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土や水、自然物を利用して電気を集める驚きの技術「超小集電」の可能性と、未来を生み出す発想法とは

土や水、自然物を利用して電気を集める驚きの技術「超小集電」の可能性と、未来を生み出す発想法とは

プロダクトデザイナーにして自然科学者。トライポッド・デザイン中川CEOインタビュー

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土、水、パン、リンゴ、消臭剤などを介して電気を取り出す。そんな、夢のようなことが世界から注目を浴びつつあります。

「超小集電」と名づけられたこの最先端技術は、CEOの中川聰さん率いる『トライポッド・デザイン』によって、照明やセンシングなど、さまざまな形で実用化されようとしています。そんな中川さんに、「超小集電」の技術だけでなく、独自のアイデアを発想するための思考プロセスや、次世代を担う若き科学者に託したい想いについてお話を伺いました。

トライポッド・デザインCEOの中川聰氏

土で発電!? 「超小集電」の技術の新奇性とは

── 中川さんが研究されている「超小集電」とはどんな技術ですか?

超小集電の解説のために、まず私の専門領域からお話しをしますと、私は「センシング」を一つの研究テーマとして仕事をして参りました。センサーの技術を使って私たちの「五感」だけでは感じ取れないさまざまな情報を得たり、今まで知り得なかった状況を可視化したりする、そうした私たちの感覚を拡張する技術を総称してセンシングと呼んでいます。

センシングを行うためには、自然界の中からさまざまなデータを収集する方法が不可欠となります。ご存知の通り、今やセンサー技術は小型化が進み、自然界のあらゆる対象や、私たちの体内にまで設置できるようになってきました。一方で、それらのセンサーを動かすためには電気が必要です。都会の建物の中でも、自然界の中でもセンシングには「電力」が必要です。とくに自然界をはじめとして、送電網が届かない環境(オフグリッド)では、センサーを継続的に作動させるのは容易ではありません。オフグリッド環境下で電力が得られる方法はないかと考え、最初に研究を始めたのが微生物燃料電池でした。微生物が有機物を分解するときに生じる電子を利用して発電する技術で、微弱ながらセンシングや通信技術に活用出来る電力を得られることがわかりました。

微生物燃料電池の研究過程で、海洋中の微生物から電気を取り出せないかという発想のもと研究を続ける中、海水を電解質としてごくわずかな電気が発生することに気づきました。その発見を契機に、海水や、水道水、フランスパンやリンゴ、市販の消臭剤など自然界や生活を取り巻くあらゆるものから電気を取り出す実験を行い、3,250種類以上のものから電気を取り出すことに成功しました。

あらゆる自然物を媒体として、集電材(電極)を介して微小な電気を収集する技術を「超小集電」と呼ぶことにしました。超小集電の技術が進展すれば、無電環境(オフグリッド環境)における生活照明や通信などの電源確保が可能となります。そして、私たちが超小集電技術の研究を進める中でも、最も注目した媒体が「土」でした。

超小集電は、ボルタ電池のアイデアを元にしている。ボルタ電池は、2つの異なる種類の材料を電極とし、一方のマイナス極から供給される電子が電解質を通してもう一方のプラス極へ移動する際に電気を生成する仕組み。超小集電の技術で収集された微小な電気は、集電回路で効率的に集めることで利用可能な電気に変えることができる。
画像提供:トライポッド・デザイン

+極と−極の集電材(電極)を土に挿すと、LED電球が点灯。この技術が世界の注目を集めている

土だけではなく、水やリンゴ、フランスパン、消臭剤を介しても電気を取り出せる。水にコーヒーを注ぐと、LED電球はさらに明るく点灯した

── なぜ、とりわけ土に着目されたのですか?

超小集電の研究過程で3,250種類以上の対象物を介して電気を取り出す実験を行いました。改めて、自然界に存在する物質が最終的にどこへ還るのかと考えたら、「土」だということになり、土を媒体にした研究が本格化しました。土はあらゆる物質の「成れの果て」とも言える存在です。土は電気に対してアースの役目を果たし、余分な電気を逃がす対象とされています。その土を介して電気を集めようというのですから、まさにコペルニクス的転回であり、逆転の発想と言えるのかもしれません。そこが、「超小集電」の興味深いところでもあります。

+極と−極のシート型集電材で手のひらを介して集電する様子。1.787ボルトの電圧が確認できた

牛のフンでクリスマスツリーを照らす!?

── 今、LEDが点灯している板状の装置にも土が入っているわけですね?

