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前項では、生体内から取り出した細胞を人の手で安定的に飼養するための基礎知識を復習しました。さあ、この知識をもとに、実際に細胞培養を始めてみましょう。
細胞培養プロトコル
哺乳動物の接着系培養細胞を例として、細胞培養の開始(凍結細胞ストックの解凍)、細胞培養の継続(培養細胞の継代)、細胞培養の中断(凍結細胞ストックの作製)の方法を概説します。
細胞種に応じた培地の組成や細胞の扱い方の詳細は、各細胞のデータシートをご覧下さい。
実験試薬
- 細胞培養培地(非働化処理済み血清含有培地):37度にあらかじめ加温する
- 消毒用 70%エタノール
- PBS(リン酸緩衝生理食塩水)(Ca2+/Mg2+ 不含のもの)
- 0.05% トリプシン/EDTA(Ca2+/Mg2+ 不含のもの)*注意1
- トリパンブルー染色液
- DMSO(ジメチルスルホキシド)*注意2
- 凍結保存液(血清:DMSO=9:1の混合液、またはセルバンカーなどの市販品)
器具・装置
- 保護用具(滅菌グローブ、白衣など)
- 凍結クライオチューブ
- 凍結クライオチューブの移動時に使うコンテナ(ドライアイス入りの箱または液体窒素保存容器)
- 滅菌済み15 mLチューブ
- 37℃に加温したウォーターバス
- 安全キャビネット
- CO2インキュベーター
- 滅菌済み細胞培養容器(培養プレート・培養フラスコなど)
- 倒立位相差顕微鏡
- 血球計算盤または自動セルカウンター
- 遠心分離機
1. 凍結細胞ストックの解凍
ATCCなどの培養細胞バンクなどから入手した細胞試料は、凍結細胞ストックの状態で配布されます。凍結細胞ストックを、生存率を維持したまま生細胞に復元するためには、正しい方法で解凍しなければなりません。
操作
- 凍結細胞ストックのクライオチューブをドライアイス上または氷上に取り出す。
- 安全キャビネット内で、凍結細胞ストックのチューブキャップの周囲を70%エタノールで消毒する。キャップを僅かに開栓し、トラップされている残存液体窒素を放出する。
- キャップを締め直し、37℃のウォーターバス中でチューブの下部を加温する。チューブ内に小さな氷晶が1~2個残る程度(1~2分)で加温を終了する。*注意3
- 70%エタノールでチューブを消毒し、安全キャビネット内で開栓する。
- 5 mLの培地を15 mlチューブに入れておき、ここに解凍した細胞懸濁液をピペットで加える。*注意3
- 150 x gで5分間の遠心分離を行う。細胞をペレット化して、上清の培地を吸引除去する。
- 新しい培地を適量加え、細胞ペレットを再懸濁する。*注意1
- 細胞懸濁液を培養容器に移し、インキュベーター内で静置する。
- 24時間後に細胞を顕微鏡で観察し、新鮮な培地に交換する。
2.細胞培養の継代
接着系細胞は、培養容器の全底面を覆うか、培地の栄養素が枯渇するまで培養環境内で増殖を続けます。培養された細胞集団の一部を新しい培養容器に植え継ぐ(継代する)操作を繰り返すことで、細胞の死滅を防ぎ、継続的な細胞培養が可能になります。
操作
- 顕微鏡を用いて、培養細胞の細胞密度を評価し、同時にコンタミネーションの発生がないことを確認する。
- 培養容器中の培地を吸引除去する。
- PBS(5 mL)を細胞で覆われた培養容器に注入し、全細胞にPBSを行き渡らせた後に、吸引除去する。*注意4
- 細胞で覆われた培養容器にトリプシン/EDTA(0.5 mL)をピペットで滴下する。培養容器を傾けて、トリプシン液を全細胞に行き渡らせる。*注意1,*注意5
- 細胞培養容器に蓋をしてインキュベーターに静置し、トリプシン処理を行う。顕微鏡下で観察を行い、細胞-細胞間の接着が離れ、細胞-容器底部間の接着が離れかける程度(2〜10分間)を処理終了の目安とする。*注意6,*注意7
- 培養容器の側面を軽くたたいて、細胞と培養容器間の接着を完全に分離させる。
- 血清含有培地(2 mL)を細胞に滴下し、ピペッティングによって細胞懸濁液を調製し、15 mlチューブに移す。*注意6,*注意7
