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みなさんこんにちは、ライターの笹沼です。バリバリの文系の私が、理系の研究室に突撃取材する本企画。知識はまったくナシ、憧れと興味だけを胸に、失礼を承知で「何の研究をしているんですか??」とズカズカ聞いてみたいと思います。
第2回目の今回お話を伺ったのは、順天堂大学大学院医学研究科・環境医学研究所の、荒木慶彦先任准教授です。今回も優しい先生だといいな……。
研究室に突撃!
研究室があるのは、順天堂大学医学部附属浦安病院。大学病院自体ほとんど足を踏み入れたことがないのですが、さらに普通は入ることのないフロアに行けるだなんてドキドキです。
研究室に着くと、荒木先生の姿が。部屋にある棚や机にはさまざまな薬品や実験器具が並び、たくさんの方が実験をされています。お忙しいところお邪魔します……。それでは先生、今日はよろしくお願いします!
この突撃企画は、文系のライターが理系の研究内容について教えていただくというものです。
僕ね、そもそも“文系”とか“理系”っていう言葉が嫌いなんですよ(笑)。
す、すみません……!
嫌いというか、学問には文系も理系も関係ないと思っているんです。
特に、医学部というところは皆さんがイメージするような“文系”的な要素がものすごくあるんです。理系といえば、数学が得意だったり、黙々と研究をしていたりというイメージを持たれがちですが、医者のように人との関わりが重要になる仕事も数多くあります。専門分野が何だとか、得意科目が何だとか、そういうことで“理系”“文系”と区別できるものではないと思うんですよね。
たとえば、物理学・数学・生物学など、今となってはそれぞれまったく違う学問のように思うかもしれませんが、もともとはすべて「我々はどうしてこの世に存在しているのか」という疑問のもと始まっています。ヨーロッパ源流の学問はみんな、ギリシャの哲学から始まっているんです。
「我々はどうしてこの世に存在しているのか」……たしかにすごく哲学ですね。
たとえば、アルキメデスは数学者として有名だけれど哲学者でもある。ピタゴラスやアリストテレス、医学の始祖といわれるヒポクラテスもそう。古代ギリシャの高名な学者は、みんな哲学者なんです。なぜかというと結局、「我々はどうしてこの世に存在しているのか」ということを突き詰めて考えていくと、モノを落としたときの法則だったり、生物の繁殖方法だったり、あらゆる方向に興味が広がっていくから。それが学問の大元になっているわけです。
素朴にも思えるひとつの疑問が、あらゆる学問に発展していったのですね!
日本式の文・理区分がナンセンスであるという別の例を挙げるなら、今は大学の「経済学部」は文系学部として分類されていますが、ノーベル経済学賞の受賞者の多くは、数学者です。これが日本だと、数学が苦手だからといって文系学部に入ろうと経済学部を選んだがゆえに統計の授業なんかで痛い目を見たという学生さんがごろごろいますよね。
それはまさに私のことです……。なんとなく受験した経済学部に入ったら、統計学の授業や、経済学のテストに出てくる計算問題にものすごく苦労しました。
そうでしょう。もちろん別に数学が苦手なのに経済学部に行くなという話ではなくて、僕が言いたいのは要するに、すべての学問の源流は同じなんだということ。だから一見まったく違った分野同士でも、かならずどこかに共通する要素があります。
たとえば大学の授業で、毎回一番前の席で真面目にノートをとっている学生と、普段は授業をサボって、テスト前に真面目な学生のノートをコピーして試験を乗り切る不真面目な学生がいるとします。でも、もし真面目な学生が全員いなくなったら、どうなると思いますか? おそらく不真面目な学生のなかで一番真面目なやつが、「しょうがないなあ」ってノートをとるようになるんです(笑)。
このような現象は、社会学における大衆の動きであると同時に、生命科学における細胞が集まったときの動きとも非常に似ています。人間を細胞だととらえて、社会というひとつの大きな生き物を知ろうとする際に、生命科学の知識はそのまま十分役に立つと思います。これは逆に細胞を社会の一員として生命現象を探求しようという細胞社会学 1)という概念があるほどです。
人間が細胞で社会が生き物! 考えたこともありませんでした。
こういうことがわかってくると、やっぱり“文系”“理系”といったくくりで、早いうちから可能性を閉じてしまうのは非常にもったいないと思いませんか? 今の時代、中学生くらいから文系か理系か意識し始めますよね。周りの大人に「あなたはこっちのほうが向いている」なんて言われたりもして。
だからまあ……僕の理想は、文系理系の垣根を超えることですね。……という前提で、研究内容についてもお話していきますね。
今でこそ“文系”“理系”と分けて認識されてしまっていても、元は同じ学問だったのですね。とっても興味深くて、視界が開けたような気分です。ぜひ、研究のことも教えていただきたいです!
