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科学を愛する読者のみなさま、ごきげんよう。くられです。
使える予算は1万円以内。「高価な実験機器は使えない」という制約のなかで知恵と工夫を凝らして実行可能なおもしろ実験を紹介する本企画。
第29回目のお題は「大気圧」です。今回も、私が主宰する秘密結社「薬理凶室」のメンバーであり化学に造詣の深いレイユール氏の協力のもと、お届けします。それではお楽しみください!
皆さんこんにちは。レイユールです。
今回は、普段意識することのない「大気圧」に関する実験を行ってみましょう。空気に重さがある実感はありませんが、今回の実験を通してその大きな力の一端を見ることができます。
大気圧
私たちはおよそ1気圧のもとに暮らしていて、その大気圧を日常で意識することはありません。これは私たちが生まれた時から大気圧に晒されており、大気圧のない空間(宇宙空間などの真空中など)に行く機会がないためにその存在を認識できないのです。
例えば水族館で深海の生き物の展示を見ると、よくこんなに高い圧力の中で生きることができると関心するかもしれません。しかし、彼らにとっては日常であるように私たちも約100kmもの厚い大気の底に暮らす生き物です。深海生物ならぬ、"深空生物"とでもいえるでしょうか。
水に比べて空気は密度が極めて小さいため、深海ほどの圧力はありませんが、それでも大気圧は大きな力を持っています。
吸盤
大気圧の力を最も身近に感じることができるのは吸盤です。吸盤は内部を真空にすることで、大気圧に押されてガラス面などに張り付きます。この吸盤の吸着力は想像以上に大きく、吸盤が理論上の最大値を発揮すれば直径3cmで約7.3kgもの荷重に耐えることができます。これは吸盤の面積に比例して大きくなり、およそ1c㎡当たり1kgです。
大きな吸盤
それでは早速大きな吸盤を作って大気圧の大きさを見てみましょう。通常、吸盤は力が均等に分散するよう円形で、かつ効率よく真空空間を作るためにカップ状の形をしています。巨大な吸盤は市販されておらず、しっかりとしたものは自作が難しいです。そこで、今回はゴム板で吸盤を作ってみましょう。
材料:ゴム板(厚さ3mm、300mm角)鍋蓋の交換取っ手
ゴムの種類は問いません。ホームセンターや通販サイトなどで売られている黒いゴム板なら問題なく使用できるでしょう。シリコンゴムは少し柔らかすぎて扱いにくいです。
鍋の蓋の取っ手はネジで取り付けるタイプのものを選びます。
1.ゴム板の中心に目打ちなどで穴をあける
2.鍋蓋の取っ手を取り付ける
以上でゴム板の中心に取っ手のついた器具が完成します。これを机などに置いて実験してみましょう。まずは横にスライドしてみます。問題なく動くはずです。しかし、これを垂直に持ち上げようとするとまったく剥がれません。これは吸盤と同じく大気圧に押されて持ち上げることができないのです。
机の上に凹凸があったり木目や継ぎ目など空気の入る余地があると張り付きません。また、間にタオルなどを挟むと、多少の抵抗はあっても簡単に持ち上げることができます。これは、吸盤と机の間にバスタオルなどの通気性のものがあると、空気が入り込んで大気圧がかからないためです。
大きな吸盤は何キロで剥がれるか
この大きな吸盤は300mm角のゴム板でできています。取っ手や取っ手とゴムの接合部分の強度などを無視した場合の吸着力を計算してみましょう。
吸盤の吸着力は大気圧が働く面積に比例するので、面積を計算します。理想的には30cmの二乗で900c㎡の面積に大気圧が作用します。1c㎡あたりおよそ1kgの大気圧が働くので、この吸盤は約900kgまで剥がれないことになります。
マクデブルクの半球
さて、大型吸盤で大気圧の力を感じることができたところで、次に過去に行われた大気圧実験について紹介しましょう。
17世紀ドイツで、約60cmの金属製の半球2つを合わせて、内部を真空にする実験がゲーリケという当時マクデブルクの市長を努めていた人物により、公開実験として行われました。その内容は、半球を貼り合わせて内部を真空にすると一つの球体のような形となり、それを両側から馬で引っ張るというものです。左右に8頭ずつ馬を繋いで反対方向に引っ張らせることでようやく半球を引き剥がすことができたと言われています。この時に使用された器具をマクデブルクの半球と呼んでいます。
実際に作ってみる
実験に使用されたのは直径が60cmにもなる大型のものでしたが、大気圧の力を感じるだけならばもっと小型でも十分です。今回は小型の料理用のステンレスボウルを2つ貼り合わせる構造でこれを再現してみましょう。
1.ボウルに印をつけてポンチを打つ
2.ドリルで穴あけを行う
3.ナットをハンダ付けする
4.組み立てる
5.シリコンゴムを丸く切り抜く
完成したパーツは全部で3つです。ボウル2つとパッキン用のゴムです。これらが揃ったらいよいよ実験ができます。
17世紀の実験を再現
それでは実際に17世紀に行われた実験を再現してみましょう。規模は小さいですが、原理は同じです。
では早速実験を行ってみましょう。火気の取り扱いには十分ご注意ください。
まずはボウルに燃料用のアルコールを少量(3mlくらい)入れます。これに点火し、すぐにもう片方のボウルを被せます。この時中間にパッキンを入れるのを忘れないようにしましょう。
内部で燃焼が進むと酸素が消費され、いずれ燃焼は停止します。すると、燃焼によって生じた水蒸気が冷えて水に戻る際に内部が陰圧になります。真空には及びませんが、半球が密着するには十分です。すると、両側からどんなに引っ張っても人間の力では引き剥がすことはできないはずです。
注意:外す場合にはコックを開いて空気を入れればすぐに離れます。装置の機密が十分でないと途中で外れる場合があるので、吊るさず、手で引っ張って実験する方が安全です。
このように、普段感じることのない「大気圧」ですが、感覚に反して実はとても大きな力を持っていることがわかったと思います。今後吸盤などを目にした際には大気圧について考えてみてはいかがでしょうか。
実験にかかった費用
・ゴム板 2,000円前後
・鍋蓋の取っ手 500円前後
・ボウル 300円前後
・シリコン板 1,500円前後
・アイボルト 300円前後
・シリコンワッシャー 100円前後
・ナット 20円前後
・サークルカッター 2,000円前後
・ハンダセット 1,000円前後
ドリルや工具類などは予算に含めず計算しています。工具類をお持ちでない場合にはボウルを二つ密着させるだけでも十分実験が行えます。
掲載写真,図全てレイユール氏提供
レイユール 薬理凶室のYouTubeチャンネルでは、化学実験をコミカルな動画で紹介する「ガチ実験シリーズ」を不定期更新している。 |
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