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「社員全員が、修士か博士※」と聞くと、どのような会社を想像するでしょうか?
大きなラボの中で、研究者たちが日夜、実験と議論に明け暮れる。
あながち間違いではありません。ただし、この研究所の舞台は地球全体です。研究者集団である株式会社リバネスのスタッフは、国内外を行き来し、業種や分野を越えた人たちと「科学技術の発展と地球貢献を実現する」ための仮説検証を行っています。
なんとその数は年間200プロジェクト以上。出前先端科学実験教室や若手研究者への支援、テクノロジーベンチャーの発掘育成支援など多岐に渡ります。
リバネスの面白さについて「研究現場で常日頃行われている仮説検証をさまざまな分野でビジネスにして、持続可能なプロジェクトにできること」だと創業者の1人である井上浄さんは話します。
井上さんは大学院修士2年の頃、仲間と共にリバネスを立ち上げ、その後も研究者とアントレプレナーの両輪を回し続けてきました。この20年で研究者の起業を取り巻く環境はどのように変化してきたのでしょうか。研究者集団リバネスの哲学とともに、研究人材が起業する強みについてお話を伺いました。
※バックオフィスを除く
株式会社リバネスとは?
──リバネスの創業について教えてください。
リバネスは2001年に大学院生を中心とする理工系の学生15人で創業した会社です。当時理科離れやポスドク問題、アントレプレナー不足などの科学を取り巻く社会問題が叫ばれていました。創業メンバーは全員が研究者の卵でもあったので、「研究者が研究し続けられる環境をつくりたい。自分たちなら何かできるのではないか」という思いでリバネスをスタートしました。
──リバネスの事業内容について教えてください。
リバネスは、大きく教育応援、人材応援、研究応援、創業応援の4つのピラーを中心として、7つの開発事業部(教育・人材・研究・創業・地域・製造・戦略)で活動をしています。
例えば、教育開発事業では、科学教育プログラムを開発して学校への出前実験教室を行ったり、次世代の研究者育成のために「サイエンスキャッスル」という学会を運営しています。人材開発事業では、若手研究者と企業が未来のキャリアをつくる「アド・ベンチャーフォーラム」を開催したり、地球貢献を実現するリーダーを育成する人材開発プログラム「リバネスユニバーシティ」を開講しています。研究開発事業では「リバネス研究費」という名前で私たちのことを知っていただいている方もいらっしゃるかもしれませんが、若手研究者のための研究費支援も行っています。さらに、創業開発事業では大企業と連携して研究シーズの事業化支援から、世の中の課題を科学技術の集合体で解決していくプラットフォーム「テックプランター」などの事業も行っています。
科学に興味をもった子どもたちが成長して研究キャリアを積み、研究成果を事業化するところまで、様々なサービスとプロジェクトを通して一気通貫で支援をしているようなイメージです。
──研究キャリアの入り口から出口まで様々なサービスがあるとは驚きです。これらはどのようにビジネスにつながるのですか?
