲得すれば1億、2億という額になり、日本のファンディングスケールと比べると2桁ほど違う規模です。オーストラリアは日本とほとんど時差がないので、日本とのやり取りにもストレスがありません。いい環境で研究ができ、満足度は非常に高いです。だから若い人にもどんどん海外での研究を経験してもらいたいですね。
長い年月、同じところを叩き続けることに意味がある
私は20年間、ずっと無機物質化学一筋でやってきました。世界を見渡すと、その時々に脚光を浴びている研究分野のトレンドに合わせて、テーマを頻繁に変更し、論文を量産するというスタイルの研究者が増えてきていると感じます。確かにそのほうが評価されやすいかもしれませんが、基礎研究をやるならば、長い年月一つのことに取り組む覚悟が必要だと思います。同じところをひたすら叩き続けることでしか得られない成果が絶対にあるからです。もちろん、同じ研究を何十年も続けるというのは非常に難しい。新しい材料を作っても何に使えるかわからないことも多いです。しかし有用な“たまたま”は、日頃から同じところを叩くからこそ見つけられます。そうでなければ本当のサイエンスは進歩しないし、やり続けるからこそ、その分野でトップになることができます。
私の考え方は、NIMSにも存在するスピリットだと思います。ここには世界に誇れる研究者がたくさんいます。Mr. ボロンナイトライド(BN)ナノチューブの板東義雄名誉フェロー、Mr. ナノシートの佐々木高義MANA拠点長、Mr. BNナノシートの谷口尚フェロー、Mr. アトムプローブの宝野和博フェロー、Mr. 超分子の有賀克彦グループリーダーなど、この研究ならばこの人、というような伝統芸の持ち主とでも言うべき、分野を代表する研究者たちがNIMSには多数います。その中で私も「多孔体なら山内(Mr. 多孔体)」と言われる存在でいるための努力を続けていきたい。
若い人たちには自分の考えの元、新しい物質を作れる人になって欲しいですし、同じところに立ち続けることでいい材料ができ、その結果いいアプリケーションが出るかもしれません。どのような結果になるかはわかりませんが、チャレンジすることは正しいことです。そして、海外の人とコミュニケーションを取り、日本だけではなく世界で戦えるような研究者が増えることが、結果としてSDGsの達成につながっていくと思います。
MANA主任研究者・グループリーダー
山内悠輔(やまうち ゆうすけ)
早稲田大学大学院ナノ理工学専攻。博士(工学)。2007年より物質・材料研究機構(NIMS)、国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)の独立研究者として活躍し、現在はMANA主任研究者・グループリーダー。また、MANAでの活動を継続しつつ、2016年よりオーストラリアに家族で移住して研究の拠点を移し、現在はクイーンズランド大学の化学工学部の教授として指導や研究に携わっている。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
画像提供:物質・材料研究機構(NIMS)
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