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アンモニアは、人口が急増し始めた100年前の地球を食糧危機から救いました。工業的な人工合成法が発明された結果、アンモニアを原料とする肥料が大量生産されるようになり、食料の増産につながったのです。そのアンモニアが今、地球温暖化を防ぐ未来エネルギーとして注目されています。
名古屋大学工学研究科の永岡勝俊教授が取り組むのは、再生可能エネルギーであるアンモニアを、より安価にしかも高速で合成するための新たな触媒開発です。学界の通説に対して「それは、本当だろうか」と常に疑問を持ち、新たな仮説の検証を通じて画期的な成果を出してきた永岡教授に、教科書を書き換える可能性のある研究について伺いました。
他の研究者がやっていない、つまりチャンスがある
―大学(東京工業大学)時代に所属していた研究室の先生が、アンモニアの大家だったと伺いました。
永岡:その秋鹿研究室に配属されたのが1995年でした。アンモニア合成といえば、1913年に実用化されノーベル賞受賞にもつながった『ハーバー・ボッシュ法』があまりにも完璧で、それ以降は手を出す人があまりいない領域でした。私の先生は「アンモニア研究を80年の眠りから覚ますぞ」と意気込んでおられましたが、そうは簡単にいくものじゃないです。後輩もアンモニア合成の研究に取り組んでいたけれど、私自身はあまり興味を持てなかったので、別のテーマで触媒を研究していました。
―そんな状況だったにもかかわらず、アンモニアに目を向けたのは何かキッカケがあったのでしょうか。
永岡:あるときアンモニアの合成ではなく「分解」にニーズがあると耳にしたのです。アンモニアは有害物質だから、より適切な分解法が常に求められていました。その後、とある企業とアンモニアとは関係ないテーマで共同研究を進めていたのですが、ふとした会話からその企業もアンモニア分解に関心を持っていることがわかりました。実は私がアンモニアも扱えるとわかると「水素キャリア、つまり燃料電池の原料となる水素を運ぶ物質として注目しているので、アンモニア分解の研究もやりませんか」と話が広がったのです。私の師匠が研究していたのはアンモニア合成ですが、分解はその逆反応なのでやれるかなと思いました。なるほどアンモニアは水素キャリアとしても使えるのかと新たな気づきをもらい、これはおもしろそうと試してみたら、予想外に簡単だったのです。おまけにそこそこの研究費までつけてもらえたから、これはもうやらなきゃ損だと思うでしょう。
―その頃だとアンモニアの研究はマイナーな領域だったのでは?
永岡:今から15年ほど前ですから、研究者もほとんどいませんでした。反応そのものはそれほど難しくないといっても、何しろ高濃度のアンモニアは毒物ですから、好んでやりたがる人はあまりいません。だからこそ企業も研究者を探していたのでしょう。私自身は、アンモニアに関しては「一応は扱った経験がある」レベルでしたが、この状況はチャンスじゃないかと気づいたのです。人がやりたがらない研究であれば、当然競争相手も少なくなります。幸運なことに、分解の研究を始めたちょうどそのタイミングで、これからはアンモニアそのものの需要が増えるという話も出てきました。そこで「分解ができるのなら合成もやってみて」と別口から依頼があってやってみたら、これまたそこそこできてしまった。分解と合成の両方をやってみて、確かにこれは水素キャリアとして有望だと手ごたえを感じました。だから新たな領域に踏み出したのです。
100年間も不変の技術、引っくり返せばすごいことになる
―次世代エネルギーとして期待を集める「水素」のキャリアとして、アンモニアが注目され始めたのですね。