共通するのは、社会課題に対する仮説検証から事業が始まっているということです。そして、その課題と仮説を、企業や行政などさまざまな方に共感していただき、共に検証することがビジネスにつながっています。
例えば、創業のきっかけともなった出前実験教室は「研究者による学校への先端科学出前実験教室を行うことで、こどもたちの理科離れを解決できるかもしれない」という仮説検証から始まりました。私たちの仮説に共感してくれた学校や企業がパートナーとなり、日本中の学校に研究者による先端科学実験教室を届けることができるようになりました。これまでに20万人の生徒が参加し、この実験教室をきっかけに研究者となり、リバネスへ入社したメンバーもいます。
さらに、アントレプレナー不足という課題に対して、「研究者の『熱』を応援できれば、世界を変えるビジネスが生まれるかもしれない」という仮説からディープテックベンチャーエコシステム「テックプランター」事業が始まりました。研究シーズの社会実装の1つの方法が事業化ですが、決して簡単なことではありません。特に研究開発型ベンチャーは研究そのものやプロダクト開発に時間とコストがかかります。そこで、研究者の熱を応援するために、試作を支援する町工場や、資金面を支援する投資家、大企業など、多種多様な人々を巻き込んだ科学技術の社会実装システムをつくりました。テックプランターには毎年、国内外から500を超えるチームが集まり、さらに、シーズを求める大企業や投資家、地域から世界を変える事業を生み出したい行政などがパートナーとなり、共に仮説検証に取り組んでいます。
──仮説検証をビジネスに変えるために、重要な視点について教えてください。
研究プロセス自体に、実はビジネス的な価値があるということです。
実験教室にしても、テックプランターにしても当初は「ビジネスモデルやマーケットはあるのか」と言われることもありました。参考になるものはあると思うのですが、世の中にない新しい事業をつくるのだから、簡単に言うと「わからない」が答えになるんです。でも「わからないからやらない」のではなく、まずは、やってみて、仮説を検証するということに大きな価値があります。
リバネスでは、この考え方を「QPMIサイクル」と名付けています。Question(課題)に対して好奇心というPassion(熱)をもち、そのPassionに惹かれたMember(仲間)が集まり、チームのMission(目的)となる。そして結果、Innovation(革新)につながっていく。実は、ビジネスの現場で求められる「0から1を生み出していく方法」というのは、研究者が普段行っている研究プロセスそのものです。リバネスが、社会課題に対する仮説検証をビジネスとして行い続ける研究所であるというのは、このような理由からなのです。
──研究や研究所の概念が変わりますね。
私がリバネスを立ち上げた理由は、「世界一おもしろい研究所をつくりたい」でした。今、これが体現できていると感じます。
企業に入ると、研究ができなくなるというイメージがあるかもしれませんが、会社と研究所というのは、同じものだと私は考えています。自分がやりたい研究は自分で研究費を集めてくれば良い。営業も研究費の申請も同じことです。「研究所」という場所は重要ではありません。Appleやヒューレット・パッカードだって始まりはガレージからだったんですから。
研究と社会実装の両輪を回す新しい研究者像を求めて
──井上さんのキャリアについて教えてください。
大学4年生の卒業研究のときにアレルギーの根本治療につながる基礎研究をしていました。その時「『世界初』を自分の手で、目の前で証明する」という体験をし、震えるほど感動しました。「これ以上おもしろい仕事があるなら教えてほしい!」と思ったほどです。
当時理科離れやポスドク問題(※)が叫ばれていたのですが、わたしには理解できませんでした。「研究はこんなにおもしろい仕事なのに、この状況はもったいない」と思ったんです。だから、リバネスを世界一おもしろい研究所にして、研究を続けられる環境をつくりたいと考えました。
※ポスドク問題:文部科学省の「ポストドクター等一万人支援計画」により博士号取得者のための期限付き雇用資金を大学等の研究機関に配布。任期終了後の雇用先を確保できない博士号取得者が続出し、社会問題となった。
──リバネス立ち上げ後も、アカデミアでの活動を続けたのはどのような理由からでしょうか。
リバネスを立ち上げた際に、仲間に「まずはアカデミアで教授になる」と宣言していました。PIなどの独立したポジションに就くことができれば、絶対におもしろい基礎研究ができると確信していたからです。
東京薬科大学を修了した後は、北里大学で助教をしました。北里大学のラボの先生は「自由に思いっきり研究しなさい」というタイプの方だったので非常にありがたかったです。この間、アカデミアに籍を置きながらも、役員としてリバネスに関わり続けていました。
その後、京都大学を経て、慶應義塾大学の鶴岡キャンパスで特任准教授として、独立した免疫研究のラボを立ち上げることができ、目標を達成することができました。「後はおもいっきり成果を出して、新しい形で教授になってやる!」とイメージが湧いたこともあり、この機会に社会実装側の比重を増やそうと考えて、2016年にリバネスの代表取締役副社長CTOに就任しました。その後、2022年に代表取締役社長に就任し、今に至ります。
