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レーザー核融合発電でエネルギー自給率を上げ脱炭素にも貢献。EX-Fusion代表取締役社長 松尾一輝さん

レーザー核融合発電でエネルギー自給率を上げ脱炭素にも貢献。
EX-Fusion代表取締役社長 松尾一輝さん

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エネルギー資源に乏しい日本にとって、自前で生み出せるクリーンエネルギーの確保は、安全保障と経済的自立の鍵を握る重要な課題です。この課題に真っ向から取り組む研究者の一人として、今回は、核融合スタートアップである株式会社EX-Fusionの松尾一輝社長を取材しました。核融合エネルギーは、海水から豊富に採れる資源をもとに、安定的(Sustainable)にかつ安全(Safe)に、大電力を供給できる全く新しい、革新的な発電システムとして期待されています。EX-Fusionでは、レーザーを使って核融合を起こし発電することを目指しており、技術の内容や今後の見通し、起業・経営者として心がけていることを松尾社長に伺いました。

株式会社EX-Fusion

大阪大学発のベンチャー企業として20217月に設立。民間企業として日本で唯一「レーザー核融合」発電を目指す(出典:EX-Fusion社企業情報)。20244月には静岡県浜松市に最先端の実証研究施設を開設し、レーザー核融合発電の商用炉実現に向けた技術開発を加速させている。また、エネルギー分野にとどまらず、多岐にわたる産業分野への応用を目指し、技術革新に取り組んでいる。

株式会社EX-Fusion代表取締役社長の松尾一輝さん。(出典:EX-Fusion社Webサイトより)

核融合発電とは?

── レーザー核融合による発電を目指しているということですが、そもそも核融合発電とは何でしょうか?

松尾:核融合は、水素の同位体である重水素と三重水素(トリチウム)を核融合反応させることで、1グラムの燃料から石油8トンにも相当する莫大なエネルギーを得ることができます。これを発電に利用するのが核融合発電です。太陽内部で起きている「核融合反応」を人工的に起こすことでエネルギーを得るので、「地上に太陽を作る」とも言われています。

── 1グラムの燃料から石油8トン分とは、ものすごい効率のよさですね!

松尾:そのほかにもいくつものメリットがあります。二酸化炭素を排出しないこと、気象条件などの環境に左右されず安定的に電力を供給できること、燃料である重水素は海水から無尽蔵に取り出せるので、枯渇の心配がほぼ無いこと(海水中に含まれる重水素は3億年分あるとされます)などがあげられます。

── 核ということで原子力発電と混同している人も一般には、まだ多そうですが。

松尾:原子力発電は、核分裂を使用したもので、連鎖的な反応であるため暴走が起きる可能性があることや、高レベルの放射性廃棄物が課題です。一方で核融合は原子力とは真逆の原理で作られるエネルギーです。核の融合反応は1度きりなので、事故発生時でも装置が止まれば反応は止まります。廃棄物の放射性レベルも非常に低く、半減期はウランの約1/1000です。

── 核融合発電は、安全性が高い発電方法なのですね。

レーザー核融合発電とは?

── EX-Fusionで取り組まれている核融合発電は、レーザー核融合発電ということですが、どのような仕組みなのでしょうか。

松尾:まず、レーザー核融合発電の基本的な仕組みについて説明します。レーザー核融合発電では、直径3ミリほどの小さな球状の燃料ペレットに、非常に強力な「パルスレーザー」を照射します。パルスレーザーとは、ナノ秒単位の短い時間に非常に高いエネルギーを集中して放つレーザーのことです。燃料ペレットには、水素の同位体である重水素と三重水素(トリチウム)を使用します。レーザーをこの燃料に当てるとその際に生じる高圧力によってこれらの同位体が核融合反応を起こします(燃料ペレット表面がプラズマとなって噴出する一方、その反作用で、中心部に向かって瞬間的に非常に高い圧力を発生させる)。核融合が起こると、中性子と呼ばれる粒子がブランケット(壁)に向けて放出されます。このブランケットは液体金属で作られており、中性子を吸収することで約500℃程度まで熱くなります。この熱を利用して水を沸かし、蒸気を発生させてタービンを回し、電力を生成するのです。

── パルスレーザーの圧力で核融合反応を起こすので、レーザー方式なのですね。

松尾:はい。強力なレーザーで生み出される圧力は、太陽の内部で生じる200億気圧にも匹敵し、これを瞬間的に再現することが可能です。

── まさに「地上に太陽を作る技術」ですね。

核融合は「地上の太陽」とも呼ばれる次世代のエネルギー技術として注目されている(出典:EX-Fusion社提供資料より)。

── レーザー方式のほかにも核融合発電の方法はあるのでしょうか?