そうです。ただ、土と言っても正確にはコンポスト(堆肥)です。試行錯誤の結果、酪農堆肥や人間が残した食品ロスからつくられる完熟堆肥が超小集電の媒体として優れていると考えています。コンポストを使う理由は3つあります。1つ目は、食品ロスが問題になっている今、食品残渣をエネルギーに還元できないかという思いがあります。2つ目は、「超小集電」の技術を電力網の存在しない地域に広く普及させたいという願いがあります。一般的に土を国外に持ち出すことは容易ではありません。早くから欧米諸国ではコンポスト活動が盛んであり、アフリカやアジアの地域社会では暮らしの中で牛糞を燃料として利用する文化もあるので、コンポストを使った集電技術は世界各地で理解が得やすいと考えました。3つ目は、コンポストは普通の土より成分が均一化されている傾向があり、電気を継続的、計画的に集めることに向いていると考えたからです。

容器に入っているのは土(コンポスト)。「+極と−極の集電材を挿すと、LED電球が点灯します」と中川氏は説明する

── 牛のフンを介して電気を取り出せると考えると、なんだか面白いですね。

そうですね。私自身も、牧場や動物園で動物のフンを介して電気を取り出し、クリスマスツリーを点灯してみたいと考えてきました。子どもたちに受けそうですよね(笑)。

── 「超小集電」はどんなふうに実用化できそうですか?

私の故郷の茨城県常陸太田市の山間地で、「超小集電」の実証実験を続けてきました。実験場では「空庵(KU-AN)」というヒノキで組み立てたガラス張りの建物を、800個のLEDライトで照らしています。この電力の資源となっているのは、地元の皆さんが土を詰める作業を手伝ってくださった超小集電セルです。「空庵(KU-AN)」では過去2年間に渡り、1500個のセルを用いて集電による点灯実験を続けてきました。

「超小集電」は「空庵(KU-AN)」のように、電気のない地域の施設照明として使えることはもちろん、ハウス栽培などの農業シーンでも「超小集電」による夜間照明を利用して、作物の成長を促すことができると考えています。超小集電の技術を応用して、農場の土壌分析の実験も行なっています。電圧や電流の変化で地中の水の流れも測れるので、土砂崩れの危険などを予測できるものと考えています。イノシシやシカなどの野生動物の被害が問題となっている地域では、「超小集電」を使ったセンシング技術により、動物捕獲を迅速に確認出来るシステムも開発されています。

今後、さまざまな地域でオフグリッド環境下における再生循環型の電源として、開発の対象や技術の進化は無限大に広がりを見せるものと思われます。今後、是非若い方々にもこの技術に興味を持っていただき、実用化に向けた様々な挑戦を続けて欲しいと願っています。

超小集電の集電装置に使うコンポストを開発する牧場で、コンポストによる集電を使った「GREEN HOLIDAY」におけるツリー点灯が実施された
画像提供:トライポッド・デザイン

違和感に気づくことの大切さ

── 「超小集電」のような稀有な発想は、どうすれば生まれるのでしょうか?

新しい発想にとって大事なのは「違和感に気づく」ことだと思います。「どこか違うぞ」「何か変だな」と。そんな日常の小さな変化に気づくためには、定点観測をすることをお勧めします。例えば毎朝、会社や学校へ行く途中のどこか同じ場所で写真を撮って、それを1年間続けてみると、様々な違いに気づくはずです。「この日は光がきれいだな」と思ったら、その理由を全力で探してみてください。雨上がりで光の当たり方がよかったのかもしれません。定点観測を続けることで、違和感に気づく力が養われます。野原に寝転がったとき、「草ってなんでこんな形をしているんだろう」とか、「青空って、しばらく見ていると色彩を感じなくなってくる」とか、自分の中にある感性のアンテナを敏感にしておくことも、違和感に気づくためには大切なことです。

物事を観測していると、「なぜ、こんな違いが生まれたのだろう?」や「ここはどうなっているのだろう?」と、眼前の現象の向こう側にある仕組みや成り立ちを想像するようになります。まさに、観察が、洞察に深化する瞬間です。レオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチを見ても、対象を洞察しながら描こうとする意図がうかがえます。洞察を続けていると、偶発的に、何かを閃いたり、着想することがあります。一見、偶発的に感じられるそれらの閃きには、深く洞察してきた経緯が大きく作用しているはずです。「超小集電」の技術も、微生物燃料電池の現象を洞察する中で生まれたものと言えます。