- 遠心分離(150 x g, 5分間)によって細胞をペレット化し、上清の培地を吸引除去する。
- 新鮮な細胞培養培地(約2.5 mL)を細胞ペレットに加えて、再懸濁する。
- 血球計算盤(または自動セルカウンター)とトリパンブルー染色液を用いて、細胞懸濁液1 mL中の細胞数を調べる。
- 任意の細胞数を含む細胞懸濁液(5 mL)を新たに調製し、未使用の培養容器に注入する。
- インキュベーター内に静置する。
- 培養容器の全底面の8〜9割が細胞で覆われた時点(80~90%コンフルエント)で、再度同様のプロトコルで継代を行う。
3.凍結細胞ストックの作製
培養を長期に継続し、継代回数を不用意に増加させると、培養細胞の本来もっていた形質を変化させてしまうリスクが生じます。実験を終了した培養細胞は、速やかに継代培養を中断し、凍結細胞ストックとして保管します。
操作
- 凍結細胞ストックを作製する前日までに、新鮮な培地に交換を行い、細胞の調子を整える。
- 培養中の細胞を顕微鏡で観察し、細菌やカビの混入がないことを確認する。細胞密度が80~90%の対数増殖期にある活発な細胞を回収する。
- 継代時と同様に、細胞をPBSを用いて洗浄し、トリプシン-EDTA処理を行い、細胞懸濁液を調製する。*注意5,*注意6,*注意7
- 継代時と同様に、遠心後の細胞ペレットに培地を加えて、再度懸濁を行い、得られた懸濁液中の細胞数を同様に計数する。
- 2~4 × 106 個の細胞を含む細胞懸濁液を調製し、遠心によって作製した細胞ペレットに凍結保存液(1 mL)を加えて再懸濁する。*注意3,*注意8
- クライオチューブに細胞名・継代番号・ロット番号・細胞数・日付などの情報をラベルし、調製した細胞懸濁液(1 mL)をピペットで分注する。
- 細胞懸濁液を分注したクライオチューブを断熱性の容器(ポリスチレン箱など)の中に直立させて、-80℃で一晩静置する。*注意9
- 細胞懸濁液が凍結したら、チューブを液体窒素貯蔵容器の気相に移す。チューブの保管位置などの情報を記録する。
ここに注意!
*1 多くの細胞はトリプシンの添加のみで培養容器から剥離できる。EDTAを添加することで陽イオンがキレートされ、トリプシン活性が高まる。
*2 DMSOは低分化性の細胞株を分化誘導する作用があるため、必要に応じてグリセロールで代替をする。
*3 DMSOなどの凍結保存剤は、4℃超で細胞毒性を示すものがある。毒性を最小限にするために、培地を用いた凍結保存剤の希釈(凍結細胞の復元時)や、4℃以下への冷却(細胞凍結の作製時)を速やかに行う。
*4 接着性が弱い細胞は、容器への軽微な衝撃で細胞が培養容器から剥離してしまう。接着性が強い細胞は、PBS洗浄操作を2度行うことで、残存血清をより良く希釈でき、トリプシン処理の効率を高めることができる。
*5 トリプシン処理が細胞に毒性を示す場合、あるいは膜タンパク質・受容体が解析対象となる場合には、細胞スクレーパーを用いた細胞の剥離に代替する。
*6 血清はトリプシン阻害物質を含有する。
*7 無血清培養の場合には、トリプシン阻害剤溶液(最終濃度 0.5 mg/ml 程度)を調製し、これを添加した培地で代替する。
*8 生存細胞の割合が90%以上の細胞懸濁液を用いると、解凍時の復元率が良好になる。
*9 1分間あたり-1~-3℃の冷却スケジュール(速度)が適切である。多数の細胞株を日常的に凍結する場合などには、プログラム制御可能なフリーザーの使用が推奨される。
健康な状態を保ちながら、培養細胞を安定的に継代できるようになると、その培養細胞に改変を加えて、生命機能を解析することが可能になります。継代操作を繰り返し行う中で、細胞培養技術をどんどん高めていきましょう。
*監修
パーソルテンプスタッフ株式会社
研究開発事業本部(Chall-edge/チャレッジ)
研修講師(理学博士)
この記事は、理系研究職の方のキャリア支援を行うパーソルテンプスタッフ研究開発事業本部(Chall-edge/チャレッジ)がお届けする、実験ノウハウシリーズです。
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