松尾:核融合発電には大まかに「磁場閉じ込め方式」と「慣性閉じ込め方式(レーザー方式)」の2つの方式があります。磁場方式は、プラズマを長い時間閉じ込めて維持することで核融合反応を長時間安定して起こしやすく、慣性方式(レーザー方式)は、外部から圧力をかけてプラズマをなるべく狭い領域に圧縮して高密度状態を実現することで、一定時間に起きる核融合反応の数を多くしやすいという特徴があり、磁場方式はプラズマの連続燃焼、レーザー方式は単発燃焼を繰り返すことで核融合発電の実現を目指しています。

── 松尾さんはどうしてレーザー方式を採用したのですか。

松尾:レーザー核融合が、一番効率が良いと思えたからです。レーザー照射の強度や回数を変えるだけで、柔軟に対応ができるのです。例えば、電力需要が高まる昼間には照射回数を増やして出力を上げ、需要が低い夜間には照射回数を減らして出力を抑えることが可能です。

磁場閉じ込め方式や従来の原子力発電では、出力の調整が難しいため、一定の電力を供給するベースロード電源としての利用が想定されています。一方レーザー方式は、発電量を自由に調整できるので、ピーク電源として、現在の石油火力発電の役割を代替できると考えています。また、再生可能エネルギーのような不安定な電源を補完する電源としても非常に有効です。

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レーザー核融合方式は電力の負荷変動に対応できるメリットがあり、ピーク電源の代替としても期待される。(出典:EX-Fusion社Webサイトより)

商用炉の実用化に向けて研究は着実に進展中!

── レーザー核融合発電の実現に向けて、研究は現在どの程度の進捗なのでしょうか?

松尾:202212月に、レーザー核融合発電の研究は重要なマイルストーンを達成しています。アメリカのローレンスリバモア国立研究所で、レーザー核融合にて初めてゲイン約1.5倍のエネルギー創出に成功しました。ゲイン1を超えるということは「投入したエネルギーよりも多くのエネルギーを得ることができた」ということを意味し、核融合業界全体にとって非常に重要な進展です。

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2022年12月、アメリカのローレンスリバモア国立研究所で、レーザー核融合(レーザーフュージョン)によるエネルギー純増(ゲイン)が、核融合発電の方式としては初めて達成された。(出典:EX-Fusion社提供資料より)

── レーザー方式が唯一、ゲイン1以上を達成したというのは、期待大ですね!

松尾:はい、ゲイン1以上を取る、というのが核融合研究の大きなマイルストーンで、1回(単発)でも短時間でも、それを達成するということを目指してやっていました。ただし、科学的に実証できても商用炉として実証できなければ社会実装はできません。我々EX-Fusionは、ローレンスリバモア研究所の成果を踏まえ、商用炉として求められる技術の開発に注力しています。

── 商用炉実現のためにはどのような技術が必要なのでしょうか?

松尾:商用炉として求められるのは、安定的にエネルギーを供給することです。そのためには、連続性や長時間の稼働が前提となるため、なるべく少ないエネルギーで発電する必要があります。そこで重要なのがレーザー制御技術です。レーザーをどのように当てれば、少量でたくさん発電するのかという研究です。

── 燃料にレーザーを当てる難易度はどれくらいなのでしょうか。

松尾:30m先の直径3ミリの燃料に向けて、髪の毛1本の太さ(約10ミクロン以下)の誤差範囲内に収まる精度で、1秒間に10回のレーザー光を当てる技術が必要です。しかも燃料ペレットは静止しているわけではなく、時速450kmくらいで飛んできます。

── 気が遠くなりそうです!

松尾:20244月に開設した静岡県浜松市の自社施設で、今まさにこの実験を行っていますが、高速で動く燃料球を追尾し、求められる精度でレーザー光を照射する技術はすでに実証に成功しています。

2024年4月に開設された浜松の研究拠点の内観イメージ。レーザー照射・追尾・制御システムの実証研究が行われている。(出典:EX-Fusion社Webサイトより)

── すごいですね! さらに次の段階として現在はどのような実験を行っているのですか?

