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令和元年度からは、JSTで「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム」も発足。リケラボでもSDGsにつながる研究成果を積極的に紹介していきます。あなたの技術や研究も、ぜひよりよい地球の未来のために役立ててください!
人類共通の脅威、マラリア感染症
今回ご紹介する、京都大学物質-細胞統合システム拠点(Institute for Integrated Cell-Material Sciences/iCeMS=アイセムス)の特定拠点講師である長谷川光一氏が取り組んだのは、三日熱マラリアにおける、iPS細胞を使った発症前のマラリア肝感染モデルの作製です。インドの研究拠点で現地の研究者とともに、感染や疾患メカニズムを解明し、有効な薬剤開発につながるモデル作製を目指しました。
マラリア感染症はマラリア原虫に感染したハマダラカが人を刺し、マラリア原虫が体内に侵入して、発症します。WHOの報告によれば、2017年には推定で87カ国に2億1900万人のマラリア患者が発生し、約43万人もの死亡者がいたとされ、死因としては世界トップレベルの多さです。現在は5種類のマラリア原虫によるマラリアが確認されており、その中でも三日熱マラリアと熱帯マラリアは、人の命を脅かす危険性の高いマラリアです。
iPS細胞技術をインドへ
私の所属する京都大学iCeMSは、文部科学省の世界トップレベル国際研究拠点(WPI)のひとつで、材料工学と細胞生物学の融合により、細胞を制御する物質を創り出して生命の謎を探求し、また生命現象にヒントを得た、優れた材料を創り出すことで現代社会の持つ問題の解決を目指す研究機関です。2010年にインド国立生命科学研究センターにサテライトラボを設置し、このラボの運営を任されたのが、私がマラリアに関わるきっかけでした。
iPS細胞の技術を伝えるための施設という位置づけでしたが、どのような研究をするかを考えたとき、インドだからこそやる意味がある研究を行う必要があると思いました。そこで、ターゲットにしたのがマラリアです。
インドや中南米、東南アジアでメジャーなマラリアは三日熱マラリアです。この疾患は人がマラリア原虫に感染した蚊に刺されると、原虫は肝臓に感染したのち、そこで潜伏します。その後血液に原虫が出てきてマラリア発症となります。潜伏があるということは潜在的な患者がいるということであり、再発もあります。しかも三日熱マラリアは潜伏していても症状がない状態なので、患者を特定することも難しい。免疫ができた大人はあまりかかりませんが、子どもの患者は多く、また年間で何十万人も亡くなっています。このため、3日熱マラリアの肝臓への感染への薬剤が強く求められています。しかし、薬剤開発をはじめ、感染や疾患のメカニズムを研究する上で必要な、良い肝臓の感染モデルが存在しないという問題がありました。そこで我々はiPS細胞を使って潜伏状態、つまりマラリア肝ステージにおける肝感染モデルを作製するというプロジェクトを立ち上げました。
2014年頃から始まったプロジェクトは、インド国立マラリア研究所(NIMR)やインド国立生命科学研究所(NCBS)と協力して、インド政府や京都大学、ゲイツ財団などから資金援助を得て、研究を進めていきました。
インド地域の三日熱マラリアの肝感染モデル作製に世界で初めて成功
マラリア原虫は肝臓に潜伏しますが、細胞に出たり入ったりを繰り返します。どうしてたくさんある中で原虫が好む細胞とそうでない細胞があるのか、また原虫は成長したり休眠したりするのですが、それが何故なのか、さまざまなことがまだわかっていません。
現在、マラリアの肝臓モデルは亡くなられた方から研究用に提供された正常肝臓細胞、あるいは肝がん細胞株を使ったもので作られています。しかしどちらのモデルもマラリアへの感染率が非常に低く、感染させてもマラリア原虫があまり成長しません。肝がんに関してはがんという疾患にかかっている分、人の通常の肝臓の状態ではありません。また、正常肝臓細胞は提供されるのが欧米人のものがメインのため、インドの人とは地域差など違いがあって感染率が悪いのではないかと見られています。このように、モデルがあっても感染率が低いと、詳しいことが調べられません。それがこれまでマラリア研究を大きく妨げてきた大きな理由です。そこで現地の患者、現地のマラリア、現地の蚊を利用し、インド地域に絞ったモデルを目指すことになりました。現地由来のもので作製することで、感染率が高まる可能性がありました。iPS細胞でなら感染率の高いモデルが作れるのではないか、というのが我々の考えでした。生きているマラリア患者の実際の肝臓は使えないため、マラリア患者の血液からiPS細胞を作り、そこから患者の肝臓細胞を作っていく方法です。