永岡:2013年に、国立行政法人科学技術振興機構(JST)が行うプロジェクトの中で、チームを組んで研究する「CREST」に、エネルギーキャリア領域が設定されました。そのテーマの1つにアンモニアが取りあげられたのです。ところがアンモニアの合成と分解の両方を理解している研究者は限られています。これを逃す手はないと一生懸命に書いた提案書が通りました。当時は大分大学に在籍していたのですが、地方大学の、それも40代そこそこの准教授がJST CRESTの代表者になるのは非常に稀だったようです。それから延長期間も含めて、6.5年間研究に取り組ませてもらいました。
―アンモニア合成の触媒といえば、鉄と決まっているものだと思っていました。
永岡:まさにハーバー・ボッシュ法が、鉄を触媒に使うアンモニア合成法です。ただし水素と窒素を合成するのに450~550℃かつ200~300気圧と高温・高圧が必要となるため、エネルギーを大量に消費するうえ、相当に大がかりな工場でしか製造できません。再生エネルギーとしてアンモニアを使うためには、まず製造時のエネルギー消費を極力抑えて、小規模分散型の施設で製造するのが望ましい。そこで新たな触媒開発が求められていて、私たちの研究グループは希土類の酸化物にルテニウム(Ru)を使った触媒に注目したのです。ルテニウムについては師匠らの先行研究もあり、触媒として使えるのはわかっていました。ただ、合成効率が低かったのです。
―それでも鉄に変わる触媒となるメドは立っていたのですか。
永岡:白金族元素の一つであるルテニウムはかなり稀少な材料ですが、触媒としての伸びしろはありそうだぐらいには思っていました。触媒として使う場合、ルテニウムの方が鉄よりも低い温度や気圧で良い性能を出せるのもわかっていました。ただし、実験を繰り返しても、今ひとつアンモニアの生成速度が高まらないのです。そこで目をつけたのが、アンモニア合成の触媒としてはまったく注目されていなかった、希土類元素の一つプラセオジム(Pr)の酸化物です。これを土台(=担体)として、その上にルテニウムを固定(=担持)してみました。
この触媒(Ru/Pr2O3)では、そこそこ高い活性を得られました。なぜならラッキーなことにRuの試薬と担体(Pr2O3)が反応した結果、Ruが従来の粒子状とは異なる、ナノサイズの層状構造となったためです。これの性能をさらに上げるにはどうすればよいか。Prなど希土類一種類を含む酸化物をひと通り試したけれども、ぱっとした成果を得られませんでした。かなり悩んだ末に思いついたのが、希土類元素1種類でだめなら2種類混ぜればどうかというアイデアです。そこでランタン(La)とセリウム(Ce)の2種類を含む複合酸化物を担体にしました。
―1種類でダメなら2種類で、ですか。
永岡:ちょっと安直ですよね。実際、それほど簡単にはいきませんでした。鉄に代わる触媒として使うためには、温度と気圧ともに鉄よりも温和な条件で効果を発揮しなければなりません。そのためには触媒を熱して水素で前処理し大気中で酸化されたRuを還元する段階でも、その温度は狙っている反応温度の400℃以下でやるべきだ、というのが通説だったのです。ただ通説に従っていても一向に狙った成果が出ません。それならいっそのこと、もっと高温で処理したらどうなるのだろうとふと思いついたのです。高温で触媒を前処理する、などというのはありえない発想です。だから、これまで誰も試そうともしなかったのでしょう。
―常識破りの取り組みがうまくいったのですか。
永岡:正直びっくりしました。同じくルテニウムを使った先行研究では、Cs/Ru/MgO やRu/CeO2を使った事例がありましたが、これらに比べて、アンモニアの生成速度が最大約8倍と、その時点での世界最高レベルに到達しました。
―8倍の効率とはすごいですね!