松尾:商用炉は、安定的・連続的に稼働できることが求められます。レーザー核融合炉で安定して発電を持続するには、「燃料となる重水素と三重水素をレーザーで圧縮し、点火させる」ということを何度も繰り返す必要があります。ターゲットの投射から燃料の点火までのサイクルを1秒間に約10回の頻度で安定して繰り返すことができれば、発電所として運用が可能だと考えられています。そこで現在は、1秒間に10回のレーザー照射による核融合を、24時間連続で起こすことの実証に歩みを進めています。

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2017年に大阪大学レーザー科学研究所の乗松教授のチームによって提唱された「LIFT」と呼ばれる炉心デザインを採用。(出典:EX-Fusion社Webサイトより)

炉の外観。周りに刺さっている土管からレーザーを照射する。土管の直径は50センチから1メートル。(出典:EX-Fusion社Webサイトより)

── 精度を保ちながら24時間連続させるには更なる技術が必要なのですね。

松尾:レーザー光の波の形(波面)を正確に調整する「波面補正」という技術があるのですが、精度をさらに高めるべく、浜松の施設で実験を繰り返しています。また、商用炉とするには、レーザーだけでなく、中性子を受け止めるブランケットの開発も必要です。レーザー技術においては、光産業創成大学院大学の森芳孝准教授とも連携しており、「波面補正」などの技術的な課題解決に取り組んでいます。さらに、高純度の液体リチウム鉛燃料増殖材の大量合成技術の開発を東京工業大学と共同で進めています。

これらの技術を組み合わせて、できるだけ早く商用レーザー核融合炉の稼働を実現させたいと考えています。

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EX-Fusion社が光産業創生大学院大学との共同研究により開発したターゲット供給とレーザー追尾の実証実験装置。(出典:EX-Fusion社Webサイトより)

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自由落下する模擬ターゲットに対してその軌道をセンサーで追跡し予測した落下位置とタイミングに合わせて1秒間に10回の頻度でレーザーを照射する実験のイメージ。(出典:EX-Fusion社Webサイトより)

── 商用炉の実現は、ズバリ、何年後の目処でしょうか?

松尾:現在の計画では、2027年までにレーザーのパワーを向上させ、高精度で燃料ペレットに照射することで、中性子を連続して発生させる技術を確立することを目指しています。その後、2030年までにはレーザーの本数を増やし、発電に必要な量の中性子を安定して発生させることを目標としています。この段階で、発電の実証も同時に行う予定です。

── 想像していたよりも早いなという印象を受けました。

松尾:レーザー核融合には、部品が比較的小さく実証がコンパクトかつスピーディーに進められるという利点があります。レーザー1本での核融合の実証が成功すれば、理屈としては、あとは同じシステムを量産して組み合わせればよいので、商用炉構築への道筋も比較的見通しが立ちやすいのです。

── 目下の課題としてはどんなことがありますか?

松尾:現在取り組んでいる高精度で安定的に連続照射可能なレーザーの開発にはまだ数年の単位で時間がかかりますし、レーザーがハイパワーになることで発生する熱負荷の除去という課題もあります。さらに当然、商用炉としてのスケールアップ(設備の大型化)にともなって技術の難易度が増すことも避けられません。これらの課題を研究と開発を通じて地道に克服していきたいと考えています。

異分野からも大歓迎! 多様な技術が支えるレーザー核融合発電

── 松尾代表ご自身のことについても教えてください。レーザー核融合発電を研究したいと思ったのはいつ頃からのことですか?

松尾:中学や高校の頃は、核融合発電どころか、科学自体に特別な興味があったわけではなく、実はずっと「仙人になりたい」と本気で思っていました(笑)。

── 仙人ですか! 世俗を離れて自分の世界に没頭して暮らすイメージでしょうか。

松尾:そうですね。それで、仙人になるには山が必要だと思い、山を買うためにアルバイトばかりしていました。レーザー核融合発電に最初に興味を持ったのは、大学4回生になってからのことです。教授から「日本のエネルギー自給に貢献できる国産エネルギーの開発に関する研究をしてみてはどうか」というアドバイスを受けました。この提案に強く惹かれ、原料が海に無尽蔵にあり、資源の少ない日本でも自給できるという点で、レーザー核融合発電に注目し、研究を始めました。当時は社会課題の解決というような大きな使命感というより、「日本がどう変わるか、おもしろそうだな」という単純な好奇心がスタートでした。

現在、日本のエネルギー自給率は約13%と非常に低く、エネルギー資源の多くを海外からの輸入に依存しており、国際情勢の変化や供給国の事情によってエネルギー供給が不安定になるリスクがあります。理想のエネルギー自給率は30%です。また、近年は脱炭素も重要なキーワードとなりました。そのような背景もあり、国産エネルギーを実現することは、いまでは自分の人生の軸となっています。

── 研究者としてのキャリアの中で、ターニングポイントとなるような大きな影響を受けた出来事は何かありましたか?