研究内容について
-生殖の研究は生物の本質を知ることにつながる-
では、ズバリ伺います。ひとことで言うと、先生はどんな研究をされているのですか?
簡単に言うと、精子と卵子がどんなふうに受精して、どうやって子宮に着床するのかという、有性生殖のメカニズムを勉強しています。
それは、どんなことの役に立つんですか?
やはりそこは気になりますよね、前回の記事読みましたよ(笑)。
受精、つまり命の誕生というのは、いわば生命の基礎理論。それを知ることは、生命のもつ基本的な力を解明することにつながります。
たとえば、風邪をひいたとします。そうすると風邪薬を飲みますよね。風邪薬は、鼻水を抑えたり、頭痛を和らげてくれたりしますが、眠くなる成分によってしっかりと身体を休ませる役割もある。それで風邪が治ったとき、果たして薬のおかげなのか、眠って休んだことで治ったのかわかりませんが、おそらく後者なんです。つまり、自然に治癒していく力を引き出すことが重要なのであって、基本的には薬や医者が必ずしも直接的に病気を治しているわけではありません。
このような、本来人間が持つ生命力などを解明していくうえでも、原点にある生殖のメカニズムを知ることは役に立つはずだと思っています。
人間がもつ自然治癒力などの本来の生命力を解明するのに、受精の研究……すみません、まだあまりつながりがピンとこないのですが……。
あくまで自然治癒力のことはひとつの例であって、僕が言いたいのは、受精を含む生殖活動というのは生物が生物たる定義そのものであり、生殖の研究は生物の本質を知ることにつながるということです。生殖細胞は、他の細胞とは明確に一線を画すところがあると考えています。というのは、美容整形をしたり、インプラントをしたり、つまり体細胞の範囲で身体の一部をいじっても、形を人工的に変えたあとの特徴が子どもに遺伝することはまずありません。でも、生殖細胞を変にいじってしまうと、その子孫がどうなってしまうかまったくわからないという怖さがあります。すぐには影響がわからなくても、「生命の進化」という、ものすごく長い時間軸で見ると、もしかするとこの先何百万年もかけて少しずつ異常が現れていくかもしれません。案外都合が良い方向にいくかもしれない。
それだけ多くの謎を秘めている分野でもあるということです。人生が何回あっても足りないくらいに、生殖のメカニズムにはまだまだわからないことだらけなんです。
生命の根源を理解することで身体の仕組みも理解しやすくなる、という感じでしょうか?
人間の身体の仕組みというよりも、生命がどのように生き残ってきたのか、ということですね。やはり哲学に近いです。
「我々はどうしてこの世に存在しているのか」につながるわけですね。
人間にかかわらず、生物というものは本来、無駄なエネルギーを使いたがりません。先ほどの、授業をサボってノートだけ写す大学生のように、大概は楽な方法を選びます。それが生命現象の一般原則なんです(「Liebigの最小律」などが有名)。
ところが有性生殖というのは、一見それに反してとても面倒くさいプロセスです。個体を増やすだけなら、バクテリアと同じように、いわゆるクローンを作ってしまえば(ただ分裂だけで増えれば)簡単なものを、わざわざ減数分裂してまで生殖細胞を介して繁殖していきます。
減数分裂というと……?
普通、体細胞は偶数の染色体を持っているのですが、生殖細胞はその半分しか持っていません。精子と卵子が融合してちょうどよくなるように、どうやってか半分にしているわけです。どうしてわざわざそんな面倒なことをするんだろう、と。しかも、地球上のほとんどの生物(植物も含めて!)にはオスとメスがいて、有性生殖をしている。そんなところに、我々の研究チームは素朴な疑問を抱いています。
どうしてそんな面倒なことをしているのか、わかっている理由はあるのでしょうか?
