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栄養学の新潮流「時間栄養学」とは? 私たちの健康を左右する、食事と体内時計の密接な関係に迫る!

栄養学の新潮流「時間栄養学」とは? 私たちの健康を左右する、食事と体内時計の密接な関係に迫る!

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時間栄養学という学問をご存じでしょうか? 「何を食べるか」だけでなく「いつ食べるか」が健康に及ぼす影響を探る、栄養学の革新的なアプローチです。国内で時間栄養学の第一人者である広島大学大学院の田原優先生に、体内時計と食事のタイミングがどのように結びついているか、この学問が私たちの日常にどのように役立つのか、その現状と展望について伺いました。

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リケラボ編集部作成

服薬も食事もタイミングが重要

── 時間栄養学は、従来の栄養学とどう違うのでしょうか?

田原:「何を、どれだけ食べるか」という視点で食品の持つ栄養やその働きについて考えるのが栄養学ですが、それに加えて、「いつ食べるか」という視点を重要視するのが時間栄養学です。たとえば実用的な面で言えば、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」には、1日のエネルギー摂取量などの基準は定めていますが、「いつ食べるか」についてはほとんど触れられていません。それを明確にしようというのが時間栄養学の役割のひとつです。

── 食べる時間によって食事の効果が変わるということでしょうか?

田原:薬を飲む効果的なタイミングを研究する時間薬理学、時間治療学という学問があります。すでに20年くらいの歴史があり、ぜんそくの薬は夜飲む方が効果的だとか、抗がん剤はターゲット分子が活発な時間帯に投与するとよいのではないか、というように、薬を飲むタイミングを生体のリズムに合わせることで、薬の効果を最大化しようとする研究です。時間栄養学は食事にその考え方を適用し、「いつ食べるか」によって、体内への作用がどのように異なるのかを検証し、個々人の目的に合った食事内容やタイミングの工夫ができるようになることを目指しています。

── なぜ、時間帯によって薬の効果や栄養の吸収が異なるのでしょうか?

田原:体内時計が大きくかかわっています。体内時計は睡眠・代謝・ホルモン分泌といった様々な生理機能をコントロールし、生体のリズムを調整しています。夜眠くなり朝になると自然と目覚めるのも、体温が朝低く、夕方にかけて上がっていくのも体内時計の働きによるものです。肝臓などの臓器も時間帯によって活動が活発だったり、休んでいたりしますが、これも体内時計によって調節されています。同じものを食べても時間帯が異なれば、吸収されやすかったりされにくくなるというのは、なんとなく想像できますよね。そこで、体のリズムと食事がどのように影響しあっているのかを科学的に明らかにしていこうとしているのが時間栄養学です。

夜遅くに食べると太るのは、体内時計のしわざ

── 体内時計と食事との関係性が分かりやすい例があれば教えてください。

田原:たとえば、昔から夜食は太ると言われてきましたが、それは、BMAL1(ビーマルワン)という体脂肪を増加させるタンパク質が夜間に最も活動する(増える)からです。BMAL1は、体内時計を調節する機能を持つ、時計遺伝子の一つです。

── 時計遺伝子とはなんでしょうか?

田原:時計遺伝子は、人体のほぼすべての細胞に発現しリズムを刻んでいます。体内時計は、脳の視交叉上核に位置するマスタークロック(中枢時計)と、全身の各臓器や細胞に存在する末梢時計から構成されています。マスタークロックが全身へ指令を出し、末梢の細胞ひとつひとつにある時計遺伝子がはたらいて、24時間周期の概日リズムを刻んでいます。人間だけでなくシアノバクテリアのような原始的ないきものや植物も体内時計を持っています。

太陽が昇り、日が暮れてまた朝が来る地球の1日の周期にあわせて生きるために進化的に作られてきたのだろうと考えられています。時計遺伝子の発見は、体内時計のメカニズムを証明しうる大発見として、2017年にノーベル賞を受賞しました。

── 栄養学に体内時計の研究で得た知見を取り入れることで、より効果的な食事のとり方がわかりそうですね。

田原:先ほどの夜食の例は、体内時計に合わせて食事をとることの提案ですが、一方で食事によって体内時計を調節することも研究されています。人間の体内時計は正確には24時間ではありません。毎日10分から30分程度遅れていきます。朝日を浴びたり朝ご飯を食べたりすることで体内時計をリセットしているのですが、私が研究を始めた2007年頃は、食事が体内時計に与える影響について、具体的な作用機序はまだ明らかではありませんでした。この辺の研究が進展したことで、時間栄養学が学問として成立してきたと言えます。

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食事で体内時計を調節し、体のリズムを整える

── 先生は、食事が体内時計に与える影響を調べられたのですか?