松尾:核融合の研究のためにアメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校に渡ったことは、私にとって大きな転機でした。日本にはあまり核融合関連のスタートアップが存在しない中、アメリカではそれが身近にあり、自分がレーザー核融合の会社を起業するのも現実的な選択肢だと思えました。恩師であるファーハット・ベグ教授のもとで学んだ経験は非常に貴重でしたが、レーザー核融合発電の商用炉の実現を進めるために自分の人生をどう使うのが最も効率的かと具体的・現実的に考えた結果、カリフォルニア大学での研究を1年で切り上げて帰国し、EX-Fusionを立ち上げることにしました。

── 起業に当たって不安はありませんでしたか?

松尾:スタートアップの経営は当然リスクが伴いますし、不安がなかったと言えば嘘になります。ただ、社会全体から見たら、私の負うリスクなんて取るに足らないものだとも思っていました。なるべく効率よくレーザー核融合発電が社会実装されるためには、起業がベストだと考えた結果です。いまも、こうやったらできるんじゃないか、ああやったらできるんじゃないかと、いくつもアイディアがあります。

── 御社のリクルートページでは、さまざまな職種を募集していますが、レーザー核融合発電の研究・開発に必要な素養や知見とはどのようなものでしょうか?

松尾:レーザー核融合発電の研究開発は、多くの異なる技術分野が関わる非常に広範なプロジェクトです。そのため、レーザー核融合に直接関連する専門知識を持つことはもちろん有益ですが、それだけに限らず、異なる分野で培った技術や知識も大いに役立ちます。

例えば、浜松研究拠点で働く社員の一人は、以前に重力波の検出器を開発していました。重力波の検出器はレーザーの干渉計を使用するため、非常に精密な制御が求められます。このような技術や経験は、レーザー核融合発電の分野でも非常に有用です。彼がこのプロジェクトに参加したのは、核融合が太陽のような天体で起こる現象を地上で再現するという挑戦に魅力を感じたからだそうです。

その他にも、レーザー核融合発電に使用する部品は非常に細かいので、細かな作業が得意な方も、この分野に適していると思います。レーザー核融合発電の分野では、レーザーだけでなく色々な分野の技術者や研究者が持つ多様な視点やスキルが重要だと常々感じています。

エネルギーの基盤を作ることの意義深さ、ビッグサイエンスに携わるやりがいに共感していただける方なら、どんな分野でも構いません、この世界に入ってきてもらえたらとても嬉しいです。

── 経営者として心がけていることはありますか?

松尾:まず大切にしているのは、強みにフォーカスして効率的かつスピード感を持って事業を進めることです。私がベンチマークしている企業のひとつに、半導体の露光装置を製造しているASML社があります。この会社は300億円の装置を1週間で組み立てることができるそうです。ものすごい技術ですよね。我々もそのようなスピード感を見習いたいと常に心がけています。また、彼らの強みはスピードばかりでなく、外部に委託できるところはできるだけ委託する戦略をとる一方で、コア技術であるシステムの品質には徹底的にこだわるところにもあると思います。サプライチェーンの重要性を認識し、それを強みとする姿勢にもとても共感します。

もう一つ大切にしているのは、「研究を辞めない、なんとしても続ける」ということです。そのためには、レーザー核融合発電の研究過程で得た知見を応用し、別の収益源を確立することが重要です。つまり、「自活するマインド」を持つことですね。応用分野で収益を上げ、その資金をレーザー核融合研究に注ぎ続ける。このように、収益と研究投資のバランスを保ちながら会社を維持していくことが、ベンチャー経営の成功にとって欠かせないと考えています。

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松尾 一輝(まつお かずき)

株式会社EX-Fusion共同創設者兼CEO。大阪大学大学院博士後期課程理学研究科物理学専攻を修了、博士を取得。在学時は高速点火方式核融合の研究に注力し、効率的な核融合プラズマ加熱を実証し、将来的な核融合炉の実現に貢献。大阪大学修了後はカリフォルニア大学サンディエゴ校で核融合の研究に従事。帰国後、株式会社EX-Fusionを創設する。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)


リケラボ編集部

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