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2015年の創業から累計20億円以上の資金調達を達成し、日立製作所や荏原製作所といった大手企業、そして海外企業との共同研究が次々スタートするなど、今注目を集めるバイオベンチャー「セルファイバ」。コア技術は、ゲルでできた髪の毛ほどの太さのチューブの中で細胞培養を行う「細胞ファイバ」です。従来の20倍もの高効率で細胞培養を行うことができ、細胞そのものを薬として扱う細胞医薬品などの医療分野での活用が期待されています。
同社の代表取締役社長を務める柳沢佑さんは、1984年生まれの39歳。大学卒業後、ベンチャー企業で働き、その後再びアカデミアへ。博士後期課程では、世界的な学術誌Scienceに筆頭著者の論文が掲載され、東京大学総長賞を受賞するなどの研究キャリアを積んできました。2018年、セルファイバに入社後、わずか1年で代表取締役に就任し、現在は社長業に邁進しています。
「はたから見たら、かっこいいキャリアに見えるかもしれませんが、そんなことないんです。挫折と苦悩の連続です」と、苦笑いする柳沢さん。
今回の取材では、注目を集めるバイオベンチャー、セルファイバの挑戦とともに、柳沢さんが人生の局面で行ったキャリア選択の秘訣についてお伺いします。
細胞培養に革命を。細胞ファイバ技術とは?
──細胞ファイバとはどのようなものですか。
私たちのコア技術である細胞ファイバは、髪の毛の太さほどのゲルチューブの中に、細胞が詰まった構造体です。
細胞ファイバは、人工イクラに用いるようなゲルと凝固剤、そして細胞を「マイクロ流路」内で順序よく合流させることで作成することができます。実は、器用な学生さんならラボにある道具で作ることができるかもしれませんが、安定した品質で工業的に大量生産するためには、特別な装置が必要です。私たちは、この装置を開発し、クライアントが求める仕様に応じた細胞の大量培養を行うことを目標に研究を進めています。
──通常の細胞培養技術との違いについて教えてください。
細胞ファイバを用いると細胞培養の規模を拡大することができます。一般的に、研究室レベル(ミリリットル〜1リットル程度)のスケールでは、既存の培養皿やフラスコなどを用いて細胞培養を行っていますが、工業的生産レベル(数十リットル以上)になると、撹拌の物理的なストレスなどの影響もあり安定した品質で細胞培養することが難しくなってきます。また、例えば、iPS細胞などを長期間培養していると、細胞が塊を形成し、どんどん大きくなっていきます。すると、塊の内側の細胞には酸素が行き渡らなくなり、死滅してしまいます。
一方で細胞ファイバの中で培養を行うと、細胞がチューブ内の隙間を満たすように増殖するため、大きな細胞塊を作らずに、細胞数を増やすことが可能となります。そのため、細胞密度を高め、単位体積あたりの生産性を向上させることができます。この技術を用いることで、従来と比較して同じサイズの培養槽で20倍もの効率で、細胞培養が可能となりました。
細胞の大量製造方法の開発については企業や大学でさまざまな研究が進んでいます。私たちの技術は、規模や細胞の質の維持、低コストといった点で成熟したフェーズに進んでおり、顧客の方からも「はじめて現実的な大量製造方法になりそうだね」というような声をいただいております。
──大量培養した細胞はどのように活用されるのでしょうか?