田原:そうです。早稲田大学に所属していた時、研究室全体でタンパク質などの栄養素が体内時計にどのように作用するか、そしてそれらが時間によってどのように異なる反応を示すのかを共同で調査しました。個々の栄養成分ごとに反応を試していくのです。そうしていくと、炭水化物やオメガ3脂肪酸はインスリンの機能を高めて体内時計を調節することがわかりました。また、タンパク質はIGF-1というインスリン様成長因子を介して体内時計を調節することがわかりました。

── どのような実験だったのでしょう?

田原:マウスの体内時計をホタルの発光を利用して測定する、in vivo発光リズム測定法です。私が博士課程の時に確立した方法で、体内時計を制御している時計遺伝子にホタルの発光酵素を組み込んだマウスに麻酔をかけ、高解像度CCDカメラを搭載したin vivoイメージング装置で撮影することで、体内の臓器の発光を可視化することができるというもので、これによってマウスを生かしたまま肝臓や腎臓などで発現する時計遺伝子を簡単に測定できるようになりました。

── 体内時計を考慮に入れて食事をすると、健康を維持できそうですね。

田原:お話ししてきたように、時間栄養学のポイントは2つあって、1つは、食事が体内時計を調節するということ。もう1つは体内時計に合わせて食事を摂ることによる効果です。

両方を活用した食生活を提案し、健康寿命が伸ばせるといいなと考えています。

時間栄養学で、これまでの常識を覆す事実が次々と!

── 食事と時間の関係で分かってきたことをもっと教えてください。

田原:意外な発見として、これまでは一般的に「間食は控えたほうがいい」と言われてきましたが、実は必ずしもそうではないことがわかりました夕食のごはんの量を減らし、その代わりに午後におにぎり1個を間食として食べることで、夕食後の血糖値の急上昇を防ぐ効果があります。血糖値が急上昇すると血管に障害が起こったり、動脈硬化の原因になったりもしますし、膵臓にも負荷がかかるので糖尿病のリスクも高まります。適度な間食はそうしたリスクを低減してくれるのです。間食というより、一度の食事で一気に摂らず分けて食べる「分食」と考えることもポイントです。

適度な間食には血糖値の急速な上昇を抑えるメリットがあるという(画像提供:shutterstock)

── 時間栄養学を生かしたダイエット方法はありますか?

田原:最近、注目を集めている8時間ダイエット」という方法があります。1日の食事を8時間以内に全て済ませ、残りの16時間は断食状態を維持するというものです。厳密にいうと体内時計との関わりは少ないのですが、食べるタイミングを考慮するという意味で時間栄養学の考え方が生かされており、実際に体重を減らす効果は確認できています。

── でも1日の食事を8時間以内に収めるというのは、簡単ではなさそうです。

田原:そうですね。たとえば朝食を8時に摂ったとすると、16時までは何を食べてもいいですが、それ以降は何も食べてはいけないということになります。家族がいる方であれば夕食をともにできないのはなかなか辛かったりしますよね。それならばと20時に夕食を摂ることを前提にした場合、次に食べられるのは翌日の正午ということになります。つまり、朝食を抜き、12時に昼食、午後に間食、そしてまた20時に夕食を摂るというサイクルですね。ではこの朝食を抜くパターンと夕食を抜くパターン、効果に差はあるのかというと、実は先行研究は結構たくさんあって、色々と論文を調べる限り、結論、どちらも同じぐらい痩せましたと。つまり抜くのが朝食でも夕食でも「8時間ダイエット」自体には効果はあると言っていいと思います。ただこれはあくまで「痩せる」という点についてのみの話です。別の研究結果からいうと、やはりできるだけ朝食はしっかり摂ることをお勧めしています。

── 田原先生ご自身が、時間栄養学的に取り入れている食事の仕方はありますか?

田原:まさに今申した通り、やっぱり朝ご飯をしっかり食べることですね。朝多めで、夜少なめの食事にすること。夜の食事はどうしても血糖値が上がりやすくなりますので、夜食はできるだけ控えるようにしています。

── 朝食で特に摂るべき食物はありますか?

