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科学を愛する読者のみなさま、ごきげんよう。リケラボではお初にお目にかかります、くられと申します。
このたびリケラボさんから「ヘルドクターくられの1万円実験室」というお題をいただき、挑戦させていただくことになりました。
タイトルの通り、使える予算は1万円以内。「高価な実験機器は使えない」という制約のなかで知恵と工夫を凝らして実行可能なおもしろ実験を紹介したいと思います。
身の回りの科学事象は身近ゆえにその本質を知らずとも恩恵にあずかれてしまうわけですが、あらためて注目してみることでそうした科学事象の本質にふれる手助けとなれば嬉しく思います。
プラスチックからガソリンを作る
さて、今回の実験のテーマは石油とプラスチックです。
ところでそもそもプラスチックって何でしょうか? あらためて聞かれると、金属でもない、ゴムでもない、なんか軽くて固い成形自由なやつ・・・みたいな漠然としたイメージを答える人が多いかもしれません。
プラスチックが石油由来・・・ということくらいは知っている人も多いでしょう。実際は全部が全部石油由来とは言えませんが、ともあれおおざっぱにいうと石油から分離してできる分子が連なったポリマーと呼ばれる構造物がプラスチックの正体です。
しかし石油(ガソリンのような燃料)とプラスチック(ツルツルの固体)は直感的には連想できないのが普通です。そこで今回は、プラスチックを実際にガソリンに戻してみるという逆の反応を、身近なものだけを使って実験してみたいと思います。
廃プラスチックの再利用方法自体は色々知られていて、再び溶かして固めたり、繊維にするなど様々ですが、プラスチックを低分子の燃料油に戻すというのは産業的にはあまり意味がある内容ではありません。燃料とするならプラスチックのまま炉に入れれば十分燃えるからです。
とはいえ、身の回りにあるプラスチックが、ガソリンスタンドで嗅いだことのあるあの独特の香りの液体に変わるというのは、化学好きにはたまらない興奮ポイントではないでしょうか。
ただし、どんなプラスチックでも燃料にできるという訳ではありません。プラスチックは非常に多くの種類が知られており、油化には向き不向きがあります。
油化できるプラスチック
ポリエチレン:灯油タンク、まな板 など
ポリプロピレン:スーパーのビニール袋など
ポリスチレン:お菓子のケース、物差しなどの文房具など
具体的にはペットボトルのフタ、発砲スチロール、まな板などです。「炭素と水素のみで構成されているプラスチック」であれば大丈夫と考えて良いでしょう。
油化できないプラスチック
塩化ビニール:人形のおもちゃや水道管など
PET:ペットボトルの素材の他 繊維などにも
エポキシ樹脂:外壁材や充填剤など
フッ素樹脂 :フライパンのコーティングや工業のライン
プラスチックといっても水道管やペットボトル本体などは不可能です。塩素やフッ素と言ったハロゲン、窒素や酸素などが含まれていると油化はできないだけでなく、塩化水素などの有毒ガスが発生することがありますので、今回の実験には絶対に使わないようにしてください。
●触媒を選ぶ:「ゼオライト」を使います
油化できるプラスチックは加熱して熱分解するだけである程度低分子化(液体化)できますが、ただ低分子化させても長さが揃わず、ワックスのような固い油になってしまいます。
そこで触媒を使い反応に必要なエネルギーを下げます。プラスチックの油化に適した触媒としてはゼオライトが知られています。ゼオライトの併用により反応温度を300℃から400℃程度で進行可能にし素早く低分子化させることができます。
ゼオライトは聞き慣れない物質のようですが、ホームセンターで焼き物の下に敷く石や庭の砂利として売られている、多孔質の石のことです。
ゼオライト触媒により分子の大きな炭化水素はより低分子の炭化水素へと分解できます。
これをクラッキングと呼び軽質油を得る手段として知られています。
原理としてはゼオライトの微細構造に炭化水素が入り、そこで熱によるエネルギーで分子の結合が切れ、短くカットされる・・・ミクロな芝刈り機、バリカンといった具合に機能します。
●実験装置を組みたてる:IH調理器を利用
装置は高温を長時間保持する必要があります。本格的な実験装置だとマントルヒーターというものに砂を入れて装置全体を加熱するのですが、今回は身近なものを使う制約があるため、IH調理器を使用する方法で実験したいと思います。家庭用のIH調理器でも工夫によって500℃近い温度を作り出すことが可能です(方法は後述)。
反応容器としてはフラスコを使い、分解物の取り出しは銅パイプを使います。
高い温度で反応操作を行うとタール状の物も蒸発してきます。これは冷めるとパイプの中で詰まるため、それほど高価なものは使わず、エアコンの配管用の銅チューブを使います。
あとはフラスコの中に入れるプラスチックはペットボトルのフタとしました。
ペットボトルのフタは純粋なポリエチレンであり、入手性にも問題がありません。このペットボトルのフタを砕いてフラスコに入れ、銅管を外の試験管に誘導します。途中で気化したガソリンを液体にもどすために濡れたぞうきんなどで銅管を冷やしてやります。
●反応温度:安定して400℃前後が必要。どうする?