まずは医療現場で、細胞医薬品として活用できるように研究を進めています。これまでの医療では、低分子〜高分子の化学物質を薬として投与してきましたが、近年、正常な細胞そのものや、薬の効果があるタンパク質を生産する細胞を薬として移植する「細胞医薬品」への注目が高まっています。白血病やがんなどの難治性疾患に高い効果があるとされているのですが、細胞の大量培養の難しさから、薬価が1回あたり数千万円と高額になり、適用がごく一部の患者に限られてしまいます。細胞ファイバ技術で高効率な細胞培養を行うことで、「治療法があるのに費用の問題で受けることができない」という課題を解決したいと考えています。
また、まずは医薬分野でビジネスモデルを作りつつ、今後は食糧問題や環境問題などさまざまな分野に技術を応用していく予定です。
──ミッションに込めた思いを教えてください。
セルファイバのミッションは「細胞は地球を救う」です。実は、某番組の「愛は地球を救う」というスローガンが元になっています(笑)。僕は博士時代、合成高分子が専門でした。だからこそ思うのですが、実は人間が化学合成で作れるものはたかが知れているんですね。一方で、細胞はエネルギーを非常に効率的に使うことができるため、人間が化学合成でものを作るより、細胞に作らせるほうが効率がいいんです。例えば、糖尿病の薬となるインスリンは元々は魚や豚から抽出していましたが、大腸菌に作らせることで工業的な大量生産が可能となりました。新しい技術が世界を変えるためには40〜50年ほどはかかるかもしれません。セルファイバも40〜50年先の細胞研究を変えるために、さまざまな挑戦をしています。
社会人から大学院へ、苦難の道のりで得たもの
──仕事を辞め、再び大学に進学したのはなぜですか。
学生時代は東京薬科大学で、好熱菌の熱耐性遺伝子の環境応答に関する研究をしました。振り返ると授業中に起きていた記憶がない…そんな学生でした(苦笑)。学部3年生からベンチャー企業の株式会社リバネスでインターンシップを始め、卒業後そのまま入社しました。
リバネスでは、新規事業や開発案件を担当していたのですが、だんだんと壁にぶち当たるようになりました。実は、社員のほとんどが修士卒、博士卒で自分の専門分野を活かしたプロジェクトを進めていました。そんな中、僕は学部卒。専門分野や研究経験が少なく「自分の特徴がない」と冷静に考え始めるようになっていきました。仕事を続けることに良いイメージが持てなくなり、悩む中で、ある転機が訪れました。
それは、2010年頃、化学オリンピック日本委員会様との仕事をした時でした。実は、大学生の頃からタンパク質のロボット的な振る舞いや、アミノ酸の立体構造などに興味があったため、プロジェクトを通して「この分野だったらもっと勉強をしてみたい」と考えるようになりました。2011年3月に仕事を辞め、大学院受験に挑戦しました。実は、ちょうどその頃入籍もしたのですが、背中を押してくれた妻の存在はかなり大きいです。感謝してもしきれません。
──大学院ではどのような研究生活を送りましたか。
「高分子化学」領域での研究を求めて東京大学大学院工学系研究科に進学しました。
社会に出ると「学び」ってお金がかかるじゃないですか、でも大学に戻ると、もちろん学費は払いますが、色々な専門家の話が聴き放題になるので、結構、目が冴えていました(笑)。
しかし元々、化学の基礎教養がなかったこともあり、博士課程の1年時くらいまでぱっとした成果が出ず、その頃が一番生きていて憂鬱でしたね。会社を辞めて研究室に入ったのに、研究室でも成果が出せなくて。そこで何も残せなかったら、自分で自分を肯定すること自体が難しくなる。だから、本当に苦しかったんです。
──振り返って、何が原因だったのでしょうか。
思い込みが強くて、頭でっかちだったんだと思います。
例えば、先生から何度も「君は、予期していないことを見つけようとしているのかね?」と言われていました。立てた仮説に固執して、本当に目の前で起こっている現象そのものを見ることができていなかったんです。先生の言葉の意味を理解するのに、3年くらいかかりました。
──苦難を乗り越えられた理由とは。
毎日が辛くて、博士を辞めるか、先生とも何度も相談していました。どん底まで落ちた中で、ふと「もしかして、頑張っている方向が違うのかな」と思うことがあったんです。先生に相談してみたら、とても応援してくれて。そこから、Science掲載につながる研究テーマが始まりました。
実は、程々の研究で成果をまとめて卒業したい!という気持ちもなかったといえば嘘になるくらいにあったのですが、先生が許してくれなくて…(笑)。結果、博士課程を1年10ヶ月オーバーすることになり、大変な毎日でしたが、当時を振り返ると、その期間にも先生からは本当に色々なことを教えていただき感謝をしています。
僕はラッキーだったんだと思います。本当は逃げたかったし、目をつむりたかったけど、周りの人たちにその目を開けさせられちゃって、状況に向き合うしかなかった。そこで覚悟を決めて「よし、もうやるしかない」と思えたことが本当に良かったんだと思います。
研究者から、バイオベンチャー社長へ
──セルファイバとの出会いを教えてください。
博士課程の最後の1年はほとんど論文作業だったこともあり、就職活動を並行して行っていました。壊れても圧着するガラスの研究をしていたため、自己修復材料分野に興味があり、中でも、合成高分子と生物のハイブリッド材料に注目をしていました。日本でその研究をしているラボを探したところ、竹内昌治先生にたどり着き、先生がセルファイバの創業者でもあったことから入社となりました。