肝臓モデルをiPS細胞から作る際、一般的には肝機能を指標とします。我々はそれに加えて、肝臓細胞を作製する際により感染しやすい細胞を狙うために、マラリアが肝臓細胞に接着し感染するために必要な、侵入因子という分子が細胞表面に出ていることも指標に加え、肝臓細胞をiPS細胞から分化誘導する方法の開発に成功しました。すべてインドのもので賄い、作り上げたマラリア肝臓感染モデルは世界で初、インド地域の特異的なモデルの作製となりました。この結果は、Malaria Journalという国際誌に発表されました。
ただ、難しさも痛感しました。というのも、期待したほどこのモデルでのマラリア感染率が上がらなかったのです。そうすると次の方向性を考えなければなりません。当初は薄いもののほうが原虫の感染や成長・休眠の検出・観察に適しているということで、単層の肝臓細胞でモデルを構築しましたが、今後はもっと生きた肝臓に近い、三次元によるモデルを構築する必要があると考えています。
海外での共同研究の難しさと面白さ
プロジェクトは2019年に一度一区切りとなり、現在は私も日本に帰国していますが、インドとは、研究を次の段階に進めるためのやり取りを続けています。三次元モデルの構築を目指してプロトコルを提案し、現地に残してきたiPS細胞や試薬を使って開発を続けてもらっています。また当時の共同研究者と共同論文の執筆も行っています。
足掛け6年、日本とインドを行き来したわけですが、その間には海外の研究者との共同研究における難しさに直面したこともありました。
他国の研究者との研究は文化も風土も異なるし、その国のやり方に流れがちです。資金管理面の難しさや意思決定のスピードにもギャップを感じました。それぞれに思惑があり、ペースも異なるので、共同研究者の選び方というのは大切だと思います。ただ、ものの考え方が異なるというのは、いいところもあり、思いもつかなかったような発想に出会うことができます。それで皆がまとまって一つの方向に向くようなことがあると面白く、研究も進んでいきます。
SDGsに関しては、インドでは自国のためになることに対しては懸命にやっている印象です。他国と資金を出し合って行う共同研究も、日本やアメリカに比べるとかなり多く、そういう部分ではかなり進んでいますね。それだけインドが解決すべき問題を多く抱えている国であるということでもあります。
土台となる研究を続けていくことで世界的な貢献ができる
マラリアは日本では馴染みのない疾患です。しかしグローバル化が進む現代では、流行していない地域の人でも感染する可能性はあり、また薬剤耐性マラリア原虫の出現など、変異し続けるマラリアをどう撲滅していくかは世界規模の大きな課題です。近年では遺伝子的というより、免疫にバックグラウンドがあることが見えてきています。地域差の問題もわかってきました。アメリカやオーストラリアでは国内での感染は起こしていないにも関わらず、マラリア研究は続いており、それだけ油断はできないものなのです。私たちが手掛けている感染モデルも、インド地域に特化して進めるのか、世界的な研究の流れを見て根本的なところの解明に向かっていくのか、この先の各国の進展具合によって変わってくると思います。
私は医師ではなく、理系の研究者です。それでも人の命に関わることに携われます。もちろん、私たちが感染モデルを作ったからといって、世界で評価を受けたり、教科書に載ったりするということはありません。しかしこういう基礎研究によって土台を作っていくことで、我々研究者は世界的な貢献ができますし、それは大きなやりがいです。華やかとはいえませんが、とても大切な部分であり、今後もそれに邁進していきたいと思います。
京都大学高等研究院物質-細胞統合システム拠点・特定拠点 講師(主任研究者)
長谷川 光一
広島大学生物学科、関西学院大学大学院化学科卒業。理学博士。京都大学再生医科学研究所・研究員、南カリフォルニア大学・助教を経て、2011年より京都大学高等研究院物質-細胞統合システム拠点・特定拠点(Institute for Integrated Cell-Material Sciences/iCeMS=アイセムス)講師(主任研究者)として研究室を主宰。2011年から2017年までは、インド国立幹細胞生物学再生医学研究所の主任研究者も兼任し、現地で研究室を主宰していた。専門は、発生生物学、幹細胞生物学、細胞工学、ケミカルバイオロジーなど。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
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