ひとつは、たとえばまったく同じ人間が増えていった場合、その人がすごく暑さに弱いと、猛暑で死んでしまえばそこで終わりになってしまいますよね。そうならないように、異なる遺伝子を組み合わせて多様性を生んでいくためだと考えられています。でも、それだけじゃないはずなんです。
20年ほど前、クローン羊のドリーが話題になりました。そのすぐあとにマウスや牛でも成功して、哺乳類でもクローンをつくること自体は実現可能だということがわかった(それまではなんとなく「哺乳類ではクローン増殖は不可能」と殆どの研究者はそう思い込んでいた!)。でも、クローン生殖というのは本来現在バクテリアなどの限られた生物がとっている生殖方法です。そのバクテリアが、現在地球上の殆どすべての生命体の共通先祖だと考えられています。つまり、科学が発達したからクローンができるようになったのではなく、生命の進化の過程で「クローンはダメ」と封印されていたものが、強引に呼び起こされたとも言えますね。
封印されていたものが呼び起こされるなんて、映画の世界みたいです。
その後、実際に自身の研究でクローンマウスをつくることがあったのですが、このクローンマウスはほとんどがすぐに死んでしまうんです。また、体重も胎盤を含め倍ほどに巨大になってしまいます。本来、マウスは生まれたときは目(まぶた)がふさがっていて、生後徐々にまぶたの間(瞼裂)が分裂していくのですが、この研究でつくったクローンマウスは初めから目が開いていて、皮膚の構造もおかしい 2)。つまり、クローンをつくると体に何らかの異常を持って生まれてしまうということです。
ところが、クローンが生き延びて、有性生殖で子どもをつくると、子どもには異常が現れません。要するに有性生殖には、コンピュータをフォーマットし直すように、体細胞の異常をリセットする役割があるのではないかとも考えられています。
わざわざ面倒な方法を選ぶだけのものすごく大きな利点が隠されているのですね。もっと生殖のメカニズムに関する研究について知りたいです! 先生がこれから解明していきたいと思っている謎などはあるのでしょうか?
僕がいま一番興味を持っているのは、受精のシグナルについて、です。受精卵が卵管から子宮に到着、つまり着床するとき、母体はすでに受精卵がいることをわかっているんですよ。一般的に検査などで確認する“妊娠反応”は、胎盤から分泌されるホルモンを検出しています。ですが、それ以前に子宮が胚を迎え入れるために“ベッドメイキング”を始めるためのシグナルが受精卵から出ているはずなのです。ものすごく小さな受精卵(子宮に着床する前の初期胚)がどうやって全身にシグナルを伝えるのか、ずっと謎でした。そこで、「免疫系を介してシグナルを増幅させ、全身に送っているのではないか」という仮説 3)を立てて、検証を続けています。もしこういったメカニズムがわかれば、受精着床の謎の解明への一歩になるんです。
顕微鏡を使わなければ見えないほどの小さな受精卵が、妊娠したことを全身に伝えるだなんて、不思議すぎます。
最近、パンダの赤ちゃんが産まれて話題になりましたよね。あまりの小ささに驚きませんでしたか? 大人のパンダは100 kg以上もあるのに、赤ちゃんは150 gほど。クマ科の動物はみんなそのくらいなんです。これは、おそらく身体のなかに長くいられると困るからなんじゃないかと。だからこそ、哺乳類以外は殆どみんな身体の外に卵を産むし、哺乳類でもコアラやカンガルーなどの有袋類は、早く産んでしまって袋のなかで育てます。平均50~60 kgの身体から3 kgほどの子どもを産むヒトは、哺乳類のなかでもむしろ珍しい存在といえるかもしれません。
お腹のなかにいられたら困るのは、動きが制限されて、野生の世界で外敵に襲われやすくなるからですか?
それもあるだろうけれど、そもそも身体のなかに胎児がいることが、母体にとって異常事態なのでしょう。だから、先ほどの受精シグナルも、異常に備えるよう母体に伝えている、あるいはシグナル自身が母体の排除機構から逃れる「妨害電波」のようなものではないかと考えています。
人間の身体ってすごい……。生殖医学、とっても面白いです!
ですが、生殖医学には、慎重に考えなければならない問題も多々あります。何度も言いますが、生殖は生物の本質であると同時に、下手に干渉してしまうと、未来にどのような影響が出るのかすぐにはわからないという側面があります。もちろん、だからといって「生殖細胞への干渉は悪だ」と単純な善悪二元論で語るべきことでもありません。ただ、僕には産婦人科医としての現場での臨床経験と、研究経験の両方があるので、その両面から、認識すべき危険性については、適切に示していく必要があると考えています。「出来ること」と「やっていいこと」は別次元の話です。
非常に興味深くも難しい分野なのですね。そもそも、先生はどうして「生命がこの世に存在しているのか」哲学するようになったのでしょうか?