田原:血糖値の上昇予防の観点ではできるだけ水溶性の食物繊維を摂るとよいですね。後は、体に筋肉をつけるためにも、タンパク質を摂ることは勧めています。日本人の食事スタイルとして、肉や魚といったタンパク質は夕食に摂る方が多いと思いますが、朝に摂るように時間をシフトすれば、1日を通して筋合成が行われ、強い体を作ることができます。それはまさに、時間によって食べ方を変える時間栄養学の考え方です。そう考えると、朝食には納豆や豆腐、焼き鮭などタンパク質をしっかりと摂れる和定食のようなメニューが最適だと思います。

朝食は体内時計の調節の要となる大切な時間(画像提供:shutterstock)

研究者を目指す方へのメッセージ「社会実装は大切だが、その前に基礎研究や実験の楽しさを実感して」

── ここからは田原先生ご自身のことについてお聞かせください。先生はどんなふうにして研究者になられたのですか?

田原:早稲田大学理工学部の電気情報生命工学科で学び、3年生の時に体内時計をテーマにした研究室に配属され、そこで「研究や実験って、おもしろいな」と実感しました。

── 具体的にどんなところを「おもしろい」とお感じになったのですか?

田原:仮説を立て、実験し、出た結果について論文を読みながら検討し、次はこういう実験をしようと先生と一緒に考え、また実験し、結果が出て、というプロセスがおもしろかったですね。先生に「研究っておもしろいですね」とぽろっと伝えたところ、「バイトは辞めて、研究室のリサーチアシスタントとして仕事をしないか?」と先生から誘っていただいたり、学会にも連れていっていただいたりして、どんどん研究の「沼」にはまっていきました(笑)。

── 企業への就職をお考えになったことは?

田原:いえ。深く考えてのことではありませんでしたが、研究に夢中になりすぎて、就職活動をするタイミングを逸してしまい、そのまま博士課程へ進学しました。「国際頭脳循環」を強化する国のプログラムを活用して1年間、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に留学し、体内時計の研究を深め、日本学術振興会の研究費の支援も得られたので、「ここまで来たら、立ち止まることはできない」と研究者の道に突き進んで、今に至るという感じです。

── 研究者として働くにあたり、初期のころに頑張っておいてよかったと思っていることを教えてください。

田原:実験をとことんやっておいてよかったです。実験が楽しいということを早めに実感できたことは、その後研究を続けるにあたって非常によかったと思っています。

あとは、学際的な研究スキルを身に着けたことですね。早稲田大学高等研究所での助教時代、哲学や経済学、物理、社会疫学などいろいろな分野の先生と交流することができました。このときのネットワークが、今の研究を助けてくれていると思います。困ったとき、誰に相談すればいいかがパッと頭に浮かびますし、異分野融合の面白いチームを作ることができます。基礎研究から社会実装の成果を出すことが盛んに奨励されていますが、研究成果を社会実装に持っていこうとするならば、異分野・異業種の方と一緒に仕事をしていくことになるので、専門に閉じこもらず、早いうちから幅広い分野の人と交流を持つとよいと思います。

── やはり研究の社会実装は重要でしょうか?

田原:重要ですが、一方で私の場合は、基礎研究の魅力や学生の頃のように目の前の実験に没頭したいという気持ちも研究者として常に持ち続けたいと思っています。実験の結果を初めて論文に仕上げることができた時の嬉しさはいまだによく覚えています。学生たちにも「博士課程の時の研究の楽しさは一生モノだから、時間の許す限り研究や実験に打ち込んだほうがいいよ」と伝えています。

── 最後に。これからどんな研究を行っていきたいですか?

田原:時間栄養学の認知度は上がってきていて、それをテーマにした食品が商品化されたりもしていますが、まだまだ因果関係のエビデンスが明らかにできていないこともたくさんあります。ですので、まずは科学的裏付けをさらに確立するための研究を続けていきたいです。他に新たな挑戦分野としては、一人ひとりに合わせたオーダーメイドの栄養提案「プレシジョン栄養学」についても研究を深めたいです。体内時計は、ひとりひとり異なっていますので、それを踏まえて「あなたはこういう食事をしたら体重を適正に管理できますよ」とか、「血糖値の上昇を抑えられますよ」など、時間栄養学を活用した個別の提案ができるようになることを目指します。先行する欧米に負けないよう、精力的に進めていきたいと考えています。

画像提供:田原先生

田原 優(たはら ゆう)

広島大学大学院医系科学研究科准教授。1985年生まれ。早稲田大学理工学部、同大学大学院先進理工学専攻卒業。博士(理学)。2013年から早稲田大学で助手、助教を務め、2016年UCLA医学部助教、2019年早稲田大学理工学術院准教授を経て、2022年より現職。体内時計研究、時間栄養学に携わる。著書に『体内時計応用法』『体を整えるすごい時間割』『プレシジョン栄養学』など。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)

リケラボ編集部

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