──どのような思いで研究とアントレプレナーの両輪を回し続けてきたのでしょうか。
アカデミアで過ごす中で、徐々に変化を感じたのは、「研究成果の社会実装が必要」という雰囲気が増していったことでした。そこで慶應義塾大学にいた際に仲間と一緒に株式会社メタジェンという腸内環境研究を行うベンチャーを立ち上げ、さらに、自身でも「人間とは何か」に挑む株式会社ヒューマノーム研究所というベンチャーも立ち上げました。
さまざまな社会課題の原因の1つは、先端科学と社会の「橋渡し」役が足りないことだと感じています。研究成果の社会への還元においても、研究者が自らの専門性を社会に伝わる形で提示していくことが何よりも重要だと考えています。
ハードルはありましたが、社会実装をしながら研究を進めるという理想を自分たちで体現し、新しい研究者の姿を提示できたらと考えていました。当時から「大学職員であり、基礎研究をしながら応用研究も社会実装もやる。そういう新しい研究者像をつくっていこう」と、ずっと言っていた気がします。
アカデミアでのポストはいまでも続いていて、2018年から熊本大学薬学部先端薬学教授、慶應義塾大学薬学部客員教授を兼務しています。また武蔵野大学で日本初のアントレプレナーシップ学部の立ち上げにも関わり、客員教授をしています。研究者×アントレプレナーという私の像がアカデミア側で受け入れられ始めたのも、やはり他にやっていないことをやり続けてきたからではないかと思います。振り返ると、「職業はつくるもの」だと感じますね。
テクノロジーに裏付けられたパッションが研究者の強み
──現在、井上さんが進める新しいプロジェクトについて教えてください。
ライフテック分野で持続可能なビジネス(サステナブルビジネス)をつくりだすことができる人材開発プロジェクトを仕掛けています。
一例ですが、介護分野でいえば、「高齢者」と「介護者」両方の負担を減らすようなテクノロジーを生み出し、ビジネス化するというイメージをもっていただけるといいかもしれません。
ライフテックとは、生まれてから死ぬまで「生きる」ということを豊かにするため必要なテクノロジーです。医療、福祉、教育、働き方などさまざまな分野が対象です。サステナブルビジネスというのは、環境を犠牲にせず、社会も持続的に発展できるビジネスの手法と捉えがちですが、「社会」と「環境」だけではなく、「発展国」と「途上国」や「現役世代」と「未来世代」などにも当てはまります。これらは対立するものではなく、つながっています。そのため片方のみが豊かになり片方が犠牲になるような従来のビジネスモデルは継続できません。今後は、どちらもが豊かになるビジネスモデルが求められてきます。
──研究者がビジネスを立ち上げる際の強みはなんですか?
研究者の強みは「解決したい社会課題」への想いだけではなく「テクノロジー」をもっていることです。僕ら研究者がやるなら、立ち上げたビジネスに当然テクノロジーがあります。クラウドファンディングが流行っていますが、魅力的なパッションやストーリーに資金が集まっていますよね。そこにさらにテクノロジーという要素が入ってくると、これまでにない新しい仕組みを作れる可能性が出てきます。例えば神戸大学発ベンチャーの株式会社TearExoは、涙で乳がんを検出するシステムの開発を行っています。乳がんを撲滅したいというパッションに、涙から乳がんを検出できるテクノロジーがあると、「本当に世界がひっくり返せるかもしれない」という非常に強い裏付けになります。
そういう意味で、研究者は、はじめからすごい武器やその武器を創っていくプロセスを知っているのに、興味があるとするならどうしてやらないのかなと思うんです。「誰も教えてくれないから」とか、「機会がないからやらない」というのは本当にもったいない。
──そういう意味で、井上さんが手掛ける人材開発プロジェクトは重要な学びの場になりますね。
そうですね。リバネスでは2021年に課題解決を志す全ての人に開かれた学びの場であるリバネスユニバーシティーを開講しました。さらに、2022年からは東日本旅客鉄道株式会社(以下JRE)と連携し「駅」を開講場所としたJREステーションカレッジを開始しています。地域の拠点である駅をキャンパスとして、課題発掘型のリーダー人材を育成し、サステナブルビジネスを生み出そうとしています。ライフテックコースでは、今まさに新しい街が造られつつある高輪ゲートウェイを舞台に、ライフテックのサステナブルビジネスに関するさまざまな実証実験を行っていく予定です。
リバネスでは、答えの無い社会課題に対して、業種や立場の異なる人達の知識と知識を組み合わせて新たな知識をつくり、未解決の課題を解決することを「知識製造業」と呼んでいます。このプロジェクトにおいても、大手企業からベンチャーやアカデミア、研究機関など多様な人たちが集まって、ライフテックのサステナブルビジネスを創出するための方法を講義とゼミ形式で学んでいきます。次は2024年9月に開講予定です。この記事を読んだ方と一緒にプロジェクトをつくることができると嬉しいです。
選んだ道を正解にする
──研究者の起業に対する社会の反応はどう変化してきましたか?
