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新進気鋭の研究者たちが、オンライン上で交流する。コロナ禍を逆に好機と捉えて、立ち上げられたフォーラム『Scienc-ome』、そのキャッチフレーズは「反分野的」です。これが意味するのは、既存の学問領域にはとらわれないという強い意思表示。背景にあるのが、フォーラムを立ち上げた早野元詞氏らの強い危機意識です。慶應義塾大学医学部・理工学部で特任講師を務め、自らも「反分野的」を実践する早野氏は、「Science without borders」をコンセプトとする国際プロジェクト『ヒューマンフロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)』に参加し、ボーダーレスな研究の重要性を痛感しました。国境はもとより学問領域も超えて共同研究に取り組む、だからこそHFSPはノーベル賞受賞者を輩出してきた。これに倣い日本の学問の未来のために立ち上げられた『Scienc-ome』、その成果と今後の構想について伺いました。
「面白い、だから知りたい」が研究者のモチベーション
早野先生はHFSPに参加していますね。
早野:最近ライフスパンの本を出版したことでも有名な米・Harvard Medical SchoolのDavid A. Sinclair博士のラボに2013年から2017年まで在籍していました。HFSPには2014年度から3年間Long-term fellowshipとしてお世話になりました。最初はネットでHFSPの存在を知り、挑戦的な研究者を高く評価する視点や、長期的な社会インパクトを求める姿勢に強く共感しました。ただ日本にいるときには応募の締め切りに間に合わず、応募したのはアメリカへの留学後です。HFSPに参加するメリットはいくつもありますが、特に大きいのが国際的な助成金として認知度が高いため、参加者が海外の研究者と交流しやすい点です。しかもHFSPは、挑戦的、学際的、国際的な研究を強力に後押ししてくれます。酵母を使った細胞周期の研究から、マウスを使った老化の研究へ飛び込むことは勇気のいる決断でしたが、それに見合う成果を得られました。
キーワードは挑戦、学際、国際などでしょうか。
早野:そのとおりでまさに「Science without borders」、このHFSPのコンセプトこそが、研究の本来あるべき姿だと思います。生命科学に限らずロボット工学やAIなど分野を問わず、そもそも研究を始める動機は純粋にそれが「面白かった」からでしょう。最初から「自分が研究したいのはロボット工学だ」などと分野を決めて研究を始める人は少数派じゃないでしょうか。自分の興味や関心を突き詰めていった結果、特定の学問領域に行き着くはずです。ところが研究の現場は今、残念なまでに分断されています。
分断とはどういう意味でしょう。
早野:研究者が勝手にグループ分けしてしまい、他のグループとの交流が阻害されがちになっているのです。関心領域の同じ仲間とは、お互いよくわかり合えるし、話もしやすい。これは当然です。けれども仲間内に閉じこもっていては、イノベーションは期待できません。Perfecting Cross-Pollinationの多様性と破壊的イノベーションと同じですね。自分とはまったく関係のない研究者と出会って話をする中で、想像もしなかった視点が芽生えてアイデアがスパークする。これこそがHFSPの目的です。だからこそHFSP参加者からは、多くのノーベル賞受賞者が出ている。実際に知り合いの研究者はフンコロガシを使った動物学と数理学と分子生物学をかけ合わせた研究などが行われています。何かワクワクしませんか。
バーチャル空間を活用したボーダーレスなイベントを実現
イノベーションには分野横断的な活動が必要なのですね。
早野:学会を否定するつもりなど毛頭ありません。同じ分野で切磋琢磨し合う仲間がいるのは、研究者としてのモチベーションを高める上で心強い支えになります。とはいえ、それだけで面白いかと問われると、そうとは言い切れない。サイエンスって本来、もっと自由で面白いものじゃないでしょうか。面白いのが何より大切で、分野なんて後で考えればいい。特に若い研究者の間に、このように考える人が増えています。そこで新しい組織を立ち上げようと考えたのです。
それが「Scienc-ome」ですか。
早野:学会が専門性を重視するコミュニティだとすれば、Scienc-omeは専門性、立場、年齢などを無視することで成立するコミュニティです。実際に高校生なども参加しています。だからあえて「反分野的」をキャッチフレーズに入れています。ボーダーなどなくサイエンスを楽しみながら、ネットワークを広げたい。そんな研究者たちが自然に集まってできたコミュニティであり、学会とは異なるコンセプトを大事にしています。
どんな研究者が集まっているのでしょう?