永岡:一体、どうしてこんなことになったのかと、自分でも不思議に思って理由を突き詰めていくと、高温で触媒を処理した結果、不純物が抜けることと、酸素イオンの欠陥ができることで性能が高まったと考えられました。これがルテニウムを使った第2世代の触媒で、その後も第3世代と担体とする酸化物を変えて性能を高めていきました。
安いが性能が低いコバルトで、なにか工夫はできないか
―世界トップレベルの触媒性能となれば、さぞ注目を集めたのではないでしょうか。
永岡:国際学会で発表したところ、性能の高さは確かに認められました。一方で「ルテニウムは原料価格が高すぎて実用にならない」という声も聞こえてきました。それならどうすればいいのだと問うと「コバルトがあるじゃないか」と言う方がいたのです。確かにコバルトなら原料価格でみれば鉄より若干高いものの、ルテニウムよりはるかに安い。なるほど、これはまた良い話を教えてもらったと帰国して、早速調べてみました。ところが、教科書に名前が載るくらい有名な先生の論文には、コバルトは活性が低くて触媒としては使い物にならないと書かれていたのです。
―それはまた厳しいですね。
永岡:窒素と水素でアンモニアを合成する場合、まず窒素(N2:N≡N)の三重結合を切断しなければなりません。この三重結合を切るために、触媒を窒素にがっちりと吸着させるのです。ところがコバルトでは窒素に対する吸着力が弱いために、三重結合を切れない。そこでルテニウムのときのように、コバルトの担体となる物質を変えてみて、さらに前処理段階での温度も変えてみました。要するにまたもや通説に反する高温処理をコバルトでも試してみたところ、とても高い活性が発現したのです。
―常識破りが、またもや有効だったのですか。
永岡:実は、温度を上げると反応が変わる事例は、アンモニアとは異なる物質に関する触媒ですでに経験済みでした。だから正直にいえばある程度、期待はしていたんです。もしかすると今回も……と思ってやってみると案の定、うまくいった。もうツイてるとしかいえないですよね。とはいえもちろん自分なりの工夫もちゃんと加えています。単に温度を上げるだけではだめで、まずは土台になる担体もいったん700℃ぐらいの高温で焼き固めるのが秘訣です。ルテニウムを使ったときにも、この前処理をした上でルテニウムを載せてもう一度高温にする。すると高い性能を発現できたのです。
―ルテニウムの論文を発表しているのだから、高温にするメリットは他の研究者たちもわかっているはずですね。それなのにだれもコバルトでの高温加工を試さなかったのはなぜでしょう。
永岡:やはりコバルトでは性能が高まらないと、教科書に書かれていたからではないでしょうか。教科書の影響力って、それほど強いのです。けれども研究とはある意味、既成概念との闘いです。私自身も過去のデータだけで判断していたら、コバルトを試してみようなどとは思いもしなかったでしょう。それぐらい既成概念は人を強く捉えてしまう。いや私だってずっと、より効率の良い触媒をずっと探し続けていたのです。それこそ頭の中に周期表の元素はすべて入っていて、日々どれがいいかなあと妄想にふけっていたほどですから。ところが残念ながら、その妄想の中に鉄族元素のコバルトは入ってこなかった。要するに白金族元素ルテニウムでの成功体験に、自分自身が囚われていたというわけです。これぞ、いわゆる成功のジレンマというやつでしょう。
―コバルトを使ってさらなる飛躍を目指すきっかけとなったのが、2020年に発表されたグリーン成長戦略だと聞きました。
永岡:2050年までに脱炭素を目指すと、当時の菅総理大臣が所信表明演説で発表されました。これを受けてグリーン成長戦略で14の重点分野が定められ、その中にアンモニアが入ってきたのです。まず石炭火力発電の燃料の20%をアンモニアに変える。いずれは発電の燃料を水素とアンモニアに切り替えるという壮大な計画です。この戦略を受けて国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の燃料アンモニアサプライチェーンの構築プロジェクトが始まり、その中で私はアンモニア製造新触媒の開発・実証に取り組んでいます。
実験は基本的に失敗する、そこから学べるかどうか
―新たなプロジェクトでの取り組みは、どのようになっているのでしょうか。
永岡:グリーンイノベーション基金事業の燃料アンモニアサプライチェーン構築プロジェクトの中で、アンモニア製造用新触媒の開発・実証に挑戦しています。私たちの他にも2つのチームが参加し、触媒開発を競い合っている状況です。まずは2024年度末までに、この3チームの中で最も優れた性能を出さなければなりません。そのためにマテリアルインフォマティクスも取り入れて研究を進めています。
―マテリアルインフォマティクスといえば、AIなど情報科学の技術を活用して材料開発を加速する手法ですね。
永岡:期待しているのは、AIがアウトプットしてくれる圧倒的な情報量です。とにかく材料の組み合わせに関して、提供されるデータ量が半端ではありません。それをもとにして、情報を出してくれた研究者とディスカッションしています。分野のまったく異なる研究者との議論自体が、私にとっては格好のブレインストーミングになります。話しているうちに得られる気づきは、同じ領域の研究者同士で話していたときとは、まったく次元の異なる内容で、従来の化学の枠を超えた発想を教えてくれます。
―だからといってマテリアルインフォマティクスに頼り切るわけでもない?