──入社1年で社長へ就任されていますが、どのような経緯があったのですか。
最初は研究員として入社し、ポリマーの化学修飾などをしていました。
業務を行う中で、会社としてまだビジネスの方向性が定まりきっていないな、ということに気が付きまして。そこから、担当者と一緒に事業計画の書き方を勉強したり、ベンチャーキャピタルの方との打ち合わせに同席したりしていくうちに「あなたやれば?」みたいな雰囲気になっていって。「社長候補」として入社したのではなくて、流れで社長になりました(笑)。
ベンチャーの経験はありましたが、もちろん社長業は初めてです。でも、大学院でなんとかひと仕事終えた経験があったので、「まあ、なんとかなるだろう」みたいな思いはありました。根拠はありませんでしたが。経営について何も知らない状態で社長になるのは…、結構大変なことも多くて、誰にでもおすすめできる流れではありません(苦笑)
──バイオベンチャー社長の仕事内容について教えてください。
少し前までは、投資家やベンチャーキャピタルを回って、投資のお願いを進めてきました。さまざまなご縁があり、投資や補助金などで総額20億円以上の資金調達を進めることができました。投資家の方と話していても、伝わらなくて、理解されなくて、もどかしい場面もありますが、その後、冷静に何が伝わらなかったのか1つずつ軌道修正していくところは、ちょっと研究と似ていると感じます。また、研究者のマインドが活きていると感じるのは「ちゃんと答えを1つずつ出す感覚で行う」ということです。意思決定をする時にも、「なんとなくの感覚」ではやっぱり人を納得させることは難しいんですよね。ちゃんと判断基準を作って1つずつ進めていくことが重要だと感じています。これも研究と通じることかもしれませんね。
ここ最近は、採用やパートナーシップの形成などいわゆる「仲間づくり」を行っています。自分たちだけでは開発が完了しないフェーズに突入したため、高い専門性を持つ国内外の企業の力をお借りし、新しい知を生み出そうとしています。また、社員やアドバイザーになってくれる方の採用について方向性を立て、進めています。
後は社内の構造化を進めたり、チームごとの目標を整理し人の配分を行ったりなど…。組織の問題解決をしています。
──達成感を感じる瞬間はありますか。
まだ感じていないかもしれません。資金調達にしても、責任を伴っているじゃないですか。安堵と共に、これから始まることへの焦りを感じています。
面白いと感じることは、社会へインパクトを与える挑戦ができるということです。大学の研究室では、専門家同士で尖った議論ができる面白さがあります。でも、そこから社会にインパクトを与えるためには、コア技術に関する専門家だけでは不可能で、いろいろな専門家の知見が必要不可欠です。僕のポジションのミッションは、技術や法律や規制などさまざまな専門家の方と議論や調整をしながら、集合知を作り、それを世の中の方が求める形に変えていくことです。社長業はすごく大変な面もありますが、面白い仕事をさせていただいていると感じています。
──次の目標について教えてください。
この先2年くらいの目標は「人に供与可能な細胞を作れることを示す」ことです。そこをちゃんとやりきりたいと感じています。その先は、環境や食糧問題の解決策として細胞ファイバ技術を活かしていきたいと考えています。
研究者が社会で活躍するために
──柳沢さんの行動指針を教えてください。
居心地のいい場所に居続けないってことはすごく大事な気がしています。研究者だから研究だけをするって、大変ですけど、楽といえば楽です。でも、研究者が研究者のまま価値を発揮しようとするといろんな難しさに直面するんですよね。その点、技術についてわかっている人が特許を理解していたり、マーケティングもできたり、というように一歩踏み出して、自分の専門性と他の専門性を掛け合わせることができると、これまでの経験が役立つシーンが増えると思います。すごくレアな人材になれるということですね。何かを極めた後に、また今度全然違うことをやってみようと思うのはいいことかもしれません。
──キャリアに悩む読者の方へのメッセージをお願いします。
振り返ると、頭でっかちでいいことなんてなかったと思います。「案ずるよりも生むが易し」という言葉の通りで、考えもしなかったことが現に今起こっているわけで。他の分野や業界について興味をもってみたり、異なる環境に身を置いたこと自体が、新しいバリューになると思います。セルファイバも事業を共に進める仲間を募集しています。ぜひ、ご興味ある方は一緒に挑戦しましょう!
株式会社セルファイバ 代表取締役社長 柳沢 佑(やなぎさわ ゆう)
1984年7月2日、静岡県生まれ。博士(工学)。東京薬科大学生命科学部環境生命科学科を卒業後、株式会社リバネスへ入社。2011年に東京大学大学院工学系研究科に進学し、2017年には「屈曲型水素結合を利用した機能性マテリアル」に関する研究成果がScienceにも掲載される。2018年にセルファイバへ入社後、わずか1年で代表取締役社長に抜擢。地球上の諸課題の課題解決に細胞を役立てるため、日々社長業に邁進する。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
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