早野:生命科学系が多いのは確かですが、弁理士、社会学者、ビッグデータ関連、経済数理学、製薬会社などまさにボーダレスなメンバーが揃っています。中には歯科医ながら解剖学を学んだ後に政策学校で学び、ロックバンドやって、がん研究者と公共政策の仕事に携わるなど、従来の研究室にこもりがちな研究者イメージからすれば、とんでもない人ですよね。
2021年からはScienc-ome XRイノベーションハブ(SXR)と題したハッカソン&サイエンスフォーラムを開催していますが、これにはどんな人が参加しているのでしょうか。
早野:XRイノベーションハブは、クロスリアリティ(XR)技術を活用し、現実と仮想現実をつないで実施するイベントです。最近ではメタバースとしてFacebookからMetaに社名が変更されたことでも最近話題の技術ですよね。SXRでは国、分野、世代などの垣根を超え、とにかく面白い研究に興味のある人が集まってきます。目的は、唯一無二のシーズの発掘、オープンイノベーション、次世代リーダーの育成です。2021年5月の第2回目開催では、私を含む4人がディレクターを務め、2日間にわたるイベントを行いました。
1日目はハッカソンの説明とチーム結成そして講演を行い、2日目にはハッカソンチームで議論し、その結果をまとめてプレゼンテーションを行います。そのテーマは「ビヨンドフェムテック」「鬼舞辻無惨を生み出すor倒す」「アレルギー撲滅」「教育DX」「ドラえもんの秘密道具」などを設定しました。ここに研究者はもとより、学生から高校生、企業の人などが世界中から参加しています。特に高校生からの反響が大きく、社会学の学者と知り合って共同で論文を書き始めた高校生もいます。重視しているのが単なる「参加」ではなく具体的な「アクション」なので、まさに狙い通りの成果が生まれています。
バーチャルラボの立ち上げに挑む理由とは?
XRイノベーションハブをさらに拡張する取り組みを始めているそうですね。
早野:バーチャルな大学、もしくは研究所の立ち上げを企画しています。わかりやすくいえば、N高(=N高等学校。学校法人角川ドワンゴ学園が設立した、単位制・通信制課程の高等学校。本校は沖縄県うるま市伊計島にあるが、インターネットを通じて授業や課題の提出を行うオンライン主体の課程を取る「ネットの高校」)の大学版あるいは研究所バージョンでしょうか。リアルな校舎など物理的な施設は存在しないけれども、研究を取りまとめるサーバーが仮想空間上に実在している。研究者たちはオンライン会議ツールやVRツールを使ってディスカッションするから、世界中のどこからでも参加できます。自分の関心を元にチームを立ち上げて「この指とまれ」式でメンバーを募る。ときにはリアルな病院や企業研究所から、共同研究を持ちかけられるケースも想定していて、その際にはリアルとバーチャルの組み合わせ、まさにXRで研究を進めます。
狙いは、従来の研究システムの枠を外すことですね。
早野:大学の研究室に所属しなければ、研究できない。そんな現状を変えたいのです。アメリカにはハワード・ヒューズ医学研究所があります。これはハワード・ヒューズ氏によって設立された非営利の医学研究機関です。核となるのはHHMI Investigator Programで、研究者として採用されれば所属研究機関を移ることなく、最低5年間、資金提供を受けられます。これまでにトップクラスの研究者に多額の資金提供を行い、約30名のノーベル賞受賞者が在籍していました。日本においても、大学や企業などと異なる研究やイノベーションの形があっていいのでないかと考えています。
ボーダーレスなコミュニティの母体となるUJA(一般社団法人海外日本人研究者ネットワーク/ NPO UJAW.Inc)も運営に関わっていますね。
早野:UJAは、日本学術振興会のワシントンオフィスにご支援いただいて海外の日本人研究者の相互支援の場として2013年に立ち上げられた組織です。現時点でメンバーは400名ぐらいいて、私は2015年から参加しました。その後、アメリカでのNPO法人化や研究者のキャリア支援に関わってきました。とにかくボーダーレスなコミュニティをつくり、世界中どこにいても研究できる仕組みを整えたかったのです。その延長線上としてバーチャルラボや、イノベーション推進部の立ち上げに取り組んでいるところです。
早野さんも含めて、UJAの運営に関わっている方々の多くが、所属大学に自分の研究室を持っています。それでもバーチャルなラボを立ち上げようとする動機は何でしょうか。
早野:みんな海外留学から帰国して自分の研究室を持ちます。そこで感じるのが「なんとなく窮屈な感じ」なんです。海外では、30代から研究者は独立した研究を実施し、学生やポスドクの時のボスとはむしろ一緒に仕事をしないことを強く勧められます。研究者にとって何より大切なのは自由です。だから大学の研究室以外の選択肢をつくりたいと考えたのです。