永岡:もちろんそこは注意しています。よほど集中して議論を深めないと、間違った方向性に突っ走るリスクも感じています。なにしろAIからは途方もないデータが提供されますから、それを鵜呑みにしていると、実用的とはいえない触媒開発に導かれる恐れがあります。だからこそ、ディスカッションが重要なのです。現在プロジェクトに参加している3チームから1チームに絞り込まれるのが、2025年の3月頃です。それまでに設定した目標値を達成できれば、ハーバー・ボッシュ法を凌駕するアンモニアの合成法に繋がる可能性が高いでしょう。しかも、触媒の作成時に、合成に使用する際よりも高い温度で処理するというのは、従来の通説を覆すやり方ですから、まさに「教科書を書き換えられる」はずです。もっともそのためには、まだいくつもブレイクスルーをする必要がありますが。
―簡単な道のりではないのでしょうね。
永岡:簡単どころか、現実は日々失敗の繰り返しです。けれども、失敗の瞬間こそが最高の学びになると考えています。うまくいかなかったときに、失敗した原因をどれだけ精密に調べられるかが、次へ進むためのカギとなります。実験を繰り返していると、予想もしていなかった現象に出くわしてとんでもない失敗をします。けれども、そんなときこそが絶好のチャンスでもある。予想していなかった現象とは、新たな原理となりうる現象でもあるわけですから。
まず面白がること、ただし失敗しても粘り強く
―先生にとって研究の面白さとは何でしょうか。
永岡:基本的に飽きっぽい性格で、いろいろやってみるものの、なかなか長続きしないのです。ところがジョギングと研究だけは未だに続いていて、それも触媒の研究は大学4年からずっとです。あらためて何がおもしろいのかと考えれば、やはり人ができなかったことを、自分が実現したときの喜びに尽きるのではないでしょうか。
―新たな発見には、そう簡単にたどり着いたりはできないと思いますが。
永岡:もちろん、予想通りにうまく行った試しなどない、といい切れるほどです。だからよく観察するのが第一です。あとはパラメータを調節しながら、それによる変化をどれだけ緻密に調べられるか。さらに良い結果が出たときほど注意が必要で、なぜそうなったのかを突き止めなければなりません。うまくいったときは、それまで気づいてなかった原理を捉えているケースが多いのです。そうやって新しい原理を発見できるのが、研究者の最大の喜びじゃないですか。妄想と想像の繰り返しの中で日々を過ごすのが研究者であり、そこから何かを発見する。そんな生き方が私には最高に楽しいのです。
永岡 勝俊(ながおか かつとし)
1996年東京工業大学工学部卒、2001年同大学総合理工学研究科化学環境学専攻、博士(工学)。2001年より科学技術振興事業団CREST研究員、2002年よりミュンヘン工科大学博士研究員、アレクサンダー・フンボルト財団奨学研究員を経て、2004年より大分大学工学部講師、2005年より同助教授、2007年より同准教授などを経て、2019年より現職。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
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