── 観察・洞察という基本に立ち返ることがなんと言っても大切なのですね。

そうですね。とりわけ自然現象と向き合うことは大いに意味があると思います。アイザック・ニュートンやガリレオ・ガリレイは科学者でありつつ、自然哲学者でもありました。自然の中に自分も生き、自然とどう関わっているのかを常に意識しながら科学に取り組んできた偉大な先人たちです。現代の都会は便利なモノに満ちていますが、私たちも生物であり、自然と共に生きているわけですから、自然との関わりを忘れないようにしたいと思います。私も常に自然現象を肌で感じながら様々な研究を行ってきました。近代社会では、科学も領域や分野で、特化しすぎてしまったような印象があります。研究のための研究ではなく、自然や生命、そして社会や暮らしに寄り添った目的による科学への眼差しが大切ではないかと考えます。

時々私は、電気がなかった時代を想定し、そこからの視点で「超小集電」を見直すようにしてきました。自然の中から電気を取り出す「超小集電」の研究がそうであるように科学を自然哲学の一翼として捉え直したいという願いが、私が提案したいと願ってきたひとつであり、科学にとっての未来とは何かを推し量る力となり得る考え方であると思います。

「科学者は常に自然との関わりを忘れないようにしたい」と語る中川氏

「未だ見ぬ過去、懐かしい未来」

── 最後に、若い世代の科学者にメッセージをお願いします。

とにかく挑戦する意識を大切にしてください。挑戦という未来には失敗がつきものですが、それは単なる失敗ではありません。次なる挑戦の課題が見つかったということです。挑戦する意識を持ち続けていると、思わぬ発見や仮説に出会うことがあります。それらは決して偶然ではなく、過去に経験しながら意識下に潜在化した事柄が還ってきたものです。私はそうした気づきの現れ方を、「未だ見ぬ過去、懐かしい未来」と自ら呼んできました。

私がユニバーサルデザインの研究に没頭している頃、ある日障がいを持たれる方から「どうして障がいをもつ人たちのことが理解できるの?」と問われて、思い出した出来事がありました。小さい頃、田舎で叔父と暮らしていましたが、叔父は障がいを持たれた方々を職人として育て、技術を教えていました。傍らにいた私は、いつの間にか障がいを持たれた方にシンパシーを持って接していることに気づいた事があります。数十年後にその時心に宿った思い出が自然に自分の中で、障がいを持たれた方への理解の扉を開いていたことに気づいたものでした。まさに、自分の中に眠っていた「未だ見ぬ過去」が目覚めた瞬間でした。

未来については、単に時間が経つことで向こうからやって来るものではなく、自分の中にある「どうしていくべきか」という意識の地平を意識する事で見えてくるものである気がします。自分の意志や意識の在り様から見えてくる世界が未来と呼べるものの様な気がします。

多くの方々が、「超小集電」に関して、光るLEDライトを指さして、「これ、どうなっているの?」と尋ねられます。技術の背景も大切ではありますが、「こんな風に使えたらいいね!」と楽しく、創造的に提案する姿勢が欲しいと思います。まさに、そうした小さな思いが、新たな未来を創り出すと思うからです。

未来は、突然やってくるものではなさそうです。密かに私たちの中で沸き起こる生きる力や思いから生まれて来るように思います。私たちだけではなく、限りない時間の中で動物や植物が生きてきた末の未来ですから、そこには生命が歩んできた数十億年の「懐かしさ」も垣間見えるはずです。「未だ見ぬ過去、懐かしい未来」。私自身がいつも心に留めてきた言葉を、次世代の科学者の皆さんに贈ります。未来は決められたものではなく、皆さんが描き出すものです。

中川 聰(なかがわ さとし)

トライポッド・デザイン株式会社CEO/名古屋大学大学院医学部医学系研究科客員教授/元東京大学大学院工学系研究科 特任教授

1987年プロダクトデザイナーとしてトライポッド・デザインを設立。独自のユニバーサルデザインテクノロジーや評価法を発表し、広く国内外の企業の製品企画や公共空間のユニバーサルデザインの開発と普及に携わる。2005年には、ユーザーの行動心理に着目した感性デザインの理論体系である「期待学(EXPECTOLOGY)」理論を発表。2010年には人間の五感を支援拡張する目的で開発した新たな人工感覚概念「SUPER SENSING」理論を提唱し、ハードウェアやアプリケーションの開発に取り組んでいる。2019年には「超小集電」の理論と技術を見出し、無電環境における電気エネルギー供給を可能にする産業技術の出現として国際的な関心を集めつつある。著書に『AGE OF SUPER SENSING センシングデザインの未来』(日経BP社)など。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)

リケラボ編集部

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