やっぱり、病院に勤めていろいろな人の生死を目の当たりにしたり、歳を重ねて親しい人が亡くなったりすると、「生命ってなんだろう」と考えるようになりますよね。僕があなたくらいの歳のころは、そんなこと考えたこともなかったけれど。
森鴎外、斎藤茂吉、手塚治虫など、日本の一流の表現者たちにも医者が多いですよね。それは単なる偶然ではなくて、おそらく、医学を学んでいると生命に関するさまざまなことに興味や疑問をもつからだと思います
医学を通して生命に触れていると、それだけ学ぶべきことも、興味を持つ対象も多くなるのですね。
だから、子どものころにいろいろと学んで詰め込むことは、決して間違っていないんですよ。最初から「興味がない」と決めつけるのではなく、「やってみたら興味が出てくるかもしれない」というのが正しいと僕は思います。
たとえば学校で、「ありをりはべり」といった感じで、古文の活用形なんかやったでしょう。もしかしたら、習ったときには「こんなこと憶えて何になるんだ」と思ったかもしれません。僕も高校生の時はそう思ってました。しかし、あの文法は、多くの文法学者たちが一生をかけて文献を分析して手に入れたもの。先人たちが人生をかけて挙げた成果を、現代の人々はまるごと知識として得られるわけです。こんなに楽でありがたいことはないですよ。つまり、若いうちにとにかく硬軟どんなジャンルでもいろいろな本を読んで勉強して、広く教養を得るというか、「知的好奇心」を常に持ち続けることが、どんな職業につくにせよ大切なんじゃないでしょうか。「人間だもの」ですから。それに、仕事に必要な専門の知識などは、責任感や手ぎわのよさがあれば、社会に出てからでも十分に学べます(専門的なことは、職につけばやりたくなくても無理矢理やらねばならなくなるものです)。
興味深いことに、環境要因も遺伝子の発現に影響するという研究結果もあるんです。凶暴な性格の遺伝子系統のラットの赤ちゃんを、子育てが上手く優しいラットに育てさせると、穏やかで優しいラットになったという結果が報告されています 4)。ヒトでも生まれたばかりの未熟児の重要遺伝子発現は環境によって左右されるという我々の研究結果もあります 5)。人間も、環境次第でどうにでも化けるんですよ。
結論として僕が言いたいのは、人間の資質には「文系も理系もない」ということ。最初の話に戻るわけです(笑)。特に学生のみなさんには「理系の枠にとどまるのは自らの可能性を閉じていることになるんだよ」って、声を大にして伝えたいですね!
……荒木先生、とっても興味深いお話をありがとうございました。生命の本質である、生殖のメカニズムを解明することが、「生命がどのように生き残ってきたのか」理解することにつながるのですね。そして、すべての学問はつながり合っていて、本来は理系も文系も関係ないだなんて……目の覚めるようなお話でした!
参考文献
1. Chandebois R. Cell sociology: a way of reconsidering the current concepts of morphogenesis, Acta Biotheoretica 25: 71-102, 1976.
2. Shimozawa N, Ono Y, Kimoto S, Muguruma K, Sotomaru Y, Hioki K, Araki Y, Shinkai Y, Kono T, Ito M. Abnormalities in cloned mice are not transmitted to the progeny. Genesis 34:203-7, 2002.
3. Fujiwara H, Araki Y, Toshimori K. Is the zona pellucida an intrinsic source of signals activating maternal recognition of the developing mammalian embryo? J Reprod Immunol 81:1-8, 2009.
4. Francis D, Diorio J, Liu D, Meaney MJ. Nongenomic transmission across generations of maternal behavior and stress responses in the rat. Science 286: 1155-8, 1999
5. Kantake M, Yoshitake H, Ishikawa H, Araki Y, Shimizu T. Postnatal epigenetic modification of glucocorticoid receptor gene in preterm infants: a prospective cohort study. BMJ Open 4: e005318. doi:10.1136/bmjopen-2014-005318, 2014.
荒木 慶彦 先生
順天堂大学大学院 環境医学研究所 先任准教授。医学博士。
1983年山形大学医学部卒業。1987年山形大学大学院医学研究科博士課程(産婦人科学・免疫学専攻)修了。山形県立中央病院産婦人科勤務を経て1988 年 Case Western Reserve 大学医学部生理学・生物物理学 研究員、1990 年 Vanderbilt 大学医学部生殖生物学研究センター・講師、1992 年 山形大学医学部産科婦人科学講座・助手、山形大学医学部附属病院産科婦人科・外来医長(併任)、講師を経て 1997 年より山形大学医学部免疫学・寄生虫学講座・助教授。1999 年 Vanderbilt 大学医学部産科婦人科学・準教授。2001年 山形大学医学部免疫学・文部科学教官・助教授(復職)、2004年 順天堂大学大学院医学研究科・環境医学研究所・先任准教授、2011年より 順天堂大学大学院医学研究科 産婦人科学 准教授(併任)
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
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