リバネスが創業した2001年頃というのは、研究者の起業に対して「ちょっと怪しい」と思われることが多かったと思います。でも、最近その雰囲気は大きく変わってきていて、ベンチャーの立ち上げ支援をしていると注目されたり、「研究成果を『大学発ベンチャー』として社会実装したい」と相談されることも多いです。大学の体制や研究費、士業の方の理解も変わり、チャレンジしている人たちに対するサポートがたくさんあるんですよね。「いよいよ、この時代がやってきたか」というのが私の感想です。
──好きなことを続けるためにはどうすればいいですか?
課題にタックルし続けながら稼ぐしかないです。もちろん大変です。私は楽しいことばかりやっていると勘違いされることがあるのですが、そんなことはないです。楽しいことは、全体の5%くらい。95%はほぼ毎日泣いています(笑)。でも、その楽しい5%があるから戦えるわけですし、頑張ろうと思える。5%の楽しみがない中で100%をやるかと言われたら、私はやらないです。だから、皆さんに言いたいのは、5%でも何かやりたいと思っていることがあるんだったら、残りの95%は頑張って、やり続けるしかないということです。
──最後に、起業やベンチャー就職を考えている研究者へのメッセージをお願いします。
何かをやろうと思ったときに、メリット・デメリットで考えて変な悩み方をしている人が多いと思います。でも、踏みだして気付くことの方がたくさんあって、それを十二分に糧にして進むことができるから、「現状維持」という考えのほうがよっぽど危ないと、起業した人たちはみんな話しています。新しい挑戦をすることでさまざまな繋がりができて、そこから新しい研究のアイデアが浮かんできて、両輪で進んでいくという新しい像が徐々に社会にも理解されてきています。大丈夫、自分たちが想定しているよりも世界はチャレンジャーを望んでいますよ。
あと、私は「これがよかった、やってよかった、失敗しても、ここで失敗してよかった」と、ストーリーとしてちゃんと話せるようにしています。誰かに言われたわけではなく、自分で選択すること。自分で選んだその道を正解にしていくことを考えています。
だから、これから転職や起業を考えている人たちにも、「その選択が正しかった」って思えるような行動を取り続ければいいと思います。進んだ道を正解にするのですから、怖くありません。「迷わず行けよ、行けばわかるさ」ってね(笑)。
【プロフィール紹介】
井上浄(いのうえじょう)
株式会社リバネス 代表取締役社長CCO(Chief Culter Officer)
博士(薬学)、薬剤師。2002年、大学院在学中に理工系大学生・大学院生のみでリバネスを設立。博士過程を修了後、北里大学理学部助教および講師、京都大学大学院医学研究科助教、慶應義塾大学特任准教授を経て、2018 年より熊本大学薬学部先端薬学教授、慶應義塾大学薬学部客員教授に就任・兼務。研究開発を行いながら、大学・研究機関との共同研究事業の立ち上げや研究所設立の支援等に携わる研究者であり経営者。武蔵野大学アントレプレナーシップ学部客員教授、経産省産業構造審議会委員、文部科学省技術専門審査員、JST SCORE-大学推進型委員会委員等も務め、多くのベンチャー企業の立ち上げにも携わり顧問を務める。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
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