直接フライパンを乗せて加熱しただけでは温度センサーにより300℃以上の加熱は不可能です。
これは加熱しすぎることを防ぐために温度センサーでフィードバックをかけているためです。
しかし断熱材を使うことによって輻射熱が帰ってこなくなるため、かなり高温まで安全に得ることができます。具体的な方法としては、セラミックウールをIH調理器の上に薄く敷くだけです。IHは少々距離が空いていても誘導加熱を起こすことができるため、加熱したい対象だけを高温にすることができます。
セラミックウールで本体天板と断熱するだけで到達温度は一気に約400℃まで上がりました。フライパンからは強力な熱放射を感じます。しかしこれは逆に言えば熱が赤外線として放射され大きく損失しているということです。
放射での損失が大きいことが分かったので、フライパン自体もセラミックウールで包んでしまいます。
こちらもセラミックウールの厚さは10mm程度で大丈夫です。下と上のセラミックウールでフライパンが完全に包み込まれた形になります。セラミックウールで断熱する事で赤外線で放射される損失を防ぎ、更に対流による損失も防ぐ事ができます。
この状態であればフライパンは約700℃まで昇温します。
反応温度は重要なポイントで低すぎると反応が進まず高すぎると分解が不十分なパラフィン質も留出してきます。触媒種にもよりますが、400℃程度が最適なので、IH調理器の温度調節機能をうまく利用して400℃前後で安定するようにしましょう。
●気になる生成物は?
反応により得られた物質は濁った白色から黄色をしたやや粘度のある液体。強いガソリン臭を放っているのが、プラスチックから低分子の軽質油に変化した証拠です。室温で若干ドロドロしていることからパラフィン質の高分子も混ざっているものと考えられます。これらは100℃以下で精密な蒸留を行わないと分離は難しそうです。ガソリンエンジンなどの内燃機関で使うには良く精製しておかないと配管類が詰まる原因となります。
投入したペットボトルのフタの量に対して、得られた軽質化油は相当少ないことが確認できます。かなりの量がヘキサンより低分子で蒸気圧の高い成分となって逃げてしまったためと考えられます。
●果たして本当に燃えるのか? ガソリンの確認
少量を耐熱性の皿の上にとり火をつけてみます。室温付近で引火したためガソリン相当まで軽質化に成功している事が確認できます。灯油相当では室温での引火は不可能です。燃焼で出る黒煙や臭いもガソリンの燃焼と殆んど同じ事が分かります。
実際に念のためガスクロマトグラフィーで分析したところガソリンと呼ばれる炭素量(C6~10程度)の物質が多く生成されていることが分かりました。
●今回の実験にかかった費用
IHクッキングヒーターは家庭にあるものを利用するか、ホームセンターなどでも安いものなら数千円で売られています。
それ以外の材料として、断熱材および触媒となるゼオライトがそれぞれ2~3千円程度なので、1万円以内で実験は充分可能です!
※フラスコや銅パイプ、温度計等の基本的な実験器具については割愛
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