研究の自由度こそが、研究者の幸福の指標
UJAのメンバーはもとより、Scienc-omeの参加者も留学経験者が多いようですね。
早野:日本の研究室しか知らない院生と話していると「○○先生に教わりたくて」とか「○○先生の下で、こんな研究させてもらって」と、二言目には所属する研究室の先生の名前が出てきます。ところが海外に出ると、まったく違う。誰の研究室にいるかなど関係ありません。常に問われるのは「研究者、個人として何を達成したいか?」です。世界標準と比べた日本の研究環境の異質さは、一度留学をすると不思議に思えてきます。
研究環境が違えば、研究に対する評価の基準も変わってくるのではないでしょうか。
早野:大学内での評価基準は、あくまでも論文です。論文を何報出したかが問われる。論文が重要であるのは当然ですが、それ以外に評価基準がないのもどうかと思います。もとより研究がすべて実用的である必要などありません。けれども、仮に論文にはなっていなくとも、社会課題に貢献する研究が、もっと評価されてもよいのではないでしょうか。例えばスタンフォード大学などでは、論文を書くだけではなく社会課題に挑戦する研究者がたくさんいます。そして社会課題の解決には、専門分野での知見を活かしながらも、分野外のプロたちとも協力することが必要不可欠です。
研究成果を社会に役立てるのは重要な視点ですね。
早野:日本でも若い研究者ほど、社会課題に挑戦したいと思う人が増えているようです。だからなのかもしれませんが、若手ほど悩んでいる。特に女性で研究者をめざす人は悩みが多いようです。研究成果を社会に役立てるためには、研究者の環境整備は非常に重要で、男女が均等な機会と評価で研究環境において参画し研究が進められるよう、多様性についてしっかり理解と議論する必要があります。
自由に研究に取り組める環境が整備されれば、日本の力にもなりそうです。
早野:研究者、つまり研究の好きな人が秘めている可能性は無限大だと思っています。どこかの研究室に所属して、みんなと同じようにできなくて悩んでいる研究者がいれば、ぜひ「それでもいいんだよ」と背中を押してあげたい。私自身も老化に関する研究成果を社会実装していきたいと考えています。ちょうどAltos Labsと呼ばれる老化の若返りに特化したスタートアップが3000億円以上を調達して設立されたというニュースになっていましたが、今後も老化研究のニーズは大きくなっていくと思います。
アメリカで学んでいたDavid A. Sinclair博士もベンチャーを起業していますね。
早野:研究領域のボーダーをなくして、同じテーマに関心を持つ研究者が集まって、社会のために行動を起こす。そんな姿をアメリカでは何度も目の当たりにしてきました。ベンチャーについてはチャレンジする人の99%は失敗するといわれています。だからこそ、特に若い人がチャレンジそのものを楽しめる環境をつくりたいのです。私も20代の頃は、いろいろ不安を抱えていました。それでも、David教授のもとに飛び込み、道が開けました。そして30代になって感じたのは、それまでに培った経験やネットワークの大切さです。常に自分なりの「問い」を意識し、視野をできる限り広く持って、その「問い」を解決できる仕事を見つける。その成果が、人類の未来につながると信じています。
早野元詞(はやの もとし)
熊本県生まれ。2005年熊本大学理学部卒業、2011年に東京大学大学院新領域創成科学研究科にて博士号(生命科学)を取得。2010年より東京都医学総合研究所所員、日本学術振興会海外特別研究員、Human Frontier Science Program Fellow、ハーバード大学医学部客員研究員などを経て、2017年から慶應義塾大学医学部眼科学教室特任講師、株式会社坪田ラボでChief Science Officerを務め、2021年より慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室(三村將教授)および慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科(満倉靖恵教授)の特任講師。医学部では眼科学教室の伴紀充講師と共同ラボ(網膜老化生物学チーム)を運用している。一般社団法人ASG-Keio代表理事、特定非営利活動法人ケイロン・イニシアチブ理事、一般社団法人海外日本人研究者ネットワーク理事、UJA.Inc(NPO in USA)board memberを務め、若手研究者の支援にも力を入れている。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
早野研究室HP: https://www.hayano-aging-lab.com/
Twitter: @HayanoMotoshi
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